いつだって死にたいと思って生きている

 二度目の自殺に居合わせて深山は笑顔で死んでいった。
 一体何がそうさせてしまったのか。
 彼が死を希望の如く救いだと理想を描いたのはいつからだろう。
 死ねたから笑顔になったのか。
 理由はわからない。
 彼は、きっと何もかも捨ててしまいたかったのかもしれない。
 最後に残した受賞おめでとうの言葉。
 初めは怒っていたくせに自殺するとなったあの時、褒め出すなんて何を考えているのだろうか。
 あれは彼にとって怒りの一つだったはずだ。
 死んでしまいたい彼にとって救いになるものではなかったはず。
 私のためを思っていった言葉なのだろうか。
 命を大切にしてなりたいものになれと言われているような。
 だとしたら、彼に言われる筋合いはない。
 死んだくせに。
 彼とは友達以上にはなれなくても友達のまま分かり合える人だと思ってた。
 いじめられた経験がある私たち。死にたいと思えた私たち。
 何が違ったんだろう。
 ある程度調べてしまったのにまるで予想もできていない。
 親を頼り転校して中野たちに出会って変わった生活。
 彼には変わる環境がなかったのだろうか。
 変えられる環境がなかったのだろうか。
 学校に行って、バイトして、その隙間を縫って家事をこなす。
 その中で変化を求めても時間や彼の心の余裕がなかったのかもしれない。
 人に伝えられないこともあったのだろう。
 それでもあなたの母親にだけは伝えてあげて欲しかった。
 家で二人きりの時間くらいあったはずなのに。
 レジにいるあなたの母親は、仕事でミスを連発させてしまってる。
 ノートを広げてテスト勉強をする私でさえ、集中できていない。
 あなたは、死んでも誰も悲しまないと思っているのかな。
 あなたは、代わりが言うというけれど、あなたの代わりは確かにいなかった。あなたがあなたでいたから、私はあなたに話しかけた。
 きっと目の前に一緒になってテスト勉強している中野も同じことを思ってる。
 全く勉強に集中できていなくて、いまだに一ページも進んでいない。
 私も同じだ。
「俺、あいつの親父にあったんだ」
「え?」
「四宮?だっけな。すごい礼儀正しそうで、あのあと話しかけたんだ。何の話してたんですかって。彼のカウンセリングって言ってたけど、聞こえたんだ。どうもカウンセリングっぽくない仲の悪い親子の会話だなって」
「……その人」
「だから、四宮にもう関わらないでほしいって頭を下げた」
 そしたら、と続ける。
「『あんな奴に友人がいるわけない』ってボソって帰ってった」
「……」
「その時に思ったよ。俺の両親って結構優しいんだなって」
 私の両親も優しかった。いじめの事実を伝えた時、疑うこともせず転校しようと提案してくれた。
 きっと彼の両親もいじめの事実があったなら転校させてくれたのだろう。
「深山がそういう環境にいたら、変わったのかな」
 死んでからだいぶ経つのに私たちは今もそんなことを考えている。
「藤川が死んで、深山も死んで。命の重さって違うのかな……」
 クラスメイトが二人死んだ。
 友人まで死んでしまった。
「違うんだよ、きっと。生まれ持った環境と与えられた環境と関わる人との環境で、全部変わっちゃうんじゃないかな」
 丁寧な笑顔で対応する深山君の母親。
 もしも彼が母親を頼れたならもう少し変わったのかもしれない。
 死ぬ選択を選ばなかったかもしれない。
 ちょっとした変化がちょっとした答えを産む。
 だとしたら、それが良い方向へと向かうために最善を選ぼうとする。
 極限まで狭まれた環境では、最善が死に変化するのかもしれない。
「そんなの嫌だな……」
 彼を助けられない。そして、彼が死んでしまう。
 気づいた時には遅い。
 笑顔がなかった段階で気づくべきだった。頼れる相手としていられたらよかったのかもしれない。
「そう思うとさ、転校した時、あなたがいてくれてよかったかも」
「……なんだよ急に」
「私ね、いじめられてたんだ。不登校で」
「知ってるよ」
「え?なんで?言ったっけ?」
「噂で聞いたんだよ。でも、馬鹿だからよくわかんないし、関係ないし?」
「何それ。……ありがと」
「やめろよ、急に」
 らしくないというくせに、彼は嬉しそうだった。
「俺が話しかけたかっただけ。だから、別に感謝すんなよ」
「私、あなたのそういうところ好きだよ」
「だから、お前、マジで」
 ちょっといじってみると彼は少し切ない顔をした。
 何か思うことがあったのだろうか。
 不思議に思っていると目が合う。
「深山が座ってたら、どんな反応したか気になったんだよ」
「あんまり気にしないんじゃない?」
 死を願う彼が、私のこと気にするだろうか。
「それがそうでもないっぽい」
「嘘だよそれは。彼は、私のこと避けがちなので」
「それは、お前にガツガツ来られたら気が合うって思うからだろ」
 そんな相手にはなれないデブ女に何を言っているのか。
「気が合うなら脚本嫌わないと思います」
 ジューっとホットコーヒーを飲む。
「でも、おめでとうって言ってくれたんだろ?」
「そう、それが意味わかんないの。なんで?」
「お前にもっと描いてほしいんじゃないの?脚本を」
「いやいや」
 首を横に振り否定する。
 そんなわけないだろう。彼は最後自分をよく見せて隙をついて死にたかっただけ。本当のこと言ってくれるわけがない。
 そう思っているのに、私は新しい脚本を書いている。
「それ、嬉しかったから、新しいの描いてるんじゃないの?ちょっと変わったじゃん、早川の目。すごく一生懸命だ」
「……ありがとね」
 嬉しかった。だから、宣言してやろうかと思ってた。
 いい作品ができるまで生きとけって言ってやろうかと思った。
 しかしもう彼はいない。
 彼はいないけど、見せてやりたい。
 死んだ彼は死後のことについては何も言わなかった。
 どっかで見ているなら、いつか売れるところを見せてやりたい。
 私は環境に恵まれた。
 転校したことで逃げることもしれた。
 そこには優しい人たちがいっぱいいた。目の前にいる彼もそうだ。
 あなたもそうだったはず。私がいて、中野がいて。
 でもあなたは、それ以上に余裕のない環境にいた。忙しさに忙殺される日々だったと思う。
 周りとはかけ離れた環境で生きてきたはず。
 そっちの世界はどうですか?少し落ち着きましたか?少し休めましたか?
 戻ってくる予定があるのなら、その時はどっか出かけませんか?
 あなたに見せたいものがあります。
 あなたが見た時、今度はすごいと思わせてやります。
 だから、それまでちゃんと休んでください。
 いつか落ち着いた時が来たらおいで。
 それまで少し頑張ってみるから。

 いつだって死にたいと思って生きている君へ、一旦全部休んでみませんか?
 そして、続きを描いてみませんか?