彼女の演劇の大会があった。中野と一緒に遠くまで見に行った。
 前よりも演技力が上がってるなんて素人が感想を述べるのは間違いなんだろうけど、中野はそういった。今回も演者側に回るのは知っていたし、見に行くのはとっくに決まっていた。
「海利君!!」
 演劇が終わって、外で待っているとペタペタと走って来た早川さんは抱き着いてきた。
「うわ、重っ!」
「うるさい!」
 軽く胸を叩かれた。
「来てくれたんだね!ありがと!」
 超近距離で満面の笑みで喜ばれてしまって、目を泳がせた。可愛い……。
「あ、お、おう。よ、よかったと思う。演技、すごくよかった」
「んねえ、なんで、目を合わせてくれないの」
 不満そうな声で、頬を膨らませている。
「いつもと違う姿が可愛かったから嬉しかっただけ」
「……っ!」
 何も悪いことは言ってないはずなのにまたも胸を叩かれた。
「そういうのよくない!」
 ……なぜに。
「あ、もしかして、いつもと違う雰囲気に気づいたから?だから、可愛いって思ってくれたとか?どう?違うとこ気づいた?」
 質問が多い。目をキラキラさせている。雰囲気って言われてもあんまり変わらない気がするのだけど。何が違うか?
「……少し顔が丸くなったとか?」
「なっ!」
 怒った顔でじっと睨んでくる。
「太ったって言いたいわけ?」
 地雷を踏んだ。
「……」
「言いたいんだぁ……。失礼な人だこと。化粧いつも以上に頑張ったの!わからないかな?」
 わからない。そもそも早川さんが化粧していたこと自体、今日知った。
「……ああ、なるほど。わかるわかる。すごくいいと思う。特にラメ塗ってたり頑張ってるよね」
 ドンと腕を叩いてきた。
「ラメ、塗ってません」
 彼氏失格だなこりゃ。そもそも化粧なんて知らないし、塗ってたとしてもいつもそれを見てるからどこかが変わっても顔色がよくなったとかそれだけだ。化粧まで思考が到達しない。
「おいおい、俺の前でイチャコラするのはよそうぜ?ほかの学校のやつらも見てるぞ?」
 見渡してみれば、沢山の人に見られていた。派手に目立ち過ぎだ。
「……恥ずかしい」
 早川さんは手で顔を隠した。演者側で出ていたわけだからそれなりに目立つし、ここでこんなことしていれば余計、目立つことになる。
「よかったよ。今回も脚本考えたんでしょ?すごく心に響いたよ」
「い、今、そんなこと言わないでよっ!!」
 結果、僕は足を蹴られる始末だった。
 それからも、冬休みになればクリスマス、正月。正月に、痩せなきゃとLINEがきて久々に会った時は少し太ったように見えた。これからダイエット頑張るなどと言っておきながら目標体重にはなれていないらしく頬をつまんでみれば、正月からずっと食べてばかりだと白状した。つまんだ時の早川さんの頬が気持ちよくてこれはこれでありじゃないかと思った。元々が痩せ体型だしこれくらいでも問題ないと思うのだが、女子はそうは思わないらしい。春になれば、お花見をした。それなりに体重を落としたという早川さんは依然あった時に比べて変化は薄かった。正月と変わらないモチモチした頬だった。イベントは大抵、食べてるだけだった。そして、夏には花火祭り。
 去年いけなかったからこそ今年は行った。
 お互い浴衣を着ることになった。美容師にお願いしてヘアセットもしてもらった。
 早川さんは、かわいらしい花柄の浴衣だった。この日のためにスイーツを禁止するくらいダイエットしているらしいというのは中野から聞いた。ドキッとしたし、この子が隣で花火を見るなんてうまく想像できなかった。
「どう?私、頑張って痩せたんだ!」
「よかったね。とても似合っているよ」
「ほっぺ、触る?顔の肉も落とせたの」
「自分からいうんだ」
 あえて、話しに乗っからなかった。
「え、ちょっと……だめだよ……」
 浴衣の襟をつまんで、上目遣いで見ている。
「わかったよ。少し、目閉じて」
 そんな要望はされていないのだけれどね。
「……うっ!」
 タコのような口をさせた。
「ほんとだ。顔の肉も落ちてるね」
「な、なんか、最近思うんだけど、海利君って意外とS思考だよね……うっ!……ぅう……」
 要望通り頬をつまんでみる。
「違うね。七海が僕に何も言わないからだよ。自制させるの大変だよ」
「ひょ、ひょら!や、やっぴゃ、S思考!」
 だとしたら、君は僕をオスにしようとする魔女じゃないか。そういうこと言われても、君にも原因の一つはあるよ。
「どっか、見てこうか。花火まで少し時間ありそうだし」
「うん!」
 射的なんかもやったけど、早川さんの前でカッコつけることはできず、恥をかいた。
 金魚すくいも輪投げもカッコつけられるタイミングでことごとく運は味方しなかった。
 花火が始まった。中野から聞いてたとっておきのスポットはやっぱり人は少なくて見やすい。
 彼女を見て思う。
 もしも、彼女の手を握ったら。
 もしも、後ろからハグをしたら。
 もしも、見つめ合えたら。
 花火は満開であれだけうるさいと思っていた音はまるで心臓の音のよう。せわしなくて、音が無駄にうるさくて。
 彼女の横顔を見てドキドキとして。それは、君が花火に照らされているから美しく見えるのか、君がきれいだから美しく見えるのか。
 僕が見ていることに気づいた彼女は上目遣いに微笑んだ。
「ん?」
 きっと彼女はその両方だ。きれいだし、美しいから、魅了されてしまうんだ。
 ただ、隣にいるだけでよかったのに。
 ただ、その横顔を見るだけでよかったのに。
 花火がクライマックスのころ僕らはその中心に影を作った。

 この時間が永遠に終わらなければいいのに。

 彼女は呆気にとられ、だけれど、唇に振れればはにかむような嬉しそうな笑みで返してくれた。
 彼女がいてくれてよかった。彼女が笑ってくれてよかった。
 あの日、確かに死を覚悟した。死を望んだ。消えたいと願った。もう、生きたくないと弱音を吐いた。だけれど、どれだけ言ってみても、やってみても、その人は変わらなかった。見放さなかった。それどころか優しく包んでくれた。意地の悪いこと言ってもまた戻ってくる。
 そんな人に出会えてよかった。
 見放されなかった。
 一緒にいた。
 一緒に笑った。
 一緒に楽しんだ。
 一緒に喜んだ。
 死ななくてよかった。
 消えなくてよかった。
 そして、生きててよかった。
 僕は、花火を見ながらそう思った。

 明日を生きたいと最近は毎日思うんだ。それもこれも全部君のおかげだよ。