その日は夕方になってから郁子の病室に行くと、枕もとのサイドテーブルに花籠が置いてあった。ピンクや淡い紫色の花でまとめられたアレンジで、とても可愛らしい。

「郁子ちゃんのお友だちが持って来たよ」
 顔見知りになったスタッフに教えてもらい「誰だろう?」と聡は首を捻る。郁子に見舞いに来るような友人はいないと聡は思う。郁子がこうして眠っていることを知っている人間が同級生にいるとも思えない。
「ちょっと派手めな女の子だったよ」

 詳しく聞いて聡はますますわからなくなる。郁子と派手な女子とが結びつかない。が、ベッドの傍らに椅子を置いて座りながら、それも仕方ないかと聡は思い返す。
 高校では一度も同じクラスにならなかったし教室も大抵廊下の端と端。部活で忙しくしていて通学時間が重ならなかったし、それは予備校通いを始めてからも同様だった。一緒の高校に通ってはいても聡と郁子の距離はそれまでよりも格段に遠くなった。
 だから聡の知らないところで仲良くなった友だちがいても不思議はない。郁子がしていたことを全部知っているわけじゃない。

「検温です」
 台車を押して看護師が入ってきたので、聡は廊下に出た。手持無沙汰で壁に凭れる。
「坂本くん」
 いい加減聞きなれた声がすると思ったら、やはり立花汐里だった。
「お見舞いってこのフロア?」
「ああ」

 壁のネームプレートをさっと見て、汐里は小さな声で質問してきた。
「カノジョが入院してるの?」
「違うよ、近所の友だち」
「長いの?」
「そうだな」
 汐里は、ゆっくり一度瞬きしてから口を開いた。
「うちも……弟がね」
「……そうか」
「じゃあ、また」
 小声で短く挨拶して汐里は廊下を引き返し、ナースステーションを挟んで反対側の奥へと進んで行った。



 数日後にまた、ベッドの枕元に小さなぬいぐるみのクマが置いてあった。自分以外にも誰かが頻繁に見舞いに来ていることを感じ、聡の気持ちはささくれ立つ。

「ひどいカオ」
 考え事をしていたから病室に彼女が入ってきたことに気づかなかった。いつの間にか後ろから汐里が聡の顔を覗き込んでいた。
「なんでここにいる?」
 答えずに汐里は今度は郁子の顔をじいっと見つめる。
「ふうん。これが坂本くんのお姫さまか」
 にっと笑ってまた聡の顔を見る。