「先生」
目の前に立つ写真部顧問にそう呼びかけると、彼は静かに振り返った。
何も言わず、硝子玉のように澄んだ瞳で、じっとこちらを見ている。
感情が読めない無機質な瞳。
彼は僕が入部した時から、そういう瞳を持っている先生だ。
「僕、初めて入りました。この美術倉庫。案外綺麗なんですね」
そう言って壁に視線を流すと、大きな額縁に飾られている、一枚の写真に目が釘付けになった。
息をするのも忘れて、その写真に見入る。
雲が幾重にも重なり、息を呑むほどの鮮烈な赤や、淡いピンク、澄んだ青、そしてそれを全て包み込むようなオレンジが溶けるように広がっている黄昏の空の写真だった。
ぐっと僕の心を掴んで離さないあまりの美しさに息を呑んでいると、ふと額縁の下に小さなプレートがあることに気がついた。
視線を下にずらし、そのプレートに書かれた文字を目で辿る。
【生きる意味】
単純で、端的な題だった。
目を凝らすと、プレートの端に記されているのは、目の前の顧問の名前だった。
「先生にとって……空を撮ることが、生きる意味、なんですね」
激しく心を揺さぶられて、魂が抜けたような状態のままつぶやく。
彼はそれに答えることはなく、ゆっくりと窓の外に視線を遣った。
そこには、雲ひとつない澄んだ青空が広がっている。
「今日は……星がよく見えるな」
ぽつりとこぼし、彼は静かに瞑目した。