「待てコラ、修司!」
 人垣の向こうから怒鳴り声が聞こえ修司は「やべえ」と首を竦める。かと思うと郁子の腕を掴んだまま走り始めた。
「え……」
 なんで、と声も出ないまま郁子は引っ張られる。人混みを器用に抜けていく修司の後ろを体を振られないように走る。

 正面の参道とは別の、駐車場へと続く小道に入ったところで修司は足を止めた。
「追いかけて来ないな」
「なんで……」
 弾んだ息を整えて郁子はようやく言葉を押し出した。
「的屋のバイトすることになってたけど、行き違いがあったみたいで怒らせちゃってさ」
 修司はけろりとしているが、郁子は心配で後ろを振り返る。怒鳴り声だけでも迫力があった。

「大丈夫だよ。話のわからないヒトじゃないからさ。頭が冷えた頃にまた謝りに行くさ」
「そう……」
 それにしたって、と郁子は顔をしかめる。
「わたしまで逃げる必要なかったんじゃ……」
「ああ。つい」

 それにいつまで腕を掴んでいるのだろう。だけど郁子の口はそれとは別のことを言う。
「じゃがバタ食べたかったのに……」
「ん? ああ。……商店街にも的屋が出てたな。そっち行ってみるか?」
 頷きそうになって郁子は心の中で自分の頭を殴りつける。何を考えているんだ、自分は。聡がいるのに。

「友だちと来たから」
「先に帰るって連絡しろよ」
「……」
 なんにしろ今頃聡は郁子がいなくなって心配してるに違いない。
 連絡しようとコートのポケットを探ったがスマートフォンがない。近所のコンビニに行くだけのつもりだったから家に置いて来てしまったのだ。

「どうしよう……」
 電話もつながらず聡は郁子を探しているかもしれない。
「いいじゃん。はぐれたなら先に帰ってるって思うって」
 確かに。こういう場合、郁子の取る行動としてはありがちだ。そして聡もそう予測していつまでも探し回ることはしないだろう。

「でも……」
 後ろめたい気持ちが郁子を惑わせる。聡に対しても、他の誰かに対しても。
「なんだよ?」
「だって……」
「行かないならいいよ」
 ふいっと腕を放されて郁子は動揺する。
「じゃあな」

 さっきまで痛いほどに感じていた掴まれた腕の熱さが冷え切る前に郁子は叫ぶ。
「やっぱり、行く……!」
 踏み出しかけていた足を戻して修司が笑う。その笑顔を見て郁子は思う。堕ちるってこういうことをいうんだ――。