人生の幸福の形を問うと、彼は恥ずかしげに顔を逸らして「子供が欲しい」と言った。
 そんな彼を愛おしく思った。やっぱりこの人と一生を添い遂げたいと思った。だからひまりは彼の横顔に微笑みかけるように言った。
「いいよ。子供、作ろっか」
 きっとひまりの頬も真っ赤に染まっていたのだろう。じわじわと血が昇って行く感覚が自分でも分かった。そんな表情の機微を、夜の闇が包み隠した。
 彼は目を向こうにやったまま、顔を合わせようとしない。少し考えるように黙ってから、視線を窓の向こうに向けた。
 今日は豪雨と共に雷の降る夜だった。町は光を失っていた。でも、そんな轟音すらかき消す愛が二人を覆っていた。
「うん、分かった」
 しばらく間を空けて彼は小さく頷いた。いつもひまりを引っ張ってくれる姿とは異なる一面を覗かせた。
 不意にこうして愛が深まっていくのだと実感した。
 あの頃の自分には絶対に分からない。子供であることが嫌で、大人になることも怖かった。そんな自分が彼を見て、自分も子供が欲しいと思ったのだ。大分気が早いが親になった気でいた。
 彼がいつまでも窓の外の雷雨を見ているから、じれったく思ってひまりの方から彼の首元に手を置いた。
 じっと目を合わせる。
 いつもは格好いい彼が、今は可愛く見えた。
 そして、ゆっくりと唇を近づけた。
 少し乾燥した唇。しかし確かな温もりを感じる。

 幸せとは、今みたいな時間のことを言うのだろう。
 あの問いの答えは未だよく分からないけれど、今が幸福であるとは思った。