深山君は、目が覚めた。朝方に起きたから検査も昼過ぎには終わった。だけど、深山君は一学期とはすごい変わりようだった。
 泣きたくなった。ていうか、泣いた。あんな風に暴言を吐かれるとは思わなくて泣いてしまった。こっちの方が正しいかもしれない。
 深山君が倒れてから一人で授業が終わってすぐ向かって、休みの日も今か今かと待っているのに、起きなくて。三島さんという看護師にも顔を覚えられるくらいにまでいたのに。
 やっと目が覚めたのに、こんなこと言われて。
 クラスのみんなが言うように、深山君は私のことが好きなんじゃないの?私だって好きなのに。なんで、花火祭りの当日に自殺なんてするのよ。好きじゃない?いや、違う。そんなはずない。だって、中野だって好きだって言ってた。
 なんで、自殺なんて図ってんのよ‼意味が分かんない!わけがわかんない!
 消えろとか、うるさいとか、黙れとかなんでそんな風に言われなきゃならないわけ!ほんと、わけがわかんない!
 ああ、もう!!
 もういい!!むしゃくしゃする!あんなこと生まれてはじめて言われた!すごい、ムカムカする!
 家を飛び出して、最近知ったおいしい店に向かう。私の町は店が多い。ちょっと歩けばすぐに見つかる。角を曲がり、あまりおしゃれじゃない店にのドアをバンッと開ける。
「あら、久しぶりじゃない」
 深山君のせいでここ最近、持ち帰ることしかできていないせいで仲のいい女性店員さんと話せていない。多分、ここのオーナーだ。
「久しぶりです」
「持ち帰り?」
「いえ、食べます。今すぐ、食べます」
「はいはい、どれがいい?」
 人が少ないため、店員さんにこれとこれとか言って頼めばすぐに用意してくれる。今も、店には私しかいない。
「これとこれとこれとこれとこれ………あと、これとこれとこれ。……これも追加で」
「え、大丈夫?食べれる?」
「食べます。食べたいんです!」
「な、なんかあった?」
「何でもないです!早くください!」
「わかったわ」
 二千円以上の会計を済ませて、いつも使ってる席に座る。対面の席だけど、どうせ誰も来ないからと広々使う。
 ここは、スイーツなら何でもあるから食べたいだけ買ってしまうのだ。だから、たまに制限しないと金欠で行けなくなる。あと、体重を気をつけないといけない。太った姿を好きな人に見られたくはない。
 ……深山君。
 ああああああ!うるさい!思い出すな!ムカつく‼何よ、あの態度!ほんと、腹立つ!
 むしゃむしゃと食べ進める。両手にドーナツを持って、一つ一つ食べていく。
 気が収まらない。なんで、あんなこと言われなきゃならないのよ!ほんとわけわかんない!
 残り二個ほどになったころ、限界が来た。
「もう、ダメ……」
 ケーキもあってここまで食べることができた私はすごいと思う。まだ、食べたりないのに……。お腹が……。
「何か飲む?」
 オーナーだ。
「カフェオレ!」
「砂糖とミルクは?」
「いる!たっぷり!」
 すぐに持ってきてくれたオーナーは正面に座った。仕事が終わったんだ。店は閉まっているし、スイーツももうおいてない。
「どうぞ」
「ありがと!んー!おいひい!」
「大丈夫?持ち帰る?」
「いや、食べます!」
「そんな無理しなくても……」
「無理してないです!」
「好きな人いるんでしょ?太っちゃって大丈夫?」
「もう、いいです。彼は、私のこと拒絶するんで」
「なんで?」
「マンションから飛び降りて一か月昏睡だったくせに、起きたら起きたで怒るんで」
「……え」
「言ってませんでしたっけ?」
「言ってないよ」
 そういえば、言う間もなく買った後家に帰ったんだっけ。あれ、そうだったっけ?
「なんで?」
「わかるわけないです。だって、教えてくれないし、理不尽に怒られたし。クラスのみんなが深山君は私のこと好きだって言ってたのに、おかしくないですか?」
「……それで、もう会わないつもりなの?」
「会いたいです。だけど……」
「なら、会えばいいんじゃない?きっと、怒ってるのは自分自身にだと思うから」
「そんなもんですか?」
「そんなもんよ」
 明日も会えるのかな。なんか、看護師と話してたけどもし明日、面会謝絶だったらどうしよう。
「ほら、そんな顔しない!」
 オーナーが私の頬をつねった。
「うぇええ!?」
 思わず変な声が出てしまった。それに、頬が痛い。
「そんな顔してたら、好きな人が離れてくぞ。好きならアタックしまくらなきゃ」
「う、うん!」
「ほら、食べな!」
「ん!」
 頬から手を離してくれたので、ケーキをフォークで食べる。意外とまだいける。最後まで食べきって感謝を伝えて帰った。
 モヤモヤしたものが吹っ切れた気分だ。
 だけど、お腹に手を当ててみれば膨れてる。太ったかもしれないと体重計に乗ると二キロ太ってた。
「お嫁にいけない……」
 これじゃ、深山君も幻滅するかもしれない。いや、大丈夫。うまく隠せばいい。男子なんて太ったことすぐには気づかないよ!うん!大丈夫だ!
 次の日は、部活もあって少し遅い時間に病院に向かった。演劇部は、裏方でも一緒になって発声練習をしなきゃいけないから大変だ。体力をつけなきゃいけない。運動なんかしたくないのに。でも、瘦せなきゃいけないし……。
 病院に行くまでに大きな坂を登らなきゃいけないんだから十分筋トレだっつうの!
 病院のロビーにつくと受け付けの人に怒りを露にする男子がいた。学ランだしこの辺の学生だ。中学生くらいだと思う。
「だから!ここに兄貴がいんだろ!早く、案内しろって!」
 この子には兄がいるらしい。でも、兄貴って今どきの人は言うのかな。
「ああ!?面会謝絶ゥ?知らねえよ!こっちは、受験勉強の合間縫ってきてんだ!早く教えろや美女ナース!!」
 こういう時ってブスとかいうものだと思ってたけど美女ナースとかいう人いるんだ。なんか、面白い人だ。
「お前、笑顔とか見せなくていいんだって!俺のハート、矢で打ち抜くつもりかよ!ふざけんな!どうでもいいからさっさと兄貴の居場所伝えろや!」
 この人、大声で面白いこと言うじゃん。
「は?俺の兄貴だぞ?深山海利の弟と面会謝絶なのか?意味わかんねえよ!早く教えろっつてんだ!」
 深山海利って!?え、あの子、深山君の弟なんだ。まったく雰囲気から何まで違うじゃん!怒り方もちょっと違うかも!
「ああ、もういいわ。じゃ、これ渡しとけ。ダメなら、お前らで食っとけ」
 ドスドスと歩いていく深山君の弟をまじまじと見る。
 話しかけてみよう!
「ねえねえ!あの!」
「……誰」
 私を見るなり嫌そうな顔で対応してくる。深山君とはやっぱり少し違う。
「深山海利君の弟なんでしょ?」
「……そうだけど。おばさん誰?」
「おば、お、おばさん!?」
「何?」
「いや、どう見たってお姉さんでしょ!!ほら、制服だって着てるし!」
 私は何をムキになっているんだ。
「ああ、それは、すみません。失礼しました。謝罪します。話しかけてくる人っておばさんに多いイメージで」
 イメージで私をおばさん扱いとはいい度胸ね。
「もしかして、兄貴と同じ学校ですか?」
「え?」
「ほら、制服が一緒だから。もしかして、兄貴の見舞いですか?兄貴は、俺たち家族も学校の人も面会謝絶だとさっき聞きましたよ」
「美女ナースさん?」
「……」
 無反応なのひどい。傷つく。
「あのさ、少しだけ付き合ってくれない?」
「え?」
「君のお兄さんのこと知りたいの。なんで、マンションから飛び降りたのか知りたいの」
「……わかりました。けど、その」
 場所か。
「大丈夫!カフェにでも行こうよ」
「そうじゃなくて、受験生だからあんまり時間を取られたくないから」
「じゃ、話すだけ話してよ」
「……わかりました」
 私たちは、移動した。二人席を取って私は甘々なカフェオレとケーキ。弟君はコーヒー、しかもブラック。大人ぁ。
「何か食べないの?」
「いらないです。欲しがりません、受験に勝つまでは」
 戦時中の人かな?軍人思考かな?
「そうなんだ。それでさ、深山君……海利君は、なんで飛び降りたのかな。何か知ってることない?」
「……」
「なければそれでいいんだけど」
「……ありますよ。俺が、殺しました」
「……え?」
「兄貴は、よく親の喧嘩に巻き込まれてました。自分の意見を言えずに喧嘩しているのをただ黙ってみてるだけ」
 両親の喧嘩。
「だけど、ここ三か月は俺が原因なんです。俺は、さっきも言った通り、受験生で。受験なんて初めてだから必死に勉強しようって思ってて。だけど、兄貴は、とろ臭くてそれに怒れて。俺のわがままで怒って、それを聞くだけで。それも嫌で、怒って」
「海利君にストレスをぶつけてた?」
「そういうことです。俺は、兄貴の変化に気づかなかった。いや、気づいてないふりをした。だから、兄貴の荒み切った言葉や行動をみても死ねばいいなんて言ったんです。あんなこと言わなければ、自殺なんて考えなかったかもしれない」
 深山君が、人と話さなくなったのもそのせいなのかな。でも、それだけだったら死のうなんて思わない気がする。
「ねえ、海利君のスマホって誰が管理してるの?」
 ふと気になったことを聞いた。前から、気になってた。
「一応、父親です」
「一応?」
「恥ずかしい話ですけど、両親は離婚してて。俺は、離婚することだけを聞かされたから何も知らなくて。だけど、スマホを購入したのは父親で。兄貴はそれに同行して。それ以上は知りません。……なぜ、そんなことを?」
「ううん。いつも連絡が遅いからそういうタイプなのかなあって」
「たぶん、それも俺のせいです。兄貴は母に変わって家事をしていて。スマホを触る時間がなかったんだと……あれ、いや」
「どうかした?」
「あ、いや、おかしいなって。一時は十時までスマホを触ってよくて。安心フィルターってあるじゃないですか。あれで、十時で制限されてるってのは知ってるんですけど。でも、制限解除するって話が確か、六月とかなのにそれ以降は余計、スマホを触ってないなって」
 スマホを触ってない。六月ごろって確か、八時くらいにはもうスマホに既読がつかなかった時期なはず。
「それってさ、制限がまた厳しくなったってこと?」
「……今思えば。もしかして、父さんが……」
「海利君ってほかになんか言ってなかった?学校のこととか。不満とか言わなかった?」
 弟君は考えるように顔を下に向けてハッとした顔で私を見やる。
「確か、いつか忘れたけど、腕に包帯巻いていた時がありました。その時も、俺は自傷行為するならさっさと死ねよって」
 ひどい弟だ。さっきから傷をつけるようなその傷をえぐるような発言ばっかり深山君に浴びせて。
「ほかには?」
「ないです。六月末にまた大きな包帯があったのは知ってますけど」
 心当たりがない。大きな包帯なんてどこに使うっていうの。
「それだけ?」
「それだけですね」
「弟君。私が言えることじゃないけど、そういうことを受験があるからとかそんな言い訳で人を傷つけるといつか大切な人を失うからね。弟君のお兄さんがもしこのまま死んでたら、残るのは後悔だけじゃないよ」
 なんでだろう。なんで、こんなに胸が苦しくなるのか。残るのは後悔だけじゃない。深山君の体から出て行く血を見ながら必死に願った。どうか、死なないで。生きていて。たまたま来てくれたおじさんのおかげで救急車に運ばれた。目を覚ますまでの一か月間、ずっと考えた。何がだめだったのか。何が彼をそうさせてしまったのか。なんで彼はあんな風に私と距離を取ろうとするのか。藤川のこと、昼休みのこと、何度も距離を取ろうとしてた。なのに、近づいて。今回も距離を取ってきて、でも病院に行って近づこうとして。
 生きていても、後悔しなくても、深山君は初めて話したころのような爽やかさのかけらもない。
 私はきっと、深山君が生きているのに後悔しているんだ。彼と距離を近づけようとするから。諦められないから。
 ケーキを一口食べても味はしなかった。何度口に含んでも甘いなんて、おいしいなんて感じなかった。カフェオレもおいしくない。
「じゃ、私帰るね」
「……あ、あの。な、名前、なんていうんですか?その、まだ聞いてないと思って」
「早川。早川七海。連絡先でも交換しておく?」
「いや、スマホ持ってないんで」
「……あ、そうなんだ」
「俺も帰ります。では、また、機会があれば」
「うん」
 家には帰らず、また病院に戻った。
 弟君は、場所を知らなかった。だけど、私は知ってる。看護師に聞かなくても問題ない。
 スタスタと向かう。看護師に訝しまれたけど気にしない。もう、後悔はしたくない。後悔してそのまま逃げたくはない。
 病室につくと、そこに深山君の姿はなかった。
 おかしい。昨日までここにいたのにいなくなってる。病室のベットにもいないし、名前も書いてない。ここじゃない?
 もしかして、面会謝絶と何か関係が?弟君が病室に行けずに怒ってたのはこれが理由?
 じゃあ、どこなんだ。どこで寝てるんだ。
「そこ、何してるの」
「わっ!」
 後ろを向くと看護師が一人、私に声をかけたのだ。
「え、っと」
「どうせ、深山君でしょ」
「……はい」
 素直に認めた。深山君の担当だと思われる三島さんだからだ。一か月間、よく深山君のベットまで来ていたのを覚えてる。
「ついてきなさい」
「あの、すみません。勝手に、こんなこと」
「謝らなくていい。ついてこればいいから」
「怒られますかね」
「バレたらね」
「え?」
「ここよ」
 立ち止まった場所は、さっきの場所からだいぶ離れたところだ。病室だろうけど、なぜわざわざ。
「バレないようにね」
「……あ!」
「一人部屋なの。深山君のお母さまがそうしたいって言ってて。面会謝絶になってるけど、こんなことしてくれるお母さまは子供想いなのよね」
 ……子供想い。
 弟君の話を聞く限りよくわからなかったけど。
 看護師がノックをした。扉をあけられて、入ってと言われているようで深呼吸してから入ったのだった。