推しが級友なんて聞いてません!!(長編)


昨日そんな返事をしたけれど、善処なんて無理だった。

翌日の朝からも、玲人は普段通りに話し掛けてくる。隣の席なんだからまあ当たり前なんだけど、玲人の、あかねが返事をしてくれると信頼しきった笑顔を向けられるのが辛い。だって玲人はあかねに話し掛けているよりも、桃花に話し掛けて、いずれは二人だけの世界を作らなければいなければいけないのに。

「玲人くん、諸永さんは?」
「うん、一緒に登校してきたよ」
「恋人同士なら、予鈴が鳴るまで一緒に居ない?」
「意固地に諸永さんを押し付けるね。それにあかねちゃんだって、いつも小林くんと一緒に居るわけじゃないじゃない」

ん? なんで光輝の名前が出たんだろう? 気持ち、玲人の顔がふくれっ面にも見える。

「? 前も言ったけど、光輝は幼馴染みなだけだもん。別に恋い慕うような奴じゃないし、そりゃあ四六時中なんて一緒に居ないよ」

あかねの返答と聞くと、玲人はふうん? と口をツンとさせて視線を斜め上に向けた。あ、この表情、ツアーの密着配信で何度か見たことある。何か考えてる顔だ。

「何か誤解してる? ホントに光輝とは幼馴染みってだけ。光輝とは色気も恥じらいもない仲だよ」
「高校生なら恥じらいは持とう?」
「あはは。まあ、それくらい玲人くんの想像は勘違いってこと! という事で、諸永さんに会いに行かなくていいの? 授業が始まっちゃうとお昼まで会えないでしょ?」

あかねが玲人を窺うと、玲人は良いんだ、と笑った。

「諸永さんの友達が、なんか僕と諸永さんのことを触れ回ってるみたい。大きなスピーカーだから、あかねちゃんの負担が軽くなるんじゃないかな」

やっぱりまだ乗り気じゃないんだな、と分かる、投げ捨てたような言い方。こんな投げやりな玲人は初めて見た。
そんなに気が載らないかなあ。でも、玲人には薔薇色の高校生活を送って欲しいし、あかねには荷が重すぎるから、これが最適解だ。

「きっと諸永さんの事知っていったら、恋になるよ。今は知ってる私に固執してるだけだよ」

博愛の人が唯一の人にほだされるパターン、恋愛漫画でも見かけたし。

あかねの笑みに、玲人はため息を吐く勢いだ。
うう~ん、他者を頼って来なかった努力型の推し、なかなか手ごわい……。でも、ため息の後、玲人がこう言った。

「うん……。まあ確かに諸永さんのことを知らないのは確かだし、知ってみる必要はあるよね。うん」

おおっ! 流石、視野の広い推し!! 自分の世界を広げようとして努力をしてきた経験がものを言っている!

「そうそう。今の玲人くんはいわば刷り込みひよこなんだから」

転入して一番最初にあかねと話した。最初の印象が良ければ、その気持ちを恋だって間違うこともあるだろう。親にわとりは、子ひよこの独り立ちを見守らなきゃいけない。この過程は大事なものだ。

よしよし、良い調子だぞ、と思っていたら、不意に玲人があかねの髪を救いあげた。

「ひゃ!?」
「あっ、ごめん。埃ついてたから」

急な出来事で身構えが出来てなかった。どきどきと走る心臓を抑えて、ありがとう、とお礼を言う。
ちょっと傷付いたような顔、心臓に悪いなあ。心臓がずきずき痛むよ。玲人はあかねの様子を見やって、それからこう言った。

「ごめん……。もう触らないからね」
「……っ」

あかねの心臓がぎゅうっと跳ねる。なんて切ない声出すんだろう。まるでドラマを見ているみたいだ。
伏せ気味の目があかねの罪悪感を誘う。役者だなあ。流石先期のドラマ俳優ランキング一位にランクインしただけあるなあ。
こんな風に、玲人を『FTFの暁玲人』を通してしか見れないあかねは、やっぱり玲人の恋人なんかに相応しくない。そう思うと桃花は凄いな。玲人のプライベートに踏み込む勢いで自分たちの関係を触れ回って、後先考えないくらい行動できちゃうのって、やっぱり恋してるからなんだろうな。
あかねとは違う。行動力、凄いなあ。

玲人があかねから視線を逸らして前を向く。予鈴が鳴ったのだ。そんなの聞こえてるから分かってる。でも。



なんだろう。視線を逸らされたことが、凄く、寂しい……。




桃花が玲人の彼女だと桃花の友達たちが触れ回った結果、徐々にあかねへのやっかみや逆恨みによる意地悪はなくなっていった。元の平穏な日々が戻りつつあって、あかねは安堵に胸をなでおろしている。

「高橋さん、本当に暁くんとは何ともなかったのね……」

以前あかねを屋上に連れ出したグループのうちの一人が言った。

「だ、だから最初っからそう言ってたじゃない。玲人くんのようなハイスペックな御仁が、私みたいな凡人に敬慕するわけないでしょ!」

あはは、と笑うあかねに、なるほど、とその子は頷く。

「確かに暁くんの隣に立ち並ぶには、いかにも凡人よね、あなた。そう思うと、諸永さんとは美男美女で、悔しいけどまあ認めざるを得ないわ」

そうでしょそうでしょ! あかねは二人のことが認められつつあることに好感触を感じていた。

「玲人くんは、転入したての時に、鋭繋ながら私がフォローをさせて頂いたので、その時の温情を恋愛感情だと勘違いしただけですよ! ありがちなやつ!!」

あははと笑って教室に入る。
今日も平穏な一日の始まりだ。既に桃花と玲人は登校しており、教室の扉の所で話し込んでいる。
桃花が綺麗に笑う。玲人も微笑んでる。あかねは二人を見守りながら、彼らが居ない方の扉を使って教室に入った。
世界が出来上がって来た二人のことに外野がなんだかんだと言わない方がいいと、光輝にくぎを刺されたからだ。あかねはその通りに行動し、結果、今までと比べると玲人と喋る機会は減った。
でも、その方がいいと思う。恋愛中なら圧倒的に、クラスメイト<彼女、なのだと思うし、あかねも折角恨みを買わなくなったんだから、自ら進んで藪の中に突っ込んでいく必要はない。

「…………」

ちょっと……、ちょっと、寂しい気持ちもするけど、この気持ちは未だあかねの心にくすぶっている『アイドルの暁玲人』を取られるような気分になってるだけのことなのだ。

「玲人くん」

みんなが呼ぶ、その名前。でも玲人にとって特別な響きを持つのは、きっと彼女の高い声に載せたその言葉になっていくはずだ。

桃花が玲人を呼ぶ。玲人が微笑みかえす。その何気ない光景に、あかねは何故か心がざわつくのを必死で抑え込んでいた。
必要ない。アイドル時代を思い浮かべての感情は、今の玲人には必要ない。玲人は既に望んだ新しい生活を手に入れている。あかねこそが、『玲人の卒業』という大事変に対応しなければならない。こんな感情なんて要らない。

(そう!! 推しのソーハピースクールライスに私の感情なんて必要ないのよ!!)

二人を見るたびにそう思うけど、何度も何度も心の中で繰り返してしまうのだった。




「お前さあ」

下校途中、光輝が不意に口を開いた。今日は優菜の部活のある日で、必然的に光輝と二人で家路をたどることになっていた。家が隣同士なので、本当に『家路を一緒に辿る』という形だ。

「なにここ最近毎日、沈鬱な顔してんの」

思いもかけない言葉を掛けられて、あかねは自分の顔を両手でぺたぺた触ってみた。

「ち……、沈鬱とは? 一体どんな顔なのよ??」
「眉間にしわ寄せて、むっつり口一文字に結んで考え込んでる顔」

そ、そんな顔してたかな。いかんいかん。他人様の恋路のことを考えるのは、もう止めようとあれ程決めていたではないか。

「ごめんごめん。鬱陶しかったよね?」
「いや、鬱陶しいっつーわけじゃないんだけどさ」

そういう光輝も、そこまで言って視線をまっすぐ前に向けて黙り込んでしまう。

「光輝?」

呼びかけにも視線を寄越さない幼馴染みに、どうしたのかと思っていると、お前さあ、とややあって言葉が続いた。

「お前、やっぱり暁の事、好きなんだろ?」

へ? 推しとして尊敬して敬愛しているけど??

そう応えると、そうじゃなくってさあ! と言葉尻を荒げる。な、なんなんだ。何が言いたいんだ、こいつ。

「だって、暁と諸永の事見てるお前、一生懸命堪(こら)えてる感じがしてなんか辛そうだぞ? もう認めちまえば良いのに……」

堪えてる? 辛そう?

全く思い当たらないワードにあかねは首を捻る。光輝が続けた言葉は更にあかねには無関係のもので、一瞬ぽかんとしてしまう。

「暁の事、好きなんだろ? ……恋愛的な意味で」

更にぽかんと。
あかねは光輝のことを、ぽっかーん、と眺めた。

あかねが? 玲人ことを? 恋愛感情で???

「いやいやいやいや!!! 私はひたすら玲人くんのことを尊敬して敬愛してるだけなの!!! ちょっと地上に舞い降りた神が眩くて動揺したけど、基本的には『FTF』時代と何ら変わらないの! 推しとして、好きなの! だから敬愛する玲人くん(推し)には、玲人くんがしたいっていう『普通の高校生活』をさせてあげたいの!! そのために奔走したまでのことで、それ以外の何の感情もないの!!!」

あかねがひと息で言い切ると、光輝はあかねを正面に捉えてこう言った。

「じゃあ、俺と付き合ってよ」

…………。
……、…………。
HA???

つ、付き合うとは……? あかねが光輝に付き合うって言ったら……。

「ど、何処へ……???」

すかさず後頭部にドスっと鉄拳が入る。

「いったいなあ……」

涙目になりながら光輝を睨むと、あかねのゆるい空気に反して光輝はピリッと締まった顔をした。

「馬鹿なの? お前。この流れでどうして買い物に行く話が出てくるんだよ」
「え。でも……」
「暁と諸永みたいになろうぜ、って言ってんの!」

半ばやけくそみたいに怒鳴りつけながら、光輝はそう言い切った。

「…………」

え?
え??
えええええーーーーーーーーーっっっ!!!

寝耳に水! 青天のへきれき! 今までの何処にそんな素振りがあった!?!?

「待って待って待って!?!? あんたなんか勘違いしてない!? 諸永さんたちに振り向きもされなくなったからって、自棄になってない!?!? やっぱり俺、ちやほやされたいんだっていうのをはき違えてない!?」

あかねが問うと、光輝は目を逆三角にして怒った。怒声があたりに響く。

「なんで諸永たちに袖にされたからって悲観的にならなきゃいけないんだよ! こっちは清々してるんだよ!! 学校に居る間中、監視されてるみたいに人目が集まって、あることないこと噂されて!! 諸永はじめ、女子の目が全部暁に行ったのは、あいつも大変だなって思うけど、俺は清々してんの!! だから自棄でも何でもねーし、何処行くとも其処行くとも違って、正々堂々正面から、俺と恋愛しようぜって言ってんの!」

…………、恋の告白って、もっとロマンティックなもんだと思ってきたけど、現実は想像とはかなりかけ離れてるな? それとも、ロマンティックなのは空想の上だけで、実際は桃花や光輝のように、人となりを訴えたり逆切れしながらだったりするのかな???

やっぱりぽかーん、と光輝を見上げてるあかねの視線の先で、やっと光輝の耳が赤いことに気が付いた。
あっ、これ、本気なのか。本気であかねが良いって思ってるのか。

「…………え、……え……、っとね……?」

まるで思いもしなかった展開に、何を言ったらいいのか思い浮かばない。でも光輝はそんなあかねのことを分かったみたいに、怒った顔から一転、やさしく微笑んで続けた。

「……別に、今すぐ返事くれなくていいよ。ただ、俺はそう思ってきたし、恋愛してみたら意外と俺にハマるかもよ、っていうだけ。あかねの人生、ずーっと暁ばっかりだったんだろ? ここらで良い男のポジションチェンジしない?」

片方の口端をあげて笑う笑い方はいつもと一緒なのに、なんだかこの時、胸がギュっとした。
あかねは、こんなに長く一緒に居た幼馴染みのことを、全然分かってなかった。それは、玲人のことを全然分かってないという事に繋がる。どれだけ長い間一緒に居ても、追いかけていても、その人の本心は分からないという事なんだ。
分かったつもりのままで居てはいけない。分かろうとしなきゃいけないんだ。頭から水をかけられたみたいに、目が覚めた。

「……ごめん……。私、光輝に酷いことしてたね‥…。光輝の言う事も、よく考えてみる……。……出来れば返事は待ってほしい……」

声は思いのほか震えた。ぎゅっとこぶしを握ると、光輝はそんなあかねに気付いて、重たく考えなくていいよ、と言ってくれた。

「結局のところ、あかねがどう考えてるかってのを、はっきりさせたら良いだけのことだと思うよ。突然舞い降りた神なんだろ? テンパるのも推しの為に色々してやりたいのも、あかねだったらそうだろうなって、俺、分かるし。まあ、暁があかねの気持ちがはっきりするまで待っててくれるかどうかは、分かんねーけど」

うわー! 光輝がここへきてなんか株上げに来てるーーーーー!!!

でも、ホントにそうだ。この二ヶ月半、玲人の転入に大わらわだった。玲人の願いを叶えたくて奔走してた。
神が近くに居すぎて見えてないものもあるのかもしれない。
近くに居すぎて見えてなかった、光輝の気持ちみたいに。

「うん、ありがとう……」

今はお礼しか言えないけど、これからちゃんと、光輝の気持ちも考えていこう。多分、一生懸命言ってくれたんだと思うから。
光輝との出会いが、あかねにとって、光輝にとって、巡り巡ってお互いの人生を豊かに彩るものなのなら、あかねの運命の相手は光輝だと思うから。

だから、一生懸命考えよう。

二人は長くなった影を踏みながら、再び家路を辿った。


翌朝、あかねが玄関を出ると、門扉の所には既に光輝が待っていた。

「お……、おは、よ……」
「はよ」

告白翌日だと言うのに平気な顔をしている光輝に気まずくてどう接したらいいものか悩んでいると、光輝が息を漏らして笑った。

「昨日のことは気にすんな。あかねが自分で答え見つけた時に、それ教えてくれたら良いから」

門扉まで歩み出ていたあかねの頭をポンポンとやさしく撫でてくる。いつもの光輝じゃないみたいで、ちょっと変な感じがする。

「う、うん……」
「分かったら、行こうぜ。遅れるぞ」

光輝が、門扉を開き掛けていたあかねの手を取る。びっくりしたけど、傷付けるかもしれないと思うと振り払うことも出来なくて、あかねは手を引かれたまま駅へ向かった。

改札を入る時に放してくれた手は、学校の最寄り駅で改札を出るとまた捕らえられてしまって、登校中の同学生がいっぱいいる中で、恥ずかしいと感じてしまう。

「こ、光輝……。離して欲しいんだけど……」

やっぱり自分からは振りほどけなくて問うと、光輝はちらっとあかねを見たが、手を引いたまま歩いて行ってしまう。その時。

「おはよう」

後ろから掛けられた声に飛び上がるほど驚く。桃花と玲人が登校してくるところだったのだ。

「お、おはよ……」
「あら? 高橋さんは結局小林くんとまとまったの?」

桃花の邪鬼のない問いを速攻否定する。

「ち、違うから!! ええと……、そう! ちょっとコケちゃって……」

全くの言い訳を口にすると、サッと玲人が心配そうな顔になった。

「えっ、大丈夫なの? シップとかしてないみたいだけど、手当はした?」

思いの外大袈裟に伝わってしまっていると気付いたあかねは焦って、だいじょーぶだいじょーぶ! と笑ってみせた。

「大したことはないんだ! でも心配してくれてありがとう!」

そう応えると、玲人は幾分表情を和らげた。どうやら安心してくれたようだった。そこへ。

「暁が心配する必要はない。こいつは()()ちゃんと見てるし」

棘のある言い方で、光輝が玲人に言い放った。玲人がぐっと詰まって何も言えなくなったのを尻目に、あかねの肩を抱いて校門をくぐっていく。なぜか剣呑な雰囲気の光輝が疑問で、あかねは光輝の言動を正した。

「光輝、あんな言い方はないと思うよ? 玲人くんはただ心配してくれただけで……」

だけど光輝はあかねの言葉に頷かず、反対にどこか怒った様子であかねに詰め寄った。

「お前はあいつと諸永がまとまって欲しいんじゃなかったのかよ」
「そ、それはその通りなんだけど……」

でも、玲人に対してあんなにあからさまな敵対意識を持たなくてもいいではないか。玲人は神だとあかねが言ってるんだから、光輝が玲人を敵視する必要がない。

「悪いけど、俺はあかねに俺だけ見て欲しいから、あかねが見る男はことごとく蹴落とすよ」

蹴落とすって物騒だな。

あかねがそう思って戦慄していると、光輝は不服そうに背後、つまり今校門をくぐって来た玲人たちを見た。

「あかねの作戦を否定するわけじゃないけど、暁は絶対諸永の事、恋愛的な意味で好きってわけじゃないと思うんだ。だから余計に、あいつにはくぎ刺しとかないといけないって思ってる」

恋愛って、そういうものなんだろうか。桃花のように、誰よりも相手のことを知りたいと思ったり、光輝のように他の誰もを蹴散らしたい気持ちになったり。
そうだとしたら、なんて視野の狭い感情なんだろう。それでもみんなが恋愛をしたいと思う理由は何だろう。推しを崇める尊み以上のなにか、みんなを捉えて離さないものがあるのだろうか。

「よく……、わかんないな、そういう気持ち……。それに、光輝がそう思うんだとしても、私は光輝の所有物(もの)じゃないし、私が誰と関わっても関係ないでしょ、って思っちゃうけどな……」

悩みながら呟いた言葉を、光輝はじっとあかねの目を見て聞いてくれた。そして先程の苛立った様子からは一転、いつも通りの調子で続けた。

「あかねはさ、恋に恋したままなんだと思うよ。『暁玲人』の偶像に恋して、それが基準になってる。だから気持ちがきれいごとだけで済まされてるって気がする。んで、きれいごと以外の感情は受け止められないんだろうな。俺、あかねが『推しは遠くから眺めてるのがいい』って言ってるの聞いて、そうじゃないかって思ったんだよ。偶像の暁玲人は特定の人を好きになって固執したりしないもんな」

光輝の言葉に思い出したことがあった。
屋上で玲人に詰め寄られたとき。あの時あかねは玲人のことを、どこか怖いって思ったんだった。ドラマとかで見てた男っぽい表情の中に、余裕のない切羽詰まった様子が垣間見えて、それを怖いと思ったのだった。
確かにいつも余裕を持った、穏やかな玲人しか知らなかった。それが起因しているのだろうか。

「じゃあ、やっぱり私は玲人くんに相応しくなかったね。無意識だったけど、諸永さんと引き合わせたのは成功だったよ」

玲人の為に力になれた。そう喜んでいるあかねに、光輝はでもさ、と続けた。

「それはあかねの解釈ってだけで、暁があかねの思ってるような人間かどうかは分からないだろ? 確かに推しとして素晴らしい人間だったかもしれないけど、暁だってやっぱり一人の人間だし、一人の男だよ。あかねが暁のことを恋愛対象として見られないっていうのとおんなじくらい、暁が本気だったかもしれないことは、分かっておいた方がいいと思う。その可能性を考えると、俺は暁と仲良く出来ない、ってだけだよ」

ちくり。

細くて鋭い針が、あかねの心臓の奥に刺さる。どこかで見て見ぬふりをしていた仮説の中の岐路に、あかねは立たされた。

そうなんだよな。桃花とのことはあかねが押し付けただけで、玲人の意向を一切汲んでない。桃花たちが触れ回っている玲人との交際について、玲人は何の否定もしていないと言う。どうやら周囲の解釈に委ねているようだったが、桃花と引き合わせたことは玲人に呆れられても仕方ないことだったと思う。

そう思うと玲人の好意に応えなかったばかりか、あかねの人生を照らしてくれた玲人に、恩を仇で返したことになった訳だ。
愛想をつかされても仕方ないと思うのに、少なくとも玲人は先程のように、クラスメイトとして程の感情はあかねに向けてくれるみたいだ。ああ、なんて神な対応だろう……!

ReijiAkatsuki is Super GOD!!! 今日もあかねの神は輝いている! サンクスマイゴッド!!!!!

あかねは玲人の転入以来、何度噛みしめたか分からない気持ちを、今日もまた噛みしめてた。




いよいよ木枯らしが吹きすさんでますます寒い季節となって来た。あかねがいつも通り光輝と登校してくると、バシャッ! と、突然園芸委員が使うバケツに入れた水を掛けられた。
ぽたぽた落ちる少し土気のにおいのする水。暦は十一月下旬に差し掛かっており、流石にこの気候で水浴びは勘弁願いたい。

……などとあかねが思っていると。

「おい、なにしてんだ、お前!」

光輝がバケツを持った女子の腕を捻りあげていた。流石にあかねも慌てる。

「ちょちょちょちょ! 光輝、落ち着いて! 相手は女子! 女の子だよ! 光輝の力で捻りあげたら、怪我しちゃうよ!」
「お前そんなこと言って……」

おそらく、るんだ、と続くはずだった光輝の言葉に、女子のキレまくった甲高い声が響く。

「ふん! 善人ぶったって、あんたの根性悪い所なんて、みんな知ってるんだからねっ! 暁くんと小林くん、二人をたぶらかして手玉に取って、さぞかし気分がいいでしょうね! あんたのそういうところ、サイッテー! 女の風上にも置けないわ! あんたなんて泥水被ってればいいのよ!」

これはもしや、玲人の刷り込みひよこの件と光輝の昨日の告白の恨みによる凶行? 光輝の告白は兎も角、玲人は今や桃花とまとまりつつあるんだから、あかねは関係なくない?

とはいえ、過去に鶏ひよこだったことは事実なので、彼女の怒号は甘んじて受ける。

「私が二人をたぶらかしたつもりはないけど、そう見えてたのなら、ごめんなさい。でも、玲人くんのことは恋愛的にまるっきりノータッチだし、光輝のことは今は幼馴染みとしてしか見れないから、あなたが心配しなくても、時間が解決すると思うわ」

ペコっと彼女に頭を下げると、彼女は悔しそうに顔をゆがめた。

「そうやって善人ぶって頭下げるところが、なお気に入らない! 言っとくけど謝んないからね! みんなが思ってることを、私が代弁しただけなんだから!」

彼女はそう叫ぶと、校舎の方へ行ってしまった。流石に彼女の叫びが聞こえたのか、登校したばかりの玲人も慌ててこちらにやって来た。

「あかねちゃん、大丈夫?」

鞄から出したタオルで頭を拭ってくれる玲人にありがとうと言うと、光輝があかねの手を引っ張った。

「兎に角、濡れた制服ジャージに着替えろ。風邪ひくぞ」
「うん。あ、玲人くん、気にしないでね。ここまでのことは流石になかったけど、今までの経験で慣れてるから」

ひらひらと玲人に手を振り、特別教室へと急ぐ。少し茶色い水滴を落としながら特別棟の一番手前、地学室に入るとカーテンを閉め、鞄に入れていたジャージを取り出す。
ブレザーとカーディガンを脱ぐと、ブラウスは少し湿ってしまったが、土の汚れは付いていなかった。ホッとしてブラウスを脱いでジャージを手に取ろうとしたところで、コンとノックがあった後ガラッと扉が開いた。

「あかねちゃん、カーディガン濡れちゃってない? 僕ので良かったら着て……」
「あっ、てめ、なにしやがんだ。カーディガンなら俺の……」

…………。

多分、この時期の防寒具であるカーディガンが濡れたことを気にしてくれたのだろう。代わりとして差し出された二人のカーディガンに罪はない。
罪はないけど。

「わ―――――――――――!!!!!!」

ドアのすき間から姿を見せた玲人と光輝を前に、流石に女子として叫び声が出た。

「う、わっ、ご、ごめん!! 悪気はないよ!!」
「みっ、右に同じ!」

二人分のカーディガンを残してパシン! と閉められた扉がむなしい。そりゃ、悪気がないのなんて百も承知だけど!!!!

(ってか、絶対見られたよね!? 私の貧相な体!! 先期の若手ドラマ女優ランキングトップ3との魅惑的なグラビアを撮ってた玲人くんに!!!!!)

死ぬ思いとはこういう事か!!! 玲人が隣の席に来た時とは違った世界の終わり感!!!

「っていうか、あかねちゃん着替えるの速すぎでしょ!! 頭とか拭いた!?」
「熱でも出したら、俺も今回の件おばさんに説明するの、困るぞ!」

扉の向こうの廊下で二人が叫んでる。そうか、ジャージが妙にしっとりしてるのは髪の毛を伝うこの水滴の所為か。流石に風邪を引くのは避けたい。

「い、いやごめん。私も慣れてるとか言っておいて、結構動揺してたみたい。まだ拭いてない、拭く……」
「そうしてよ! 風邪ひいちゃうよ! あと、僕行くけど、あったかいコーヒー買ってきたから、飲むなり湯たんぽにするなりして」
「俺も消えるから!」

廊下をバタバタと走る音が遠ざかる。

ああもう、恥ずかしい。さっさと着替えよう。二人が置いて行ったカーディガンのうち、やはり玲人のものを選んでしまうのは信仰心からなのだろうか。
ありがたみがありそうであかねはそれをありがたく借りることにして、暖房の点いていないひんやりとした地学室でカーディガンを内側に着込んだジャージ姿になると、ポケットにコーヒー缶を突っ込んで教室へ入室した。

自席にカタンと鞄を置けば、ぎこちない素振りの玲人に恥ずかしさが募る。光輝もあかねから見て斜め前の方からチラチラとこちらを窺ってる。うああああ、今日一日、いやこれからどうやってクラスで過ごしていけばいいんだ!!

などと思っている間に、本冷が鳴って、ホームルームが始まった。


「あー、今日の日直は……、暁と高橋か。後で職員室に来なさい」

朝のホームルームの時に担任にそう言われたので、微妙な沈黙を保ちながら二人で職員室に行く。
職員室へ行けば、今年のハロウィンパーティーの注意事項を書いたプリントを渡された。プリントは学校側からの注意事項と、生徒会からの進行表。これを配っておけという事らしい。

「へえ、塚原はハロウィンパーティーもやるの」

玲人が努めて明るく振舞おうとしているので、あかねも倣う。

「そ、そうなの。去年の生徒会執行部が先生方と掛け合ってくれて全校でやったら大盛り上がりで。生徒が楽しめるならって、先生方が今年も許可してくれたみたいね」

自由な気風はあかねがこの高校を気に入っている理由の一つだ。

「文化祭みたいに外部に公開しないから、本当に自分たちだけで楽しむって感じね。見せる必要がないから、準備も個人個人だから気楽よ」

あかねはプリントを見ながら玲人に説明した。

「6限目のホームルームを使ってパーティーをするの。飾り付けはクラスによってしたりしなかったりね。ゲームにトップで勝った人が生徒会提供の景品を貰えるの。その後、生徒会からの差し入れでお菓子の差し入れがあって、それを食べながら閉会。でも、そのパーティー中にカップル決める子たちも、居るわね」

そういうカップルはハロウィンパーティーの後、一緒に帰る。そうプリントを見ながら説明して、ふと視線を感じたので顔を上げると、なんだか頬を赤くした玲人が見つめて来ていてちょっときょどる。

「な、なに?」
「い、いや、さっきはホントにごめん……」

あああああ、また恥ずかしさがぶり返してしまう!!! 振り返られなければ平気な顔も出来るのに、こういう事案はそっとしておいて欲しい!!!

「で、でも、僕のカーディガンをあかねちゃんが着てくれてるのを見るのは、ちょっと嬉しいかな……」

カーディガン……。

カーディガンは勿論男子用と女子用でサイズが違うので、玲人のカーディガンを借りているあかねは、今、ジャージの袖口から大きめのカーディガンが覗いている。プリントを持っていたあかねの手元を見た玲人が、それに気づいたのだった。

かああああ、と顔から火を噴く思いだ。なんというか、玲人に体を包まれているような……????

自分の発想にぶわああああ、と顔といわず全身の汗腺から汗が発汗する勢いだ。

(いやちょっと待った、私!!! 別にエロいことは考えてない!!! 事実!! カーディガンを借りてるのは事実だから!!!)

「いや!? そこに物の貸し借り以外の感情は何もないよね!?!? 天下の暁玲人ともあろう人が、そんなよこしまな事考えないよね!?!?」

必至で取り繕うあかねに、玲人は顔を赤くした。

ちょっと待ってえええええええ!!! 推しが!!! エロいこと考えてる!!! ジーザス!! オーマイゴット!!

「あかねちゃん。あの、ええと、すごいきれいだったから……!!」

ギャーーーーーーーー!!! もはや何を言われても辛い!! 推しの脳内に自分の醜い姿が記録されたのかと思うと、そこだけ脳内メモリを消去したい!! 人体専用脳内メモリ消去アプリの開発はまだ!?!?

などとあかねがとち狂ったことを考えても、まあ仕方のないことだった。


日直の仕事はまあまあある。黒板を綺麗にすることや、授業で使う教材の運搬、担当教諭の用事もこなさなければならない。あかねは朝のハロウィンプリントに続き、授業に使う地図の設置やプリントの回収・教師への提出もろもろ、忙しく働いていた。今も三種類のプリント冊子を古文の先生から受け取って教室へ帰るところだ。

っていうか、先生、プリント好きだよね? 自分の考えを反映させやすいのか?

などと考えながら、廊下を教室へと急ぐ。今日は一刻も早く学校から立ち去りたい。否、玲人と光輝の前から、だ。

「結構あるね。これ配ったら今日は終わりなの?」
「そ、そう。あとは日誌を書くだけ。私が書いちゃうから、玲人くんは先帰っていいよ」
「そんなの悪いよ。僕も一緒に書く」

ううう、いつもは嬉しい同じ時間を過ごす作業も、今日は恥ずか死にしそうなくらい辛い……。

そんな話をしながら冊子を抱えて職員室の廊下を曲がり、階段へ出ようとしたところで、正面の誰かにぶつかった。冊子がばらばらと落ちるが、あかねは先にぶつかった人に謝った。

「ごめんなさい、大丈夫ですか……」

ところがぶつかった相手を見てみたら、なんと光輝だった。朝の一件があっても、光輝にはまだ普通で居られた。

「って、光輝! なんでそんなとこに突っ立ってんのよ。プリントばらまいたじゃん!」
「C組で古文のプリント冊子が三種類配られたって聞いてたから、手伝いに来たんだけど……」

光輝はむすっとしながらそう言って、あかねがばらまいた冊子を拾い始めた。あかねも玲人も手に残っていたプリント冊子を置いて、散らばった冊子を集める。

「もう……。ぶつかったのは悪かったけど、突っ立っててぶつかる要因になったのは光輝なんだから、こっちは光輝が持って」

しかしやはり感じる多少の恥ずかしさも手伝って、文句を言いながら拾い集めた冊子を光輝に持たせると、あかねと玲人は自分が持っていた冊子を持った。

「っつーか、手伝いに来たんだって言ったじゃん。お前冊子積み過ぎで前見えてないだろ。もう少し寄越せ」
「あ、それなら僕ももう少しなら持てるよ。あかねちゃん、足元見えてないでしょ。危ないよ」

あかねの両側から冊子が引き抜かれ、視界が開ける。玲人の隣でぎこちなくも安心したあかねの頭上で光輝と玲人が、しかし口喧嘩を始めた。

「っていうか暁てめえ、日直かこつけてあかねと二人になろうなんざ、俺の目が黒いうちは許さねーからな」
「あはは、小林くん何言ってるの。これは純然たる日直の仕事だし、職員室には先生方がいらして、廊下にもほらいっぱい生徒がいるでしょ。何も二人っきりになんてなってないよ」
「二人っきりになって無けりゃいいと思うなよ。周囲のガヤなんざ、お前ら二人が小声で話をしたら、聞こえない距離感なんだってことを認識しろ。つまりお前ら二人が二人だけで居ることが既に二人っきりってことなんだよ」

あわわわわ。純粋に日直の仕事をしているだけの玲人に、光輝が食って掛かってる。何故だ、そんなに玲人が気に入らないのか。『あかねが見る男はことごとく蹴落とす』って言ってたけど、玲人のことをよこしまな目で見たわけじゃないのに、なんでそうなるんだ!

「もー、光輝! 玲人くんも言ってるけど、これは日直の仕事! 玲人くんに含みがある訳ないじゃない! 玲人くんには諸永さんが居るんだからね? 忘れたわけじゃないでしょ?」

光輝の背後に立ち上る嫉妬(?)の火消しをしようと頑張ったのに、あろうことか玲人が火に油を注いだ。

「あーもう、何度言ったら分かるのかなあ。確かに諸永さんとも仲良くさせてもらってるけどさ、あかねちゃんとは違うんだよ」

玲人の言葉に光輝の炎が瞬く間に大きくなる。

「だからお前は野放しに出来ねーんだよっ! 他の誰を野放しにしても、お前だけはぜってー好きなようにはさせねー! 大体あかねはお前のこと恋愛感情で見れないって、あかね自身が何度も言ってるだろーが!」
「そんなのどう変わるか分かんないじゃない。十年間僕の事応援してくれた女の子が、僕の事嫌いなわけはないと思うんだよなあ」

エトセトラエトセトラ。
光輝も光輝なら、玲人も玲人だな!? 桃花のことはどうとも思ってないのか!? 折角あかねが仕立てた学園ロマンスラブストーリーなのに!!

「ストップストップストーーーーーップ!!! まず光輝! 私はあんたを幼馴染み以上に見られないってことはもう一回言っておくわ。それと私の視線の先を四六時中監視するのはやめて! 私にだって自由があるべきでしょ。それに玲人くん! 玲人くんは諸永さんと誠実に向き合うべきだわ。今朝だって一緒に登校してきてたじゃない! 玲人くん待望の『普通の高校生としての恋愛』は、玲人くんとつり合いの取れる女子とするべきだと思うな!?!?」

あかねの必死の牽制の言葉に両者から反論が来る。

「恋愛感情覚えません、って言われて、はいそーですか、って諦められたら世話ないんだよ! そんなこと出来てたらとっくの昔に諦めてるっつーの! だから暁に妬くなって言われたって無理なの!!」
「つり合いの取れてる恋愛なんて作り物(ドラマ)の見すぎじゃないの? あかねちゃん。恋ってそんな上っ面を取り繕うようなものじゃなくって、もっと心の底からの感情なんじゃない? 誠実さだけじゃ片付けられない感情が恋でしょ?」

両者ともあかねを諦めないと言ってくる。

そんなことして欲しわけじゃないんだ!! 収まるべきところに綺麗に収まって欲しいだけなんだ!! そこにあかねはいない筈なんだ!!

……って思っても、懇々と訴えてくる二人の熱量に圧倒されて、言葉も出ない。ついでに朝のこともあって恥ずかしすぎて二人を間近に見ることが出来ない。ヒートアップした二人のやりとりを見て居た生徒たちの中で、あかねに出来たことといえば。

「わっ、私はどっちとも無関係なんだからーーーーーーっ!!!」

と言って逃げ去ることだけだったが、教室に日直日誌が残っていた為、結局玲人に捕まり、光輝に追いつかれた。

死にそう……。死にそう辛い……。私はもう少し平穏な日々を送りたい……。

あかねがそう思ってしまっても仕方がないことだった。




そしてやって来たのがハロウィンパーティーだ。みんなホームルームを前に、思い思いの軽い仮装をしながら賑やかにしている。そして時間になれば校内放送がアッパーな曲を流し出して、各クラスは一気に大盛り上がりだ。

かくいうあかねのクラスでもチームごとに分かれてゲームが始まり、みんなが応援でわーわー言ってる。一直線に並んだろうそくを、息だけでどれだけ遠くまで消せるか、だとか、樽にナイフを刺して、人形がいつ飛び出るかを競ったり、伝言ゲームなどもやっていた。

やがてゲームは佳境に入り、王様ゲームが始まった。裏返しに配られた番号を記した100均の棒を教師が配る。棒の使い方が横向きで不思議だったが、あかねは28だった。うん、引くカードまで凡人。きっと玲人は1番とか引いてるに違いないし、光輝もそこそこいい番号を引く気がする。先生がまず、王様に挙手させる。挙手した王様は、楽しそうに命令を下した。

「14は21の混ぜたドリンクを飲む~!」

飲み物はお菓子と一緒に生徒会から配られていて、購買部で売られている炭酸ジュースやヨーグルトドリンク、お茶などが供託に並べられていた。21番の棒を掲げた女子が立ち上がり、コーヒーに林檎ジュースを混ぜて14番の男子に手渡す。コーヒーの色で微妙さは分からないけど、コーヒーに林檎の酸味が加わったらどんな味になるのだろう? と脳内ひやひやものだ。

「うえっ! まっず!! まっずううう!!! なんか舌に残るう~~~!」

飲んだ男子がぺっぺっとジュースを吐き出す真似をすると、教室にどっと笑いが起こる。男子が口直しに水を飲むと、棒が配り直されて次の王様だ。

「9と33は手を繋ぐ~。そして次の命令まで手を繋いでる~」

王様の命令にクラス中が色めき立つ。しかし立ち上がったのは、柔道部の男子とバスケ部の男子だった。これには抱腹絶倒の爆笑が起きる。あかねもお腹が痛くなるくらい笑った。王様が二人を教卓の前に呼び、そこで手を繋がせる。

「きしょいじゃん、鳥肌立つわ」
「こいつ、手ぇ汗ばんでる!」

そんな、如何にも嫌そうな二人の顔を眺めながら次の王様を選び出す。先生が番号の棒を集めて配り終わるまで三分もなかったけど、王様が立ち上がった時に二人の男子はぱっと手を放してお互いに体を背けて嫌そうにしてた。
その後も何度か王様が立ち上がり、教室の時計を見る限り最後の王様だな、と思った時に、優菜が王様を引き当て、挙手して立ち上がった。

「28番は~」

あかねの番号を知らない筈なのに、優菜はあかねを指名した。

「9番と今日一緒に下校する~」

優菜の命令にどよどよどよっとざわめきが沸き起こった。ハロウィンパーティーの後に一緒に下校する男子女子が居たら、その二人はカップル認定される。9番は誰なのだろう。恐る恐る手の中の番号棒を確認してから立ち上がると、その姿を見てガタン! と立ち上がったのは番号棒を持った拳を振り上げた光輝だった。

クラスの中にざわざわと言う、何とも形容しがたいどよめきが、主に女子たちの間から起こる。かみ砕いて表現するなら、玲人よりはいいけど、もっと他の生徒が当たればよかったのに、とでも言おうか。兎に角あかねと光輝がハロウィンカップルとして下校することを好意的に見ていないざわめきだった。

一方の光輝はどこか挑戦するかの如く、一点を見つめていた。……その視線はあかねではなく、玲人に向けられていた。

……何故、今この時点で、光輝が玲人を睨みつけているのだろう?

そう思って玲人の方を窺うと、玲人はそうっと棒の番号が書かれてある先っぽを握りしめて見えないようにしていた。

(……なに?)

あかねが疑問に思っているうちに校舎にチャイムが響きわたった。ハロウィンパーティーは終わりだ。あとは終礼を受けて帰るだけ。
鞄を持った光輝があかねの所に来て、帰ろ、と促す。しかしその視線はチラチラと隣の席の玲人に向かった。
なんだろう? 光輝は急に機嫌が悪くなった気がする。

「どうしたの、光輝。玲人くんに何か……」

光輝に不機嫌の理由を問おうとしたあかねの言葉に、玲人が被せる。

「あかねちゃん、お先に」

玲人はそれだけ言うと、席を立った。教室を出ようとする玲人の肩を、光輝が追いかけて掴む。

「なんでなんも言わねーんだよ」

玲人を問い詰める光輝が凄むように言うが、しかし何を問い詰めようとしているのか分からない。なのに玲人は光輝の脅しの意味が分かったみたいに、いいじゃない、と笑った。

「どうせ僕が当たってても、駅までしか一緒に帰らない。駅からは小林くんと一緒に帰ることになるんでしょう? だったら、三人で仲良くお手々つないで駅まで帰るよりも、すっきりするじゃない」
「なんだ、それ。イカサマに権利譲るってのかよ。全校生徒に堂々と示せるチャンスって思わねーのかよ!」

光輝が玲人の襟を掴んで、教室の扉にガン! と体を押し付ける。対する玲人は、真っすぐに光輝を見た。

「校内の習慣に乗じてあかねちゃんと恋人になろうなんて思ってない。あかねちゃんに選んでもらうまでは、小林くんにも僕にも、チャンスはあるんだから」

カラン、と回収されなかった玲人の番号棒が床に落ちる。その番号は9番だった。光輝も持っていた番号棒を放り出す。カラカラと由佳に落ちた棒に書かれてあった数字は確かに9に見える、しかし〇の下にアンダーバーが書かれてある「6」だった。

「棒が配られたときに、暁がどっちが上かって確認してたのが見えたんだよ。だから、ぜってー6か9だと思った。俺に6が配られたから、暁は9って分かってたんだよ」

俺は。

光輝の言葉は続く。

「俺はあかねを捕まえときたいから、その為には何でもする。外堀から埋めるんだってなんだって。お前にその気概がないなら、さっさとあかねの前から消えちまえ」

それを言うだけ言って、光輝はあかねの手を引いて教室から出た。ぎゅうっと握られた手を振りほどきたいのに、それもしてはいけないような気がして、結局玲人と光輝のことを、どうにもできない。
冷たい視線が背中に突き刺さっているのを、あかねはしっかり感じていた。




玲人と光輝のやり取りあれこれは瞬く間に全校女子に流布された。おかげで桃花たちの努力むなしく、あかねは二人のイケメンを惑わす悪女として女子たちに再度敵意の目を向けられてしまった。おかげでまた靴箱から上履きがなくなっていたり、教科書が破られたり、体操服のジャージがごみの集積所に捨てられていたりと、散々な意地悪が再開した。光輝と共に学校生活を送ってきていて、まあまあ慣れていた仕打ちだったけど、玲人が桃花と公認になって以来収まっていたので、再びやられると、ちょっと心に傷を負う。

「誤解なのにー!」

昼食時に、あかねは優菜に泣きついた。優菜もやれやれといった感じだが、慰める言葉は飾らない。

「だって事実なんでしょ、どっちにしても。それじゃあどっちかを選ぶか、他の誰かを選ぶかしないと、この騒ぎは収まらないでしょ」
「光輝は問題外だし、玲人くんとは次元が違うから無理」

不貞腐れながら応えるあかねに、優菜は仕方ないなあ、と言いつつ、机に肘を乗せてあかねの方に顔を寄せた。

「それじゃあ、取り敢えず私が出来ることを協力してあげるから、後は自分で善処しなさい」

そう言って優菜は自分の考えた案をあかねに伝授してくれた。みんなを欺くような気がして気が載らなかったけど、このまま玲人についても光輝についても、みんなに誤解されたままも辛いなと思って、最終的には予鈴が鳴る直前に頷いた。