つまらない。
ただそれだけだった。
毎日同じ通学路を通って学校に通い、変わらぬクラスメイトとたいして面白くもない話をして、見慣れた景色を見ながら家に帰る。
────僕が自殺を考えたのは、そんな何の変哲もない日常に飽きてしまったからだったと思う。
家庭環境が殊更悪かったわけでも、いじめを受けていたわけでもない。ただ、色のない世界に飽き飽きした。それまでのことだ。
気がつけば、立入禁止とされている屋上に立っていた。
前にここから飛び降り自殺をした生徒がいたため、立入禁止になったらしい。
立入禁止ときつく言われている割には、鍵がきちんとかかっているわけではなく、随分と古びたものだった。きっと屋上に足を踏み入れる生徒がいなかったため、ただの脅しとして放置されていたのだと思う。得体の知れないものがあるかもしれない屋上に行くのは、一般的な考えを持つものなら普通に躊躇うものだ。
はは、と乾いた笑いが洩れる。
そんななかで、どうやら自分と同じ考えのやつが過去にもいたらしいということに、なぜだか無性に笑いが込み上げてきた。
理由がどうであれ、自らを殺めるという点では、僕とその生徒は同じなのだ。
フェンスに身を乗り出して、春風駘蕩たるのどかな春風を身体に受ける。風に踊る髪を押さえながら静かに目を閉じると、瞼の裏に、この世界にたった一人の姉さんの姿が映った。
……僕がいなくなったら、姉さんはどんな顔をするだろうか。
僕にとって、姉さんが一番身近な存在だった。僕より十個も上の彼女は、僕の面倒をよく見てくれていた。どんなに困ったことがあっても、持ち前の明るさと賢明さで僕を導いてくれた。
彼女は己の芯を強く持っている女性だ。卑劣な行動はいっさいせず、人生を真っ当に生きている。半面、感受性が豊かで、よく本を読んでは涙している。
彼女はきっと、涙を流してくれるだろう。いつも弟である僕のことを気にかけてくれた。そんな姉さんを裏切ってしまうことだけが、僕の唯一の心残りだ。
おもむろに天を見上げると、そこには果てしない青空がひろがっていた。小さな悩みなんて溶けて消えていくような、どこまでも続く空だった。
この景色を見られなくなるのだと思うと、ほんの少し惜しい気もする。
日本に生まれて良かった点をあげるとすれば、四季折々の景色をこの目に焼き付けることが出来た点と、こうしてのどかに空を見上げることが出来たという点だ。
でも、この景色とも今日おさらばするのだ。
ぐ、とフェンスを握る手に力を込める。
地面を強く蹴ると、案外楽にフェンスを越えることが出来た。僅かな狭い足場にふわり、と軽やかに着地する。
妙な無気力感に包まれながら、生まれ育った街を見下ろす。真下から少し離れたところを走る車が小さく見えた。
ここから飛び降りれば、確実に死ぬだろう。
そして、この人生に終わりを告げるのだ。
ふ、と笑いが洩れる。
どうやら僕は最後の最後まで、笑うことをやめないらしい。
人生の終わりに笑顔でいられるなんて、僕はなんと幸せな男だろう。
見た目は僕なのに動かしているのは他の人間のような、そんな気持ちに包まれながら、ゆっくりと目を閉じる。
一歩足を踏み出せば、待っているのは────「死」だけ。
さようなら、姉さん。
さようなら、学校。
さようなら、世界。
来世はもう少し僕が楽しめる世界になっていることを願います。