この青く澄んだ世界は希望の酸素で満ちている




 こうして私は。



 神倉凪紗(なぎさ)さんのことを凪紗。
 佐穂心詞(みこと)さんのことを心詞。
 鈴森響基(ひびき)くんのことを響基。

 そして。
 那覇空澄(あすみ)のことを……空澄。


 そう呼ぶことに。





 ……空澄……に関しては。

 小学生の頃から。
『那覇』
 そう呼んでいた。


 だから。
『空澄』
 慣れない、そう呼ぶことが。



 それだからか。
 なんだか変な感じがする。



「それじゃあ、
 改めてよろしくな」


 ある、違和感が。
『空澄』
 そう呼ぶこと。

 そう感じていると。
 神倉さ……凪紗がそう言った。


 凪紗に続き。
 私、空澄、心詞、響基も。
「改めてよろしく」
 そう言った。





 そのとき。
 見た、改めて。

 空澄、凪紗、心詞、響基のことを。


 違う、みんな。
 それぞれにタイプが。

 ある、みんな。
 ちゃんと個性が。



 そんなみんなと。
 過ごす、同じ部屋で。

 それは。
 嫌ではない、全く。


 それどころか。
 感じる、少しだけ楽しみにも。





 どうなるのか、これから。
 わからない、それは。

 だけど。
 このルームメイトとなら。
 過ごすことができる。
 お互いを思いやりながら。



 家庭や学校。
 それらの環境に苦しめられ。
 限界になってしまった、精神状態が。

 そんな私でも。
 この部屋(ここ)にいるときは。
 なれる、心穏やかに。


 それは。
 空澄、凪紗、心詞、響基のおかげ。

 みんなには。
 感謝している、ものすごく。





 現実の世界に戻り。
「また今夜」
 私たち五人はそう言い合って。
 帰って行く、それぞれの家に。


彩珠(あじゅ)


 そのとき。
 呼んだ、空澄(あすみ)が。
 私のことを。


『彩珠』

 呼ばれる、空澄から。
 下の名前で。


 そのことは。
 まだ慣れない、やっぱり。

 ……というか。
 なんだか照れくさい。
 そんな気持ちになる。


「方向、同じだよな。
 途中まで一緒に帰ろう」


 空澄の言葉に。
「うん」
 そう返事をした。




「いいな、空って」


 歩いている、ゆっくりと。
 空澄(あすみ)と二人で。

 そんなとき。
 そう言った、空澄が。
 空を見上げながら。


「空の表情を見るの、
 ほんと好き」


 言った、空澄は。
『空の表情』と。


「人もさ、いろいろな表情があるだろ。
 それと同じで空にも表情があると思うんだ」


 今の空澄。

 追いかけている、純粋に好きなものを。
 している、そんな子供のような表情(かお)を。


「晴れ、曇り、雨、雪、
 どんな天気でも、
 そのときによって微妙に違う」


 そのあとも。
 しばらく空澄の話は続き。


 聞いているうちに。
 湧いてきた、興味が。

 見る、空の表情を。
 そのことに。





「あっ、
 俺、こっちだから」


 空澄(あすみ)の話。

 興味があり。
 楽しかった、ものすごく。


 それだからか。
 あっという間だった、時間が経つのは。



 示した、空澄は。
 私が帰る道と違う道を。





「また今夜」
 私と空澄はそう言い合い。
 歩き出す、お互いの帰り道を。


「空澄」


 無意識だった。

 気付いたら。
 呼んでいた、空澄の名前を。



 私の声に気付いた空澄は。
 振り向いた、穏やかな表情(かお)で。


 見た、そんな空澄のことを。

 そのとき。
 なぜか。
 した、ドキッと。


「ありがとう」


 私がそう言うと。
 空澄は。
「なにが?」
 そう言って。
 している、不思議そうな表情(かお)を。


「素敵な話を聞かせてくれて」


 そのおかげで。
 できた、知ることが。

 見る、空を。
 そのことの喜びや楽しさを。


「空澄のおかげで
 空を見ることに興味が出てきた」


「それは良かった。
 彩珠(あじゅ)にそう言ってもらえると嬉しいよ」


 空澄の笑顔は。
 本当に嬉しい気持ちが溢れていて。

 その笑顔を見ている私も。
 嬉しい気持ちになった。





「この時間に帰れば、
 気付かれない、よね」


 早朝。

 だから大丈夫。


 家族全員、寝ているはず。



 だけど。
 念のため、静か~に……。


 そう思いながら。
 玄関のドアの前に。












 不思議。

 入る、自分の家に。

 それだけなのに。

 なんだろう。
 この緊張感と後ろめたい気持ちは。


 そう思いながら。
 開ける、鍵を。
 ものすごく静かに。










 鍵は開き。
 第一関門突破。







 次は。
 開ける、ドアを。
 音を立てないように。





 まずは。
 握る、軽く。
 ドアノブを。


 そして。
 ゆっくりとドアノブを傾け。

 開ける、そーっと。
 ドアを。



 あとは。
 このまま足音を立てずに自分の部屋に戻れば……。




「……っ⁉」


 開けた、ドアを。
 半分以上。


 そのとき。
 入ってしまった、私の視界に。


「こんな時間まで一体どこに行っていたんだ‼
 母さんから『友達の家に泊まる』ということは聞いていたが
 本当に友達の家だったのか⁉」


 玄関のところに。


「それに昨日、
 学校に行っていないそうじゃないか⁉
 それは、どういうことなんだ‼」


 立っていた。
 腕組みをした、お父さんが。


 怒りからくるのか。
 お父さんの声のトーンは怒鳴り気味で。

 その表情(かお)は。
 まるで鬼のよう。



 こんなお父さんを目の前にしたら。
 恐怖のあまり全身は震えそうになる。


「どっ……どこだっていいでしょ」


 だけど。


「それから
 学校に行かなかったことだって関係ないでしょ」


 いられない、言わずには。


 黙ったまま。
 したくない、そんなこと。





「関係ない⁉
 なんだっ、その口の利き方は‼」


 思った、そうなると。

 私の言葉に。
 お父さんは、ものすごい剣幕を立てている。


「ただでさえ、お前は出来損ないなのに、
 その上、夜中に出歩く不良になったとは‼
 お前は、どこまで失望させれば気が済むんだ‼」


『出来損ない』
『不良』



 なんて。
 なんて情けないんだ。

 言えないのか。
 そんなふうにしか。


 まったく。
 話にならない。


「お前は失望させるばかりではなく
 人の話も聞くことができないのか‼」


 そんなお父さんに呆れながら。
 歩きかけた、自分の部屋に戻ろうと。

 そのとき。
 またもや、お父さんが怒鳴り声のような大声を上げた。












 なにが話だ。

 そんなのは話ではない。
 ただの侮辱。










 やっぱり。
 地獄だ。
 (ここ)は。





 せっかく。
 素敵な『心が呼吸できる世界』で過ごすことができて。
 心が穏やかになっていたのに。



 (ここ)に帰ってきて。

 違う。

 関わってしまった、お父さんと。


 そのことによって。
 消されてしまった、全て。

 過ごした、『心が呼吸できる世界』で。
 そのことが。







 嫌だ、もう。

 帰りたくない。
 (ここ)には。


 そう思った。

 その瞬間。
 自分の部屋に向いていた足が玄関の方に。



 出たかった。
 とにかく(ここ)から。





 開けた、玄関のドアを。

 そのとき。
 怒鳴り声を上げた、お父さんが。
「待たないか‼」と。


 だけど。
 その声には振り向かず。
 飛び出した、家を。





「どうしよう、これから」


 家を飛び出し。
 経った、五分くらい。


 行く、どこかに。
 そういうあてもなく。
 来た、とりあえず。
 家から一番近い公園に。







 そのとき。
 鳴った、受信音が。



 確認する、メッセージを。

 お母さんからだった。


 そして。
 送られてくる、続けて。
 メッセージは。





 メッセージの内容。


 心配してくれている、私のことを。

 伝わってくる、ものすごく。
 そのことが。