この人が言いたいことなど見当はつく。皆まで言わせず聡は答える。勢いに押されるように「そう」と頷きながら郁子の母親は帰っていった。
 面会時間が始まってまだ五分ほどしか経っていない。形ばかりの確認をするためだけに来たのだろうか。世間体を気にする親そのもの。

 病室に入ってベッドに近づいて見れば、郁子は今日も穏やかに眠っていた。これまで見てきたどんなときよりも穏やかな表情で。


     *     *     *


 中学生の頃のことだ。部活の帰りだった。日が落ちて、それでもまだ明るかったから夏のことかもしれない。近所のコンビニの前の通りでぼんやりしている郁子を見つけた。

「なにやってんだよ。ひとりで」
「うん……」
 億劫そうに眼を上げ、郁子は聡をちらりと見た。
「お弁当買いに来たけど、あんまり食べたいって気がしなくて」
「ひとりで? 家、誰もいないの?」
「うん……」
 俯く郁子の白い頬を聡が無言で見つめていると、郁子は再びもごもごと口を開いた。
「毎日ここのお弁当だから飽きちゃった」
「なんだよ、おばさん帰りが遅いのか?」
「うん。最近毎日……」

 向こうから来た車が駐車場に入るのにウィンカーを出しているのが目に入り、聡は郁子の二の腕を掴んで避けさせる。そのまま彼女を引っ張って歩き始めた。

「うち来いよ。夕飯できてるはずだから」
「え……」
「母さん量を作りすぎて男の子なら食えるだろって無茶苦茶言うんだよ。ひとり増えたって大丈夫だ」
「でも悪い……」
「うちなら大丈夫だよ」
「でも……」
 それでも気遣って聡の手をはずそうとする郁子にため息をついて、一旦立ち止まる。
「前に何度か来たことあるだろ。変わってないから、全然」

 それでも郁子は尻込みするような様子だったが、聡はかまわず引っ張って家に帰った。
「母さん、郁子連れてきた」
「郁子ちゃん? あらあら、久し振り」
 玄関で縮こまっていた郁子は、聡の母親が当然のように「あがってあがって」と急かすのを聞き、ようやく肩の緊張を解いたようだった。

「郁子ちゃんちお母さん、お忙しいの?」
「みたいです……」
 食卓でまた人見知りな様子を見せて箸に手が伸びない郁子に、聡の母親が鶏の唐揚げを勧める。