「ほんっと、意味分かんないよね。せっかくやりたいことあったのに、雨なんてさ」
「まーね」

昨日の曇天に引き続き、というよりむしろ悪化し今日の天気は雨。
悔しい、と嘆く彼女を見ながらカメラを持つ。

「おおっ、ついに!」

今にも泣きださんばかりに落ち込んでいた彼女は、途端にパッと笑顔になって僕の後ろに回った。

「雨、撮るのね?あっ、窓開けようか?」

再び窓に近寄ろうとする彼女を止める。

「開けたら床が水浸しになるだろ」
「でも、ガラス越しでもちゃんと撮れるの?反射して東悟君が映っちゃうことない?」

屋上の代わりにやって来た美術倉庫と呼ばれるここの窓ガラスは、何故だか驚くほどに綺麗なのだ。
だから、ガラス越しでも綺麗に撮れる。

「反射はこうやって防ぐんだよ」

鞄から自作の暗幕を取り出し、セッティングする。

「さっすが」

パチパチと拍手する美花は、そう言って僕の肩をポンッと叩いた。
そうして撮った写真は、我ながら良い出来だったと思う。

「どんな感じ?見せて見せて」

僕の手元を覗き込む美花は、写真を見た瞬間、感嘆の声を洩らした。

「すごいじゃん……!才能だよ、これ。誇るべき東悟君の特技だよ」
「そう、かな」
「うん!私が保証する。君は写真を撮るのが上手いっ」

腰に手を当ててビシッと僕を指差す美花。
そんな彼女が何故だかたまらなく愛おしくて、思わずカメラを向ける。

「ちょっと、だめ!」

手で隠すようにして倉庫内を逃げ回るその姿ですら、可愛らしい、と思う。



────この感情を、人はきっと。



己の心に生まれた想いを包み隠すように、僕はシャッターを切った。







「おかえり」

帰宅した僕の気配を感じたのか、姉さんがリビングから顔を覗かせてにこりと笑った。腰の辺りにある髪の先がまっすぐに落ちている。僕の記憶があるうちはずっとロングヘアー、高校時代は短かったらしい。もはや髪の短い姉さんなど想像できないほどに、ロングヘアーが定着してしまっている。
「姉さん、昔は短かったのよ」と高校の卒業アルバムを見せようとしてくるのを、何かと理由をつけて避けているけれど、そろそろ限界が来るかもしれない。普通に考えて姉の卒アルなどに興味はないけれど、そんなことを言うと怒られそうなので、言葉をぐっと呑み込んでいる。

「ただいま」

いつものように言ったつもりだったけれど、姉さんは何やら訝しげな顔をして片眉を上げる。

「何かあった?」

即座に問われて、心臓が跳ねる。なるべく勘付かれないように、平静を装って答える。

「何かって、なにが?」
「それを訊いてるの。嬉しそうだけど、いいことでもあった?」

そんなに顔に出ていたのだろうか。思わずきゅっと顔を引き締める。

「べ、別に。何もないよ」

焦ってしどろもどろになる僕を、姉さんはじっと見つめた後、「ふーん、そう」とだけ返してまたリビングに顔を引っ込めた。
ふ、と安堵の息を吐いて自分の部屋に入る。ほんのり香るフレグランスに包まれながら鞄を置く。学習椅子に身を委ねると、わずかに椅子が軋む音がした。まだ鞄の重さが残るような気がする肩を軽く回して、深く息を吐く。

撮った写真を見ようと、おもむろにカメラに手を伸ばしたとき、突然部屋のドアが開いた。

「うわっ」
「なに驚いてんの。……え、カメラ?」

姉さんの視線をたどり、反射的にカメラを隠す。

────しまった。見られてしまった。

どうする、と頭の中で繰り返している僕に、姉さんは容赦なく問いかけてくる。

「それ、学校で借りてるやつ?あんたそんな高価なカメラ持ってないもんね」

姉さんは妙に勘が鋭い。推理ものが好きということもあるのか、どこぞの探偵のような推理力を発揮する時があるので、姉さんに隠し事ができた経験はこれまで一度たりともなかった。

「と、友達のだよ。借りてんの」

取り繕うような笑みを浮かべると、姉さんはなお怪訝そうに僕を見て腕を組む。

「……ふーん。高価なものなんだから、壊さないようにするのよ」
「分かってる。ていうか、なんのために来たんだよ」
「ドライヤー、あんた部屋にとってるでしょ。髪は女の命なの。返して」

家族兼用のドライヤーを洗面台からとったままだったことを思い出し、部屋の隅を指差す。

「コンセントさしっぱなしじゃん。これ、高いドライヤーなんだから。もっと大事に扱ってよね」

文句を言いながら姉さんはドライヤーを持って部屋を出ていった。ドアが閉まった瞬間、安堵で身体の力が抜ける。

写真を撮ることが好きだなんて、家族には言えない。
ましてや、写真に繋がりのある職業を考えているだなんて、言えるわけがない。
たとえそれが姉さんであっても。