「今さら言っても晩過ぎるのは、わかっているけど、
今まで本当にごめんね……彩珠」
聞いた、初めて。
真碧さんの口から。
『彩珠』と。
私から視線を逸らしていた真碧さん。
そんな真碧さんの視線が。
向いた、私に。
「私の方こそ、
ごめんね……真碧。
真碧の苦しみに気付くことができなくて」
苦しんでいた、真碧は真碧で。
抱えてきたんだ。
私の苦しみ。
それとは違う苦しみを。
謝り合った、私と真碧。
そのあと。
加織、桃萌、純菜も。
「本当にごめんね、彩珠」
そう言って。
滲ませた、目に涙を。
やっぱり。
大切なんだ。
話をすること。
そうすることで。
減らすことができる、確実に。
誤解やすれ違いを。
これからは。
どんなに些細なことでも。
していきたい、言葉にするように。
「あっ‼」
左腕に身に付けているブレスレット。
変化した、黄色から緑色に。
ということは。
心の状態が改善の方に向かっている———。
「どうしたの?」
私の反応に。
驚いている、真碧たちが。
それでも。
できない、話すことは。
真碧たちに。
『心が呼吸できる世界』
それに関する全てのことを。
だから。
「なんでもない」
そう返答した、真碧たちに。
それから。
しばらく楽しく話をした、カフェで。
真碧、加織、桃萌、純菜と一緒に。
久しぶりに。
行った、学校に。
そうして。
来ている、その日の夜も。
私、空澄、凪紗、心詞、響基は。
『心が呼吸できる世界』の中にある部屋に。
入った、部屋に。
その瞬間。
見えた、みんなのブレスレットの色。
なっている。
全員、緑色に。
「ちょっといいかしら」
私たち五人は。
見ている、お互いのブレスレットを。
そのとき。
部屋のドアをノックする音がして。
惺月さんが部屋の中に入ってきた。
「みんなのブレスレットが緑色になったので部屋に来ました」
惺月さんの言葉に。
私たち五人は。
驚いている、目を丸くして。
そうしている中で。
言った、凪紗が惺月さんに。
「これから惺月さんに報告しようと思ってたのに、
何でもう知ってるんですか」と。
惺月さんは。
「伝わってくるの。
オーラみたいなものがね」
そう言った、笑顔で。
「ブレスレットが緑色になった。
それは、あなたたちの心の状態が改善の方へ向かっているということです」
実感した、改めて。
惺月さんの言葉で。
「あなたたちは自分で自分の答えを探し、
そして見つけ出すことができた。
それによって必ず全てが解決するとは限らないけれど、
それでも、あなたたちが一歩前に踏み出すことができたということなのです」
そうか。
できた、私たち五人は。
進む、一歩前に。
そうすることが。
「それと同時に、
あなたたちは今夜で『心が呼吸できる世界』を卒業できることを意味しています」
卒業——。
ということは。
惺月さんとは、もう会うことができない……?
「……ということは、
もう惺月さんと会うことはできないんですか……?」
心詞も。
思っている、同じことを。
心詞の質問。
どう返答するのだろう、惺月さんは。
「私と会わなくなるということは、
心詞ちゃんたちの心の状態が改善の方へ向かっているということ。
だから、それはとても良いことで喜ばしいことだと思うわ」
私たち五人は。
向かっている、心の状態が改善の方へ。
それは。
良いこと。
そう思う。
だけど。
そうなると。
できない、会うことが。
惺月さんと。
それは。
寂しい、とても。
今の自分たちがいる。
それは。
惺月さんと『心が呼吸できる世界』のおかげ。
だから。
ものすごく寂しい気持ちでいっぱいになる。
会えなくなってしまう、惺月さんと。
そのことが。
「そんな悲しいこと言わないでください。
私たちは惺月さんのおかげで今の私たちがあると思っています。
だから惺月さんと二度と会うことができなくなってしまうなんて、
とても寂しいし辛いです」
心詞も。
私と同じ気持ち。
心詞の言葉に。
私も大きく頷く。
空澄と凪紗と響基も。
大きく頷いている。
「みんなの気持ち、すごく嬉しいわ。
本当にありがとう」
惺月さんは。
いつものように、やさしくて穏やかな笑顔。
だけど。
できない、もう。
その笑顔を見ることは。
「私も正直なところ、
みんなに会えなくなることは寂しいわ。
本当は『心が呼吸できる世界』にいる者として
好ましくない発言なのだけどね」
惺月さんの表情。
含まれている、笑顔の中に寂しさが。
見える、そのように。
「そうは思っても、
みんなの心の状態が改善の方へ向かっていって
『心が呼吸できる世界』を卒業していく嬉しさの方が大きく勝るわ」
そう言った惺月さんは。
見せてくれた、今までの中で一番の笑顔を。
「だから、あなたたちにも笑顔で
『心が呼吸できる世界』を卒業していってほしいの」
惺月さんの言葉に。
私と心詞は涙を滲ませ。
凪紗は思いきり涙を流して泣いている。
凪紗は。
見える、強そうに。
だけど。
実は涙もろく。
ある、か弱い部分が。
空澄と響基は。
している、寂しそうな表情を。
「みんな、本当にありがとう。
みんなの気持ちは、
これからも、ずっと大切に心の中にしまっておくわ」
私たち五人の様子を見て。
惺月さんは笑顔でそう言ってくれた。
「会えなくても、
みんなとは心で繋がっているわ。
みんなのこと、ずっと忘れない」
惺月さんは。
してくれた、両手で握手を。
やさしく丁寧に。
私たち五人に一人ずつ。
惺月さんの温かい手。
そして。
惺月さんのこと。
私も。
忘れない、ずっと。
「そろそろ時間ですが、
もう少しだけ話をさせてくださいね」
惺月さんの話。
最後なんだ。
これで本当に。
「あなたたちは感情や気持ちをコントロールすることができるようになり、
さまざまな逆境や困難を解決する方へ導くことができる能力を身につけることができました」
惺月さんの言葉。
「それは、あなたたちが一回りも二回りも大きく、
そして強くなり成長することができたという証なのです」
一言一言を。
「ただ、
今、抱えている苦難や困難を解決することができたとしても、
また新たな苦難や困難に苦しめられることがあるかもしれません」
しっかりと心の中に。
「だけど、あなたたちなら、
きっとそれらを解決し乗り越えることができると思います」
ずっと。
ずっとずっと。
「だけど、辛くて苦しくて限界になりそうなとき、
他の道を歩んで行ってもいいのだということは忘れないでください」
大切に——。
惺月さんの最後の言葉。
それは。
私、空澄、凪紗、心詞、響基。
五人の心の中にジンと響き渡った。
* * *
「それじゃあ、
私はここまでしか送ることができないから」
『心が呼吸できる世界』と現実の世界。
二つの世界を繋ぐ出入り口の前。
「空澄くん、響基くん、
心詞ちゃん、凪紗ちゃん、彩珠ちゃん、
卒業おめでとう」
惺月さんのお祝いの言葉。
私たち五人は。
お辞儀をする、惺月さんに。
「ありがとうございます」
そう言って。
「私、思うの。
あなたたち五人は運命で繋がっていると」
『運命で繋がっている』
惺月さんの言葉を聞いて。
思った、すぐに。
その言葉。
すごく良い、と。
「同じ部屋のあなたたち五人が一緒に卒業できる。
そのことは稀なことなの」
『稀なこと』
続いて惺月さんの言葉を聞いて。
『そうなのか』
そう思った。
「同じ部屋にいても、
必ずしも一緒に卒業できるとは限らないから」
確かに。
どんなことでも。
ある、個人差が。
それと同じで。
心の状態が。
向かう、改善の方へ。
それも。
ある、個人差が。
「だから思うの。
あなたたち五人は運命で繋がっている。
そう思うと、とっても素敵だなって」
私も。
同じ思いです、惺月さんと。
『素敵だな』
そう思います。
「『運命で繋がっている』、
良いですね、その言葉」
思っている、空澄も。
私と同じようなことを。
そのことが。
嬉しい、ものすごく。
「それじゃあ、
ものすごく名残惜しい気持ちでいっぱいだけど、
あなたたちは、そろそろ現実の世界に戻らないといけません」
私も。
名残惜しい、ものすごく。
「ブレスレットが緑色の場合、
日付が変わる前に現実の世界に戻らないと、
二度と現実の世界には戻れなくなってしまいます」
驚いた、ものすごく。
惺月さんの言葉を聞いて。
本当は。
いたい、少しでも長く。
『心が呼吸できる世界』に。
だけど。
ある、タイムリミットが。
それは、どうにもならない現実。
今だけではない。
これからも。
ならない、向き合わなければ。
どうにもならない現実と。
ある、そういうときも。
「惺月さん、
大変お世話になりました。
それから本当にありがとうございました」
名残惜しい、ものすごく。
そういう気持ちを抱きながら。
そう言った、私たち五人も。
本当に感謝している、惺月さんに。
伝えたかったから、どうしても。
「私は何もしていないわ。
みんなの努力が実ったのよ」
思った、改めて。
惺月さんは本当に心の大きい人だと。
そんな惺月さんに出会えて。
本当に幸せ者。
そう感じる、改めて。
「それでは惺月さん、
お元気で」
「みんなも元気でね」
惺月さんの言葉に。
私たち五人は会釈をする。
感謝の気持ちを込めて。