高校一年生になった。入学式を終えて、自己紹介をして。自分の席に着く前に前の席に座って顔を向けることもせず拍手を返した男子がいた。
 クラスのみんなが私を見て、話しを聞いている中、その男子は私を見ることはなかった。どこを見てるとも言えず、何を考えているのかもわからず。顔に文字さえ浮かばない男子だった。
 私の席は後ろから二番目。真ん中の廊下側。
 その男子生徒を見るには十分な位置だった。背の高い人がその周りにいるわけでもなく、観察する分には問題はなかった。
 後ろの席の自己紹介が終わって、その男子生徒の自己紹介に入った。だけど、なかなか前に出ることはない。
 気づいたのか、ハッとして教卓に向かう。段差につまずいて何とか教卓に立つとどっと笑いが起きた。本人も恥ずかしそうに笑った。
「えっと、深山。深山海利です」
 彼は、深山といった。深山君だ。あとで話しかけてみようか。ちょっと気になるし。
「僕は、中学まで部活でテニスをしてました。趣味は、ゲームです。ゲームじゃなくてもいいので、おススメのものがあったら教えてください」
 彼は、それだけいって席に戻り、後ろの席の男子が自己紹介を始めた。

「ねえ、深山君だよね?」
 放課後になり、早速、声をかけた。
「あ、えっと……」
 困ったように、視線をそらされてしまった。見たことないタイプだ。さては、女子と話したことがないタイプだな?
「ええ、さっき自己紹介したのに?早川七海です。よろしく!」
「あ、ああ、早川さん。えっと、よろしく」
 覚えてもらえていなかった。やっぱ、さっきの自己紹介、聞いてなかったんだ。
「ね、ゲーム好きなんでしょ?どんなゲームやるの?」
「……え?ああ、えっとね、乱闘ものだよ」
 名前は言いたくないのか?
「それ、当ててみてもいい?」
「え、うん。別に、良いけど……」
「パソコンゲーム?」
「ち、違うね」
「わかった、PSでしょ?」
「違うね」
「任天堂?」
「うん」
「わかった!大乱闘だ!」
「正解」
 これだけ、盛り上げようとしても深山君は笑顔を一つも見せなかった。ただ爽やかに答えるだけ。
 やっぱ、見たことないタイプだ。
「ねえ、もしかして、女子と話すの初めて?」
「え?いや、違うけど。それより、帰らなくて大丈夫なの?」
 もしかして、私と話したくないからこんな塩対応なのか。帰らなくて大丈夫か聞かれるなんてびっくりだ。まるでさっさと帰ってほしいみたい。えー、そうですか。わかりましたよ。帰りますよ。
「私は、大丈夫だよ。深山君は帰らないといけない感じ?」
「べ、別にそうじゃないけど」
「なら、いいじゃん。もっと話そうよ」
「ごめん、やっぱ用事ある」
「え?」
 やっぱ?
「じゃ、また明日」
 え?ええ?な、なんで、いきなり用事なんて。さっき否定してたのに!まさか、話そうって言ったのがよくなかった?
「ね、ねえ!じゃ、せめて、LINEだけでもどう?」
 教室に誰もいない中、私は、ドアを出たばかりの深山君に聞く。
「LINE?」
「そう!話せるよ」
「ちょっと、待って……」
 深山君は、ポケットから慣れていない手つきでスマホを触る。何かにホッとしたのか歩を進める。
「交換してくれる?」
「いいよ。しよう」
 だけど、深山君はLINEの追加の仕方さえ知らなかったため、私が教えてあげた。
「へー、こうやってやるんだ」
「知らなかったの?」
「一週間前に買ったばかりだから」
「そうなんだ」
 今どきは、中学生でもスマホを持つ時代なのに高校生のしかも入学の直前なんて。
「中学の友達は?追加してないの?」
「会ってないからね。機会があれば会うだろうし、その時にでも交換するよ」
「同じ高校?」
「確か……そう言ってたような気がする」
「友達なのに覚えてないの?」
「受験もあったし、クラスが違えば話すこともないし覚えてない」
「そ、そんな、ドライ?」
「ドライ、かなあ。ああ、まあでも、そんなもんじゃない?」
 そんなもんじゃないでしょ。少なからず会えば話すでしょ。もしかして、男子って会っても用がなければ話さないの?
「じゃ、僕はこれで。また、明日ね」
 彼と会話をしたのはこれが初めてではなかった。
 話していくうちに話し方だったり顔だったりを思い出した。以前に私は深山君に会っている。だけど、彼はそのことを知らない顔だった。
 その夜、LINEしていてふと思った。私はすぐに返すのに彼はなかなか返してこない。まだ操作に慣れてないのを鑑みても流石に遅いではないか。一番、返信をくれた時間帯は、夜の八時から十時の間。十時になればぴったり連絡が途切れる。高校生でそんな早い睡眠時間は聞いたことない。いるんだろうけど、深山君がそれに該当するのか疑問だ。だって、私と同じくらいだし。百六十センチくらいだと思う。だとしたら、もっと身長あっても良いと思うのだ。
 そもそも男子は連絡のやり取りを好まないのでは?
 まさか。連絡くらいは誰でも返すでしょ。
 翌日、中学からの友達が廊下で私に話しかけてきた。昨日は、私が深山君に話しかけたのもあって放課後に話すタイミングがなかった。別クラスだし、あまり話すことはないと思っていたのだけど。
「七海ってさ、クラスにイケメンいた?」
「え?」
「やっぱ、高校入学したんだし彼氏くらい作らないと~」
「……そうだけど」
「中学は作らなかったんだし、作れば?七海かわいいし」
「そんなことないってば」
「しょうがないなあ。じゃあ、私が、アテンドしてあげようか?私のクラスに男女関係なく仲良くしてくれるイケメンいるから」
 そんなこと言われても。紹介されても仲良くなりそうにない。
「あ、もしかして、良い人見つけた?」
「え?」
「だって、さっきからあの男子のこと見てるでしょ?」
 机で、隣の男子に話しかけられているところだった。
「……って!見てないし!」
「えー、ほんと?もし関係ないなら今度紹介するねー」
 と、自分の教室に戻ってしまった。
 何を勝手なこと言っているのか。好きなんて勝手に決めないでほしい。まだ、二日目なんだから。
 仲のいい人と廊下で会えば話すけど、それは深山君は違うのだろうか。
 私は、深山君に話しかけることが増えた。はじめこそ、普通に話してくれたのに、徐々にそうではなくなっていった。
 六月半ば。深山君は完全に私を避けるような行動をとるようになった。おはようー、と声をかけてもおはようの一言で終わり、すぐにその場を離れてしまう。
 私が何をしたというのか。LINEも最近では一時間越しに返信が来る。
『最近、連絡遅くない?』
 だから、聞いてみたのだ。なぜ、私を避けるのかもこの際聞いてしまおうと思った。
『ごめん。そんなつもりはなくて』
 今日は、いつもより早かった。
『ならいいけど。学校でも明らかに避けてると思うんだけど』
 返事はなかった。
 クラスでできた友達に教室で聞いてみた。
「ねえ、最近、深山君が返信遅いんだよね」
「え?み、深山?」
「遅いんだよー。前は、話してくれたし、連絡もそれなりに早かったのにさ」
「……」
「どうかした?」
「……ううん。なんでだろうね」
 友達なのに曖昧に答えられた。少し含みがあるようにも見える。
「なんか知ってるの?」
 だから、追撃した。
「ううん。しらない。何にも」
 友達だし信じるしかなかった。その選択が、後悔することも知らずに。
 ある日、深山君は一人で廊下を歩いていた。移動教室があったためだ。ほかに誰もいなかったし、声をかけた。
「ねえ、深山君!」
「……」
 反応がない。
「深山君!」
「……え。ああ、早川さん」
「移動教室、一緒に行こうよ」
「え?」
 何も悪いことは言ったつもりはなかったけど、深山君は考え込むような顔をした。あたりを見渡してから口を開いた。
「あ、ああ、いいよ」
 私といるのが嫌みたいに聞こえる。なんか、ショック。
「なんか、最近、避けてない?」
「……」
「LINEもできれば返信してほしいんだけど。最近全くしてくれないよね」
 最近のLINEの返信は夕方の六時を過ぎたら何の返信もない。今までよりも明らかに返信頻度が落ちている。
「……」
「私、なんか気に障るようなこと言った?」
「……ごめん。僕が悪いんだ。トイレ寄りたいから先行ってて」
 足早にトイレに行ってしまった深山君を見て、ため息をついた。どうやら、私は嫌われているらしい。ショックだ。
 その日の昼休み、友達と購買でパン類を買って教室に戻り、友達に愚痴った。
「最近さ、深山君やっぱ私のこと嫌ってると思うんだよね」
「……」
「さっきも声掛けたら逃げたし。やっぱ、嫌われてるのかなあ」
「……」
「そう思わない?ここまで、避けられると流石に辛いなあ」
「……七海は、聞いてないの?」
「え?何が?」
「何がって、知らないんだ。ならいいや」
「え、ちょっと待ってよ。言いかけてやめるのはずるいでしょ。気になるよ」
「で、でも、知らない方が……」
「言って」
「……深山君って中学のころ男と付き合ってたらしいよ」
「え?」
「だから、いいたくなかったの」
「ほ、ホントに?」
 あれ、待って。確か、あの時もそうじゃなかった?あの日、友達とはぐれて声をかけてくれたその男子。深山君と顔が似てて初めてじゃない気がして、でも、そのあと来た男子とは友達以外の違うオーラを感じて。
「そんな人のことで頭悩ませなくてもいいよ。あいつは、別の人種だよ?」
「いや、でも……」
 別の人種ってそんな言い方……。
 それから、友達といるときは深山君に話しかけれなくなった。友達が明らかに話させないようにしていて、深山君も私のことを見ない。だから、LINEだけにした。まったく返信が来ないLINEで。
 それからも、話さない日は続いた。正確には、話せないだけど。
 そんなある日、私は友達と購買で買ったパンを持って教室に戻った時、大きな声が聞こえた。それは、クラスでもうるさい男子の声だ。
「あ、ダメ。聞かない方がいいよ」
 友達の声も聞かずに私は耳を傾けた。
「深山って早川のこと好きなんだろ?なら、早く伝えなきゃー」
「うえ、お前、まだ伝えてないのかよ。意気地なし。最悪だな」
「そんな深山に罰ゲームしたいと思いまーす!そーっれ!」
 どたんと机がぶつかる音が聞こえた。
「そろそろそういう態度もやめたほうがいいぞー。お前は、俺の下なんだからな」
「ちょっと!!」
 私は、思わず教室に飛び込んだ。購買で買ったパンを近くの机に置いて。
「深山君に何してんの!そういうのよくないよ!」
「お!本人登場!おい、深山!さっさと言っちゃえよ!」
「お、おい。藤川」
 藤川と仲のいい男子が止めに入っても藤川は止めなかった。
「ほら、立てよ。クラスのみんなで応援してんだからー」
「藤川!」
 私は怒鳴った。
 この時、私は思ったのだ。こいつだ。こいつのせいで深山君は私を避けたんだ。私と会話をしないようにしたんだ。最近、深山君がおかしかったのはこいつのせいだ。
「おー!いいぞ!はやく、深山言っちゃえよ!」
「いい加減にしてよ!」
「いいよ、早川さん。気にしないで」
 深山君は、落ちた弁当をしまって出て行ってしまった。
「み、深山君……」
「おー、これは、早川も好きなパターンか?」
「うるさい!深山君に何したの!」
「いや、うるさいうるさい。耳が痛くなるて」
「中野だって、仲いいんじゃないの!」
「……」
 なんで、無言なの!何か言ってよ。
「おお、お前がそんな怒るなんてなー。これは、深山も好きになる理由がわかるぜー」
「……え?」
 深山君が私のこと?いや、違うってそんなの。
「藤川、お前、やりすぎだって」
 藤川と仲のいい男子が気まずそうに言った。
「最低」
 私は、教室を飛び出して深山君を探した。
 だけど、どこを探しても見つからない。図書室も体育館裏も。保健室だと思って、走って見に行く。
 保健室のドアを開けると保健室の先生と男子が二人いた。
「お?あれ、女子だ。同じ学年?」
「上履きから見てそうだろうな」
「おいおい、探偵風に言わなくていいから」
 と、二人でゲラゲラ笑っていた。
「あ、あの……」
「どうかしたの?」
「み、深山海利君、知りません?」
「お?おい、深山ー?女子が来たぞ?」
 その男子一人がベットに向かって声をかけた。
「いないって伝えて」
 その声は、深山君のものだ。
 だけど、残念ながら私はここにいる。聞こえてしまっている。
「で、君は誰?」
 少し怖い表情で私に迫ってくる。
「おい、やめろって。同じクラスでしょ?じゃ、僕らはこれで失礼するよ。じゃね、先生」
 二人は、ぞろぞろと出て行った。
 何だったんだろう、今の。
「あの、深山君は?」
 改めて質問する。
「そこにいるよ」
 ベットのカーテンを開けるとそこに深山君がいた。やっぱ、いたんだ。
 けど、深山君は私の顔を見て、悩んだ挙句掛け布団を被ろうとする。
「いやいや、無理あるよ」
 そのツッコミに、深山君は仕草を止めた。
 私は、近くに置いてあった椅子に座った。
「ごめん。迷惑かけて」
「ううん。ね、さっきの人は?」
「中学の部活の友達。今日初めて会ったよ」
「そうなんだ」
「帰ったら?君の居場所は教室でしょ?」
「……あのさ、昼食、大丈夫?」
「え?」
「さっき、弁当落ちちゃってたし」
「さっきの友達に買ってもらった。あとで金は返すけど」
「そうなんだ」
「もう、戻ったら?」
「……な、なんでそんな」
「ここにいても意味ないよ」
「……し、心配してきたのに」
「されるようなことはしたかもしれないけど、大丈夫だから。大丈夫。だから、早く戻ったら」
「なんか、ひどくない?私、深山君のことなんも知らなかったんだよ?それなのに、そんな引き離すようなこと。少しくらい話してもよくない?」
「知ったところで幻滅するだけ。もう、十分だ。環境が変わっても言うやつは言ってくる。知らなくていいし、話す必要もない」
 明らかに、引き離そうとしてる。距離を置いて、関わろうとしない。拒絶してるんだ。
「それは、男と付き合ってたから?だから、話したくない?」
 反応はなかった。ただそっぽを向いて私のことを見てない。さっきからずっと見ないままだ。
「そういうこと……。私、深山君のこと信じてるけど、深山君は私のこと信じてないんだね」
「……そうだよ」
 冷たく、彼は言い放った。その間もずっと私を見なかった。
 耐えられなくなって、逃げ出した。保健室から、教室から。廊下の誰も来ないであろう階段で座り込んでしまった。
 なんで、あんな冷めた態度を取るの?
 なんで、私を避けて無視するの?
 なんで、私に迷惑かけただなんて思うの?
 なんで、ばかりが募っていく。
 涙が出てきた。ああ、もう。こんな思いするなら、入学式当日に話しかけなきゃよかった。あの時は、あんなに爽やかな好青年な雰囲気を感じたのに。
 今では、私のことを避けてる。いや、よく考えれば帰らないのかとか聞かれたし、本当は私のこと興味すらなかったんじゃないんか?
 そうだよ。だから、さっきから目すら合わせてくれないんだ。
 私、ホント馬鹿だなあ。もっと早くに気づいていればよかったのに。
「あれ、ここで何してんの?」
 最悪。泣いてるところ見られるなんて。
「あ、ご、ごめんなさい」
「お、さっきの……」
 あ、さっき保健室で会った人の一人だ。
「あ、えっと、何だっけ。そうだそうだ。早川さんだよね?深山と同じクラスの」
「あ、うん」
「そっかあ。僕、そっちのほう行ったことないからどんなクラスかわからないんだよね」
「あの、確か、深山君と同じ中学校だったって」
「……知ってるんだ。そうだよ。あいつね、攻略するの大変だから気を付けてね」
「攻略?」
 その時、予鈴がなった。あと五分で教室に戻らないと。
「こんなタイミングでありかよ。まあいいや。一つ、目を合わせてないときの言葉は気にしなくていいよ。語弊を恐れずに言うとね。じゃ」
「え!?ちょっと、待って!」
 その男子は、名乗ることもせず、颯爽と階段を駆けて行った。
 目を合わせてないときの言葉は気にしなくていいってどういう意味よ……。

 その晩、一人で考えた。目を合わせてないとき。それはつまり、今日の保健室の出来事だろうか。一切、目を合わせなかった。その時の言葉を気にしなくていいのなら……。
 電話しちゃおう!
 深山君のLINEの画面を開いて電話をタップする。
 出るまで待とうと待ってみても、反応はなかった。応答なしでもなく。
 もう一度かけてみようか。でも、これで嫌われたら。
 やっぱ、夜だから連絡してくれないのかな。
 そうだ!朝、深山君を待ってみれば……。でも、深山君、私に迷惑かけたと思ってるし……。
 どうしたらいいのよ!

 結局、考えに考えた結果、昼休みにそれとなくご飯に誘うことにした。
 だけど、撃沈。彼は、昼休みになってすぐ教室を出て行ってしまった。急いで、探してみても彼の姿はない。
 保健室に行っても、彼はいないと言われた。
 次の日も次の日も、その次の週も。彼は逃げた。
 こうなれば、あの男子に聞くしかない。中学以来の友達なら知ってるはず。
 しかし、その男子のクラスがわかるわけもなく撃沈だった。探したけど、楽しそうにクラスで男女問わず話してたからやめた。
 これでいなかったらと、保健室に入る。
「どうかした?」
「深山君、いません?」
「……いないよ。最近ずっと探してるみたいだけどどうかした?」
「いえ、ちゃんと話したいんです」
「……けど、いないものねえ」
 チラッとベットの方を見た気がした。ベットですか?ベットにいるんですね?
「そこ、いるんですか?」
「……そ、そんな、わ、わけ」
 図星だ。絶対にここにいる。
 カーテン越しから声をかける。
「深山君?いる?」
「……」
「あ、あけても、いい?」
 保健室の先生は降参したのか首を突っ込もうとはしない。
「……」
「あ、開けちゃうよ?」
 これで違ったら恥ずかしいし、勝手に開けるのも勇気がいる。
「そ、その返事とかしてほしいんだけど……」
 話したくないのに返事をするバカがどこにいるんだと言ってから思った。
「あ、開けるからね!いいね!言ったからね!」
 呼吸を整えて、カーテンを掴もうとした刹那、バッとカーテンが開いた。
「うわっ!?」
 そこにいたのは、深山君だった。やっぱり、いたんだ。
「わかったから。何?」
「あ、えっと、その……」
 そうだ、謝らなきゃ。
「ごめん。保健室の先生には言ってたんだけど、昼休みここで寝させてもらってて」
「え?」
 私は、保健室の先生を見やる。
「ごめんね。以前、同じ中学の子とここに来た時にね。倒れてたらしくて。それで睡眠時間が足りてないことを知って、家じゃ寝れないから昼休みの短い時間だけど貸してるの」
「そ、それで、今まで」
「起こされるの嫌だと思って」
「ごめん。知らなかった」
「僕も言ってなかったし。それに、クラスにいるよりはマシだから」
「そ、そうだよね。あ、あのさ、少しだけでいいから私もここにいちゃダメかな?眠いのはわかってる。だけど、その……」
 話したい。だけど、わがままだ。
「いいよ。僕もLINEじゃあまり話す機会ないし」
 今日は、目を見て言ってくれた。
 それからは五分から十分の間、深山君は私と昼休みに話すことになった。深山君は、入学当初のような明るい爽やかな雰囲気が戻って来た。
 夏休みに入るまでずっと、私はこうやって深山君と時々先生も混じって話すようになった。
 夏休みに入ってからは、私は演劇部に所属しているため、部活の合間にLINEの返事をするようになった。
 八月にも入り、映画に誘ってみた。だけど、彼はその一週間前に予定をずらしてほしいとお願いしてきた。家の都合でその日はどうしてもだめになったらしい。
 それで、私はその三日後にずらして映画に行った。私としてはデートのつもりで服装もメイクもばっちりだったのに、深山君は無彩色の黒の半そでに黒の長ズボンできたのだ。そして、バックまでもが黒だった。財布も黒。靴も黒。明らかに異彩を放っていた。
「な、なんか、すごい見られてるんだけど……」
 それは、あなたが全身黒ずくめがだからですよ。
「あのさ、折角の……。ううん。服、買いに行こうよ!私、男子にコーディネートするのやってみたかったんだ。ついでにワックスもしてさ!」
「え?」
 彼は、困惑しながらも私のされるがままになっていた。そして、ワックスもした。お金は私が払うと言ったのに彼は自分が払うと言ってきかなかった。彼は、なぜワックスを今までしてこなかったのだろうか。かっこいいよりもかわいいになってしまった。戸惑いを隠せていないが、それでも十分だ。かわいい。
「これから、こうしたらいいのに」
「いや、いいよ」
 首を横に振った。
「なんでよ!じゃあ、分かった。私の時だけってのはどう?ね?いいでしょ?」
「……わかったよ」
 深山君は照れたように笑った。
 かわいらしかった。もう、私は好きになってしまっているみたいだ。深山君も私のこと好きなんだよね?クラスの子も言ってるし。これ、デートだよね?完全に!
「ねえ、花火祭り、一緒に行かない?ふたりで」
「……え、ああ、うん。そう、だね」
「なにその、曖昧な返事」
「わかった」
「絶対、予定空けておいてよね」
「うん」
 その時の表情は儚げで、だけど見なかったふりをして解散した。
 そして、花火祭りの日。連絡しても返事はなかった。家の場所は大体わかってた。映画を見に行った時に引っ越したことを聞いたおかげか、大体場所はわかった。
 浴衣を着て、深山君にも着てもらうように言ってあった。なければ、甚平でいいからと。
 本当は、現地で集合しようと言っていたのだけど、彼は連絡してこないから家に突撃してやろうと考えた。そしたら、嫌でも連れていける。そもそも嫌なら断ってほしいくらいだけど。
 だけどその日は、なかなか集合場所に来なかった。やきもきしながらずっと待っているのに連絡すらもない。
 親を呼んで近くまで送ってもらった。もうそろそろ花火祭りが始まってしまう。
 駐車場の方からつくと誰かがベランダの柵に座っていた。危ないなあと思いながらも、マンション内へと向かう。花火が始まってしまった。急がなきゃ。そう思いなおした刹那、コンクリートに鈍い音が響いた。
「キャッ!!」
 恐る恐る音の方へと見るとそこにいたのは、血を流した深山君がいた。
 そのときまで、私は気づかなかった。彼が何に悩んでいたのか。何を思い詰めていたのか。彼が、なんで自殺を図ったのか。
 近くにいた男性が気づいてすぐに救急車を呼んだ。
 私は、その間、戸惑いと困惑そして恐怖がない交ぜになったようで頭が真っ白だった。