文化祭を二人で回りつくした。
 その頃には文化祭も終わろうとしていて、飲食系の店は撤退を始めていた。
 二人は空き教室で休みつつ、文化祭の終わりのアナウンスを待っていた。
 ややあって、生徒会によるアナウンスが入る。
『生徒会長の船山です。文化祭の閉会式を行いますので、午後三時に体育館に集合してください。服装は自由で構いませんが、スマートフォンなどの貴重品、電子機器類は窃盗の危険性があるため、必ず持参するようお願いします』
 その声にひまりは身体を震わせた。
 彼に対して、大きなトラウマを持っていた。
 物音全てが遠く感じる。視界の端が歪み始める。身体の中を、ぐちゃぐちゃに搔きまわされる。心臓の鼓動が不規則に、しかし素早く刻まれていく。
「俺の手を握れ」
 凛はひまりの両手を手繰り寄せ、胸の前で包み込んでいることをひまりに見せた。
「大丈夫。俺がいるから。安心しろ」
 余計なことは言わずに、ただじっと、手を握っていてくれた。
 しばらくそうしていると、心音が穏やかになっていき、呼吸も正常に戻っていった。視界も正常になり、身体の震えも収まっていく。
「大丈夫か?」
 覗き込むように訊いた。
「うん、本当にありがとう」
「いいんだよ。これくらい」
 その手は握られたままだった。
 大きくて、少し乾燥していて、しかし確かに温もりの感じる彼の手。
 もう少し具合の悪いままでいようかな。

 文化祭の閉会式には出席しなかった。
 別に出席をしなくても、恐らくは見つからない。二人は空き教室で、あのまま過ごしていた。
 しばらくそうしていると、体育館の方から拍手が聞こえてきた。
 この高校には、毎年文化祭の閉会式に、生徒会長によるスピーチがある。きっとそれが素晴らしかったのだろう。船山の人望は凄まじいものだ。
 スピーチが終わると閉会宣言をし、そのまま文化祭の片づけが始まる。
 凛はクラスの片づけに戻らなければならなかった。
「ひまりはここで待ってる?」
「どうしようかな。文化祭委員なのに休んだの申し訳ないから、本当は少しくらいは片付け手伝いたいんだけど、この格好じゃあね」羽織った緑のカーディガンを引っ張って言う。
「保健室行けば借りれるかも」
「そうなの?」
「確かあったはず。前借りたことあったから、女子のもあるんじゃないかな」
「分かった。行ってみる」
「大丈夫なのか?」
「多分ね。凛がそばにいると思えば怖くないよ」
 凛は照れて顔をほんのりと朱色に染めた。
「まぁ、何かあったら二組に来いよ。俺のクラスは喫茶店だから、片付けすぐ終わるだろうし」
「うん、ありがとう」