「郁子ちゃん、唐揚げ好きだったよね。おばさん覚えてるよ。たくさん食べて」
「はい」
 頬を少し赤くして、郁子の瞳が明るくなる。母さんグッジョブ、と聡は心の中で親指を立てた。

 その日は父親の帰りが遅かったことも幸いし、母親と聡の前でなら郁子はリラックスして食事をしてくれた。これで聡の父親がいたら郁子はまた硬くなってしまっただろうと思う。

 食後のお茶を飲んでから郁子を家まで送っていくと、彼女の家の窓はまだ真っ暗だった。
「戸締り気をつけろよ」
「うん、大丈夫」
 ありがとう、と小さな声で言い添えてから、郁子は門扉を離れ玄関の扉を開けて中へと入った。
 聡はそれを見届けてから走って自宅へと戻った。明日の夕飯にも郁子を誘おうかと考えながら。

 ところが、翌日の朝早くに鳴ったインターホンによって聡の思惑は砕かれた。
 トーストを頬張ったまま玄関の様子を窺う。やって来たのは郁子の母親だった。郁子が夕飯をごちそうになって、と恐縮した表情で持ってきた包みを差し出しながら、聡の母親と押し問答している。
 結局押し切る形で箱を置いて郁子の母親は帰っていった。中身はお菓子らしいその箱を持って食卓に座りながら、聡の母親は頬に手を当ててつぶやいた。

「逆に悪いことしちゃったみたいね」
 聡には意味がわからなかった。逆にってなんだよ。自分は悪いことをしたとは思わない。郁子だって喜んでいたはずだ。なのに、結果的に郁子にとって悪いことだったのだろうか。

 その日、学校で顔を合わせると、郁子は伏し目がちにもう一度聡に礼を言った。
「おばさんにもよろしくね」
 伏せた瞼がなにかを拒んでいるようで、聡は何も言えなかった。



 数日後の部活の帰り道、すっかり習慣のようにコンビニの方を窺うと、入り口からまっすぐの奥の弁当の棚の前に郁子がいた。後ろ姿でもわかる。聡は迷わずコンビニに入る。

「今日も買い弁か」
 郁子は驚いたように肩を跳ね上げてから聡を見返った。
「あ、うん……」
「おれもなんだ」
「え……」
「母さん珍しく出かけるって。父さんは外で食べてくるからおれも好きなもの食えって」