この青く澄んだ世界は希望の酸素で満ちている




「よし、
 全員、食べたいものが決まったし
 画像をタップするか」


 神倉さんの言葉を合図に。
 私たち五人は。
 タップした、料理の画像を。







 惺月(しずく)さんや佐穂さん。
 二人の言った通り。


 タッチパネルに表示されている料理の画像。
 タップした、その画像を。

 そうしたら。
 出てきた、スッと。
 パネルから料理が。



 その料理は。
 浮いている、パネルの少し上を。





 あまりの凄さに驚いて。
 見つめている、全身固まったまま。
 パネルから出てきたハンバーグ定食を。





「いただきます」


 部屋にある五人用の丸テーブル。

 そのテーブルに。
 みんなで囲んで。
 食べている、料理を。


 美味しい、ものすごく。

 その美味しさに。
 感動した。



「そうだ、
 明日、食後のデザートに
 作ったクッキーを持ってきてやるよ」


 食べている、料理を。
 みんなで楽しく話をしながら。

 そのとき。
 そう言った、神倉さんが。
 満面の笑みで。


「本当に食えるのか、それ」


 那覇。
 疑っている、かなり。


「おい、那覇、何言ってるんだよ、
 食えるに決まってるだろ」


「まさか俺たちが神倉のクッキーの毒味第一号か?」


「あぁっ、なんだよそれ。
 那覇、お前、ケンカ売ってんのか」


 熱くなっている、かなり。
 神倉さんが。

 確かに。
 無理もない、そうなってしまうのも。


「ケンカなんか売ってねぇよ」


 そんなときでも。
 至って冷静、那覇は。


「神倉さんのクッキー、
 楽しみにしているね」


 グッドタイミング。

 舞い降りた、女神の佐穂さん。


 佐穂さんの笑顔。
 本当に神。


「おう、楽しみに待っててくれ」


 よかった。

 神倉さん。
 取り戻した、機嫌を。




「そうだ、佐穂、
 お前、ヴィジュアル系バンドが好きなんだろ。
 佐穂が好きな曲、聴かせてくれよ」


 すっかりご機嫌の神倉さん。


「うん。
 明日、CD持ってくる」


 佐穂さんも嬉しそう。


「なぁ、鈴森はルービックキューブとかやるんだろ。
 ルービックキューブやるところ見せてくれよ」


 続いて神倉さんは鈴森くんにそう言った。


「見せてと言われても、
 ルービックキューブをやることが好きなだけで、
 他人(ひと)様に見せられるほどでは……」


 鈴森くんは自信がなさそうな様子。


「大丈夫。
 鈴森くんがルービックキューブをすることが好きだという気持ちを見せてくれるだけで充分だよ」


 佐穂さん。
 本当に女神。

 笑顔も。
 やっぱり神。


「ありがとう、佐穂さん」


 佐穂さんのおかげで。
 鈴森くん、安心している様子。





 好きなものやこと。

 あったような。
 私にも。
 そんな気がする。


 何年か前のことだけど。







 小学一年生。
 そのときから。
 習っていた、ピアノを。


 お姉ちゃんとお兄ちゃん。
 二人が習っていて。

 習ってみたい、私も。
 そう思った。



 だけど。
 辞めた。
 小学五年生のときに。

 理由は。
 お姉ちゃんやお兄ちゃん。
 二人に比べて。
 できなかったから、上達することが。





 それなら。
 お姉ちゃんやお兄ちゃん。
 二人が習っていない。
 やってみる、そういうことを。

 そうすれば。
 比べる、二人と。
 すむ、そうしなくても。



 そう思い。
 通った、絵画教室やバイオリン教室に。


 だけど。
 なんだかイマイチで。

 辞めた、一年以内で。
 絵画教室もバイオリン教室も。










 結局。
 中途半端、何をやっても。

 これといって夢中になれるものやことは見つからず。
 それが今も継続中。





 そんな私だけど。
 言ってくれた、那覇が。

『無理につくろうとしなくてもいい。
 できたとき、それに打ち込めばいいんじゃないか』

 そういうふうに。



 そのおかげで。
 軽くなった、気持ちが。

 だから。
 感謝している、那覇に。


 そう思いながら。
 とても美味しいハンバーグを食べていた。




「そういえば、
 惺月(しずく)さんのことなんだけどさ」


 今は。
 食べている、食後のデザートを。

 そのとき。
 神倉さんがそう話を始めた。


「なんか謎が多いよな。
 ミステリアスというか」


 確かに。
 神倉さんが言うように。
 謎に包まれている、惺月さんは。
 そう思う。







 女性。
 わかる、そういうことは。


 だけど。
 わからない、年齢は。

 見た感じは。
 見える、二十代前半に。





 それから。
 惺月さんの正体。



 惺月さんは。
 現実の世界とは違う。
『心が呼吸できる世界』
 生活している、そういうところで。

 ということは。
 惺月さんは……人間……ではない……?


 そうだとすれば。
 惺月さんは一体……?





「ミステリアス……
 まぁ、それが、かっこよかったりするんだけどな」


 神倉さんはそう言って。
 デザートの抹茶アイスをパクっと食べた。


「そうだね。
 惺月(しずく)さん、かっこよくて素敵だよね」


 そう言っている、佐穂さんも。


 確かに。
 惺月さんは、すごく素敵で憧れる。


「だよな。
 あとさ、謎といえば」


 再び神倉さん。


『心が呼吸できる世界』(ここ)だよな」


 神倉さんはそう言い。
 最後の一口になった抹茶アイスを食べ終え。
「ごちそうさま」
 そう言った。


『心が呼吸できる世界』(ここ)は、たぶん、
 いや、確実に現実の世界じゃないよな。
 惺月さんも私らが実際に生活しているところを
『現実の世界』って言ってるしな」


 神倉さんが言う通り。
『心が呼吸できる世界』(ここ)は。
 違う、現実の世界とは。
 そう思う。


「だけど、
『心が呼吸できる世界』(ここ)があるおかげで
 救われていることがたくさんあるからな」


 神倉さんの言葉に。
 頷いた、大きく。
 那覇や佐穂さんや鈴森くんが。



 私も。
 同じ気持ち、神倉さんたちと。


『心が呼吸できる世界』
 来るのは、今日が初めて。

 だけど。
 救われている、すでに。
 たくさんある、そういうところが。





『心が呼吸できる世界』と惺月さん。
 感謝している、ものすごく。





『心が呼吸できる世界』(ここ)の存在は
 充分過ぎるほど、ありがたく感じている」


 本当に。
 その通り。

 ありがたい、ものすごく。


「それなのに、
 私らがいるこの部屋の宿泊費と食費は全て無料。
 なんか良心的過ぎて
 逆にどうしていいのか、わからなくなってな」


 確かに。
 そうだよね。

 神倉さんが言うように。
 感謝を通り越して。
 逆にどうしたらいいのか、わからなくなってしまう。


「こんなにも良くしてもらっているのに、
 このまま何もしないなんてできない。
『心が呼吸できる世界』と惺月(しずく)さんに
 お礼がしたいと思った」


 神倉さんの言葉に。
 頷いている。
 那覇や佐穂さんや鈴森くんも。


「だから惺月さんに話したんだ。
『私たちに何か手伝えることはありませんか』って。
 そうしたら惺月さん、
 私らが元気になるだけで充分って言ってくれて」


 聞いた、神倉さんの話を。

 そうしたら。
 もっともっと感謝の気持ちでいっぱいになった。
『心が呼吸できる世界』と惺月さんに。





「こんなにも素敵で良い世界。
 だから忘れることができている。
 辛くて苦しい現実を。
 『心が呼吸できる世界』(ここ)にいるときだけは」


 確かに。
 神倉さんが言うように。
『心が呼吸できる世界』(ここ)にいる。
 そのときだけは。
 消えている、頭と心の中から。
 辛くて苦しい現実が。
 思える、そのように。


「と言っても、
 今、こうして話してる時点で
 思い出してるということになるけどな」


 神倉さんはそう言って。
 顔を少し上げ。
 見つめた、天井の方を。

 だけど、すぐに元に戻り。


「だけど、こうしてみんなに話をしてる。
 ということは……話すとき、なのかもな。
『心が呼吸できる世界』が見えて
 来るきっかけになったであろう理由を少しだけ」


 神倉さんの瞳は真剣そのもの。


「俺も……話そうかな、そろそろ。
 これは良い機会かもしれねぇな」


 そう言った、那覇も。


「私も……話してみようかな、少しだけ。
 これが何かのきっかけになるかもしれない」


 佐穂さんも。


「僕も……話してみようと思う。
 そうしたら少しだけ何かが変わるかもしれない」


 鈴森くんも。


「…………」


 私は……。

 正直なところ。
 わからなかった、どうしていいのか。


「じゃあ、まず私から話をしてもいいか」


 神倉さんの言葉を聞き。
 那覇と佐穂さんと鈴森くんは。
「うん」
 そう言って頷いた。





 そうして。
 神倉さんは話を始めた。












 神倉さんは。
 疑われてしまった。
 あるクラスメートの財布を盗んだと。





 原因は。
 神倉さんの席の机の中に。
 入っていたから、そのクラスメートの財布が。



 神倉さんは。
 言った、何度も。
『違う』と。

 だけど。
 信じてくれない。
 担任の先生もクラスメートたちも。


 それどころか。
 クラス内から小声で。
『このクラスの中で盗む(やる)のは神倉くらいしかいないだろ』とか。
『神倉さんは盗み(やり)そうだもんね』など。
 聞こえてきた、心無い言葉が。







 それらの言葉を。
 耳にしてしまった。

 そのとき。
 思った、神倉さんは。


 もう、嫌だ。
 こんな担任や、こんなクラスメートたち(奴ら)
 共にしたくない、学校生活を。

 一緒にいたら。
 気が狂いそうになる。



 精神的に崩壊寸前になってしまった神倉さんは。
 その翌日から学校を休むようになった。


 学校を休んだ初日。
 見た、神倉さんは。
『心が呼吸できる世界』
 そこに繋がる真っ白な光の出入り口を。










 神倉さんは話を終え。
「私の話はこんなところだな」
 そう言った。


 そんな神倉さんのブレスレット。

 している、やっぱり。
 真っ赤な色を。