翌朝、あかねが玄関を出ると、門扉の所には既に光輝が待っていた。

「お……、おは、よ……」
「はよ」

告白翌日だと言うのに平気な顔をしている光輝に気まずくてどう接したらいいものか悩んでいると、光輝が息を漏らして笑った。

「昨日のことは気にすんな。あかねが自分で答え見つけた時に、それ教えてくれたら良いから」

門扉まで歩み出ていたあかねの頭をポンポンとやさしく撫でてくる。いつもの光輝じゃないみたいで、ちょっと変な感じがする。

「う、うん……」
「分かったら、行こうぜ。遅れるぞ」

光輝が、門扉を開き掛けていたあかねの手を取る。びっくりしたけど、傷付けるかもしれないと思うと振り払うことも出来なくて、あかねは手を引かれたまま駅へ向かった。

改札を入る時に放してくれた手は、学校の最寄り駅で改札を出るとまた捕らえられてしまって、登校中の同学生がいっぱいいる中で、恥ずかしいと感じてしまう。

「こ、光輝……。離して欲しいんだけど……」

やっぱり自分からは振りほどけなくて問うと、光輝はちらっとあかねを見たが、手を引いたまま歩いて行ってしまう。その時。

「おはよう」

後ろから掛けられた声に飛び上がるほど驚く。桃花と玲人が登校してくるところだったのだ。

「お、おはよ……」
「あら? 高橋さんは結局小林くんとまとまったの?」

桃花の邪鬼のない問いを速攻否定する。

「ち、違うから!! ええと……、そう! ちょっとコケちゃって……」

全くの言い訳を口にすると、サッと玲人が心配そうな顔になった。

「えっ、大丈夫なの? シップとかしてないみたいだけど、手当はした?」

思いの外大袈裟に伝わってしまっていると気付いたあかねは焦って、だいじょーぶだいじょーぶ! と笑ってみせた。

「大したことはないんだ! でも心配してくれてありがとう!」

そう応えると、玲人は幾分表情を和らげた。どうやら安心してくれたようだった。そこへ。

「暁が心配する必要はない。こいつは()()ちゃんと見てるし」

棘のある言い方で、光輝が玲人に言い放った。玲人がぐっと詰まって何も言えなくなったのを尻目に、あかねの肩を抱いて校門をくぐっていく。なぜか剣呑な雰囲気の光輝が疑問で、あかねは光輝の言動を正した。

「光輝、あんな言い方はないと思うよ? 玲人くんはただ心配してくれただけで……」

だけど光輝はあかねの言葉に頷かず、反対にどこか怒った様子であかねに詰め寄った。

「お前はあいつと諸永がまとまって欲しいんじゃなかったのかよ」
「そ、それはその通りなんだけど……」

でも、玲人に対してあんなにあからさまな敵対意識を持たなくてもいいではないか。玲人は神だとあかねが言ってるんだから、光輝が玲人を敵視する必要がない。

「悪いけど、俺はあかねに俺だけ見て欲しいから、あかねが見る男はことごとく蹴落とすよ」

蹴落とすって物騒だな。

あかねがそう思って戦慄していると、光輝は不服そうに背後、つまり今校門をくぐって来た玲人たちを見た。

「あかねの作戦を否定するわけじゃないけど、暁は絶対諸永の事、恋愛的な意味で好きってわけじゃないと思うんだ。だから余計に、あいつにはくぎ刺しとかないといけないって思ってる」

恋愛って、そういうものなんだろうか。桃花のように、誰よりも相手のことを知りたいと思ったり、光輝のように他の誰もを蹴散らしたい気持ちになったり。
そうだとしたら、なんて視野の狭い感情なんだろう。それでもみんなが恋愛をしたいと思う理由は何だろう。推しを崇める尊み以上のなにか、みんなを捉えて離さないものがあるのだろうか。

「よく……、わかんないな、そういう気持ち……。それに、光輝がそう思うんだとしても、私は光輝の所有物(もの)じゃないし、私が誰と関わっても関係ないでしょ、って思っちゃうけどな……」

悩みながら呟いた言葉を、光輝はじっとあかねの目を見て聞いてくれた。そして先程の苛立った様子からは一転、いつも通りの調子で続けた。

「あかねはさ、恋に恋したままなんだと思うよ。『暁玲人』の偶像に恋して、それが基準になってる。だから気持ちがきれいごとだけで済まされてるって気がする。んで、きれいごと以外の感情は受け止められないんだろうな。俺、あかねが『推しは遠くから眺めてるのがいい』って言ってるの聞いて、そうじゃないかって思ったんだよ。偶像の暁玲人は特定の人を好きになって固執したりしないもんな」

光輝の言葉に思い出したことがあった。
屋上で玲人に詰め寄られたとき。あの時あかねは玲人のことを、どこか怖いって思ったんだった。ドラマとかで見てた男っぽい表情の中に、余裕のない切羽詰まった様子が垣間見えて、それを怖いと思ったのだった。
確かにいつも余裕を持った、穏やかな玲人しか知らなかった。それが起因しているのだろうか。

「じゃあ、やっぱり私は玲人くんに相応しくなかったね。無意識だったけど、諸永さんと引き合わせたのは成功だったよ」

玲人の為に力になれた。そう喜んでいるあかねに、光輝はでもさ、と続けた。

「それはあかねの解釈ってだけで、暁があかねの思ってるような人間かどうかは分からないだろ? 確かに推しとして素晴らしい人間だったかもしれないけど、暁だってやっぱり一人の人間だし、一人の男だよ。あかねが暁のことを恋愛対象として見られないっていうのとおんなじくらい、暁が本気だったかもしれないことは、分かっておいた方がいいと思う。その可能性を考えると、俺は暁と仲良く出来ない、ってだけだよ」

ちくり。

細くて鋭い針が、あかねの心臓の奥に刺さる。どこかで見て見ぬふりをしていた仮説の中の岐路に、あかねは立たされた。

そうなんだよな。桃花とのことはあかねが押し付けただけで、玲人の意向を一切汲んでない。桃花たちが触れ回っている玲人との交際について、玲人は何の否定もしていないと言う。どうやら周囲の解釈に委ねているようだったが、桃花と引き合わせたことは玲人に呆れられても仕方ないことだったと思う。

そう思うと玲人の好意に応えなかったばかりか、あかねの人生を照らしてくれた玲人に、恩を仇で返したことになった訳だ。
愛想をつかされても仕方ないと思うのに、少なくとも玲人は先程のように、クラスメイトとして程の感情はあかねに向けてくれるみたいだ。ああ、なんて神な対応だろう……!

ReijiAkatsuki is Super GOD!!! 今日もあかねの神は輝いている! サンクスマイゴッド!!!!!

あかねは玲人の転入以来、何度噛みしめたか分からない気持ちを、今日もまた噛みしめてた。