自由登校期間中に、何やら起きたことはなんとなく聞いていた。卒業間近だったというのに、三年生の男子生徒がひとり退学になったらしいことも。
「そんなこともあるんだな」
 クラスメイトが囁き合っているのを聞きながら聡は卒業式を迎えた。
 式の後、校門前で部活の仲間と写真を撮っていると、ひとりで校門を出て帰っていく郁子を見かけた。

 初詣の日以来まともに口をきいていないことが気になってはいた。冬休み明けに偶然会ったときには「あのときはごめんね」とまた謝られた。
 そのときの様子は悩んでいる風でも無理に明るくしている風でもなく、彼女の平常運転な状態で、聡も自分のことで忙しかったからそれ以上気にかける余裕がなかったのだ。
 ああしてひとりで帰っていくのもとても郁子らしい。それで聡はそのときにも声をかけずに見送ってしまったのだった。

 夜には家族三人でステーキを食べに出かけた。久々の豪華な外食に母親はハイテンションだったし、普段寡黙な父親も機嫌が良さそうだった。
 帰り道、クルマで郁子の家の前に差しかかると母親が気づかわし気にそちらに目を向けた。
「やっぱりクルマがないわねえ」
「どうかした?」
「なんかねえ、郁子ちゃんのお母さんもお父さんも帰ってないみたいなのよ。郁子ちゃんから何か聞いてない?」
「いや」
「そうだよね。あの子はそういうこと、ぺらぺら話す子じゃあないものね」
「……」

「まったく帰ってきてないってわけではないみたいだし、山中さんのことだからお金は置いてってると思うのよね。郁子ちゃんだってもう自分のことはできるだろうし。こんな大きなお家に女の子ひとりじゃ心配だから、気を配ってあげましょうって町内会でも話したし。交番では非常時の連絡先なんかは把握してるだろうし」
 薄暗い車中でもそれとわかる程度に眉を寄せ、助手席の母親は後部座席の聡を振り返った。
「あんたも気をつけてあげて、上手く郁子ちゃんをうちに連れてきてよ」
「うん」

 そんなことを話していた数日後。青い顔をした母親が聡の部屋に飛び込んできた。
「一緒に病院に行くよ」
「え……なに?」
「郁子ちゃんが入院したって」
「はあ?」
「母さんにはよくわからないけど……眠ったまま目を覚まさないとかどうとか……。お見舞いはできるそうだから、とにかく行ってみましょう」