夏の匂い漂い始めたある日の事、内定も貰って安心しきっている凛と美桜を家に置いて、ひまりは一人で買い物に出かけた。いつも凛にサポートをしてもらっているのだ。たまには家でゆっくり休んでもらおうという、ひまりなりの気遣いだった。
買い物といっても特に遠くに出かけるわけでもない。ただ、足りなくなった日用品や、今日の晩御飯の材料を買うくらいだ。
久々にひまりが晩御飯を作ろうかと思った。スーパーの食品コーナーを一通り見て回って、どんな料理にしようかと考える。
今日は特売でトマトが安いらしい。夏が旬だからだろう。トマトを使った料理と言えば、スパゲティやトマトスープなど色々考えられる。とりあえず籠に入れて、他の物も見てみる。
すると二割引きの鶏むね肉を見つけた。チーズも加えて、トマトの鶏肉煮込みなんかどうだろうか。確か家に玉ねぎもあったから、それもいれよう。
他にサラダなどを購入し、そうして晩御飯は決まった。
重たいエコバッグを引きずりそうになりながら、歩いてアパートまで戻る。徒歩十五分とはいえ、荷物があり、更に日射しが体力を奪う。十五分が倍に思えた。
大変な思いをして帰路に就いた。
アパートの扉の前に立ったときには、服の下は汗まみれになり、脱水気味なのだろうか、ほんの少しだけ眩暈がした。
「ただいま」と扉を開く。
外に流れ込んできた冷気が、火照ったひまりの身体を一瞬で冷やした。
扉を足で抑え、エコバッグの重さに振られながら部屋に入る。
部屋がやけに静かだった。いつもと違う雰囲気に、思わず妙なことを考えてしまう。
まさか……。
不安に思って玄関にエコバッグを床に投げ捨てて、部屋の中へ入っていった。
そしてそれを見た。
声は出なかった。
ひまりは、その場に膝からゆっくりと崩れ、尻もちをついた。
そこには、赤ちゃん用の小さな布団に気持ちよさそうに眠る美桜の姿と、きっとあやしていたのだろう、美桜の身体に手を置いたまま、隣でうつ伏せになったまま寝息を立てている凛の姿があった。
「……よかった」
小さな声で言った。
何かあったのかと思って、焦って走った自分が馬鹿みたいに思えた。凛が付いているのだから、そんなことは起きるはずがないではないか。
胸を撫で下ろした。ふぅと、息を吐く。
安堵のあまり、しばらくその場から立ち上がれそうになかった。
何もなくて、本当によかった。
その日の晩御飯は、凛が唸るくらいに会心の出来だったが、作りすぎてしまった。昼間の出来事を通じて、家族でいられることに幸せを感じていたからだろう。
トマト煮込みということで、弁当にできるものではない。明日は三食全て、トマトで染まってしまいそうだ。
でも、たまにはそんな日があってもいいなと思う。
それは取り留めのない、しかし忘れることのない思い出になるだろうから。
やがて二人が歳をとって、老後にのんびりと暮らすようになったとき、思い返すための思い出は幾つあってもいいのだ。
買い物といっても特に遠くに出かけるわけでもない。ただ、足りなくなった日用品や、今日の晩御飯の材料を買うくらいだ。
久々にひまりが晩御飯を作ろうかと思った。スーパーの食品コーナーを一通り見て回って、どんな料理にしようかと考える。
今日は特売でトマトが安いらしい。夏が旬だからだろう。トマトを使った料理と言えば、スパゲティやトマトスープなど色々考えられる。とりあえず籠に入れて、他の物も見てみる。
すると二割引きの鶏むね肉を見つけた。チーズも加えて、トマトの鶏肉煮込みなんかどうだろうか。確か家に玉ねぎもあったから、それもいれよう。
他にサラダなどを購入し、そうして晩御飯は決まった。
重たいエコバッグを引きずりそうになりながら、歩いてアパートまで戻る。徒歩十五分とはいえ、荷物があり、更に日射しが体力を奪う。十五分が倍に思えた。
大変な思いをして帰路に就いた。
アパートの扉の前に立ったときには、服の下は汗まみれになり、脱水気味なのだろうか、ほんの少しだけ眩暈がした。
「ただいま」と扉を開く。
外に流れ込んできた冷気が、火照ったひまりの身体を一瞬で冷やした。
扉を足で抑え、エコバッグの重さに振られながら部屋に入る。
部屋がやけに静かだった。いつもと違う雰囲気に、思わず妙なことを考えてしまう。
まさか……。
不安に思って玄関にエコバッグを床に投げ捨てて、部屋の中へ入っていった。
そしてそれを見た。
声は出なかった。
ひまりは、その場に膝からゆっくりと崩れ、尻もちをついた。
そこには、赤ちゃん用の小さな布団に気持ちよさそうに眠る美桜の姿と、きっとあやしていたのだろう、美桜の身体に手を置いたまま、隣でうつ伏せになったまま寝息を立てている凛の姿があった。
「……よかった」
小さな声で言った。
何かあったのかと思って、焦って走った自分が馬鹿みたいに思えた。凛が付いているのだから、そんなことは起きるはずがないではないか。
胸を撫で下ろした。ふぅと、息を吐く。
安堵のあまり、しばらくその場から立ち上がれそうになかった。
何もなくて、本当によかった。
その日の晩御飯は、凛が唸るくらいに会心の出来だったが、作りすぎてしまった。昼間の出来事を通じて、家族でいられることに幸せを感じていたからだろう。
トマト煮込みということで、弁当にできるものではない。明日は三食全て、トマトで染まってしまいそうだ。
でも、たまにはそんな日があってもいいなと思う。
それは取り留めのない、しかし忘れることのない思い出になるだろうから。
やがて二人が歳をとって、老後にのんびりと暮らすようになったとき、思い返すための思い出は幾つあってもいいのだ。