嫌い。ブドウ、みんな、自分。なぜ、ブドウの話なのに自分も含まれるのか。ブドウが嫌いな自分が嫌いとか?確かにあり得る。ブドウ食べれなかったらやだもん。
 違う。そうじゃない。彼はきっと本心だ。だって、彼はマンションから飛び降りようとしたんだ。自分で。この目で落ちてくるのを見た。トラウマになるかと思った。だけど、彼はそんなこと考えもせず自分のことばかり。それはそうだろう。学校で藤川にあれだけやられたら嫌になる。私も嫌だった。クラスのみんなも暴言がひどかったというくらいだ。中野はそれ以上に言いたそうなことがありそうだったけど、一か月間、何も言っていない。ただ、深山君のことが知りたくて昏睡状態だった一か月間で中野とバイト先に行き、話を聞いたりした。だけど、ネガティブな発言はなかった。よくシフトの被る女子大生はとてもかわいくて嫉妬した。そんな話は今、関係ない。どうせ、言わないのなら深山君に直接聞いてやろう。どこか、いいタイミングで。彼の気持ちが落ち着いたときに。今の彼はネガティブだから。
 しかし、あの時、なんで死のうと思ったのなんて聞くべきじゃなかった。冗談でも言っていいことと悪いことがある。あの時は、全く考えていなかった。
 彼の顔を見たとき、絶対に触れてはいけない部分だったんだと思い知らされた。彼は、ひどく悲しいような拒絶するような言いたくないという意思をひしひしと感じた。『無』そのものを表しそうなくらいな目だった。すぐには消えたけどあの目はもしかしたら私のいないところでいつもそうなのだとしたら。そう考えると、怖くなった。またいつか同じことをしてしまうんじゃないだろうか。
 そんなことしないでほしい。してはいけない。彼がそんなことしていいわけがないのだから。
 とりあえず、お腹がすいたのでいつものスイーツ店に来た。
 今日は、二つほど頼んでいつもの席に着いた。だけど、なかなか食べようとは思えない。気を取り直してフォークでケーキを一口分にして口に入れるときに手が止まってしまう。
 無理やり、口に含んで呑み込んでも味はしなかった。
 やっぱり、深山君のあの目を思い出してしまう。あの『無』そのものを表すような目だ。ああ、そういうことか。私が高校で初めて見たときの深山君の目はそういうことだったんだ。『無』だったんだ。下を向いていたから正確な表情はわからなかったけど、今はわかる。『無』なんだ。
 彼はあの時から、そういった苦しいことに悩んでたのかな。
 ……あれ?だとしたら、藤川のこと以外にも考えることがあったってこと?弟君である斗真のことで?
 それだけでそんな顔するかな。じゃ、ほかにも何か。……離婚。
 離婚が、深山君を『無』にした一番の原因なのでは?
 じゃあ、一番は家族間の問題ってことじゃん。警察に言うべきなのかな。学校側だと思っているのはたぶん、クラスメイトも同じだ。
 でも、クラスメイトに家の問題もあるかもなんて言ったらどうなっちゃうんだろう。きっと深山君の戻れる場所はなくなる。なんとか、中野が彼の帰れるクラスにしようとしてるけど、みんなあまり乗り気じゃない。
 スマホにメッセの通知が来た。
『明日、深山に会いに行きたいから病室を教えてほしい』
 中野からだった。
 無視して、ケーキを食べた。味を感じないケーキを二つ。オーナーと話したい気分でもなくてすぐに家に帰った。

 昼休み、中野が声をかけてきたけど、無視して教室を出て行く。パンを食べたかったけど仕方ない。
「ちょっと、待ってくれ」
「……」
「待て、待てって」
 私の前に出て行く先を阻む中野。
「何」
「いや、昨日のLINE見たんならわかるだろ」
「あっそ」
「いやいや、それはないって。教えてくれ。頼むから」
「なんで」
「知りたいんだよ」
「面会謝絶。だから、無理」
「……え?面会謝絶?」
「そうなの」
「なんで知ってんの」
「聞いたから。だから、会えないよ」
「じゃあ、なんで早川は海利に会ってんだよ」
「……」
 なんで知ってんのよ。
「早川が友達と話してんの聞こえたけど」
「……」
 どうやら、隠せないみたい。
「図星?」
「うるさい。とにかく、教えない」
「それって、教えてくれるってこと?」
「なんでそうなるの!」
「いや、ほら、ドラマとかでよくあるじゃん」
「ドラマじゃないから。キャスティングもされてないし。演劇部の前でよくそんなこと言えたね」
「演劇じゃん。尚更、教えてくれるってことじゃん」
「どういう思考してんの」
「いや、大食いモンスターよりはマシな思考だろ。お前の胃袋どうなってんだよ」
「絶対に教えない」
 なんだこのデリカシーのない人は。大食いモンスターなんて言われたら教えるわけない。もとから教えるつもりはないし。
 大食いなんて……。
「お願い。まじで。な!」
「無理」
「今日、部活ないんだろ?俺もないし、頼むよ」
「いやだ。大食いなんて言われて許すわけないでしょ」
「……気にすんなって。良いから、頼む」
 少し太ったこと気にしてるんですけど!
「いやだ」
「わかった。じゃあ、スイーツ奢るわ。それで頼む!」
「いやだ」
「早川が欲しいって言ったスイーツ全部、買うから!」
「……いやだ」
 危ない。釣られるところだった。
「じゃ、じゃあ、どれだけ高い店のスイーツでも買ってやる。だから、頼む!」
「……いやだ」
「よし、わかった。高い店のスイーツも欲しいやつ全部買う!だから、頼む!」
「…………嫌!大食いなんて言われたし!そんなことで誘われるわけないでしょう!やり方が不審者の手口と一緒の人に教えるわけがない!」
「お!それって、教えてくれるってことだな!」
「だから、違うってば!」
「流石、早川!ありがとな」
 私の言うことを聞くこともせず、スキップしながら教室に戻っていった。

「だから、なんでついてくるのよ」
 放課後、深山君の病室に行こうと自転車で向かっているとその道中で追いついてきた中野と病院まで来てしまった。
「約束は約束だろ?とにかく、今日は、会いに行くって決めてたから」
「大食いとか言ったくせに」
「何、気にしてる?」
「別に」
「気にしてんだ」
「うるさい」
「良いじゃん。深山と二人でデート行ったんだろ?」
「……へ?え、なんで知ってんの」
 友達以外誰にも言ってないはずなのに。
「知らないわけないだろ。お前の友達が教えてくれたわ」
「……」
「きっと、その時も馬鹿みたいに食うことはわかるだろ。それに、お前の昼の机見たら絶対」
「……」
 なんか、恥ずかしくなってきた。
「ま、そんだけ食っても痩せてんだから問題ないだろ。あ、でも、着やせタイプって線もあるよな。着やせで実は太ってます的な……痛って!」
「デリカシーって知ってるかな!!」
 人をデブ呼ばわりして!これでも、食べた分は運動してるんですぅ!!
「あー、はいはい。デリカシーね」
「わかってないよね!?」
「まあでも、実際のところはわからんし?太ってるかどうか、信じるか信じないかはあなた次第的な?」
「あー、もう!帰ってよ!うるさい!それ、絶対に深山君に言わないで!!」
 こんなこと言われたら、深山君に幻滅されるかもしれないじゃない。
「そういえばさ、藤川、最近学校来てないよな」
「知らないよ、あんなやつ」
「やっぱ、気にしてる?」
「してません。もう着くから」
 深山君が入院してすぐ警察から取り調べがあったらしい。私は、気持ちが優れなくて寝込んでいた。次の日、頑張って学校に行けば、藤川がクラスで大はしゃぎしていた。クラスでいつも通り、だけど少し違うのは深山君の悪口を言い続けたこと。「あいつ、まじで面倒だわ。そのまま死んだ方がましだったよなあ」なんて、私を見てニヤつきながら言ったんだ。
 無視を決め込んでいたのに、藤川はわざわざ私の視界に入って煽ってくる。だから、その日から教室にいないようにしていた。ほんとにあの男は何も変わらない。だけど、一週間くらいしてから藤川は学校に来なくなった。
「ここだよ」
 ノックをして、返事がないけど勝手に入った。
「深山君?……あれ」
 病室にいなかった。ベットにいないのだ。
「ほんとにここ?間違えたとか?」
「いや、ここだよ!絶対」
「じゃあ、待つか」
 中野は椅子を私に出してきたのでそれに座った。中野自身は、壁にもたれるように待つだけだった。