今思えば、父親に彼氏がいるとバレたときが崩壊の始まりだと思う。
今までも、父親に怒られることは何度もあった。ゲームの決まった時間を過ぎれば怒られるし、掃除しなければ怒られる。勉強ができなければ怒られる。部活ができなければ怒られる。
なのに、僕は、中学三年生の時の成績は散々だった。僕が何か言うことで両親は喧嘩。少しでも点数が減れば怒られる。父親はもっとできないのかと怒り、母親はそれに対して、海利は頑張ったと言い返す。
こういう時、僕はいつも口出ししなかった。何も言わなかった。母親は僕を見てない。それは、うすうす気づいていた。何を言っても伝わった気がしないのだ。
「このままじゃ、いけない気がする」
テストで点数が下がった時、ボロッと出てしまった言葉だ。
「大丈夫。海利は、頭いいから。今回がだめだっただけだよ」
フォローになっていたが当時、塾に行こうかと真剣に悩んでいた。だから、母親からその話題が出てくれればいいのに、そんなのは甘えだった。受け身だった。
「だからさ、塾に行きたいんだ」
「そんなことしなくていいよ。金かかるでしょう。父さんに言える?言えないでしょ。怒りたくもないし。海利は、根が真面目だから大丈夫よ」
結局、取り合ってくれることはなかった。母親からも頭を下げてもらいたかった。塾にもいかず、分からないところがドンドンわからなくなって、気がづけば、何ができないのかもわからなくなった。
そんな姿を父親は怒鳴った。何もできない、愚か者が!と、散々母親のいないところで言うようになった。同姓と付き合ったくらいでここまで言われると思っていなかった僕は、何も言えなくなった。
笑わずにいたときも、怒っているのかと怒られ、笑うようにしていれば、何がそんなに面白いんだと怒る。
そのたびに、母親が介入して喧嘩勃発。何か言わなきゃと思ってもパニックになって自分を落ち着かせることに必死だった。
受験の一か月前になっても勉強に身が入らなかった。喧嘩が怖くて指が振るえて、めまいを覚えて落ち着かせてそれでも必死に机に向かった。そんなときに、母親が言った。
「離婚しようと思うの。海利も今、父さんのこと嫌いでしょう?こんな環境では海利が障がいを持ってもおかしくない。海利は真面目だから障がいになりやすいと思うの。だからね、引っ越ししようと思って」
受験勉強もろくにできていない僕に、離婚というワード。最初は、何を言っているんだと頭が真っ白になった。
「……り、離婚?」
「そう。姉は、もう大学生だし、海利は受験が終われば、高校生。斗真だって喧嘩ばっかりする環境は嫌でしょう。だから」
「待って。え、離婚?ほ、本気?」
「本気よ。海利のことを考えて言ってるのよ?」
「……」
何も言い返せなかった。
僕のことを思ってそんなこと言うのか?それじゃ、まるで僕が家族を壊したみたいじゃないか。僕が、両親の仲を壊したみたいじゃないか……!
母親がいなくなった後で、よく考えた。納得した。この時、初めて僕が家族にとって害なんだと気づいた。両親が喧嘩するときは、たいてい僕のことだ。僕が何もしなければ喧嘩はしない。母親にちゃんと言葉として伝えることができていたら。父親ともしっかり会話ができていれば。この家庭の癌だ。自分を呪った。
家族を壊した最低最悪なゴミだ。
何度か止めた。通じなかった。僕のためならそんなことしなくていいと何度言ってもダメだった。
結局、高校一年生に上がるころには離婚調停が始まって、父親もその気だったのかすぐに離婚が成立した。
ただし、親権は母親へ。父親は、子供が望めば会える。僕が聞いたのはそれだけだった。
姉さんは、何も言わなかった。家を引っ越してもたまに帰ってきては、昼間のバイトが終わり寝てる。家事なんか手伝うことはなかった。そのくせ、夕飯はまだなのかと怒る。一人暮らしの人間はこうもだらけるのか。料理くらいしてほしいものだと言いたかったけど、自分のせいで離婚したのだから言えるはずもなかった。
斗真は、僕に受験のストレスをぶつけるようになった。部活が終わればすぐに風呂に入って勉強したいらしくそれを知らずにいたころはちんたらと家事をやっていた。知ってからは、何とか間に合わせるつもりだったが、家からの距離が圧倒的に斗真の方が近いためストレスをぶつけられることの方が多かった。だったら、お前がやればいいだろと言いたくなっても、姉同様自分のせいだと抑えた。
これが、僕のすべきことなんだ。バイトして、家事をやって、仕事をしているのかもわからない母親の負担を少しでも減らそうと考えたけど、体力も精神も疲弊しきっていた。学校も家庭も散々だ。
これくらいなら、さっさと死ねばいい。死んだ方が楽になる。そう思う日はよくあった。
そしてあれがこれいーやーさーさー過去回想へいへいへい…………待てよ。
僕は、マンションから飛び降りた。五階という圧倒的な高さから。なのに、なんで、こんな風に考えることができる。なぜ、この記憶を持っているのだ。
……おいおい、まさか。死んでいない!?
目を開けば、天井は白く、カーテンの仕切りがあるように思う。何か管のようなものが僕の体につながっている。
そして、顔を覗く女の人が一人。病院?
死ねなかったのか。
ならば、見なかったこと気づかなかったことにしてもう少し寝させてもらおうじゃないか。
「深山君……?」
この声、どっかで聞いたことある。
まあ、いいや。寝る。
「深山君!?え、お、起きたよね?あれ、えっと、あ!」
慌てたその女の人は、僕の頭の近くで何かをはじめた。すぐに誰かが来て状況を説明している。
「深山海利君?目、覚めましたか?」
目を開けるとそこには女医と看護師が二人。端の方で女子が立っている。早川さんだ。さっきのは早川さんだったのか。
「……ここは」
ありがちなセリフを吐いてみる。
「病院です。何があったのか覚えていますか?」
「……」
ああ、そうか。そういうことか。何となくわかった気がする。
「マンションから飛び降りて死ぬはずが、何とか助かったってことですか?」
「そうです。検査しますので、そのままでいてください」
ありとあらゆる検査が終わった僕は、奇跡的に何もなかったらしい。痛みはまだ引いていないし、足も折ったらしくてギプスをまかれている。まさか、両足折るとは。左腕も折れて使えるのは右腕だけ。腕も両方折れれば笑い話になったかもしれないのに。
「検査に異常はないですが、その体なので入院は続きますからね」
女医は僕いる病室を出て行った。
「あの」
看護師を呼び止めた。
「面会謝絶ってできます?」
「……ええ、できますけど」
「していいですか」
「……わかりました。ちょっと待ってくださいね」
看護師の一人が、僕に状況を説明してくれた。
どうやら、僕が飛び降りた後近くに来ていた早川さんが声をかけてくれて、その声に気づいた近所の人がすぐに救急車を呼んだらしい。総合病院まで運ばれて一命は取り留めた。だけど、意識は回復せず一か月ほど昏睡状態だったらしい。
学校のことはわからないから、あとで誰かに聞いてほしいと言っていた。
あの花火祭りの日から一か月も寝ていたことに驚いた。それ以上に、なぜもっと寝させてくれないのかと苛立ちを覚えた。
面会謝絶の理由とかを色々話して許可はすぐに出ると思うと伝えられた。
家族には会いたくない。母親にも父親にも。誰にも会いたくない。できれば、中野にも早川さんにも。あの環境にまた身を置けるほどの精神を僕は持ち合わせていない。
なのに、なぜ僕の病室に早川さんはいたのか。なぜ、顔を覗かせていたのか。
まあいい。どうせ、面会謝絶で会うことはない。
このまま、あとで屋上にでも行こうか。問題はないはずだ。
しかし、帰ったはずの早川さんは病室に来た。検査があるし、流石に帰ったと思ったけど違ったみたいだ。
寝ているふりでもして、帰らせるか。
明日には、面会謝絶のはずだ。
「寝たふりやめてよ」
「……」
無視だ。目が合ったかもしれないが、寝るときに半目になる人だっている。バレない。
「やめてってば……」
その悲しそうな声音に僕は、目を開けるしかなかった。
「なんで、そんなことするの」
「……」
泣きそうな顔で僕を見ている。やっぱ、無かったことにして寝ようか。お休み。
「そういうのホントにやめてってば!ねえ!ひどいよ!!」
そういうや否や僕の腹を力任せに叩きまくってくる。体の痛みも相まって衝撃が何百倍も増している。
声が出ない痛みとはまさにこのことなのかと身をもって知った。
目、覚めたから。覚めましたから。
「一緒に、花火祭り行くって言ったじゃん!浴衣も借りたのに!深山君だって着るって言ってたのに!」
バンバンと何度も叩いてくるせいで言葉は聞けても、言葉を返すことはできなかった。
「ひどすぎるよ!」
早川さんは、あふれた涙を両手の甲でぬぐい始めた。
「……帰ってくれ」
僕は、冷たく言った。もう、いい。うるさい。
もう、誰にも会いたくない。
「なんで……」
「疲れんだよ。人と話すの。面倒だし。うるさいし。いい加減、消えてほしい」
「……深山、君?」
「黙って消えてくれ。うるさい。一人でいい。邪魔だ」
「……ほ、本気で言ってるの?」
「じゃなきゃなんだよ。消えてくれよ。どいつもこいつも、煩わしい」
「深山君……」
「消えろって!邪魔臭いんだよ!どいつもこいつも消えてくれよ!!」
早川さんは、目からあふれている涙を拭わず、下唇を噛みながら荷物を持って出て行った。
一度出た言葉からボロボロと言葉があふれた。今まで感じていた不満も怒りも。なぜ関係のない早川さんにこんなことを言ったのかわからない。
ちょっとした声さえうるさく感じて、誰かにこの姿を見られてくなくて、だけど、このありさまを見て同情してほしいなんて思った自分もいて。僕のことを理解して可哀そうな被害者だとかばってほしい。守ってほしい。僕を理解してかばってほしい。そんなバカな気持ちが今までどこかにあった。惨憺たる人生をみんなに知ってほしいなんて思ったこともあった。だけど、今わかった。そんなの求めてない。どいつもこいつも邪魔なんだ。僕の前で泣くな、僕の前で笑うな、僕の前で同情するな。
どいつもこいつも嫌いだ。嫌いなんだ人が。生き物が。感情を持つ生命が。
一人にしてほしい。安らかに眠りたい。あの時、走馬灯が見えなかった。それは、僕が生きる暗示だったんだとしたら、神様がいるんなら僕は、信じたくない。神様なんか大嫌いだ。こんな地獄を僕に用意して何が楽しい?こんな地獄を生きる僕を見て面白いか?ゴミみたいな感性を持った小学生のようなガキと一緒のクラスにいることの何が楽しい?
何が、神だ。ただ残酷なものが好きな異常者が、神とか言って頂点に君臨すんなよ。そんなんだったら、殺戮者の方がだいぶマシだ。神なんかいない。こんな道を作り出したやつが神なら認めない。ただの異常者でクズだ。神なんか存在しなくていい。一生、地獄にでもいてほしい。お前が、地獄に行け。僕が地獄にいる必要なんかないだろ。
家族を壊して、怒られて、何しても文句言われて。学校でもいじめられて、好きでも何でもない人を雰囲気に合わせて好きだとか言って。幼稚すぎる。人のことを何とも思わない小学生の知能にも満たない発言ばっか、行動ばっか。
ああ、まじでどいつもこいつも死ねばいい。
人のことを理解できる奴はこの世にいないんだろうな。だからこうやって僕みたいな自殺者が毎年のように出るんだ。僕を生かしてどうするつもりなんだよ。生きたって意味がない。環境は変わらない。どうせ、家族は『家族だから』とかいう理由で会いたくなくても会わなきゃいけなくなって、会えなかったら会いに来て。気持ち悪い関係だ。血がつながってるだけの他人なのに。
いっそ、海外にでも行こうか。そうしたら、もっと分かり合える人に出会えるかもしれない。
そんな時間を享受できたらいいのに。
無理か。なら、また死ぬか。
どうせ、誰かが止めに来るさ。
ああ、こんな風に考える自分もすごく死ねばいいのに。
今までも、父親に怒られることは何度もあった。ゲームの決まった時間を過ぎれば怒られるし、掃除しなければ怒られる。勉強ができなければ怒られる。部活ができなければ怒られる。
なのに、僕は、中学三年生の時の成績は散々だった。僕が何か言うことで両親は喧嘩。少しでも点数が減れば怒られる。父親はもっとできないのかと怒り、母親はそれに対して、海利は頑張ったと言い返す。
こういう時、僕はいつも口出ししなかった。何も言わなかった。母親は僕を見てない。それは、うすうす気づいていた。何を言っても伝わった気がしないのだ。
「このままじゃ、いけない気がする」
テストで点数が下がった時、ボロッと出てしまった言葉だ。
「大丈夫。海利は、頭いいから。今回がだめだっただけだよ」
フォローになっていたが当時、塾に行こうかと真剣に悩んでいた。だから、母親からその話題が出てくれればいいのに、そんなのは甘えだった。受け身だった。
「だからさ、塾に行きたいんだ」
「そんなことしなくていいよ。金かかるでしょう。父さんに言える?言えないでしょ。怒りたくもないし。海利は、根が真面目だから大丈夫よ」
結局、取り合ってくれることはなかった。母親からも頭を下げてもらいたかった。塾にもいかず、分からないところがドンドンわからなくなって、気がづけば、何ができないのかもわからなくなった。
そんな姿を父親は怒鳴った。何もできない、愚か者が!と、散々母親のいないところで言うようになった。同姓と付き合ったくらいでここまで言われると思っていなかった僕は、何も言えなくなった。
笑わずにいたときも、怒っているのかと怒られ、笑うようにしていれば、何がそんなに面白いんだと怒る。
そのたびに、母親が介入して喧嘩勃発。何か言わなきゃと思ってもパニックになって自分を落ち着かせることに必死だった。
受験の一か月前になっても勉強に身が入らなかった。喧嘩が怖くて指が振るえて、めまいを覚えて落ち着かせてそれでも必死に机に向かった。そんなときに、母親が言った。
「離婚しようと思うの。海利も今、父さんのこと嫌いでしょう?こんな環境では海利が障がいを持ってもおかしくない。海利は真面目だから障がいになりやすいと思うの。だからね、引っ越ししようと思って」
受験勉強もろくにできていない僕に、離婚というワード。最初は、何を言っているんだと頭が真っ白になった。
「……り、離婚?」
「そう。姉は、もう大学生だし、海利は受験が終われば、高校生。斗真だって喧嘩ばっかりする環境は嫌でしょう。だから」
「待って。え、離婚?ほ、本気?」
「本気よ。海利のことを考えて言ってるのよ?」
「……」
何も言い返せなかった。
僕のことを思ってそんなこと言うのか?それじゃ、まるで僕が家族を壊したみたいじゃないか。僕が、両親の仲を壊したみたいじゃないか……!
母親がいなくなった後で、よく考えた。納得した。この時、初めて僕が家族にとって害なんだと気づいた。両親が喧嘩するときは、たいてい僕のことだ。僕が何もしなければ喧嘩はしない。母親にちゃんと言葉として伝えることができていたら。父親ともしっかり会話ができていれば。この家庭の癌だ。自分を呪った。
家族を壊した最低最悪なゴミだ。
何度か止めた。通じなかった。僕のためならそんなことしなくていいと何度言ってもダメだった。
結局、高校一年生に上がるころには離婚調停が始まって、父親もその気だったのかすぐに離婚が成立した。
ただし、親権は母親へ。父親は、子供が望めば会える。僕が聞いたのはそれだけだった。
姉さんは、何も言わなかった。家を引っ越してもたまに帰ってきては、昼間のバイトが終わり寝てる。家事なんか手伝うことはなかった。そのくせ、夕飯はまだなのかと怒る。一人暮らしの人間はこうもだらけるのか。料理くらいしてほしいものだと言いたかったけど、自分のせいで離婚したのだから言えるはずもなかった。
斗真は、僕に受験のストレスをぶつけるようになった。部活が終わればすぐに風呂に入って勉強したいらしくそれを知らずにいたころはちんたらと家事をやっていた。知ってからは、何とか間に合わせるつもりだったが、家からの距離が圧倒的に斗真の方が近いためストレスをぶつけられることの方が多かった。だったら、お前がやればいいだろと言いたくなっても、姉同様自分のせいだと抑えた。
これが、僕のすべきことなんだ。バイトして、家事をやって、仕事をしているのかもわからない母親の負担を少しでも減らそうと考えたけど、体力も精神も疲弊しきっていた。学校も家庭も散々だ。
これくらいなら、さっさと死ねばいい。死んだ方が楽になる。そう思う日はよくあった。
そしてあれがこれいーやーさーさー過去回想へいへいへい…………待てよ。
僕は、マンションから飛び降りた。五階という圧倒的な高さから。なのに、なんで、こんな風に考えることができる。なぜ、この記憶を持っているのだ。
……おいおい、まさか。死んでいない!?
目を開けば、天井は白く、カーテンの仕切りがあるように思う。何か管のようなものが僕の体につながっている。
そして、顔を覗く女の人が一人。病院?
死ねなかったのか。
ならば、見なかったこと気づかなかったことにしてもう少し寝させてもらおうじゃないか。
「深山君……?」
この声、どっかで聞いたことある。
まあ、いいや。寝る。
「深山君!?え、お、起きたよね?あれ、えっと、あ!」
慌てたその女の人は、僕の頭の近くで何かをはじめた。すぐに誰かが来て状況を説明している。
「深山海利君?目、覚めましたか?」
目を開けるとそこには女医と看護師が二人。端の方で女子が立っている。早川さんだ。さっきのは早川さんだったのか。
「……ここは」
ありがちなセリフを吐いてみる。
「病院です。何があったのか覚えていますか?」
「……」
ああ、そうか。そういうことか。何となくわかった気がする。
「マンションから飛び降りて死ぬはずが、何とか助かったってことですか?」
「そうです。検査しますので、そのままでいてください」
ありとあらゆる検査が終わった僕は、奇跡的に何もなかったらしい。痛みはまだ引いていないし、足も折ったらしくてギプスをまかれている。まさか、両足折るとは。左腕も折れて使えるのは右腕だけ。腕も両方折れれば笑い話になったかもしれないのに。
「検査に異常はないですが、その体なので入院は続きますからね」
女医は僕いる病室を出て行った。
「あの」
看護師を呼び止めた。
「面会謝絶ってできます?」
「……ええ、できますけど」
「していいですか」
「……わかりました。ちょっと待ってくださいね」
看護師の一人が、僕に状況を説明してくれた。
どうやら、僕が飛び降りた後近くに来ていた早川さんが声をかけてくれて、その声に気づいた近所の人がすぐに救急車を呼んだらしい。総合病院まで運ばれて一命は取り留めた。だけど、意識は回復せず一か月ほど昏睡状態だったらしい。
学校のことはわからないから、あとで誰かに聞いてほしいと言っていた。
あの花火祭りの日から一か月も寝ていたことに驚いた。それ以上に、なぜもっと寝させてくれないのかと苛立ちを覚えた。
面会謝絶の理由とかを色々話して許可はすぐに出ると思うと伝えられた。
家族には会いたくない。母親にも父親にも。誰にも会いたくない。できれば、中野にも早川さんにも。あの環境にまた身を置けるほどの精神を僕は持ち合わせていない。
なのに、なぜ僕の病室に早川さんはいたのか。なぜ、顔を覗かせていたのか。
まあいい。どうせ、面会謝絶で会うことはない。
このまま、あとで屋上にでも行こうか。問題はないはずだ。
しかし、帰ったはずの早川さんは病室に来た。検査があるし、流石に帰ったと思ったけど違ったみたいだ。
寝ているふりでもして、帰らせるか。
明日には、面会謝絶のはずだ。
「寝たふりやめてよ」
「……」
無視だ。目が合ったかもしれないが、寝るときに半目になる人だっている。バレない。
「やめてってば……」
その悲しそうな声音に僕は、目を開けるしかなかった。
「なんで、そんなことするの」
「……」
泣きそうな顔で僕を見ている。やっぱ、無かったことにして寝ようか。お休み。
「そういうのホントにやめてってば!ねえ!ひどいよ!!」
そういうや否や僕の腹を力任せに叩きまくってくる。体の痛みも相まって衝撃が何百倍も増している。
声が出ない痛みとはまさにこのことなのかと身をもって知った。
目、覚めたから。覚めましたから。
「一緒に、花火祭り行くって言ったじゃん!浴衣も借りたのに!深山君だって着るって言ってたのに!」
バンバンと何度も叩いてくるせいで言葉は聞けても、言葉を返すことはできなかった。
「ひどすぎるよ!」
早川さんは、あふれた涙を両手の甲でぬぐい始めた。
「……帰ってくれ」
僕は、冷たく言った。もう、いい。うるさい。
もう、誰にも会いたくない。
「なんで……」
「疲れんだよ。人と話すの。面倒だし。うるさいし。いい加減、消えてほしい」
「……深山、君?」
「黙って消えてくれ。うるさい。一人でいい。邪魔だ」
「……ほ、本気で言ってるの?」
「じゃなきゃなんだよ。消えてくれよ。どいつもこいつも、煩わしい」
「深山君……」
「消えろって!邪魔臭いんだよ!どいつもこいつも消えてくれよ!!」
早川さんは、目からあふれている涙を拭わず、下唇を噛みながら荷物を持って出て行った。
一度出た言葉からボロボロと言葉があふれた。今まで感じていた不満も怒りも。なぜ関係のない早川さんにこんなことを言ったのかわからない。
ちょっとした声さえうるさく感じて、誰かにこの姿を見られてくなくて、だけど、このありさまを見て同情してほしいなんて思った自分もいて。僕のことを理解して可哀そうな被害者だとかばってほしい。守ってほしい。僕を理解してかばってほしい。そんなバカな気持ちが今までどこかにあった。惨憺たる人生をみんなに知ってほしいなんて思ったこともあった。だけど、今わかった。そんなの求めてない。どいつもこいつも邪魔なんだ。僕の前で泣くな、僕の前で笑うな、僕の前で同情するな。
どいつもこいつも嫌いだ。嫌いなんだ人が。生き物が。感情を持つ生命が。
一人にしてほしい。安らかに眠りたい。あの時、走馬灯が見えなかった。それは、僕が生きる暗示だったんだとしたら、神様がいるんなら僕は、信じたくない。神様なんか大嫌いだ。こんな地獄を僕に用意して何が楽しい?こんな地獄を生きる僕を見て面白いか?ゴミみたいな感性を持った小学生のようなガキと一緒のクラスにいることの何が楽しい?
何が、神だ。ただ残酷なものが好きな異常者が、神とか言って頂点に君臨すんなよ。そんなんだったら、殺戮者の方がだいぶマシだ。神なんかいない。こんな道を作り出したやつが神なら認めない。ただの異常者でクズだ。神なんか存在しなくていい。一生、地獄にでもいてほしい。お前が、地獄に行け。僕が地獄にいる必要なんかないだろ。
家族を壊して、怒られて、何しても文句言われて。学校でもいじめられて、好きでも何でもない人を雰囲気に合わせて好きだとか言って。幼稚すぎる。人のことを何とも思わない小学生の知能にも満たない発言ばっか、行動ばっか。
ああ、まじでどいつもこいつも死ねばいい。
人のことを理解できる奴はこの世にいないんだろうな。だからこうやって僕みたいな自殺者が毎年のように出るんだ。僕を生かしてどうするつもりなんだよ。生きたって意味がない。環境は変わらない。どうせ、家族は『家族だから』とかいう理由で会いたくなくても会わなきゃいけなくなって、会えなかったら会いに来て。気持ち悪い関係だ。血がつながってるだけの他人なのに。
いっそ、海外にでも行こうか。そうしたら、もっと分かり合える人に出会えるかもしれない。
そんな時間を享受できたらいいのに。
無理か。なら、また死ぬか。
どうせ、誰かが止めに来るさ。
ああ、こんな風に考える自分もすごく死ねばいいのに。