警察、家族、先生に事情を聞かれた。
 ふざけたことに、教室には出入り禁止だった。俺は、警察に毎日のように話を聞かせたり、先生にはいじめたのかどうか真偽を聞かれたり。家族にはそんなことしないよねと縋るようで。
 何より、最悪なのは、深山が自殺を図ったことでその近くにいたやつらがいじめだと証言したことだ。
 いじめによって人が自殺未遂をした。これだけで、俺は警察にもやたら話を聞かされるのだ。
 ふざけるな。これで、家族からの評価が下がったらどうするつもりだ。
 いまだって、親には真偽を聞かれる。ほんとにやってないのか、だったら、なんで警察が事情を聴くのか、なんでクラスはいじめだと言ったのか。
 わけがわからん。俺はただ楽しませてもらっただけじゃないか。深山を使うことで楽しみが増えたんだ。学校に行って深山と遊ぶ。それだけで、快楽を覚えた。
 それなのに、いじめ?お前らだって見てたじゃないか。誰も止めなかっただろうが。
 母さんだって、最近は俺のことを軽蔑するような目を向ける。父さんだってそうだ。俺は、家族が好きなのに。だから、そんな目で見られるがとても苦痛で嫌だった。俺が、殺しを助長したとでもいうのか。俺が、殺したとでもいうのか。
 人殺しなんかじゃない。殺してすらいない。結果、自殺を図ったのはあいつだ。自殺だ。他殺なんかじゃない。俺は、何一つ関係ない。
 今日も、また学校だ。一人で行かなきゃいけない。クラスのやつらには会えない。なのに、あいつらは俺に連絡すらしない。太田だってそうだ。あいつは、連絡してくれるだろうと思っていたが今の今まで一度もしてこない。
「今まで、深山に対していじめはしていましたか?」
 よりにもよって今日は、学年主任かよ。昨日は、担任で楽だったのに、今回はダメじゃないか。
「してないです」
「ですが、生徒からはいじめがあったと聞いてます」
「そんなの誰かが俺を貶めようとしただけでしょ。なんで、俺だけ怒られるわけ?もし、いじめがあってそれが俺だとしたら、その時に止めることくらいできたでしょ。俺は、深山とは遊んでただけ。友達なら遊ぶでしょ」
「……遊ぶってどんな遊び?」
「そりゃあ、深山の好きな人の誰が好きなのかとか。それくらい」
「ダーツで腕を刺したりとかしたんだろ」
「…………それは、違うって。あれは」
「藤川はいじめがどんなものか理解してないのか?」
「だから、俺はいじめてない」
「じゃあ、なんでこんなにも証言がある?ここに書いてあるのはいじめの証言だ。これだけクラスから集まっていじめてないはおかしいだろ」
「それで、先生はいじめだと判断するんですね。俺は、やってない。このまま冤罪に持ち込んで終わらせるんですか?俺の心に傷をつけてまで俺がいじめたって事実を作るんですね」
 途端、学年主任は紙の束を机に乱暴に置いた。
 少し驚いてしまったが、証拠がない限り、証言など捏造できる。
「藤川が今、反省してくれれば警察にも話を通すつもりだったが……。藤川、自分がやった行いを素直に認めないと大人にはなれないぞ」
 そう言って、スマホを取りだした学年主任は何やら操作してから画面を俺に向けた。
 そこに映っていたのは、俺がダーツの矢を腕に刺した映像。次に、早川が乗り込んできた時に俺が間違えて長い針をつけたダーツの矢を腹に刺した時の映像。
 なんでこんなものが。一瞬、思考が止まったが冷静を取り戻した。合成だ。そうに決まってる。だって、そんなものいつとるって言うんだ。
「この現状が、いじめじゃないと言えるのか?人に刃物を刺している時点で殺人未遂だ。それから、人の過去にやたら介入して暴言を垂れておいて、いじめじゃないといつまで否定するつもりだ」
 俺に向かって投げ渡されたその紙には画像が貼ってあった。刹那、俺は戦慄した。
 裏グルの深山に向けた言葉の数々がスクショされていたのだ。いやでも、…………ああ、ダメだ。
 俺はうまくいじめの主犯じゃないように忍んだつもりだったけど違った。確実にわかるようになっていた。そうか、俺は中学の時にこの辺をうまくやれていたから逃げれたと思ってた。だけど、違う。その時は、誰も俺を先生に言わなかったからあの女が転校しても問題にはならなかった。俺は自分ができるやつだと思い込んでただけだ。ほんとは、誰も言わなかったからであって、俺がすごい奴だったわけじゃない。
 クラスのやつらが、俺を先生に告げ口した。だから、俺は教室に出入り禁止になった。元々、俺がいじめの主犯格だとわかっていたんだ。いつか、俺が自白するのを待っていたんだ。
 もう、ダメか。これはいじめなんだ。中学とは明らかに違う。高校生にもなれば自我があるのか。ただ人に言われた通り動くだけの人ばかりかと思っていたのに。周りを気にして意見を言えない、逆らえないやつらばかりだと思っていたのに。そうじゃないなんだ。
 今更だな。裁かれる時間になったんだ。ああ、なんで俺はもっと人の感情に気づけるやつではないんだろうか。そうしたら、もっとみんなとうまくやれたのかな。
 違うな。俺が周りとの感覚が違ったんだ。そうかよく考えればそうだよな。みんな隠しながら抑えながら生きてる。なのに、俺は隠すことも抑えることもしなかった。周りに合わせていたらもっとマシな考えができたんだろう。
 あの女も、深山もみんな普通の中で生きてた。俺だけだ。普通じゃなかったのは。
「……認めます。俺が、いじめました。殺したようなものです。わがままは言いません。好きなように処分してください」
 両親に嫌われることだけは嫌だった。だから、あの女の時も俺は先生に自分から謝った。だけど、それは俺が楽しむため。深山は正直、楽しくなかった。何を考えているのかわからないやつだからだ。だけど、今回は状況が違いすぎた。死んだら面白くなりそうだと思ったが、状況が不利になるのは俺で、親が幻滅する可能性は高すぎる。うちの子がいじめをなんてなれば気が滅入るかもしれない。嫌われるだろうな。
 こんな時でも親のことか。
「悪いが、これはもう警察にお願いすることにしてる。このグループLINEもどんなものかクラスのやつらに全部聞くことになる。誰が主犯とかいうつもりはない。だけどな、今回は運がよかっただけだ。人を傷つけたことがわかるのは被害者が死んでからなんだ。お前はもう、人殺しの一歩手前まで来てんだ。深山は、学校をやめる。その原因を作ったのはお前たちだ。もし俺が教師の立場でなければ、俺はお前を殺してでも許さない。いじめはな、本来乗り越えなくていい壁なんだ。壁ですらない。被害者が加害者のせいで頑張る必要はない。メリットなんかない。生きる糧になんかならない。だってそれは、生きていくうえで必要のないことだから。俺は、人としてお前みたいなやつが大嫌いだ。藤川の保護者にはこれから担任と一緒に伝えに行く。お前はそこにいろ」
 大嫌い、か。あとで、親にも言われるんだろうな。親に言われたら堪えそうだな。
 失敗だ。何もかも。生まれてきたところからすべて。選択を間違えた。
 一度、家に戻って親に話をした。俺がいじめたこと、これから警察に行くこと。親は、俺を叩いた。泣きそうな顔で、怒りを露にして。
 俺は、間違いを犯した。そして、その道を楽しもうとした。実際、楽しんだ。あの女の表情もよかった。だけど、そこに楽しいという感情はなかった。
 なら、何が楽しかったんだろうか。わからない。
 これから俺は、警察に行く。だけど、きっと少年法に守られるんだろう。罪を償うことは子供のすることじゃないのだろうか。それはそれでいいか。自分の中で反省しよう。それが、俺の償いになるのだろう。
 深山には会えないし、あの女にもしっかり謝ることができないのなら今後に活かせばいい。
 ただ普通に会話して、ただ普通に遊んで、それが楽しいにつながればいい。
 警察までは歩いていくことにした。親の顔なんて今は見れない。あんな泣きはらした親の顔は見たことがない。相当、ショックを受けたんだろう。
 警察までの道のりは、人のいない道路を歩いていくことにした。自転車で行ってもどうせ、警察に捕まるだけだし、そこには担任も学年主任も待ってるのだから、誰が自転車を処理するんだという話になる。
 ならば、歩いて時間が掛かっても行くべきだ。
 こんな道、ほかに誰かが通ることはない。田んぼ道で家も少ないんだ。
 なぜだか、心がすっきりしている。こうなってしまった以上、後に引けないし、歯車も回らない。それでいいんだ。
 後ろから、トラックの音が聞こえる。かなりの勢いだ。脇に逸れてトラックの通れる道を作った。こんな場所をトラックが通るなんて危なっかしいにもほどがある。
 俺の方に向かってきてないか?後ろに体を向けた、刹那、トラックの前面が俺にぶつかって吹き飛ばされた。
「……っ!!」
 受け身すらも取れず勢いに負けてコンクリートを頭を打った。それでも、勢いは止まることなく田んぼに突っ込んでいった。泥が体中について、顔にもついた。勢いが収まったころ、田んぼに植えられていたものは俺がぶつかったところまでへし折ってしまっていった。
「……だ、誰が…………」
 口から血を吐き出して、意識があいまいだ。
 意識は朦朧としていた。目もボヤっとしている。そんなとき、顔を覗く女子の姿があった。顔に見覚えがある。ああ、あの時の女だ。……そうか、高校生にもなれば変わるよな。そりゃ、近くにいたのに気づけないわけだ。なんて、呑気なこと考えても助からない。助かる?いや、もういいや。親に嫌われたわけだし。学校にも顔向けできない。それに俺は、普通じゃなかったんだから。
「お、お前が………俺、を…………?」
「そうだよ」
 明らかな憎悪を感じる声だ。そうだよな。あんなことを中学の時にしたんだ。恨むよなぁ。
「もう、助からないんじゃない?」
「そう、だな……」
「トラック、どうやって運転したか気になる?」
「そう、だな……」
 吐血した。
「うわぁ……。トラックってね、誰でも乗れるの。女子高生らしい誘い方をしちゃえばね」
 それで、トラックを奪ってきたのか。中学とはだいぶ変わっちまったなあ。
「もちろん、それ以上のことは何もないけどね。藤川があんなことしてなければ、私は今頃、藤川を好きでいたかもしれない。ひどい環境下で救いを差し伸べてくれたのは紛れもなく藤川だからね。だけど、ごめんね。私はそれ以降あなたを憎むようになったの。中学生の時の復讐はやっと果たせたの。あなたに感づかれないようにどれだけ頑張ったか。頭も打ったことだし、そろそろ死ぬんじゃない?どう?これが体を地面に打ち付けられたときの衝撃よ。この痛みを思い知って死になさい。そして二度と、ここには還ってこないで」
「……ありがとっ」
 なぜこのタイミングでこの言葉が出たのかはわからない。だけど、そうか。わかったんだ。
 俺が楽しいって思ったのは、こいつと笑いあってた時だったんだな。
 もっと早く気付いていたら、何か違ったのかもしれない。
 俺は、なんてことをしたんだろうか。今更、悔やんでもしょうがないのに。
 女子はドンドン遠くへ行ってしまう。こんな田んぼ道じゃ、防犯カメラもないから見つかるのも時間の問題かもしれない。
 意識が混濁しているよう。視界は薄く暗く。泥へと沈んだ。

 そして、その二十時間後。俺は、病院で死亡が確認された。