昼すぎに自宅に戻り、リビングのテーブルの上に放置していたスマートフォンを覗いてみると、何件も不在着信が残っていた。全部聡からのものだ。
「……」
郁子は深呼吸してから折り返し電話をかける。
『郁子?』
心配そうな聡の声。胸がぎゅっと痛くなる。
『どこにいる?』
「ごめん、家……スマホ持って出なかったから……」
『そうだと思った。何かあったわけじゃないんだな?』
「うん。はぐれちゃったから戻った方が良いと思って」
喉が詰まって手が震えたが、思ったよりもするすると口は動いてくれた。
『時間かかったみたいだけど』
「迷ったり電車乗りすごしちゃったりして……」
嘘だ。修司とじゃがバターを食べた後、駅まで送ってもらった。聡がとっくに自宅に戻っていてくれればいいと思いながら。
「聡は? 今、家?」
『そうだよ』
嘘だ。だって、電話越しでも騒がしい場所にいるのがわかる。
「ごめんね。心配かけて……」
『いいよ。じゃあな、切るぞ』
「うん……」
今日はありがとう、と慌てて付け加えた言葉が聡に届いたかはわからない。
通話が切れた画面を見ながら郁子は悔やんでいた。やっぱりあの場で戻って聡を探せば良かった。
そうは思っても時間は巻き戻らない。申し訳なさでいっぱいの胸を抱えて、郁子は蹲った。
三学期が始まると、受験を控えた生徒と進路が既に決まっている生徒との温度差は更に激しくなった。空気がぎすぎすしていると感じたが、じきに自由登校になるからそれまでの我慢だと考える。
「よお」
玄関前の廊下ですれ違いざま修司に肩を叩かれる。
「うん……」
ろくに返事もできないまま修司の背中を見送っていると、ちくりと首筋に違和感を感じた。振り返って見る。
二年生の下駄箱の間から髪の長い女の子が郁子を見ていた。修司の今のカノジョだ。郁子はそう認識している。
遠目に見て思った通り、顔が小さくて目の大きなかわいい子だ。ぼんやりと郁子が見つめ返すと、彼女はふいっとさらさらの髪をなびかせて向こうに行ってしまった。
「冬休みの間に別れたみたいよ」
朱美に聞いて郁子は息を呑む。
「まったくしょーもないよね」
朱美のぼやきを聞くともなしに聞きながら郁子は考える。
――やっぱりオレとおまえじゃ合わないし。
郁子に言ったのと同じような台詞をあの子にも言ったのだろうか。