「なんの用だ?」
 聡は苛立って声を荒立ててしまう。
 汐里はマイペースな様子を崩さずまた郁子の寝顔に視線を注いだ。
「お姫さまは王子さまを置いて、勝手に世の中に絶望しちゃったんだねえ。薄情なお姫さま」
 三度聡を見つめて汐里は微笑む。
「そう思ってるんじゃないの?」
 軽く混乱を覚え、聡も汐里を見つめ返す。汐里が言っていることは郁子に当てはまっている。どうして? 汐里は郁子を知っているのか?

「私ね、嫌いなんだよね。こういう子。ひとりで傷ついて被害者ぶって。自分がするべきことだってあったはずなのに、周りのせいにして不幸そうな顔をして。自己憐憫で殻に閉じこもって。嫌いなんだよ、こういう子」
 酷いことを言っているはずなのに汐里の声も表情も淡々としていて、水のように流れる言葉に聡は口を差し挟むことができない。

「でも坂本くんは好きなんだよね。こういう子」
 いつもの彼女らしい表情に戻り、汐里は聡を見上げる。
「自分がこの子の王子さまだと思うならキスしてみたら?」
 冗談なのか本気なのか表情がわからない。汐里の目がじっと聡を見つめる。
「お姫さまは王子さまのキスで目が覚めるのでしょう。それとももう試した?」
 聡は黙ったまま顔をしかめる。
「試したの?」
「郁子は……俺を好きじゃない」

 ようやくのことで聡が返事を絞り出すと、汐里は顎をひいて厳しい顔つきになった。
「わかっててどうしてその子を守るの? あなたが守ってあげる必要なんかないじゃない」
「関係ないから」
 先程の汐里と同じように聡は淡々と応じる。
「郁子がどう思ってるかは関係ない。俺が、そうしたいから」

 ――親切って見返りを期待してするものじゃないだろ、そうしてやりたいからだろ。

「そうしてやりたいから」
「好きだから?」
「そうだな」
 呆れたような表情で汐里は鼻の頭に皺を寄せた。
「坂本くんてピュアだね」
「そうじゃない」
「恋は罪悪だから?」

 聡は唇を引き結んで汐里を見る。何を言っている? 体ごと彼女の方を向いて睨みつける。
 汐里は睨まれても平気な顔で静かに見つめ返してくる。
 なんのことだか問いかけようと口を開きかけたとき、背後から誰かが聡の手に触れた。ぎくりと聡は背筋を強張らせる。まさか。
「郁子……?」


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