住宅地を抜けて県道を渡り裏道に入る。海岸はもうすぐそこだった。防潮堤の石の階段を上り始めると波の音が聞こえてくる。普通の階段よりも一段一段が高いそれを郁子は息を切らせて上る。
 てっぺんに辿り着く。視界に誰もいない灰色の海岸と、鼠色の海が広がった。夏休みに達也や朱美たちと花火をやりに来た海岸だ。

 水平線に沿ってオレンジ色の光が一直線に走り、藍色の闇を空高く押し上げようとしている。夜明けだ。
 遠く水平線を見つめながらふたりは固く手を握りあって、防潮堤の石段を海の方へと下り始めた。


     *     *     *


「バスケの大会の優勝旗がなくなったって。達也が盗ったんだってバスケ部の連中は言ってる」
 目を瞠る郁子の背後で、堪りかねた調子で教師のひとりが怒鳴った。
「とにかく達也とバスケ部の連中はこっちに来い! 順番に話を聞くから」
「俺も行くッ」
「おまえは関係ないだろう。おとなしくしてろ!」
 教師に抑え込まれて修司は目を剥く。
「おい! そいつを犯人扱いしたら許さねえからなっ」

 不安そうな顔つきで連れられていく達也を見送り、修司はがくりとうなだれる。
「っきしょう! あいつら……」
「……どうして」
 無意識のうちに朱美の制服の袖を引っ張って、郁子はかすれた声をようよう押し出した。
「達也は一年の頃バスケ部にいたんだ。素行が悪いからって追い出されちゃってさ。それを根に持って優勝旗を盗んだんだろうって」
「そんな……」
「ほんとだよ。どっからそんな話が出てくるんだか」
 吐き出すように言って朱美は眉をしかめる。

「優勝旗って本当になくなってるの……?」
「なんか。校長室に保管されてて、卒業前にもう一度手入れをしようってバスケ部の三年生が取りに行ったら、ケースの中からなくなってたって」
 朱美が説明してくれて、がしがしと頭を掻きながら修司が呻く。
「達也なわけねえだろ。あのバカにそんな盗みができるもんか」
「あたしもそう思うよ」

 ドキドキと高ぶる胸を押えながら、郁子は喉まで出かかっている言葉を言おうか言うまいか少し迷った。
「もうすぐ卒業だから静かにしてろって俺に言ったのはあいつなんだぜ」
 らしくもなく気弱な修司の声音に突き動かされて覚悟が決まった。
 郁子は一歩踏み出す。