珍しく二人で買い物に出かけた。
 出産を二か月先に控え、またこれから凛の就職活動もある。先に新生児用品を見ておこうという話になったのだ。
 そういうわけで、電車で一時間弱の都市へと来た。県庁所在地であるからだろうか、思った以上に売り場は豊富だった。売り場の少ない新生児用品が、ここでは広く売られていた。
 小さな靴やベビーカーや、前腕ほどしかない服など、二人でゆっくり歩いて見る。
 どれがいいとか、ひまりには分からない。そもそも性別も未だ曖昧なのだから、今買うべきではないのかもしれない。
「これなんかいいんじゃないか」
 凛がそう言って指を差したのは、周囲よりも少し小ぶりなベビーカーだった。しかし他の物とは明確な違いがあった。値札の桁が一つ多く見えたのだ。当然却下だ。
 それから他のベビーカーを見てみる。屋根のないものから、ドリンクホルダーが必要以上に取り付けられているものなど、様々だった。その中でも機能的に輝いていたのが最初に示してくれたベビーカーだった。値段相応といったところだろう。
 性別は分からないが、ベビーカーには性別は関係ない。ということで別の、そこそこの値段で高コストパフォーマンスのベビーカーを購入した。
 それを凛に持たせて、一日歩いた。最後に買えばよかったものを初めに買ってしまった。今度来るときは、小さなものから買おうと思った。少し後悔したが、自分が持ったわけではないので問題はない。さらに、一足先に子供が産まれた気分を体験できて、悪い気はしなかった。
 一日買い物をした帰りの電車の中で、凛は少し疲れた表情で窓の外を見つめていた。
 夏は一面田んぼで埋まる景色も、今は雪で埋め尽くされている。この雪が解けて、その後ろに見える山々が桃色に染まった頃、この子は産まれる。
 雪解けはもうすぐだ。
 目の前に座る凛はどんな気持ちで、窓の外を見ているのだろう。この美しい星空でも見ているのだろうか。
 ここ最近、凛に少し気を遣わせ過ぎていたのかもしれない。自分の事ばかりで凛のことをあまり考えていなかった。口に出さないだけで、きっと疲れているのだろう。ストレスとか溜まっていないだろうか。
 そう思ってひまりから凛に一つ、些細な提案をした。
「電車降りたら少し、付き合って欲しいところあるんだけど、いい?」
「珍しいね。全然いいよ」

 電車を降りて、二十分ほどでアパートに到着した。玄関に荷物を置いてから、もう一度出かける。
 そこからさらに徒歩十分、到着したのはかつて凛から告白された児童公園だ。
 砂場は雪で埋まっているが、別に歩けないほどではない。固まった雪の上を歩いて、ベンチの前に立つ。手のひらで雪を掃ってから腰かけた。
 お尻にひんやりとした感触を感じた。少し濡れてしまった気がしたが、風が吹くとさらに寒く感じるだろうから、そのまま座ったままでいた。
 手を繋いで、あの日のように空を見上げる。
 そこに雪を降らせる雲は一つとしてなく、冬の澄んだ空気の向こうには心を洗うように美しい夜空があった。
 この景色を見れば、多少は癒されるかもしれないと思ったのだ。自分が見たかったのもあるが。
「あ、冬の大三角形だ」
凛が左手で指を差して言った。
「あれがペテルギウス」
「本当によく知ってるね」
 ひまりは小さく笑う。
「凛って星座好きだっけ?」
「いいや、別にそんなことはないけど」案外素っ気なく言った。
 ここに来るたびに星座について語るものだから、てっきり星座が好きなのかと思ったが、よく考えてみればこの公園以外で星座の話なんか聞いたことがない。
 凛はひまりが理由を問う前に、自ら答えてくれた。
「別に詳しくないけどさ。学校で習ったやつくらいは何となく覚えてるんだよ」
 へぇと、ひまりは相槌を打つ。
「まぁほんとのことを言えば、ひまりがいつか星座を見た時に、この時間を思い出してくれないかなって思ったからだよ。夏の大三角形を見たら、あの日のことを思い出すだろ? そういうこと」
「まぁ確かに、今日だって星座が見えたから来ようと思ったわけだし。その目論見は成功してるかも」
「ならよかった」
 凛は微笑んだ。
 それから一時間ほど星空を見上げた。
 何が面白いか分からないが、この時間は心地良く思える。
 こんな時間が永遠に続けばいいのにと思った。歳を取りたくないと思ってしまった。
 子供が生まれてくることは嬉しいけれど、しかし親として自分がやっていけるのかが不安で、母親のようにやっていけるのかが不安で、ほんの少し未来を憂鬱に思ってしまった。