週末、ひまりは凛の家にいた。
 特に何をするでもなく、ただ単純に二人でくつろいでいた。そこには一切の下心はない。凛の心の内は分からないが、恐らく凛も同じだろう。ただ純粋に、同じ空間を共有したいだけなのだ。
 ひまりは凛のベッドを背もたれにし、床に座っている。凛はひまりのスマーフォンを覗き込んで、「何見てんの」と訊いた。
「物件だよ。どこがいいかなって」
「市内でしょ?」
「そうだよ」以前、スクリーンショットをした画像を凛に見せた。「これなんかいいと思うんだけど」
 家賃三万八千円。二階建てアパートで築十二年。八畳と、値段にしてはいい物件に思える。
 すると凛はスマートフォンを取り出し、同じ物件サイトの別ページを見せた。
「これなんかどう?」
 それは家賃三万円。築三十年のアパートで、駅近くの好立地だった。先程ひまりが見せた物件よりもよく見えたが、ひまりは首を振って却下した。
「お風呂とトイレが一緒になってるの、私無理」
「あぁそっか。そういうのもあるのか。詳しく見ないとな」
「内見もしないとね」
「やることはいっぱいなんだな」
「そうだね。同棲って意外と大変なんだよ」
 ひまりたちは話し合って、結婚をする前に同棲をすることになった。二人で過ごすことに慣れてからでも遅くはないということで、その選択を選んだ。凛の両親からは結婚の承諾は貰った。ひまりの両親からも承諾は貰ったので、あとは自分たち次第だった。
「でもまぁ、ひまりと一緒に何かを決めるってこと、今までなかったから楽しい。全然苦じゃないな」
「私も嫌だなんて思ってない。むしろいいよ」
「なんだよ『むしろ』って」
「凛と選ぶのが楽しいって、はっきり言って欲しかったの?」
「それは……まぁそうだな」
 凛は恥ずかしそうに顔を逸らした。
 そんな様子を見て、ひまりも白い頬を桃色に染める。しかし凛が顔を逸らしているものだから、ひまりも恥ずかしがっていることには気づかない。
 二人の間に沈黙が降りた。
 でも、そんなやりとりも恥ずかしいけれど気まずくは感じない。何気ないやりとりから生まれた時間が、何よりも愛おしく感じた。
 これから先、同棲をしていく中で、こんな風に感じることは増えていくのだろうか。そう思うと、未来が待ち遠しく感じた。
 先は明るい。気持ちのいい風が二人の背中を後押しして、障害物となる雲はどこにも見当たらない。空はいつになく澄み渡っていた。

 ふと思った。
 あの時の問い、人生の幸福の形とは何かと聞かれたら、今ならばほんの少しだけ答えられる気がした。
 ひまりの中にある答えは酷く曖昧で、しかし確固たる芯のようなものがある。
 今、何かと問われれば「時間」と答えるだろう。
 幸福の『形』と訊かれているのに、時間と答えるのは少し違う気もするが、今のひまりに導き出せる答えはこれだ。これ以上の何物もない。
 時間が人生の幸福の形であるならば、凛と過ごす時間は幸福の時間となる。
 その時間がどうしようもなく愛おしいから、ひまりは自分にとっての答えに近いものを見出すことができた。しかしそれは自分にとっての答えではあるが、この先の人生を考えた時に、それが本当に正しいのかはよく分からなくなってくる。
 質問をした教師は、自分の中に答えを持っていたのだろうか。