*
翌日の朝。家を出た時に既に門扉の前に居た光輝に体調を聞かれたけれど、少したんこぶは出来たくらいで、それも触らなければ痛くない。
「だいじょーぶだいじょーぶ! 健康には自信あるの、光輝なら知ってるでしょ? 寝不足は仕方ないわ。みんなめちゃくちゃ頑張ってたもんね?」
「それはそうだけど、『夢の中で推しと会いたいから』って言って、睡眠も十分とる派だったのを頑張りすぎてんだよ。去年はさほどでもなかったじゃん。やっぱ、暁が中心に居たから?」
図星を指されて、照れくさくなる。なんといっても去年と今年では状況が違い過ぎるではないか。仕方ないと笑って欲しい。
「でも、これでもう当分無理するようなことはないし、安心して? 兎に角ガッコ行こう」
光輝はあかねに促されるように駅へ向かった。
しかし、元気に校門をくぐり、教室に行こうと二階まで階段を上り終えた時に、二十人ほどの女子のグループに掴まってしまった。
「高橋さん、話があるの」
とても温和な話し合いではなさそうな空気を漂わせて、グループの一人が言った。それに光輝が抗ってくれる。
「おい、あかね連れて何処行こうっていうんだよ。不穏な空気漂わせてんなよ」
「小林くんは黙ってて。あなたが庇い立てしたって、この子の罪は変わらないんだから」
罪!? 罪って、あかねはキリストなのかな!? このまま十字架に張り付けられるの!?
なにより驚いたのは、光輝に対して高圧的に出ている女子(とその仲間)が、この前まで光輝にミーハーしてた子たちだったことだ。全くもって、女心は秋の空だなあ、としみじみ思う。
そんなわけで、あかねは屋上に拉致された。
体感的になのか心情的になのか分からなやや冷たい風が吹きすさび、あかねは女子グループに囲まれた。みんな顔が殺気立っていて、先日玲人に告白されたときには教室には他に誰も居なかった筈なのに、これは多分玲人の態度の所為だな、とあかねは頭を抱える。
「高橋あかねさん、……で良いわよね? 暁玲人くんと同じクラスの」
「……はい」
あまり抵抗しないようにしようと、相手の出方を窺うように返事をすると、グループの一人が一歩前に歩み出て、あかねの前に立った。
「はっきり言うわ。良い子面して玲人くんの興味を引くなんて、ファンの風上にも置けない、最低な女ね、あなた。全国の玲人くんファンの代表として、制裁を加えます」
制裁!? これまた時代錯誤な言葉が出たな!? っていうか、全国のファンを代表とか言いつつ、目つきがめっちゃ私怨だよね!? っていうか、ついこの前まで光輝とのことで云々言って来てたのに、これだから『恋スル女子』は嫌なんだ!! 私絶対こんな風になりたくないぞ!!
「だ、だったらあなたたちだって、玲人くんのことを本気で考えて上げたら良いのに! だって、玲人くん、『普通の高校生になりたい』って言ったんだよ!?」
あかねの正論は女子の怒りのボルテージを上げた。
「そんなこと、百も承知よ! でも、玲人くんは朱に交われば赤くなるタイプじゃないのよ! 玲人くんのハイスペックな顔や人格が、普通の高校生のわけないじゃない!! それはあなただって、思ってるんでしょ!?」
それはそうだけど!! でも、玲人を思えばこその行動だってできる筈だ。
「でも……っ!」
……と思って、反論しかけた時。
「何してるの」
ガチャっと屋上のドアが開いて、玲人が現れた。ひゅうと秋の風が吹き抜けて、当然その場にいた女子全員が冷たい風に撫でられたように言葉をなくす。
えっ? なんでここに玲人が?
「小林くんが、あかねちゃんが女の子のグループに連れて行かれたって言ってから。もし僕のことで迷惑かけてたらと思って慌てて来たんだ」
その言葉で、女子たちがわっと一斉に玲人の前(つまり、屋上)から逃げて行く。やっぱり悪いことをしたというやましい気持ちがあったのかもしれない。そりゃあ、玲人にこの場で顔覚えられたくないよね。
しかしこれであかねは、自身の意思にかかわらず、ますます全校女子を敵に回したというわけだ。
「ああ~、今は絶対に来ちゃいけないタイミングだったよ、玲人くん……。あの人たちはまだ『FTFの玲人くん』をあきらめられてないだけの人たちなんだから、自然に『塚原高校の暁玲人くん』が馴染むまで、そっとしておいてあげなきゃ……」
あかねはがっくりと肩を落とす。
今の流れで相手が言いたいことを全て言ってすっきりしてしまえば、まだあかねの今後の学校生活の保障は出来たのに、今、玲人があかねを庇うようなそぶりを見せたことで、女子からは二重三重に恨みを買っていそうで、この先の学校生活に暗雲が垂れ込め始める。
この予想は当たる。なんせ光輝の時もそうだったから。
(まあ、慣れてるっちゃあ、慣れてるけど。でもなあ……)
あかねが迫りくる精神疲労を両肩に背負った状態で居ると、玲人が大丈夫? と問うてきた。あかねは内心の不安を表に出さず、あははと笑ってみせた。
「大丈夫。こういうのは光輝で何度も経験してるし、みんなも、しばらくしたらなにもかもが誤解だって気づいてくれると思うよ」
思い起こすも生々しい嫌がらせの数々。通りすがりに知らんぷりされながら髪の毛引っ張られたり、筆記具がなくなっていたり、階段で足を引っ掛けられたこともあった。まあまあ生傷が絶えなかった頃もある。
「それに玲人くんも、今は毛色の違う私を気にしてくれてるだけで、塚原に馴染んだら、きっとホントに好きな人が出来ると思うよ」
そう。玲人ともあろう神(ひと)が、凡人平民のあかねを好きな理由は、みんなと毛色が違って目立っているからってだけのことなのだ。
そのうち皆も玲人に慣れて、普通に接することが出来るようになったら、玲人はその中から『普通の高校生』として、本当に好きな人を見つけると思う。
そうなれば、あかねのことなんて話題にも上らなくなって、あかねは大草原の一本の草に、玲人とその彼女はその草原に咲くきれいな花と蝶々になるんだと思う。そうであってほしいし、そうでなければならない。そう思っていると、玲人がややムッとした顔をしている。
「なんか誤解してる感じがするけど、なんで僕の気持ちをあかねちゃんが決めるのかな。僕の気持ちは僕のものであって、あかねちゃんが決められるものじゃないのに。ついでに言うと、僕にだってどうこう出来るものじゃないよ。あかねちゃんを好きだって気持ちは、自然に芽生えて僕の中に根付いてるんだから、僕にだって引き抜きようがない」
玲人が一歩、あかねの方に歩み寄った。たった一歩。ほんの五十センチを詰められただけなのに、玲人の雰囲気ががらりと変わる。
まっすぐにあかねを見てくるその視線は、さっきあかねに詰め寄っていた女子たちに向けた正義の旗を掲げた雰囲気でも、『FTF』で見せていた明るく爽やかな雰囲気でもない。どこか苛立った様子で、ちょっと切羽詰まったように感じる。
この表情は初めて見る。あかねは玲人の普段の様子からの豹変ぶりをあっけにとられながら見つめていた。
「……玲人くん?」
「なんで、分かってもらえないのかな。今だって、僕は二人きりってだけで、めちゃくちゃ緊張でどきどきしてるってのに……」
わかんない?
そう言って、玲人があかねの右の手首を掴む。唐突なことにびっくりしているあかねなんかお構いなしに、玲人はあかねの手を自分の左胸の上に押し付けた。驚いたことに、玲人の拍動は、制服のブレザーの上からも分かるくらいにバクバクいっていた。
玲人はそのままぽかんと玲人を見ていたあかねを壁に追い詰めると、あかねの右手を奪ったまま、自分の左手をあかねの顔の横に着いた。
五十センチのすき間しかない状態で推しを見ると言う状況に追いやられたあかねの耳元に、玲人が囁く。
「あかねちゃんを抱き締めるのなんて簡単なんだから、こういう時は、抵抗して」
しっとり濡れた声でそう言われて、バクン! と心臓が鳴った。
は? は? HA!?!?
一瞬頭が真っ白になって、それから全力で玲人の手を振りほどいて、全力で壁際から逃げた。
「ま、ま、ま、まって!? これは密かに進行しているドラマの仕事の台本読みかなんかなの!? 私なんかに聞かせて良い声じゃなかったよね!? 今!?」
混乱して頭を掻きむしると、バクバクと全身を駆け巡る血流を止めるために、両腕でぎゅっと体を抱き締める。なんであかねみたいな一般人が、ユーザー代表みたいな経験する羽目になってるんだろう!?
目を白黒させながら問うと、玲人は眉を寄せて息を詰めるようにくくっと笑った。
「僕がヒーローを務めるドラマには、是非ヒロインで登場して欲しいな。っていうか、仕事って何。僕、もう、一介の高校生だよ?」
あああ、そうだった! でもそれを忘れさせることが出来るくらいの、迫真の演技だったのだ。あかねが勘違いしても悪くないと思う。
「ぜんっぜん慣れない! 玲人くんが普通の高校生だってことに!! 何せ、ファン歴が長かったから……っ!!」
あかねがそう言うと、玲人はもう雰囲気をいつもの様子に戻して、どのくらい? とファン歴を問うてきた。
「今年で十年目だよ。小学校二年生の時からだから……」
あかねは懐古の記憶を辿る。ある日、テレビで見かけたバラエティー番組の子供ゲストに玲人が居た。
賢そうな顔と、行儀の良い受け答えに、同じ子供なのにこんなにも大人びた子がいるのかと衝撃を受けた。
画面の向こう側で、場に馴染むように微笑んでいた玲人は、利発そうな顔に違わず、気配りの出来る子供だった。
大人ばかりの場所で畏まりすぎず、はしゃぎ過ぎず、絶妙なバランスで大人たちの進行の賑やかしとしてその場にいた。あれは大人たちが主役だと分かっていて、与えられた『役割』を違和感なく全うしていた。
あかねのその頃の男友達はあの頃、光輝をはじめとしてやんちゃな悪ガキばっかりだったから、一層玲人に対する尊敬の念が募った。
「それからはもう、崖から転げ落ちたのかっていうように玲人くんのことを調べたなあ……。子供が行ける範囲で、玲人くんが子役で出演したドラマのロケ先も見に行ったよ。聖地だからバシャバシャ写真撮って。玲人くんの影も形もないのにね」
古いファイルを探せば、その写真だってまだ、あかねが玲人にときめいた鼓動と共に残っている筈だ。過去だって今だって、あかねは玲人の人間性そのものに惹かれている。
文化祭の時だってそうだった。みんなが楽しく居られるために、身を挺して努力が出来る人。それは『FTF』の時とも、そもそもあかねが初めて玲人を見た子供の頃のバラエティー番組とも変わらない。
玲人は常に周囲を観察して、よりよい着地点を見出させる人だ。玲人にだけうつつを抜かして、光輝や優菜の苦笑にも億さなかったあかねとは全く違う。こうありたい、という人物を体現している人が、玲人なのだ。敬うな、という方がそもそも無理だ。
「大人ばっかりの世界の中で、子供という身分に甘えることなくあの番組の中にいた玲人くんは、プロだからとはいえやっぱり同い年として尊敬したし、その後のスター街道を突っ張るのも頷けるし、でもその地位に甘んじることなく努力の人だったし、『FTF』の仲間に出会ってからは、本当にメンバーの事大事にしてて、メンバーからも愛されてるのが分かったし、まあ、愛されて当然だよねって思ったし、その愛情に胡坐をかくことなくメンバー同士でよりよい『FTF』を作り上げるために一番努力してた!!
正直、この年頃の同性同士が集まって、ああいう世界でいざこざがないわけがないのに『FTF』がばらばらになることなんて想像も出来ないくらいに玲人くんの気遣いが行き渡ってたし、それはメンバーも証言してたし、メンバーから信頼されて愛されて当然だって思うんだ! それって、凄いことだよね!?」
ひと息で言ってしまってから、はあっと深呼吸をする。あかねを見ていた玲人が目を丸くしていた。
「……というわけで、こんな素晴らしい人格者の玲人くんが、私ごときに構っていてはいけないの! 玲人くんは『普通の高校生』らしく、玲人くんに相応しい『普通の高校生活』を送って欲しい!!」
鼻息と共に力説すると、玲人はやっぱり喉を震わせるように笑った。
「それを言うなら『普通の高校生』らしく、あかねちゃんと普通の恋愛がしたいよ」
長身の腰を折って、あかねの顔を覗き込む玲人の麗しきご尊顔が近くに寄る。あかねはそれを避けるように、ぐいん! と首を伸ばして顔を背けた。
「すみません! 分不相応です!!」
「えー、僕が、あかねちゃんが良いって言ってるのに?」
「冷静になって脚本家さんか監督に聞いてみて欲しいな!? 絶対顔のつり合いが取れないと思う!」
「ドラマにはいろんな顔の役者さんがいても良いと思うけど」
「ヒロインにはそれなりの顔面偏差値が求められるの!」
「顔面偏差値て……」
やっぱり喉を震わせながら眉を寄せて笑う玲人は、あかねに無理難題を吹っかけているというのに、それこそあかねに有無を言わせないレベルで見惚れるほどの圧倒的美だ。
この宗教画のごとき神々しさをまとったご尊顔から発された言葉を、よく否定出来たな、私!?
……と、そんなことを考えていたらタイムリミット、朝の予鈴が鳴った。
「あーあ、仕方ない。改めて口説き落とすかあ」
「他を当たって欲しいな!?」
「生憎、決めたことは突き通す主義なんだよね」
それも知ってるけど! でもこんなことで発揮しなくても良いんじゃないかな!?
「まあいいや、時間はたっぷりあるもんね?」
玲人はそう言っておく上のドアを開けた。勿論、流れてきた冷たい秋の風から女の子を守ってくれるのは言わずもがなで。玲人の隣をすり抜けるときに、先程のことを思い出す。
混乱と興奮驚愕、そして……、少しの恐怖。男の子とあんなに近い距離で喋ったのは、実は光輝以外初めてだった。
玲人に促されて屋上のドアを潜ると、玲人が後から屋上を降りてくる。さあて、この状況を全校女子に誤解されないと良いけど。
それは多分、何か打開策がないと無理なんだろうなあ、とは、分かっていた。
*
「うわあ……」
朝、登校したら靴箱に上履きがなかったので探していたら、園芸部用の物置の脇に置いてあったバケツに湛えられた水の中に突っ込まれていた。寒空の下、びしょびしょの上履きを救出してあかねは小さなため息を吐く。
そもそも学校でモテてた光輝と仲がいいことで恨まれていたあかねは、ここへきて玲人の件もあり、再び嫌がらせを受けるようになっていた。
……とはいえ、光輝の時はここまではやられなかった。上履きだったら、せいぜい隠されるくらいのものだった。
(しかたない。先生に話して、スリッパ借りよう……)
びしょぬれになった上履きを持ってあかねが校舎へと向かうと、丁度登校してきた玲人とバッタリ会ってしまった。
「おはよう、あかねちゃん。どうしたの、その上履き」
「おはよう、玲人くん。いや、これは何でもないから」
サッと上履きを背後に隠したけど、それが玲人の不信を買ったようだった。眉を寄せて、誰かにやられたの? と心配そうに窺ってくる。
「あー、まー、こういうのは慣れてるから。先生に言っても無駄だよ。またか、って顔されるだけだし。しかしやることがずるいのよねー。恋すると人間ちっさくなるのかな」
そんな感情もつなら、私だったら恋なんてしたくない。玲人の信者に相応しくあるべく、人にやさしく穏やかで居たい。
そんな気持ちで歴戦の戦士みたいな台詞を言うと、玲人はあからさまに落ち込んだ。
「あかねちゃんが困ってるのに、僕、なにもしてあげられないんだね……」
「それを言うなら、私なんかじゃなくって、もっとみんなが納得するような子と付き合ってくれれば、私への意地悪は少なくなると思うんだけど」
あかねは一縷の期待を込めて玲人に言ってみたが、玲人は首を振るだけだった。
「そんなの無理だよ。あかねちゃんが良いんだもん」
「じゃあさ。私が良いって思ってくれたのって、なんで?」
玲人と距離を取って歩きながら、そもそも論だが、玲人の言い分も聞いておく。
「なんでって、そりゃあ、僕の事一生懸命考えてくれたことだよ。自分の欲求に負けないで、僕の事尊重してくれたところ」
(あっ、閃いた!)
玲人の言葉に、頭の中でスラスラと脚本が出来上がった。滾る! 玲人の、『普通の高校生としての恋人』が出来るかもしれない!! 推しの!! ハッピースクールライフ!!
「じゃあ、私以上に玲人くんのことを尊重して、一生懸命考える女の子が居たら良いのね!?」
あかねの言葉に、玲人が大きなため息を吐いて肩を落とした。
「だからなんでそんな無茶を言うのかなあ」
「だって、私は無理なんだもん。そうすると、玲人くんの『普通の高校生』としての恋愛が出来ないでしょ? だから私は、玲人くんに普通の高校生として充実したハッピーラブライフを送ってもらえるように、色々考えるのよ」
あかねの力説に、玲人は逆に、じゃあさ? とこう問いかけた。
「どうしたら、あかねちゃんは僕のことを推しとしてじゃなく、一人のクラスメイトとして見てくれるの?
これ言うとなんだけど、他の子たちだって今までは画面を隔てて僕を応援してくれてたんでしょう? だけど、みんな僕のことを恋愛の対象として見てくれてるよ?
あかねちゃんだけがそうならない理由って、なに?」
うーん。何故だと問われると、ちょっと分からない。だって、推しは推しとしてしか見れないじゃないか。
今なおあかねの心の中に流れる大河には滔々と玲人への崇拝の念が溢れかえっている。その川の崇拝成分を変えることは不可能だ。崇拝成分がなくなったら、あかねは玲人をどう見て良いのか分からない。
「っていうか、こうやって二人で話してるところだって、みんなに見られたら不満の原因になるんだよう。私は職員室に行くから、玲人くんはしれっと教室に行ってて欲しい!」
あかねはそう言うと、びしょぬれになった上履きを持って職員室へ急いだ。玲人がちょっと不満そうな顔をしていたのが見えたけど、仕方ないのだ。
(だって、十年も推し活やってるんだよ? それ以外の目でなんて、見れないに決まってるじゃん!!)
あかねの内心の叫びは、玲人には届かなかった。
しかし、相変わらず嫌がらせは続くし、玲人ときたらあかねが関心がないというのに必死であかねに絡んでくるしで、あかねは真剣に現状の打開策を考えざるを得なくなった。ここは閃いた脚本の出番である。
最推し+学生恋愛、と来れば、おのずとキャスティングは決まってくる。ここは校内一の美少女の出番のはず。
――美少女『玲人くん、昔から応援してました。普通の高校生になった玲人くんも大好きです!』
――玲人『やあ、これは高橋さんとは比べ物にならないくらい、かわいい人だね。やっぱり僕も芸能界を長く渡って来ただけあって、美醜を問われれば美人好きなんだ。かわいい君、名前は?』
――美少女『うれしいっ! 私は……』
……というのがあかねの脚本だ。これで玲人はあかねに関心を示さなくなるはず! あかねは手はずを整えて、玲人を放課後の中庭に誘った。
「なに? 話って。教室では言えないようなこと?」
若干嬉しそうな玲人を騙すようで胸が痛かったが、それもこれも全て玲人の薔薇色の高校生活の為だ。あかねは、そうだね~、などと誤魔化しつつ中庭に足を踏み入れた。
「玲人くん……」
あかねと玲人の姿を認識したと思しき人物から玲人を呼ぶ声が掛かる。声の主が待っていたのは玲人だけなので、あかねに言及がないことなどどうでもいい。
しかしこの状況を素早く正確に認識した玲人の表情がスッと消える。
いや、もっと何か反応があると思ってた! そんなに拒否反応示さなくても! 仮にも玲人と光輝を除いた男子たちの人気を独占してた女子だよ!? ここはせめて愛想笑いとか!!
……というあかねの内心を知らずに美少女・諸永桃花は、あかねに玲人を連れてきた礼を短く伝えた後、大きな目で一生懸命玲人を見つめながら玲人に話し掛ける。
「玲人くん。私、玲人くんが好きです……っ! 友達からでも良いから、お願いできませんか……っ!」
なんとか告白した桃花を、あかねが玲人に仲介する。
「玲人くん、こちら諸永桃花さん。美人でしょ? きっと諸永さんだったら、玲人くんの夢が叶うと思うの。いやあ、学校一の美男美女カップルなんて、凡人の私からしたら羨ましい限りだわ~」
あかねがそう言うと、玲人が言葉を発するより先に、桃花は玲人に向かって更に言葉を続けた。
「最初から彼女にして欲しいなんて言いません。高橋さんとしたみたいに、友達から始めてもらえれば、それだけでいいんです……」
桃花を選んだのには、それなりに理由がある。
あかねは凡人だ。モテた経験なんてない。一方桃花は、入学時からその美貌で注目されていた。一部男子にはシンパも居るようで、そういう、注目される人としての悩みや苦悩がある筈だった。
それは玲人も同じだと思う。あかねでは理解できない『人目を集める人種』ならではの悩みの相談や、時に助け合いをすることが、この二人なら出来るだろう。そういう意味では玲人の、普通の高校生としての恋愛相手として、桃花は適任なのだ。
(そう! そうなの!! 意味のない人選じゃないの!)
あかねはそう自分の中で結論付け、桃花に後を頼んだ。
「じゃあ、私は帰るんで。後はお二人で仲良くどうぞ~」
「あかねちゃん!」
中庭を出ていくあかねを追おうとした玲人を、桃花が玲人の名前を呼ぶことで足止めする。生来のやさしさからか、玲人が桃花の呼びかけに応じないなんてことはなかった。
桃花はほとんどの男子が彼女を好きだったようにやさしいし、それ以外にも良い所がある。
それは明るく前向きで、今回あかねが桃花に白羽の矢を立てた理由を理解していたことなど、時にクレバーなところだった。
あかねにはないその知的さは、芸能界という海千山千の中で過ごしてきた玲人にとって、打てば響くような反応が返る、心地いいものとなることだろう。そういう、全てにおいて『レベル』が合う人同士で話をするのが一番いい。
あかねは今まで見てきた玲人の気の配り方を見ていてそう思ったのだ。
(諸永さんが話の分かる人で良かった。本気になるなら、もっと『良い人』探さなきゃ。玲人くん)
速足で中庭から遠ざかって、校門も抜ける。
「んで、ちゃんと諸永に預けてきたの、お前」
ふっと校門の陰から掛けられた声に、うん、と反応する。光輝と優菜が待っていてくれたのだ。
「ちょっと光栄ではあったけど、私では玲人くんの夢を叶えられないしね」
ははは、と頭を掻いて笑うと、光輝があかねの頭をポンポンと撫でた。
「ホントにどこまでも『玲人くん』本意だよな、お前」
「まあ、それがあかねの良い所よね。一本気で。私はあかねのそういうところ好きよ」
優菜がコツンと肩を当てる。
ああ、やっぱりこの二人に囲まれていると安心できる。屋上で玲人に手首を握られたときみたいな、あんな動悸とは無縁のやさしい関係。
「推しは遠くから眺めてるのがいいよ、やっぱり」
あかねは言いながら歩を進める。
あかねの人生を明るく照らす一番星。それが玲人という存在だ。
空に燦然と輝く星と地上を歩くあかねは、同じ世界を見られない。ならば夕空に美しく輝く宵の明星(あけぼし)の隣に同じくらい輝く美しい星を配して眺めたい。それが玲人と桃花とのカップルだ。
玲人も、少なくとも桃花を嫌ってはいないみたいだったし、ひと言で玲人の行動を変える感覚は、少し話しただけでも玲人の為になると感じた。
「はあ~。もし玲人くんが『FTF』のまま誰かと恋人宣言したら、こんな感情だったのかな~」
喜び、祝福の気持ちの端っこに、一抹の寂しさ。それは手元から離れて行った推しを見送る、ファンとしての当然の感情だった。
*
翌日から桃花は積極的だった。朝から登校が一緒(おそらく、学校の最寄り駅で待ち合わせているらしかった)、下校も一緒(おそらく略)、そしてお弁当も一緒だった。……何故か、あかねを巻き込んで一緒に。
「なんで私、巻き込まれてるのかな?」
疑問顔のあかねに、桃花は平身低頭に懇願する。
「私だけクラスが違うから、クラスでの玲人くんのことを教えて欲しいの。お願い!」
「授業中のことよりも、諸永さんに接してる玲人くんのことを知ればいいんだと思うんだけどな」
「だって、誰よりも玲人くんのこと知っていたいんだもの……。高橋さんはそういう気持ち、分からない?」
何故わからないのか、という全くの疑問の視線で桃花が言う。
しかし、推しのことなら公開されている情報どれも知っていたいと思ったけど、恋のように盲目とはならない。信者(ファン)は推しに対して節度をわきまえておらねばならず、そういう意味では恋とは違う。
だからあかねは提供される情報だけでいいと思うし、桃花が玲人から提供される情報だけで足りないと言うのは、やっぱり桃花が玲人に恋しているゆえんだろう。
「わっからないな~~。そう思うと、やっぱり私では彼女に役不足だったよ、玲人くん」
「あかねちゃんはもう一杯僕のこと知ってるじゃない。十分だと思うけどな」
玲人はまだ不服らしかった。でもそれもいっときの事。信者(ファン)と恋をしている人とでは、やっぱり傾ける感情が違う。玲人は頭がいいからきっとそれも分かってくれるだろうと、あかねは信じている。
「諸永さんくらいに貪欲さがないと彼女は務まらないと思うから、やっぱり人選は正しかったと思うの。恋人はその人の公私に渡るサポーター。私ごとき平民(ファン)の域では無理かな!」
あかねがお弁当を食べ終えて席を立とうとすると、玲人が、待って、とその手を取った。途端に蘇るのは、屋上で手を握られた記憶。ぶわっと汗腺が開いて血が噴き出す勢いで体中を巡った。
「わあ!」
叫びと共に、思わず、玲人の手を叩(はた)いてしまう。ハッとして玲人の方を見ると、一瞬びっくりした顔をしたあとで、凄く傷付いた表情をした。
うわああ!!! 推しにそんな顔をして欲しくないんだ!! でも今は駄目だったんだ!! なんでか分からないけど、怖かったんだ! 玲人が怖いなんて、あるはずないのに!!
「ご、ごめん!! 玲人くんを嫌いってことじゃないの!! 私では無理ってだけ!」
その気持ちをどう説明したらいいのか分からなくて、あかねが言葉に困って叫んだら、玲人がぽつりと呟いた。
「もう前みたいにも、戻れないの……? 勉強教えてもらったり、一緒に帰ったり、お茶だって僕の為にって出してくれたじゃない」
うああああ!!! その子リスのような小首傾げに上目遣い、下僕なら、そんなことありません、尽くさせて頂きます!! と即答したくなる顔!! でも。
「無理だけど善処します!!」
直角九十度の謝意と共にあかねに言えたのはそれだけで。
……だって、玲人から離された今でも握られた手首が痛いほど脈打ってて、心臓が破裂しそうだ。
推しはその存在そのもので信者(ファン)を殺すことも出来るんだな……、なんて思ってしまった。
昨日そんな返事をしたけれど、善処なんて無理だった。
翌日の朝からも、玲人は普段通りに話し掛けてくる。隣の席なんだからまあ当たり前なんだけど、玲人の、あかねが返事をしてくれると信頼しきった笑顔を向けられるのが辛い。だって玲人はあかねに話し掛けているよりも、桃花に話し掛けて、いずれは二人だけの世界を作らなければいなければいけないのに。
「玲人くん、諸永さんは?」
「うん、一緒に登校してきたよ」
「恋人同士なら、予鈴が鳴るまで一緒に居ない?」
「意固地に諸永さんを押し付けるね。それにあかねちゃんだって、いつも小林くんと一緒に居るわけじゃないじゃない」
ん? なんで光輝の名前が出たんだろう? 気持ち、玲人の顔がふくれっ面にも見える。
「? 前も言ったけど、光輝は幼馴染みなだけだもん。別に恋い慕うような奴じゃないし、そりゃあ四六時中なんて一緒に居ないよ」
あかねの返答と聞くと、玲人はふうん? と口をツンとさせて視線を斜め上に向けた。あ、この表情、ツアーの密着配信で何度か見たことある。何か考えてる顔だ。
「何か誤解してる? ホントに光輝とは幼馴染みってだけ。光輝とは色気も恥じらいもない仲だよ」
「高校生なら恥じらいは持とう?」
「あはは。まあ、それくらい玲人くんの想像は勘違いってこと! という事で、諸永さんに会いに行かなくていいの? 授業が始まっちゃうとお昼まで会えないでしょ?」
あかねが玲人を窺うと、玲人は良いんだ、と笑った。
「諸永さんの友達が、なんか僕と諸永さんのことを触れ回ってるみたい。大きなスピーカーだから、あかねちゃんの負担が軽くなるんじゃないかな」
やっぱりまだ乗り気じゃないんだな、と分かる、投げ捨てたような言い方。こんな投げやりな玲人は初めて見た。
そんなに気が載らないかなあ。でも、玲人には薔薇色の高校生活を送って欲しいし、あかねには荷が重すぎるから、これが最適解だ。
「きっと諸永さんの事知っていったら、恋になるよ。今は知ってる私に固執してるだけだよ」
博愛の人が唯一の人にほだされるパターン、恋愛漫画でも見かけたし。
あかねの笑みに、玲人はため息を吐く勢いだ。
うう~ん、他者を頼って来なかった努力型の推し、なかなか手ごわい……。でも、ため息の後、玲人がこう言った。
「うん……。まあ確かに諸永さんのことを知らないのは確かだし、知ってみる必要はあるよね。うん」
おおっ! 流石、視野の広い推し!! 自分の世界を広げようとして努力をしてきた経験がものを言っている!
「そうそう。今の玲人くんはいわば刷り込みひよこなんだから」
転入して一番最初にあかねと話した。最初の印象が良ければ、その気持ちを恋だって間違うこともあるだろう。親にわとりは、子ひよこの独り立ちを見守らなきゃいけない。この過程は大事なものだ。
よしよし、良い調子だぞ、と思っていたら、不意に玲人があかねの髪を救いあげた。
「ひゃ!?」
「あっ、ごめん。埃ついてたから」
急な出来事で身構えが出来てなかった。どきどきと走る心臓を抑えて、ありがとう、とお礼を言う。
ちょっと傷付いたような顔、心臓に悪いなあ。心臓がずきずき痛むよ。玲人はあかねの様子を見やって、それからこう言った。
「ごめん……。もう触らないからね」
「……っ」
あかねの心臓がぎゅうっと跳ねる。なんて切ない声出すんだろう。まるでドラマを見ているみたいだ。
伏せ気味の目があかねの罪悪感を誘う。役者だなあ。流石先期のドラマ俳優ランキング一位にランクインしただけあるなあ。
こんな風に、玲人を『FTFの暁玲人』を通してしか見れないあかねは、やっぱり玲人の恋人なんかに相応しくない。そう思うと桃花は凄いな。玲人のプライベートに踏み込む勢いで自分たちの関係を触れ回って、後先考えないくらい行動できちゃうのって、やっぱり恋してるからなんだろうな。
あかねとは違う。行動力、凄いなあ。
玲人があかねから視線を逸らして前を向く。予鈴が鳴ったのだ。そんなの聞こえてるから分かってる。でも。
なんだろう。視線を逸らされたことが、凄く、寂しい……。
*
桃花が玲人の彼女だと桃花の友達たちが触れ回った結果、徐々にあかねへのやっかみや逆恨みによる意地悪はなくなっていった。元の平穏な日々が戻りつつあって、あかねは安堵に胸をなでおろしている。
「高橋さん、本当に暁くんとは何ともなかったのね……」
以前あかねを屋上に連れ出したグループのうちの一人が言った。
「だ、だから最初っからそう言ってたじゃない。玲人くんのようなハイスペックな御仁が、私みたいな凡人に敬慕するわけないでしょ!」
あはは、と笑うあかねに、なるほど、とその子は頷く。
「確かに暁くんの隣に立ち並ぶには、いかにも凡人よね、あなた。そう思うと、諸永さんとは美男美女で、悔しいけどまあ認めざるを得ないわ」
そうでしょそうでしょ! あかねは二人のことが認められつつあることに好感触を感じていた。
「玲人くんは、転入したての時に、鋭繋ながら私がフォローをさせて頂いたので、その時の温情を恋愛感情だと勘違いしただけですよ! ありがちなやつ!!」
あははと笑って教室に入る。
今日も平穏な一日の始まりだ。既に桃花と玲人は登校しており、教室の扉の所で話し込んでいる。
桃花が綺麗に笑う。玲人も微笑んでる。あかねは二人を見守りながら、彼らが居ない方の扉を使って教室に入った。
世界が出来上がって来た二人のことに外野がなんだかんだと言わない方がいいと、光輝にくぎを刺されたからだ。あかねはその通りに行動し、結果、今までと比べると玲人と喋る機会は減った。
でも、その方がいいと思う。恋愛中なら圧倒的に、クラスメイト<彼女、なのだと思うし、あかねも折角恨みを買わなくなったんだから、自ら進んで藪の中に突っ込んでいく必要はない。
「…………」
ちょっと……、ちょっと、寂しい気持ちもするけど、この気持ちは未だあかねの心にくすぶっている『アイドルの暁玲人』を取られるような気分になってるだけのことなのだ。
「玲人くん」
みんなが呼ぶ、その名前。でも玲人にとって特別な響きを持つのは、きっと彼女の高い声に載せたその言葉になっていくはずだ。
桃花が玲人を呼ぶ。玲人が微笑みかえす。その何気ない光景に、あかねは何故か心がざわつくのを必死で抑え込んでいた。
必要ない。アイドル時代を思い浮かべての感情は、今の玲人には必要ない。玲人は既に望んだ新しい生活を手に入れている。あかねこそが、『玲人の卒業』という大事変に対応しなければならない。こんな感情なんて要らない。
(そう!! 推しのソーハピースクールライスに私の感情なんて必要ないのよ!!)
二人を見るたびにそう思うけど、何度も何度も心の中で繰り返してしまうのだった。
*
「お前さあ」
下校途中、光輝が不意に口を開いた。今日は優菜の部活のある日で、必然的に光輝と二人で家路をたどることになっていた。家が隣同士なので、本当に『家路を一緒に辿る』という形だ。
「なにここ最近毎日、沈鬱な顔してんの」
思いもかけない言葉を掛けられて、あかねは自分の顔を両手でぺたぺた触ってみた。
「ち……、沈鬱とは? 一体どんな顔なのよ??」
「眉間にしわ寄せて、むっつり口一文字に結んで考え込んでる顔」
そ、そんな顔してたかな。いかんいかん。他人様の恋路のことを考えるのは、もう止めようとあれ程決めていたではないか。
「ごめんごめん。鬱陶しかったよね?」
「いや、鬱陶しいっつーわけじゃないんだけどさ」
そういう光輝も、そこまで言って視線をまっすぐ前に向けて黙り込んでしまう。
「光輝?」
呼びかけにも視線を寄越さない幼馴染みに、どうしたのかと思っていると、お前さあ、とややあって言葉が続いた。
「お前、やっぱり暁の事、好きなんだろ?」
へ? 推しとして尊敬して敬愛しているけど??
そう応えると、そうじゃなくってさあ! と言葉尻を荒げる。な、なんなんだ。何が言いたいんだ、こいつ。
「だって、暁と諸永の事見てるお前、一生懸命堪(こら)えてる感じがしてなんか辛そうだぞ? もう認めちまえば良いのに……」
堪えてる? 辛そう?
全く思い当たらないワードにあかねは首を捻る。光輝が続けた言葉は更にあかねには無関係のもので、一瞬ぽかんとしてしまう。
「暁の事、好きなんだろ? ……恋愛的な意味で」
更にぽかんと。
あかねは光輝のことを、ぽっかーん、と眺めた。
あかねが? 玲人ことを? 恋愛感情で???
「いやいやいやいや!!! 私はひたすら玲人くんのことを尊敬して敬愛してるだけなの!!! ちょっと地上に舞い降りた神が眩くて動揺したけど、基本的には『FTF』時代と何ら変わらないの! 推しとして、好きなの! だから敬愛する玲人くん(推し)には、玲人くんがしたいっていう『普通の高校生活』をさせてあげたいの!! そのために奔走したまでのことで、それ以外の何の感情もないの!!!」
あかねがひと息で言い切ると、光輝はあかねを正面に捉えてこう言った。
「じゃあ、俺と付き合ってよ」
…………。
……、…………。
HA???
つ、付き合うとは……? あかねが光輝に付き合うって言ったら……。
「ど、何処へ……???」
すかさず後頭部にドスっと鉄拳が入る。
「いったいなあ……」
涙目になりながら光輝を睨むと、あかねのゆるい空気に反して光輝はピリッと締まった顔をした。
「馬鹿なの? お前。この流れでどうして買い物に行く話が出てくるんだよ」
「え。でも……」
「暁と諸永みたいになろうぜ、って言ってんの!」
半ばやけくそみたいに怒鳴りつけながら、光輝はそう言い切った。
「…………」
え?
え??
えええええーーーーーーーーーっっっ!!!
寝耳に水! 青天のへきれき! 今までの何処にそんな素振りがあった!?!?
「待って待って待って!?!? あんたなんか勘違いしてない!? 諸永さんたちに振り向きもされなくなったからって、自棄になってない!?!? やっぱり俺、ちやほやされたいんだっていうのをはき違えてない!?」
あかねが問うと、光輝は目を逆三角にして怒った。怒声があたりに響く。
「なんで諸永たちに袖にされたからって悲観的にならなきゃいけないんだよ! こっちは清々してるんだよ!! 学校に居る間中、監視されてるみたいに人目が集まって、あることないこと噂されて!! 諸永はじめ、女子の目が全部暁に行ったのは、あいつも大変だなって思うけど、俺は清々してんの!! だから自棄でも何でもねーし、何処行くとも其処行くとも違って、正々堂々正面から、俺と恋愛しようぜって言ってんの!」
…………、恋の告白って、もっとロマンティックなもんだと思ってきたけど、現実は想像とはかなりかけ離れてるな? それとも、ロマンティックなのは空想の上だけで、実際は桃花や光輝のように、人となりを訴えたり逆切れしながらだったりするのかな???
やっぱりぽかーん、と光輝を見上げてるあかねの視線の先で、やっと光輝の耳が赤いことに気が付いた。
あっ、これ、本気なのか。本気であかねが良いって思ってるのか。
「…………え、……え……、っとね……?」
まるで思いもしなかった展開に、何を言ったらいいのか思い浮かばない。でも光輝はそんなあかねのことを分かったみたいに、怒った顔から一転、やさしく微笑んで続けた。
「……別に、今すぐ返事くれなくていいよ。ただ、俺はそう思ってきたし、恋愛してみたら意外と俺にハマるかもよ、っていうだけ。あかねの人生、ずーっと暁ばっかりだったんだろ? ここらで良い男のポジションチェンジしない?」
片方の口端をあげて笑う笑い方はいつもと一緒なのに、なんだかこの時、胸がギュっとした。
あかねは、こんなに長く一緒に居た幼馴染みのことを、全然分かってなかった。それは、玲人のことを全然分かってないという事に繋がる。どれだけ長い間一緒に居ても、追いかけていても、その人の本心は分からないという事なんだ。
分かったつもりのままで居てはいけない。分かろうとしなきゃいけないんだ。頭から水をかけられたみたいに、目が覚めた。
「……ごめん……。私、光輝に酷いことしてたね‥…。光輝の言う事も、よく考えてみる……。……出来れば返事は待ってほしい……」
声は思いのほか震えた。ぎゅっとこぶしを握ると、光輝はそんなあかねに気付いて、重たく考えなくていいよ、と言ってくれた。
「結局のところ、あかねがどう考えてるかってのを、はっきりさせたら良いだけのことだと思うよ。突然舞い降りた神なんだろ? テンパるのも推しの為に色々してやりたいのも、あかねだったらそうだろうなって、俺、分かるし。まあ、暁があかねの気持ちがはっきりするまで待っててくれるかどうかは、分かんねーけど」
うわー! 光輝がここへきてなんか株上げに来てるーーーーー!!!
でも、ホントにそうだ。この二ヶ月半、玲人の転入に大わらわだった。玲人の願いを叶えたくて奔走してた。
神が近くに居すぎて見えてないものもあるのかもしれない。
近くに居すぎて見えてなかった、光輝の気持ちみたいに。
「うん、ありがとう……」
今はお礼しか言えないけど、これからちゃんと、光輝の気持ちも考えていこう。多分、一生懸命言ってくれたんだと思うから。
光輝との出会いが、あかねにとって、光輝にとって、巡り巡ってお互いの人生を豊かに彩るものなのなら、あかねの運命の相手は光輝だと思うから。
だから、一生懸命考えよう。
二人は長くなった影を踏みながら、再び家路を辿った。