それから修司の横に特定の女の子の姿を見かけなくなった。
 休み時間には校舎と体育館の間の渡り廊下や、バスケットコートのフェンス際で、達也ら仲間と一緒にがやがややっていた。時々朱美たち女子グループがそれに加わる。

 郁子が校舎の窓からそれを見ていると、当然のように修司が気がついて郁子の視線を捉える。目が合うと、彼は笑う。
 今までとは違う。彼のそんな、ふっきれたような表情を見ると、郁子の気持ちも明るくなる。修司の何を知っているわけでもなかったというのに。



 通常授業が終わり自由登校期間に入ると、三年生の教室はもちろん駐輪場などもがらんとして寂しくなった。自習のために登校して教室や図書室で勉強する生徒もある程度はいて、郁子もすることはないから毎朝通常通りに学校に来ていた。
「おまえはなんで来るんだ?」
 担任の教師にからかわれたが、郁子は無表情で自主課題用のプリントをもらって黙々とこなした。

 ある週、修司と達也が教室に来ていた。彼らは補習授業を受けに来たようだ。
「たりいな。最後にはまたテストを受けるんだぜ」
 三人だけの教室で修司はそう郁子に話した。
「しょうがねえよ、おれらの場合、卒業試験みたいなもんだろ」
 おとなしく教科書をめくっている達也に対し、修司はまるでやる気がないようだ。
「頑張ってね」
 郁子が小さな声で励ますと、修司は考え直すような間の後で、にかっと笑った。
「おう。これで最後だしな」

 鬱々としていた郁子の心もそれで晴れたような気持になっていたのに。翌週、再び影が差すような事件が起きた。


 いつもの時間に郁子が登校すると、校門を入って横手のクラブ棟の前で揉め事が起きていた。
「てめえ、テキトーこいてんじゃねえよッ!」
「んなことしそうなのコイツしかいねえだろ!?」
「おれじゃねえって言ってるだろ!?」
「決めつけてんじゃねえよ。証拠あんのかよッ?」

 何か責められている達也をかばって、怒髪天を衝く勢いで修司が大柄の男子生徒に噛みついている。ただならぬ空気に郁子はその場で足が竦んでしまう。
 怒鳴り合っている男子たちとその間に入っている教師たちと、少し離れて立っている朱美を見つけて郁子は恐る恐る歩み寄る。

「どうしたの……」
 厳しい目のまま郁子の方を向いて、朱美は低い声で答える。
「バスケの大会の優勝旗がなくなったって。達也が盗ったんだってバスケ部の連中は言ってる」