この青く澄んだ世界は希望の酸素で満ちている




『心が呼吸できる世界』(ここ)の存在は
 充分過ぎるほど、ありがたく感じている」


 本当に。
 その通り。

 ありがたい、ものすごく。


「それなのに、
 私らがいるこの部屋の宿泊費と食費は全て無料。
 なんか良心的過ぎて
 逆にどうしていいのか、わからなくなってな」


 確かに。
 そうだよね。

 神倉さんが言うように。
 感謝を通り越して。
 逆にどうしたらいいのか、わからなくなってしまう。


「こんなにも良くしてもらっているのに、
 このまま何もしないなんてできない。
『心が呼吸できる世界』と惺月(しずく)さんに
 お礼がしたいと思った」


 神倉さんの言葉に。
 頷いている。
 那覇や佐穂さんや鈴森くんも。


「だから惺月さんに話したんだ。
『私たちに何か手伝えることはありませんか』って。
 そうしたら惺月さん、
 私らが元気になるだけで充分って言ってくれて」


 聞いた、神倉さんの話を。

 そうしたら。
 もっともっと感謝の気持ちでいっぱいになった。
『心が呼吸できる世界』と惺月さんに。





「こんなにも素敵で良い世界。
 だから忘れることができている。
 辛くて苦しい現実を。
 『心が呼吸できる世界』(ここ)にいるときだけは」


 確かに。
 神倉さんが言うように。
『心が呼吸できる世界』(ここ)にいる。
 そのときだけは。
 消えている、頭と心の中から。
 辛くて苦しい現実が。
 思える、そのように。


「と言っても、
 今、こうして話してる時点で
 思い出してるということになるけどな」


 神倉さんはそう言って。
 顔を少し上げ。
 見つめた、天井の方を。

 だけど、すぐに元に戻り。


「だけど、こうしてみんなに話をしてる。
 ということは……話すとき、なのかもな。
『心が呼吸できる世界』が見えて
 来るきっかけになったであろう理由を少しだけ」


 神倉さんの瞳は真剣そのもの。


「俺も……話そうかな、そろそろ。
 これは良い機会かもしれねぇな」


 そう言った、那覇も。


「私も……話してみようかな、少しだけ。
 これが何かのきっかけになるかもしれない」


 佐穂さんも。


「僕も……話してみようと思う。
 そうしたら少しだけ何かが変わるかもしれない」


 鈴森くんも。


「…………」


 私は……。

 正直なところ。
 わからなかった、どうしていいのか。


「じゃあ、まず私から話をしてもいいか」


 神倉さんの言葉を聞き。
 那覇と佐穂さんと鈴森くんは。
「うん」
 そう言って頷いた。





 そうして。
 神倉さんは話を始めた。












 神倉さんは。
 疑われてしまった。
 あるクラスメートの財布を盗んだと。





 原因は。
 神倉さんの席の机の中に。
 入っていたから、そのクラスメートの財布が。



 神倉さんは。
 言った、何度も。
『違う』と。

 だけど。
 信じてくれない。
 担任の先生もクラスメートたちも。


 それどころか。
 クラス内から小声で。
『このクラスの中で盗む(やる)のは神倉くらいしかいないだろ』とか。
『神倉さんは盗み(やり)そうだもんね』など。
 聞こえてきた、心無い言葉が。







 それらの言葉を。
 耳にしてしまった。

 そのとき。
 思った、神倉さんは。


 もう、嫌だ。
 こんな担任や、こんなクラスメートたち(奴ら)
 共にしたくない、学校生活を。

 一緒にいたら。
 気が狂いそうになる。



 精神的に崩壊寸前になってしまった神倉さんは。
 その翌日から学校を休むようになった。


 学校を休んだ初日。
 見た、神倉さんは。
『心が呼吸できる世界』
 そこに繋がる真っ白な光の出入り口を。










 神倉さんは話を終え。
「私の話はこんなところだな」
 そう言った。


 そんな神倉さんのブレスレット。

 している、やっぱり。
 真っ赤な色を。





 二番目に話を始めたのは佐穂さん。


















 佐穂さんは。
 クラスメートたちから集団無視されるようになってしまった。












 その理由は。
 わかった、すぐに。

 それは。
 クラスメートのある女子たち三人の仕業だと。










 その女子たち三人のうちの一人が。
 佐穂さんの幼なじみの光居(みつい)くん。
 その男の子のことを好きで。
 警告していた、佐穂さんに。
『光居くんと親しくしないで』と。

 それでも。
 佐穂さんは。
 仲良くしていた、光居くんと。



 そんな佐穂さんのこと。
 気に入らなかったのだろう。


 仕向けた、女子たち三人は。
 クラスメート全員に。

 無視する、佐穂さんのことを。
 そのように。





 女子たち三人は。
 強い、立場が。
 クラスの中で。

 言うことをきかなければ。
 どんな仕打ちをされるか、わからない。


 だから。
 クラスメートたちは。
 なっている、言いなりに。
 女子たち三人の。







 辛い、集団無視は。

 だけど。
 佐穂さんにとって。
 もっと辛いのは。
 仲良くしているクラスメートの女の子二人。
 その子たちにも無視されてしまったこと。



 仕打ちをされる、女子たち三人に。
 そのことが怖くて。
 できない、逆らうことが。

 その気持ち、わからないでもない。


 だから。
 思った、佐穂さんは。
 一人で耐えようと。
 この辛くて苦しい現状を。





 だけど。
 耐えることができなくなり。
 とうとう学校を休むようになってしまった。


 学校を休んだ初日。
 見た、佐穂さんは。
『心が呼吸できる世界』
 そこに繋がる真っ白な光の出入り口を。















 佐穂さんは話を終え。
「私の話はこんな感じかな」
 そう言った。


 そんな佐穂さんのブレスレット。

 している、やっぱり。
 真っ赤な色を。





 三番目に話を始めたのは鈴森くん。


















 鈴森くんは。
 なってしまった、限界に。












 その原因は。
 鈴森くんと一緒に行動しているクラスメートの男子三人。
 彼らが鈴森くんに何度も『ジュース代』と言って、お金を借り。
 そのお金を返していない、一度も。


 それでも。
 鈴森くんは。
 できない、言うことが。
『ジュース代、返して』
 そのことを男子三人に。

 それを言ったら。
 離れていってしまうのではないか。
 男子三人は鈴森くんから。










 そう思ってしまう。
 それには理由がある。

 それは。
 トラウマがあるから。
 中学生の頃の。



 中学一年生の頃。
 鈴森くんはイジメにあっていた。

 それは。
 辛くて苦しい。


 そのときに。
 思った、恐ろしいと。
 孤独というのは。







 高校生になった今。
 貸したお金が返ってこなくても。
 孤独ではない。
 だから我慢するしかない。

 そうすれば。
 孤独にならなくてすむ。


 心の中に言い聞かせ。
 耐えた、必死に。





 だけど。
 訪れる、限界は。



 そうして。
 とうとう学校を休むようになってしまった。


 学校を休んだ初日。
 見た、鈴森くんは。
『心が呼吸できる世界』
 そこに繋がる真っ白な光の出入り口を。















 鈴森くんは話を終え。
「僕の話は以上です」
 そう言った。


 そんな鈴森くんのブレスレット。

 している、やっぱり。
 真っ赤な色を。





 四番目に話を始めたのは那覇。


















 那覇は。
 濡れ衣を着せられる。










 なぜそうなったかというと。







 助けた、那覇は。
 体育館裏で三人の男子生徒からイジメられている一人の男子生徒のことを。


 そのあと。
 その場に残ったのは。
 那覇とイジメていた三人の男子生徒。

 那覇は三人の男子生徒に。
『もう、こんなことをするな』
 そう言った。



 そのとき。
『どうしたんだ』
 そう言いながら。
 通りかかった、先生が。

 そうしたら。
 三人の男子生徒のうちの一人が。
『この人がイジメてくるんです』
 そう言いながら。
 指差した、那覇のことを。
 泣きそうな表情(かお)をして。


 那覇は。
 言われてしまった、先生に。
『ダメだろ、そんなことをしては』と。





 たぶん。
 巻き込まれたくなかったのだろう、先生は。
 面倒なことに。



 那覇に濡れ衣を着せた男子生徒。
 彼は理事長の孫。

 そのことは。
 学校内で有名な話。












 権力——。

 その大きな圧力が。
 傷つけた、深く。
 那覇の心を。



 その翌日から。
 学校を休むようになってしまった。


 学校を休んだ初日。
 見た、那覇は。
『心が呼吸できる世界』
 そこに繋がる真っ白な光の出入り口を。















 那覇は話を終え。
「俺の話は以上だ」
 そう言った。


 さっきも見た、那覇のブレスレット。

 している、やっぱり。
 真っ赤な色を。




「……あの……
 私も……話しても……いい……かな」


 迷っていた。

 聞く、みんなの話を。
 それまでは。


 自分のこと。
 話してもいいのかどうか。







 だけど。
 思ったことがある。



 みんな。
 ものすごく勇気を出したのかもしれない。
 自分の話をすること。


 それでも。
 自分のことを話したのは。
 信頼しているから。
 ルームメイトのことを。

 心を開き。
 歩み寄った。
 そう思う。





 だから。
 話してみよう、私も。
 自分のことを。
 そう思った。

 そして。
 歩み寄りたい、私も。
 ルームメイトに。










 私の言葉を聞き。
 みんな優しく頷いてくれた。


 その優しさに感謝して。
 私は話を始めた。





 私には。
 どこにもない、心の居場所が。



 家庭でも学校でも。


 その場にいると。
 辛くて苦しい。

 そんな気持ちになり。
 逃げだしたくなる。





 まず家庭のこと。










 私は。
 うまくいっていない、家族と。

 とはいっても。
 特にお父さんとなんだけど。







 お父さんは国会議員をしている。



 そんなお父さんの表の顔。

 それは。
 人当たりが良く。
 熱心に活動をしている。


 だから。
 国民の評判は良い方。





 だけど。

 お父さんの裏の顔……というか本性は。

 世間体ばかり気にして。

 娘の私に。
 浴びせる、侮辱の言葉を。

 そんな父親なのだから。