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「先生って、星空は撮らないんですか。先生のお写真拝見しましたが、一枚も星空の写真がないのはどうしてなんでしょうか」
訊ねると、先生は目を線にして柔らかな笑みを浮かべた。
ゆっくりとその唇から言葉が紡がれる。
「……写ってくれないからね」
「何を言ってるんですか。先生ほどの腕がある写真家なら、星空を撮ることなんて容易いことでしょう」
「肉眼で見るからこそいいものもあるんだよ」
それきり口をつぐむ彼は、静かに窓の外に視線を遣った。
そろそろ太陽が沈む時間なのだろう。だんだんと眩い光が街を染め上げ始めている。
「先生。今日は僕これで失礼します。さようなら」
時計を見ながら挨拶をすると、先生は何も言わずに、窓を見たまま片手を上げた。
それが先生なりのさようならの合図だということを僕は知っている。
「生きる意味、か……」
僕は今写真を撮ることが趣味だし、生きがいと言っても過言ではない。
若い頃は天才写真家と言われた先生を顧問とし、写真部としての活動ができていることは奇跡に等しいと思う。
いつか僕も先生のような写真家になりたい。世界の美しさを収める先生のような写真家に。
写真部顧問─────水樹東悟は、生涯の最高傑作にそっと手を寄せた。
「美花。君が僕の生きる意味だよ」
そっと額縁を指でなぞる。
その瞬間、窓から鮮烈な赤が飛び込んできた。
倉庫内が眩い光に包まれ、目を瞑りたい衝動に駆られる。
けれど、しっかりと目を開けて黄昏の写真に視線を向けた。
ふ、と笑みが溢れる。
『東悟くん。愛してる』
そんな言葉と共に、黄昏の世界の中に、彼女の姿が浮かんだような気がした。
了