俺は、クラスの隣の席が面白い奴だと思った。自己紹介の時、自分の番に気づかず気づいたと思えば、段差に躓く。こんなやつ、見たことない。
 それから、俺は話しかけるタイミングを計っていた。だけど、中学の転校してきた同級生である早川に先を越された。この日は、話せないなと次の日を待った。
 休み時間、早川は廊下にいたのでこれはチャンスだと話かけた。
「あの、よろしくです」
 失敗した。名前を確認してからにしたらよかった。しかも、ちょっと頭を近づけて言うなんてちょっと馬鹿らしい。
「え、あ、よろしく」
 会話終了、にさせたくないので、無理やり話を続ける。
「隣なんでつい。えっと、深山だよね?」
「うん。深山海利。えっと、中野だよね?」
 同じように返してきた。しかも、ちょっと頭を近づけて。こいつ、やはり面白いんじゃなかろうか?
「中野俊也。これから、よろしく。俺、勉強できないから教えてもらうな」
「ぼ、僕もあんまりだけど。僕でよければ」
 そうは思えなかった。意外と勉強できそうなイメージを持っていた。
「そうだ、部活何に入るか決めてるか?」
「部活?」
「そうそう。入らなくてもいいらしいけど、俺は入ろうと思っててさ」
「僕は、入らないと思うな」
「ていうと、バイト?」
 この学校は、部活に入らない人もいる。強制ではないから入らない人も一定数いる。そして、その一定数は大抵学校側からバイトの許可を得ているのだ。
「……」
「あ」
「そうだよ。この学校、バイトありだから。少しでも貯めようと思って」
「へー、じゃ、今度遊ぼうよ」
「え?」
「カラオケなんてどう?」
「行ったことない」
「まじ?じゃ、海利の初めてもらうわ」
「初めてって。ちょっと、意味深だね」
「カラオケの密室空間であんなことやこんなことを?」
「遮音性も高いしね」
 意味深に意味深を重ねるタイプか。なかなか手ごわい。
 そんなことを思っていると、授業のチャイムが鳴ってしまった。
 入学式が終わって次の日からすぐ授業があるという不満をこぼせば、海利は優しく笑った。こいつ、やっぱり面白いなとその時思った。
 それからも、授業でわからないところは聞くなどしていた。勝手に、机をくっつけてここ教えてくれと言えば、すぐにわかりやすく教えてくれる。やっぱ、こいつは頭がいい。
 こことここの答えを送ってくれと言ってもそういう日は、返事がなかった。
「LINEって、普段見ない?」
 その日は、たまたま聞いてみたのだ。十時を過ぎると返信が一切来ないからつまらないのだ。
「フィルターってあるじゃん?それが、十時からなんだ」
「え?まじ?高校生でつけられんの?」
「え?逆に、高校生ってつけられないの?」
「ないない。そんなんないだろ。お前の親やばいだろ。彼女とも連絡とれんぞ」
「彼女いないからいいか」
「そうじゃなくて。え?彼女いないの?」
「いないよ。逆になんでいると思われてる?」
「……じゃあ、好きな人は?」
 ある程度、日数が経っていたから聞ける話だった。これを初日にかまさなくてよかったぜ。
「……」
「いるの!?」
「声、でかいって」
「いるのか?」
「いないけど、気になる程度?って言えばいいのかな」
「おー。協力するぞ」
「そういう俊也はいないのかよ」
「俺はいないぞ」
「はっきりというのか」
「いないんでな」
「なんだ。ってか、協力とかしなくていいし」
「おいおいおいー。誰が好きなんだ?もしかして、七海か?」
「…………え、いや、別に」
「え!?」
「違う!!うっるさい!」
「ほ、ホントに!?」
「だから、好きではないから」
「じゃ、カラオケに誘おうぜー」
「その話、続行だったのかよ」
「勝手に切断しないでもらいたいね」
「え、な、なんで、わかった?」
「海繋がり?海利の海と、七海の海。名前に海入ってんなあって」
「…………はぁ」
 相当ショックなのかため息をついている。面白いぞこいつ。
「アテンドしてやるべ。待ってろー」
「アテンドしなくていいし。次、移動だろ。行こう」
 ショックを隠すことなく廊下を歩いた。
 海利は、七海のこと好きなのか。なら、七海はどう思っているのだろうか。
 その日の夜、俺は、七海にLINEした。
『深山海利って知ってる?』
『知ってるよー』
『好きか?』
『なんで中野に言わなきゃいけないの』
『何となく。はよ』
『言わない』
『どっちかって言うと?』
『どっちって?』
『好きか嫌いか』
『どっちかなら好きな方かな』
 うぇーい。
『おけ、サンキュ』
『なんで?』
『?』
『それを聞く理由』
『何となく』
『誰にも言わないでよ?』
 うぇーい。
 これはもう確定だろう。
『カラオケアテンドしようか?』
『結構です!!』
『海利は行きたそうだったぞ?』
 既読がついてから間があった。
 うぇーい。
 これは、もうそういうことだろう。確実だ。
『あっそ』
 冷たい返しだ。
『海利、辛いだろうなあ』
 また既読から間があった。
『ふざけてるならやめて』
 うわ、激おこ。怖いなあ。中学の時から怒らせるとこわいって噂あったしな。これ以上はやめておこうか。
 スタンプを送って会話を終了させた。
 それからも、海利と話す機会は続いた。席替えしても海利の前の席だったし、俺としても楽だった。
 六月に入ったころ、あるうわさが流れた。
「それ、ホント?」
 廊下で話している女子に声をかけた。同じクラスだしそれなりに会話もしている。
「確証はないけど。でも、そういう人っぽくない?きもくない?中野も話すのやめた方がいいよ?」
 女子の言うそれには、話すなという警告があるように思えた。
「中野も狙われる可能性あるよ。今のうちに逃げた方がいいよ」
「……考えとく」
 海利は気づいていなかった。会話もするし、変に距離を置こうともしない。だから、もし結末を知っていたならここで聞くべきではなかったのかもしれない。いや、聞いていなくても変わらなかったのかもしれないけど。
「海利ってさ、男と付き合ってたってホントか?」
 人の少ない教室で聞いてみた。
 海利の反応は鈍かった。その顔がどんな表情をしているのか理解できなかった。思えば、入学式を終えて自己紹介を始めたときの海利の様子に近いものを感じた。
「ほんとだよ」
 その目には、俺が映っていないんじゃないかというほどの暗さがあった。
「ごめん、なんていうか、気になっちゃって。今は?前は、ああいってたけど」
「変わってないよ」
「そうなんだ。どっちもいけるってこと?」
「そう、だね」
 曖昧な反応には気づかないことにした。
「俺、男子を好きになるってないから気になってさ。どんな奴だったの?」
 精一杯、同性を好きになることを当たり前のように取り繕いながら。だって、今までの人生で同性で付き合っている人を見たことがないのだ。
「良い人だったよ。お互い、世間体を気にして消滅したようなものだけど」
「……世間体?」
「ああ。世間体。人の目を気にしたってこと」
「……」
「こんなこと聞いて、どうするつもりなの?」
「……え?」
「誰かに告げ口していじめの的にするとか?」
「そ、そんなわけないだろ!俺はそんなことしない!」
「だよね。俊也はそんなことする人じゃないよね」
 その言葉にのちに傷つくことなんて知らずに俺は、変わらない口調で話し続けた。
「当たり前だろ!そうだ、なんか買ってくるけど、欲しいのあるか?」
「え?」
「ま、まあ。お詫びとして?そんな風に思わせたことに対して謝罪的な。何がいい?」
「お金、使わせたくないんだけど」
「良いから、そんなことに気を使わなくて」
「じゃ、お茶が欲しい」
「麦茶?」
「おーい、お茶で」
「緑茶な。了解!」
 財布を持って廊下に出る。チラッと海利の方を見ても彼は何もなかったように弁当を食べ始めていた。待ってくれてもいいだろうに。
 その後ろで不思議そうに見ている早川と目が合ったが無視して自販機に向かった。
「あとは、お茶な」
 自販機から出てきたお茶を取り、歩を進めた。
「おい、中野」
 目の前で止まったのは藤川だった。クラスでも授業をよく邪魔するやつだ。評判は良くないし、クラスメイトも嫌がってる。だけど、誰も咎めないのはそこに纏わってる人たちがそれなりに良いルックスや性格をしているからだと思う。それに、藤川は何かされたらどんな時でもやり返すそうだ。だから、みんな諦めているようなものだ。
「なに?」
 あまり棘のないように聞く。
「深山海利が、ゲイだってほんとか?」
 それは、煽るようでふざけた面で聞いてくる。
「藤川には関係ないと思う」
 歩を進めて、藤川を通り過ぎる。
「おいおい!それはつまらないなあ。楽しいことしようぜ」
 俺の首を絞めて顔を覗いてくる。
「深山は男と付き合っていた経験があったんだろ?」
 答えなければ首を締め上げる気だ。そう察したら、うんと頷くしかなかった。自己防衛に走ったのだ。
「へー。やっぱりねえ」
 首から手を離した藤川は俺の周りを歩き始める。
「なんで、藤川が知ってる?」
「知らないと思う?俺ねえ、楽しいことがしたい訳よ。クラスが盛り上がるような楽しいこと。それで、聞いて回っているうちにね面白い情報が入っちゃって」
「それが、深山の件」
「そういうこと。だけど、これ俺が調べたわけじゃないんだあ。太田が教えてくれたんだ。だから、恨むなら太田だな」
 なんで太田が?
「楽しいことって?」
「そりゃあ、お前も参加だぞ?参加型のエンタメだよ。テレビであるようなやつ。大丈夫大丈夫。死んだら終わりだから」
「お前」
「安心しろ。学校だけなら人間は死なねえし」
「なんでそんなこと」
「だから、楽しいことをしようって言ったばかりだろ?クラスだって的があれば楽しめるし団結できる、それは一年間の結束力につながるだろ~」
「だからって、深山を使うのは……」
 間違ってる。こんなことでいじめられるなんてありえない。こいつはいかれてんのか?
「それと、深山って今は女子が好きなんでしょ?早川だろ?お前と早川って中学一緒なんだろ?そんな奴が的になったらどうする?」
「それは……」
 少なくとも深山は悲しむんじゃないか?俺だってあいつが笑わない姿を見たくない。苦しそうにしている姿は見たくない。
「大丈夫!一発楽しむだけだから」
 それからというもの、藤川は早川のいないところで深山をいじるようになった。最初こそはいじるだけだった。太田もその場にいて程よくいじるような感じだ。だけれど決して、太田は傷つけるようなことは言わなかった。
 海利の表情はわからなかった。こんな状況でも俺は海利とは友達だと思いたかったんだ。
 なのに、日に日に増していくいじりはいつしかいじめに変わった。
 そんなある日、俺はついにいじめをする側になった。
「おい、中野。お前、最近ちょっと楽しくないよな?ずっとそうやって座ってるだけだもんな。いいぜ、俺の代わりに楽しませてやるよ。これ持てよ」
 それは、どっから持ってきたのかわからないがダーツの矢だった。針はあえて短くしてあるようだったし完全に計算しつくしていた。いじめを隠蔽するための工作なんだ。
「こ、これ」
「大丈夫だろ。え、何できないの?あのさ、こうやってぶっ刺してもっ」
 勢い任せに藤川は海利の腕に刺した。血も出てきてしまっている。
「海利」
「…………大丈夫。どうせ治る。体の傷は」
「いや、でも」
「おい、お前つまんな。楽しくないわ」
 藤川は呆れたようにダーツの矢をしまった。
 その間もずっと血は流れたままだった。
「か、海利……」
「ま、刺されればこうなるよ」
 そんな海利の表情に戦慄したのを覚えてる。痛みも何とも思わないような諦めてしまっているような表情に俺はこの時何も言うことができなかった。
 それからも、いじめは続いた。太田はなぜだか怯えてしまっていて藤川の話を聞いていないときもしばしばあった。
 ダーツの矢を刺すときのようなことはなくても、それなりに身体的ないじめはあった。みんなが見て見ぬふりをして誰にも言わず、ただその地獄が終わるのを待っていた。早川がこればすぐに引くから。それまでの辛抱だとみんなが見なかったことにしていた。
 だが、そんなある日、藤川は早川の名を出してしまった。
「お前、早川のことどう思ってる?」
 藤川の問いに海利が答えないのは当たり前のことだった。今回も無言だった。
「ああ、イライラするな。楽しくないし」
 すると以前持ってきていたダーツの矢を出して、海利の腹に刺した。教卓近くでやっていて俺はその状況を見てしまっていて。クラスの数人は軽い悲鳴を上げた。中には教室を出た者もいた。腹を抑えた海利に表情という表情はなかった。
「深山って早川のこと好きなんだろ?なら、早く伝えなきゃー」
 海利は反応しない。
「うえ、お前、まだ伝えてないのかよ。意気地なし。最悪だな」
「そんな深山に罰ゲームしたいと思いまーす!そーっれ!」
 どたんと机がぶつかる音がして、勢いよく引っ張られた海利はやられるだけやられてやがて床に座り込んでしまった。
「そろそろそういう態度もやめたほうがいいぞー。お前は、俺の下なんだからな」
「ちょっと!!」
 そこに来たのは早川だった。早川は、購買で買ったであろうパンを机に置いて鬼気迫る勢いで近づいていく。
「深山君に何してんの!そういうのよくないよ!」
「お!本人登場!おい、深山!さっさと言っちゃえよ!」
 だけど、藤川の態度は変わらない。
「お、おい。藤川」
 太田もそれ以外のやつらも止めたが藤川は聞く耳を持たない。
「ほら、立てよ。クラスのみんなで応援してんだからー」
「藤川!」
 早川は怒鳴った。怒らせたのだ。
 だけど、海利は何もなかったように机にぶつかった衝撃で落ちた自分の弁当の食材を弁当に戻してから、教室を出て行った。
 早川は俺に何か言ったけどそれすらも聞けないくらい俺は悔いていた。
 その日の午後の授業も部活も集中できなかった。
 もしも、俺があの時、自販機の前でうまくごまかせていたら、そんなことを考えては悔やんだ。夜もろくに眠れなかった。俺のせいだ。そんなことを四六時中考えた。
 それでも、海利は学校に来た。昼休みはすぐにどこかへ行ってしまうけれどそれでいいと思った。教室には藤川も太田もいるし、海利に害をなすものはどこにもいないんだ。それでいいじゃないか。
 そんな生活が続いて夏休みに入り、カラオケにも誘えるわけもなくて。
 友達と花火祭りに行こうという話になった。
 花火祭りは毎年一回行われてこの地区なら当たり前のように開催される。
 海利も誘おうか迷ったけどやめた。誘う権利俺にはどこにもなかった。
 友達と気が乗らないまま花火祭りを見に行った。
 きれいだった。本来、藤川のようなやつがいなければ海利も普通に楽しめていたのではないだろうか、なんて考えて後悔した。
 あいつにも見せてやろうと花火を写真に収める。できるだけスムーズに。自然に。海利が悲しまないように。
 それを、何度も頭の中でシミュレーションした。何度も何度も。
 二学期の始業式。全校生徒が集まる中、俺たちのクラスは体育館に集まらなかった。俺たちのクラスだけ残された。
 教室にはまだ二人生徒が来ていない。海利と早川だ。
 藤川は変わらずふざけてばっかだ。あの二人、夜ヤッたまま朝もしたんじゃね?などと下な話を大きな声で発していた。誰も、反応しなかった。
 それはそうだ。一クラスだけ残され他は体育館だ。
 少しして、担任と副担任が入って来た。
「先生ー、なんで俺たちは体育館行かないんですかー?」
 藤川はふざけた口調で先生に質問する。
「ちょっと、黙ってろ」
 先生の今まで聞いたことのないような低い声で制されてクラスが無音になったような気がした。
 それから、学年主任と校長が教室に入って来た。
「お前らに報告だ。それも残念な話だ」
 前置きに言った言葉にしては重すぎる空気を持っていた。嫌な予感がした。今にも吐きそうな気分だった。
「八月三十一日。深山海利が自殺を図った。病院で一命をとりとめたらしいが、意識は戻ってない」
 頭に入ってこなかった。先生がなんて言ったのか。そんなバカな話が……。
 自殺、一命、意識、戻らない?
 気づけば、俺は教室から飛び出してトイレで吐き出していた。今日、呑気に食っていた朝食を全部吐き出した。
 海利が、自殺した。その衝撃だけでも苦しいというのに、それを止めることができなかった俺も悪人だった。
 全く、面白くない。面白くなさ過ぎて逆に笑えてしまう。
 俺は、人殺しに加担したようなものだった。
 その日、警察が来た。クラスから学年から事情聴取をするためだ。
 だけど、俺は警察からの事情聴取にうまく答えることができなかった。