家に帰って、ご飯を食べる。それから風呂に入ると、時刻は午後十時半を過ぎていた。
 風呂上がりで、バスタオルで髪を拭きながらリビングに戻ると、母親と内山さんが並んでソファに腰かけ、漫才を見て笑っていた。
 灯花の姿はない。どうやら先に寝たようだ。
 まだ六歳であるのに、一人で眠ることができるなんて、随分と大人なように思える。もっとも、生前の記憶の限りでは、幼い頃から一人で眠った記憶しかないが。
 ひまりが風呂から上がったのを見て、内山さんが入れ替わるように洗面所へと向かった。家族皆風呂は入ったため、歯ブラシを取りに行ったのだろう。
 内山さんが立ち上がって空いたソファにひまりは腰かけた。漫才を見てか、席を奪ったひまりを見てかは分からないが、隣で母親がくすくすと笑っている。
 すると何かを思いついたように、母親は声を上げた。
「どうかしたか?」
 洗面所から歯ブラシを咥えた父親が現れた。彼は先程まで座っていたソファの前に来ると、母親に隣にずれるように促し、ひまりと母親は端に寄った。ソファには三人が詰め込まれた。
 母親は身体をずらしながら言う。
「今日買い物行ったら、面白い鍋があってさ。手軽に温めもできるし、レンジで調理もできるっていう優れものなんだって」
「そんなのあったね」と、内山さんは頷いた。
「でも、別に要らないんじゃない?」
「だって、いつかひまりが一人暮らし始めるかもしれないでしょ?」
 今日のプロポーズのことを思い出し、顔が紅潮していくのが分かった。
「ま、まぁそうかもね」
 自分では平然を装ったつもりだったが、家族には通用しなかった。母親はにやにやとしながらひまりの顔を覗き込み、訊いた。
「一人暮らししたい?」
「したいっていうか、まぁ、いずれ二人で暮らしたいなって」
「凛くんと?」内山さんが口を挟む。
「うん」と、小さく頷いた。
 家族の前で恋人の話をするのは物凄く恥ずかしい。たとえ家族の前であろうと自然と言い淀んでしまう。
「というか、割とすぐに二人暮らししたいなって……」
 恥ずかしさから、最後の方は声が消え入るようになってしまった。
 隣に座る母親は我が子の成長した姿を見て、感慨深そうに頷いている。一方内山さんは驚いて、言葉を発することができなくなっていた。
 ひまりは俯いて、口を結ぶ。
 三人の間に沈黙が降りた。
「つまりそれは、結婚したいってことだよね?」内山さんが確認するように訊いた。
「うん」
「そっか。ひまりちゃんももう大人なんだもんね」
「ひまりはもう働いてるんだし。立派な大人になったね」と、母親は嬉しそうに笑う。
「えっと……細かいことは来週、話そう。僕の心の準備がまだできてないから」
 こうして今日のところは、結婚をしたいという意思を表明しただけで終わった。
 しかしこの雰囲気ならば、二人とも結婚を許してくれそうな気がする。
 結婚は時期尚早なのかもしれないが、それでもひまりは凛と結婚がしたいと思っている。もし明日、否定されても食い下がるつもりだった。
 それくらい、ひまりは凛と結婚をしたいと思っていた。

 来週話そうとは言ったものの、次の日には結婚しても構わないと言ってくれた。
 つまりそれは、両親からの結婚の承諾を得たと言うことだ。