妊娠が発覚した。
 ひまりたちは出会ってから何よりも喜んだ。
 それからの生活は、想像以上に大変だった。
 不意に食べ物の香りが気持ち悪く思えたり、保育園の独特な匂いに吐き気を覚えたり、酷い時には空気の匂いにさえ身体が拒絶をした。それはいわゆる『匂いつわり』というものらしいのだが、それは日常生活に支障をきたす程度に力を発揮し、ひまりを苦しめた。
 そんな風なつわりのある妊娠の初期には、凛の存在が大きかった。
 ひまりがどれだけ料理を残しても文句ひとつ言わなかったし、「食べたくなったら夜でも起こしていいよ」とまで言ってくれた。そこまで尽くしてくれることに申し訳なく思ったが、凛はそのために自分がいるんだと言い、支え続けてくれた。
 やがてお腹が少し膨らみ、確かに新たな生命の息吹を感じた。
 安定期と呼ばれるものに突入したらしい。その頃にはつわりは大方収まっており、食べたいものを自由に食べることができるようになっていた。しかし新たに生まれる赤ちゃんのことを思えば、好きな油ものばかりを摂取するわけにもいかない。栄養バランスの整った食品を毎日摂取した。
 日を増すごとにお腹に重みを感じた。それと同時に、身体に脂肪がついて丸みを帯び始めた。身体が赤ちゃんを産む準備をし始めている。
 そうして日々、身体の変化を実感していたある日、ひまりが横になっているとお腹から赤ちゃんの胎動を感じた。初めは勘違いかと思ったが、二度も連続して起こったため胎動だと確信した。それを凛に伝えると、騒いで喜んだ。
 まだ子供は産まれてないよ、と言って凛を収めたが、内心ではひまりも騒ぎたかった。
 日に日に身体に重みが増していくとともに、数か月先に産まれる子供の姿を想像することが増えた。
 どんな子供なんだろう。産まれた子の性別はどっちだろう。どんな顔をして産まれてくるのだろう。ちゃんと泣いてくれるかな。産まれたばかりの手を握ってみたいな。いつか三人でどこかに出かけたいな。
 そんな未来を描いているうちに、大きくなったお腹で足元が見えなくなってきた。
 出産予定日は四月十四日で、それまではまだ二か月以上あるのだが、ここまで大きく膨らんだお腹を見て、もう明日にでも出てきてもおかしくないのではと思った。
 身体にだるさを感じることが増えたが、それはただ単に重さゆえに疲れやすくなっただけらしい。赤ちゃんに何か問題でもあったのかと産婦人科に問い合わせたところ、それは良くあることですよと優しく教えてくれた。
 このまま特に何もなく、自分も健康で子供も健康に産まれてくれば一番いい。
 健やかに産まれてきますようにと、膨らんだお腹を撫でながら祈った。