妊娠十か月、臨月に入っても特に健康に害が及ぶことは無かった。
 産休を貰い、保育園は休んだ。
 幸いなことに、ひまりの身体は健康な妊婦と言える。
 そのまま更に時間が過ぎた。
 ひまりは初産のため、出産までは十三時間ほどかかるらしかった。
 陣痛は想像を絶するものだったが、しかしその先に出会える新たな命を想えば、このくらいなんてことはない。辛くて苦しかったけれど、そう言い聞かせて何とか乗り越えた。
 
 泣き声がした。

 二六六九グラムの、元気な女の子。
 桜の季節に産まれてきてくれた。まるで桜の花のように、皆の心を幸せに染め上げてほしい。そんな願いを込めて名前を付けた。
 花の名前を付けたのは、あなたが私に花の名前を付けてくれたから。
 美桜。美しい桜の子。
 名前の通り、胸の中で泣く我が子は美しい。美桜を優しく抱きしめる。
「産まれて来てくれて、ありがとう」
 心の底から溢れた言葉だった。
 この子は世界のどんな女の子よりも可愛い。私たちにとっての宝物だから。
「産まれてきてくれて、本当にありがとう。これから色んな思い出を、ママたちと一緒に重ねていこうね」
 宝石みたいな女の子だった。
 初々しい泣き声を上げる美桜が、一瞬、頷くように微笑んだ気がした。
 
 ――二○二一年、四月十五日。齋藤美桜は生を享けた