この青く澄んだ世界は希望の酸素で満ちている




 * * *


 現実の世界は二十二時を回ったところ。


惺月(しずく)さん、
 お借りしたいものがあるんですけど」


 俺と凪紗と心詞(みこと)と響基は。
 来ている、惺月さんのところに。


 惺月さんに借りたいものがあるから。



 惺月さんは。
『何か必要なものがあるときは言ってね。
 全て揃っているわけではないけど』
 そう言ってくれていた。





 救う、彩珠のことを。

 そのためには。
 ある、必要なものが。



 それらが。
 あるのか、惺月さんの部屋(ここ)に。

 わからない、それは。


 だけど。
 言ってくれた、親切に。
 惺月さんが。

 だから訊いてみよう。
 そう思った。


「あぁ、それね。
 あるわよ。
 ちょっと待っててね」


 よかった。
 あるみたいだ。


 惺月さんは。
 カウンターの奥にある棚。
 そこから透明のガラスの小物入れのようなもの。
 それを二つ持って来て。
 置いた、カウンターのテーブルの上に。





 まずは。
 一つ目の小物入れの中身。


 それは。
 ガラスでできたような小さな蝶々。

 色は。
 虹のように。
 輝いている、キラキラと。



 それから。
 二つ目の小物入れの中身。


 それもガラスでできているようで。
 形はビー玉のよう。

 色も。
 蝶々と同じで。
 虹のように。
 輝いている、キラキラと。


「この二つのアイテムは
 空澄(あすみ)くんが必要としているものよ」


 蝶々。
 ビー玉。

 それらが。
 今の俺に必要なもの……。





「まずは、この蝶々の説明からするわね。
 これは探したい人のことを思い浮かべながら宙に放つと、
 飛び立って探したい人のところに導いてくれるの。
 役目を終えたら元に戻るの」


 ガラスでできたような蝶々。

 それは、そういう役目をしてくれるのか。







 彩珠(あじゅ)の家の場所は。
 知った、この前。
 彩珠のあとを追ったときに。



 だけど。
 彩珠がどの部屋にいるのか。
 わからない、それは。


 だから。

 導いてくれる、この蝶々が。
 彩珠の部屋の場所に。

 それなら。
 ものすごく助かり、ありがたいこと。





 なぜなら。
 今から俺たち四人は。
 行く、彩珠の家に。

 そして。
 救い出す、彩珠のことを。


 そうするには。
 どこなのか、彩珠の部屋が。
 知る、それを。
 その必要がある。





「次に、このビー玉の説明をするわね。
 これは、手に乗せた後、
 こういうふうに使いたい、
 そう思い描くと、
 その形になって必ず役に立つと思うわ。
 役目を終えたら蝶々と同じで元に戻るの」


 ガラスでできたようなビー玉。

 それは、そういう役目をしてくれるのか。










 そうなんだ。


 せっかく。
 導いてくれる、蝶々が。
 彩珠(あじゅ)の部屋に。

 そうしてくれても。
 救い出す、彩珠のことを。
 その手段がない。





 彩珠の部屋が一階。

 それなら。
 声をかける、窓越しから。
 できるかもしれない、そうすることが。


 だけど。

 彩珠の部屋が二階。

 そうだとすれば。
 声をかける、窓越しから。
 それは無理に等しい。



 だから。
 想定しなければならない。
 そのときのことを。







 このビー玉が思い描くことに反応し。
 なってくれる、そうなってほしい形に。

 それなら。
 なんとかなると思う。
 彩珠の部屋が二階でも。


 思い描く、俺は。
 このビー玉に。
『階段になってほしい』と。

 そうしたら。
 できる、彩珠は。
 二階から下りてくることが。





「それから、
 この二つのアイテムは、
『心が呼吸できる世界』に現在入っている人たちにしか見えないの」


 惺月(しずく)さんは。
空澄(あすみ)くん、これ」
 そう言って。
 渡してくれた、蝶々とビー玉を。


 惺月さんに。
「ありがとうございます」
 そう言い。
 受け取った、蝶々とビー玉を。



 そうして。
「行ってきます」
 そう言って。
 出た、惺月さんの部屋を。


 惺月さんは。
「いってらっしゃい、
 気を付けてね」
 そう言ってくれ。
 見送ってくれた、俺たちのことを。





 惺月さんは。
 訊いてこない、細かいことは。

 そういう場合は。
 信じてくれている、俺たちのことを。
 そういうことになる。


 そのことが。
 ものすごく嬉しいし感謝している。



 そう思いながら。
 俺たち四人は彩珠(あじゅ)の家へ向かった。





 今、自分の部屋にいる。










 だけど。

 今日は。
 違う、いつもとは。







 なぜなら。
 私の部屋のドアの前。
 そこに武藤さんと北山さんがいるから。





 出る、部屋から。
 そのたびに訊かれてしまう。
『どちらに行かれるのですか』と。



 今の私には。
 全くない、自由など。

 自分の部屋にいても。
 しない、全く。
 自分の部屋にいる気が。


 閉じ込められている。
 どこかの個室に。

 なってしまう、そんな気持ちに。












 今朝。
 帰らされた、家に。

 そのあと。
 いつものように。
 お父さんの説教。
 というか。
 始まった、侮辱が。


 今日の侮辱は。
 いつも以上だった。

 だから。
 高くなってしまった、今までで一番。
 心の二酸化炭素の濃度が。










 その後は。
 こもっている、ずっと。
 自分の部屋に。







 出た、自分の部屋(ここ)から。

 それは。
 洗面所、浴室、お手洗い。
 利用する、それらを。
 そのときのみ。





 食事は。
 持ってきてくれた、お母さんが。
 自分の部屋(ここ)まで。

 そのときの。
 お母さんの表情(かお)は。
 心配してくれている、とても。
 私のことを。
 見えた、そんな様子に。



 お母さんに。
『ありがとう』
 それから。
『心配させてしまって申し訳ない』
 混ざっている、それらの思いが。


 それから……。





 空澄(あすみ)……。


 今頃。
 過ごしているのかな、『心が呼吸できる世界』で。
 凪紗や心詞(みこと)や響基と一緒に。







 今朝。
 あんな形で離れ離れになってしまった。

 空澄には。
 申し訳ない、本当に。
 そう思っている。





 離れているからかもしれない。

 今日は。
 考えている、ずっと。
 空澄のことを。


 会いたい。
 空澄……。



 空澄と会うこと。

 これからは難しくなってしまうのかな……。





 あぁ。
 疲れた、今日は。
 いつも以上に。

 このまま起きていても。
 疲れが増すばかり。


 入浴も歯磨きもしたことだし。

 少し早いけれど。
 そろそろ寝ようかな。


「えっ⁉」


 している、寝る準備を。

 そのとき。
 突然、消えた。
 部屋のあかりが。





 どういうこと⁉
 停電っ⁉



 とにかく懐中電灯を。

 それから。
 見に行かなければ。
 他の部屋も。


 そう思い。
 暗い部屋。
 その中で取りに行く、懐中電灯を。


「えぇっ⁉」


 手探りで。
 取ろうとする、なんとか。
 懐中電灯を。

 そんなとき。
 起こった、奇妙なことが。



 窓は閉めてあり。
 入ってこない、風は。

 それなのに。
 舞い上がった、大きくふわっと。
 窓のカーテンが。


 そのとき。
 窓が見え。
 それと同時に。
 見えた、外が。


「え……っ⁉」


 見えた、窓から。

 それは。
 いつもの風景だけではなく———。





「……蝶々……?」


 窓の向こう。

 見えた、そこから。


 それは。
 優雅に飛んでいて。
 七色に輝いている虹のような蝶々。


「こんな色の蝶々、初めて見た」


 それは。
 美しい、あまりにも。

 そんな蝶々に引き寄せられるように。
 歩き出す、窓の方に。












 見たい。
 もっと近くで。

 強くなっていく、その思い。



 その思いを抱いたまま。
 たどり着いた、窓に。


 見る、近くで。

 そうすると。
 美しい、もっともっと。










 この蝶々を。
 窓越しではなく。
 見たい、直接。

 そう思い。
 開ける、窓の鍵を。


 そうして。
 窓を全開にして。
 見た、蝶々を。

 やっぱり。
 見る、直接。
 その方が。
 美しい、もっともっともっと。







 そう思いながら。
 見とれている、蝶々に。


 そうすると。

 蝶々が。

 えっ?
 消えた? 視界から。





 そう見えた。


 だけど。
 違っていた。

 蝶々は。
 下りて行っている、下の方へ。



 よかった、消えていなくて。

 そう思いながら。
 蝶々に合わせるように。
 視線を向ける、下の方へ。