この青く澄んだ世界は希望の酸素で満ちている




「それじゃあ、
 これから彩珠(あじゅ)ちゃんを部屋に案内するけれど、
 その前にこれを」


 持っている、惺月(しずく)さんが。

 それは。
 手首に身に付けるくらいのサイズの透明な輪っか。


「彩珠ちゃん、手を前に出して」


 そう言った、惺月さんが。

 なので。
 離した、那覇が。
 私の腕を掴んでいる手を。





 ようやく離してくれた、那覇が。
 私の腕から手を。

 そのことは。
 ほっとしている、とても。


 だけど。
 なぜか複雑で。

 なぜだろう。



 そう思いながら。
 出した、手を前に。


透明な輪っか(これ)を彩珠ちゃんに」


 惺月さんは。
 乗せた、透明な輪っかを。
 私の手のひらの上に。


透明な輪っか(それ)を左の手首に身に付けてね」


 やっぱり。
 透明な輪っか(これ)はブレスレット。



 感触は柔らかめ。


 両手の指でつまんで軽く引っ張ってみる。

 そうすると。
 伸びる、しなやかに。





 そうして。
 身に付ける、そのまま。
 透明なブレスレットを左の手首に。


「えっ⁉」





 それは。
 突然のことだった。

 あまりにも驚いて。
 思わず声が出てしまった。


 なぜなら。
 身に付けた透明なブレスレット。
 それが突然、真っ赤に光ったから。


「突然、驚いたよね。
 そのブレスレットはね、
 身に付けた人の今の心の状態を表しているの」


 惺月(しずく)さんの言葉。


 その言葉に。

 わけがわからない。
 驚き。

 いろいろな気持ちや感情。
 それらがグルグルと回って忙しくなった。


「今の心の状態?」


 そうなりながらも。
 なんとか発した、言葉を。


「そう。
 色は赤と黄と緑の三種類。
 赤はかなり深刻な状態を表していて、
 黄色は少しだけ改善の兆しが見えてきた状態、
 そして緑は改善の方向に向かっていることを表しているの」


 説明してくれた、惺月さんは。
 透明なブレスレットについて。





 今の心の状態、か。

 そう思いながら。
 見た、改めて。
 自分の左手首に身に付けたブレスレットを。


 何度見ても。
 なっている、ブレスレットは真っ赤に。



 ということは。
 今の私の心の状態。
 それは、かなり深刻……。





 って。


 身に付けている、私も。
 ブレスレットを。

 ということは。
 那覇も……。





 そう思い。
 見た、那覇の左手首を。

 やっぱり。
 身に付けている、那覇も。
 ブレスレットを。


 そして。
 真っ赤……だ。
 那覇が身に付けているブレスレットも。



 ということは。
 あるんだ、那覇にも。
 心の中に抱えている深い悩みや傷が……。


「ブレスレットを身に付けると
 相手が身に付けているブレスレットも見えるようになるの」


 見ている、私が那覇の左手首を。
 そのことに気付いた惺月(しずく)さんがそう言った。


「それから。
『心が呼吸できる世界』(ここ)に繋がる出入り口が見えるのは、
 心に大きな悩みや傷を抱えている二十歳未満の人たちのみなの」


 確かに。
 感じている、心に限界を。

 だけど。
 ここまで深刻な状態だなんて。


 気付かなかった、全く。

 見えていないんだ、意外と。
 自分のこと、って。





「それじゃあ、
 ブレスレットの説明もしたから、
 そろそろ部屋に案内するわね」


 そう言った惺月(しずく)さんはドアの方へ。

 那覇も惺月さんに続く。

 そんな那覇に。
 続く、私も。





 これからどんなことが待ち受けているのだろう。


 そう思うと。
 する、わくわくも。

 だけど。
 それと同時に。
 ある、緊張や不安も。



 そんないろいろな感情が混ざり合いながら。
 惺月さんや那覇と一緒に建物の外に出た。





彩珠(あじゅ)ちゃんに訊きたいことがあるんだけど、
 彩珠ちゃんは高校生くらいかな」


 向かっている、部屋に。

 そのとき。
 訊かれた、惺月(しずく)さんに。


「はい。
 高校一年生です」


「高校一年生、
 それなら空澄(あすみ)くんと同じ部屋になるわね」


 那覇と同じ部屋。


 知っている人と同じ部屋。

 それは。
 安心する、とても。


「部屋には同じ学年の人たちが入ることになるの。
 一部屋の定員は五人まで」


 なるほど。


「空澄くんがいる部屋は四人いるから、
 彩珠ちゃんが入れば五人になるわね」


 那覇以外の三人は知らない人たち。

 どんな人たちだろう。


「三人とも良い奴だから安心しろ」


 緊張している。
 そのことに気付いたのか。
 那覇がサラッとそう言った。


 那覇の言葉を聞いたら。
 少しずつ緊張が和らいできた。





「それからね、彩珠(あじゅ)ちゃん、
 もう一つ説明させてね」


「はい」


『心が呼吸できる世界』(ここ)と現実の世界が繋がっている出入り口は
 空澄(あすみ)くんと彩珠ちゃんが入った出入り口(ところ)だけではないの」


 そうなんだ。


「全国各地の空き地や野原や草原、
 そして公園に存在しているの」


 確かに。
 人が存在するのは全国各地。

 だから。
 出入り口も全国各地。
 なる、そういうことに。


「見える出入り口は
 住んでいるところから近いところだけど、
 必ずしも一番近いところとは限らないの」


 そうなんだ。


「詳しいことはよくわからないけど、
 両方の世界を繋ぐにも相性というものがあるらしくて、
 ピッタリと合うところにだけ出入り口は存在するみたいなの」


 確かに。
 私の場合も。
 家から一番近い公園ではなく。
 少し遠くの公園だった。


「出入り口は数多く存在するけれど、
 どこから入っても『心が呼吸できる世界』(ここ)にたどり着くの」


 全国各地に存在する出入り口。


 どこから入っても。
 集まってくる、『心が呼吸できる世界』(ここ)に。

 そういうことなんだ。





「それから、
 全国各地に存在する出入り口には担当者がいるの」


「担当者?」


「ええ。
 私のような案内人という役割の人たちが」


「そうなんですね」


 案内人。

 確かに。
 そういう人たちがいなければ。
 不安になってしまうかもしれない。


 私の場合は。
 那覇が一緒にいるから救われた。

 だから。
 心強いと思う。
 惺月(しずく)さんのような案内人の人がいてくれた方が。



「話は変わるんだけど、
『心が呼吸できる世界』(ここ)は年中、夜が来ないの」


「そうなんですか」


「ええ。
 だから、ずっと朝か昼の状態なの」


 来ない、夜が。

 それは、どういう感じなのだろう。


「天気は現実の世界と同じで
 晴れ、曇り、雨、ちゃんとあるわよ」


 笑顔で惺月さんがそう言った。





「着いたわよ」


 惺月(しずく)さんがいた建物。
 そこから数分歩き。

 着いたのは。
 惺月さんがいた建物。
 それよりも少し大きめで三階建ての建物。


 外観の色は淡い桜色。

 とても上品で落ち着いた感じの色。


「それじゃあ、中に入りましょう」


 きれいな色の建物だな。

 見入っていた、そんな感じで。



 そのとき。
 歩き出した、再び。
 惺月さんと那覇が。

 そんな惺月さんと那覇に続き。
 進める、足を。


 そうして。
 入っていく、建物の中に。





 最初に見えたのは。
 ロビーのような広い空間。

 そこには観葉植物や花がたくさん飾られていて。
 なっている、癒しの空間に。


彩珠(あじゅ)ちゃんは高校一年生だから一階の部屋になるわ。
 高校二年生は二階、高校三年生は三階になるの」


 惺月さんの説明を聞きながら。
 入っていく、一階の廊下に。

 一階の廊下(ここ)にも。
 飾られている、少しだけ。
 植物や花が。


 やっぱり、いいな。
 植物や花って。


「ここよ」


 見入っていた、植物や花に。

 そのとき。
 足を止めた、惺月さんが。
 部屋のドアの前で。





「この部屋に入る前に
 また説明させてね」


 惺月(しずく)さん。
 している、少しだけ真剣な表情(かお)を。


『心が呼吸できる世界』(ここ)と現実の世界が繋がっているのは
 現実の世界が夜のときだけなの」


 えっ。


「だから、
 現実の世界が日中のときは
 現実の世界で過ごさないといけないの」


 そういう、ことか。



 できないんだ、ずっと。
 居続けること。
『心が呼吸できる世界』に。


 知った、そのことを。

 そうしたら。
 落ち込んだ、少しだけ。


「あの、訊いてもいいですか」


 だけど。
 それと同時に。
 ある、気になることも。


「ええ、いいわよ」


 だから。


「現実の世界が日中のときに
『心が呼吸できる世界』(ここ)に残っていたら
 どうなってしまうのでしょうか」


 訊いてみることにした。
 勇気を出して。