学校へ着くと、どこへ行ったらいいか分からず、いい歳をして迷子になった。早速家に帰りたくなった。
 しかし未来の自分のためにも、ここで帰ってはいけない気がして、どうにか教務室を探して木田先生を呼んだ。すると喜んで教室へと案内してくれた。
 教室へ入ると「誰だよ」と言わんばかりの視線と沈黙を浴びた。そしてひまりの席は初めから用意されていなかった。しかしそんなことでは心は折れなかった。別にすぐに馴染めとは言っていない。ゆっくりと人間に馴れていく。それからでも遅くはない。
 授業には一切ついていけなかったし、大して面白くもなかった。そこで人生のアドバンテージが失われていたことに気づいたが、そんなことは些細なことだ。
 今のひまりにとって、学校へ来られたということが重要なのだから。

 昼休み、生徒指導室へと呼び出された。
 そこでもまた、迷子になった。校内放送で名前が呼ばれているのに、生徒指導室が分からないという事態に陥り、他の生徒に場所を聞く羽目になった。
 しかし緊張こそしたものの、ほんの少しの拒絶反応で済んだ。これならばこの先の学校生活を無事に送れそうだった。
 そうしてニ十分かけて生徒指導室へと辿り着くと、そこには呼び出したはずの中山という教師はおらず、代わりにいたのは髪を茶色く染めて、極端に袖を捲った男の子だった。どちらも校則違反だろう。
 彼はひまりを数秒見つめた後、すぐに視線を外した。そして「お前のせいで、ずっとここに居たんだけど」と言った。
「ごめんなさい。先生は……私を探しに行ったんですよね」
「そうだな。座って待てよ。どうせ来るのに時間かかるし」
「はい」
 少しおどおどとしながらも、何とか話すことが出来た。彼は見た目が尖っているだけで、どうやら根は優しそうな人だった。
 ひまりは彼の隣の席に腰かけた。彼は向こうの壁を見つめて、顔を合わせようとしない。もしかすると、見た目よりもずっと人見知りなのかもしれない。
 すると沈黙に耐えかねたのか、彼は身体をひまりに向けて、質問をした。
「おい、名前。名前を教えてくれ」
「は、はい。高木ひまり、二年、です」
「あぁ、同級生だったのか。俺は齋藤凛」
「凛っていうんですね。かっこいい名前ですね」
 ひまりの言葉を最後に、沈黙が降りた。不思議に思って顔を横に向けてみると、凛が驚いたような表情をしていた。
「何かありましたか?」
「い、いや。別に」
 そうして彼はまた黙り込んだ。結局会話はそれ以来起こることはなかった。

 馴れ初めはそんなぎこちないやりとりで、しかし確かに出会うべくして出会ったのだろう。
 ひまりには彼が必要だったのだ。
 それに気づくのはもう少し先の話だが。