体が動かない。動かしたくない。蹴られたせいで、体が痛いのもある。昼間には引いてきたけど、それでも痛いし、あの出来事は忘れられない。
結局、僕は家族を壊した張本人。親泣かせの子供。何のとりえもない人間。誰からも一番だと思われないし、愛されてもいない。
三島ナースは、あれ以降あまりしゃべらなくなった。僕も気まずくて話せていない。話す気力はない。
眠ることもできずに、ずっと目が冴えた状態で暗い病室で何も考えずにいた。
明るくなっても窓の外を見て、だけど、看護師にバレたら大変だから近寄ることはせず。
三島ナースにバレていなければ、今日の朝にでも死んでやろうと思ったのに。三島ナースの蛇のような監視に蛙は怯む。
ああ、なんだか、すっごい疲れたな。一か月も昏睡状態でなぜだか目が覚めて。なのに、状況は悪化していて。させていて。こんなやつになぜみんな絡んでくるのか。
バイト先の店長だってまた落ち着いたらバイトに来てくれたら嬉しいと優しい言葉をかけてくれた。スタッフもわざわざ連絡をくれた。なぜ、優しい言葉を聞くとここまで心が荒むのか。
あの演劇だって僕に向けて書いたわけでもなければ、ただの創作で。それを僕が否定するなんてありえないはずだ。
結局、あれは早川の嘘で受賞はしていたと中野から聞いた。
人の優しさを拒絶する僕は、最低で最悪な敵なんだ。
夏休みの終わり。家の中。そろそろ出かけようと準備していたころ。ワックスをつけてあとは浴衣を着るだけ。早川さんは楽しみにしていた。連絡のやり取りも楽しそうに見えたし、今か今かと待っているようにも見える。
僕も楽しみだ。早川さんと見る花火はどんなものだろう。早川さんはどんな横顔で花火を見ているのだろう。どんな仕草をするんだろう。どんな笑顔を見せてくれるんだろう。どんな顔で僕に会ってくれるんだろう。
考えれば考えるほど、僕はこの気持ちを隠そうともした。だけど、それ以上にこれから起こる楽しみに思いを募らせた。
母親は、今日も帰ってこない。いつも夜遅くまで何かしてケーキやら何やらを持ってきては食べようなんて言い出して腹が立つ。いつもいつも夜遅くまで何をしているのか。どっかほかの男と遊んでいるのだろうか。しかしそうは見えない。というか、実の母をそんな風に見たくない。まあいい。どうせ、僕がバイトしてお金をためれば最低でも食費も水道光熱費も払えるはずだ。家賃はいくらかわからない。一度も教えてくれたことはない。無理しなくていいというが、何をしているか知らない相手に何を聞けるのか。もしかしたら、裏ルートで入手した家だったのでは?なんて、考えたこともあったけど、あの顔で裏社会とつながってたら流石に引く。そんな顔じゃないし、今まで家にいた人がどうやってつながるというのか。平日に何をしているかまでは知らないけど。
バイトも今日という今日の日は休ませてもらった。どうしても花火を見に行きたいと、まるで花火マニアのようなレッテルを貼られそうだけれど、早川さんと見に行きたいのだ。
今まで、苦労してきた。斗真のストレスのサンドバックになったり、家事をしたり、学校でダーツの矢を腕と腹に刺されたり。腹はだいぶ深くまで入っていると保健室の先生に言われて大変だったけど。そのせいで、中学時代の友人である海と悠馬に迷惑をかけてしまったわけで。きっと気づいているだろうけど気づかないふりをしてくれたに違いない。
それらの今日はご褒美だ。早川さんと花火を見に行くという日だ。今まで、学校のことや家庭のことを深く考えないようにして来て正解だった。やっぱり神様は見てくれる。神様は僕の味方だ。もしかしたら、早川さんと……。
妄想は膨らんでいった。
浴衣を探して見つけ出したころでインターホンが鳴った。今日は、誰もこの時間に帰ってこない。斗真は図書館で時間をつぶすって言ってたし、姉は彼氏の家に泊りに行くんだとか。母親は知らん。どうせ、夜まで帰ってこない。まさか、早い帰宅なのか?
「はい」
「宅配便です」
インターホンにモニターがないため、玄関に向かう。
「……はい」
宅配便など頼んだだろうか。そんな覚えない。斗真だってそんなことしてる暇ないんだよと怒りそうだし。母親が何か買ったとか?金ないのに?
不審に思いながらも鍵を開けた。
「久しぶり」
ドアを開けっぱなしにしてそこに壁のように立ちはだかったのは父親だった。
「……っ!」
わけもわからずドアを閉めようとしても、大人の力には勝てないのかドアを乱暴に開けられ、家の中に入られた。
「ここにいたんだね。探したよ」
玄関に入られたことで狭くなり、床にしりもちをついていた僕は、父親がいつもより大きく見えて声がでない。体も動かなかった。
なんでこの場所に父親がいるんだ。父親の家より離れたこの場所がバレないはず。僕のせいで離婚したからせめてもの細心の注意を払ったというのに。
違う。今はそれを考えている場合じゃない。母親がもしもこのタイミングで帰ってきたら最悪だ。僕のせいでバレた。また喧嘩を始めたらどうするつもりなんだ。
「ここが今住んでる家かぁ」
土足でマンション内を物色し始めた。
「ちょっと!」
「へー、冷蔵庫はこれ使ってるんだ。食材もまあまああるね。期限もしっかり守ってるみたいだし」
「な、何してんだ。帰ってくれ」
「これは、父さんの家から盗っていった炊飯器とポットだね」
「帰ってくれ」
僕の言うことなんか一切聞かずに斗真の使ってる部屋に入っていった。
「やめてくれ!」
「ここは、誰が使ってるの?もしかして、海利?だとしたら、ここはいらないだろ。勉強してもいい成績はとれないんだ」
「……ここは斗真の部屋」
「…………おお、そうか!そうだよな!危ない危ない。いらない部屋だと誤認してしまっていたよ。斗真なら勉強もできるし必要だね!」
それから止まることなく僕の部屋に入った。
「なんだこの質素な部屋は。この浴衣は?男性用だよな。誰が使うの?」
「……帰ってくれ」
「誰が使うか聞いてんだ!」
怒鳴り声をあげられ、僕はひるんでしまった。
「聞こえてないのか?だから、勉強もろくにできないんだろうが!」
顔面を殴られ、よろけてしまった。
「これ、お前の部屋だろ。何もないのはお前の特徴だ。だけど、服とかこれいつ買ったんだ?父さんが選んであげた服は着てないのか?今も着てないな。ここに畳んである服は新調したのか。これ、お前の趣味か?お前、服に興味持ち始めたのか?」
どこかあざ笑うようだった。
「いらないいらない。海利は、勉強できないんです。なのに、大学に行こうなんて考えてないよね?就職だよ?就職して、その給料を俺に渡す。離婚させたのはお前だ。その慰謝料をこれからの給料で許してやるんだ。十分だろう」
「……」
「それに、その髪型はなんだ。目にかかるような髪の長さはダメだとあれほど言ったじゃないか。なぜ、目にかかってるんだ。ワックスまでつけて……」
ひらめいたような顔して、そのあとで蔑むような目で。
「わかった。好きな人でもいるのか?お前みたいな存在が、また誰かを好きになったのか。それで、服も買って、ワックスまでつけたのか。何もできない人がそうやって努力している姿を世間でなんて言うか知ってる?……滑稽、ていうんだよ」
僕の頭はもう真っ白だった。
早川さんと花火が見れる楽しみから、父親に会った絶望や恐怖へと変化していった。
「こんな服も着る必要ない。身の丈に合ってない。この小説たちもお前に読まれて可哀そうだ。このラケットもいつまで持ってる?もう運動部にすら入ってないんだろう。だったら、こんなものいらないじゃないか」
中学時代、ずっと部活で使ってたラケットで小説を置いていた棚も服も机も叩いて壊していく。ラケットも消耗品だからどんどん壊れていった。見るも無残な姿にこの部屋は変わり果てた。荒れた海のようだ。
「……ああ」
「お前のせいでこの家族は壊れた。そのことを忘れるなよ」
髪の毛を引っ掴んで目を射抜くような視線で告げられた。
「……じゃあ、どうしろって言うんだよ。……家事もしてる。バイトだってして生活できるようにしてる。母親が何をしているかなんて知らない。だから、必死にバイトしているんだ。少しくらい僕に娯楽があったっていいじゃないかっ。……何がだめなんだ。僕なりに罪を償っているつもりなのに」
「罪?バカなの?あのね、罪を感じるなら裁かれて刑を全うする。そうだなぁ、ここから飛び降りればいいじゃん。そしたら、償いにも似た気持ちになる。一生罪を感じない。罪人として生きることもない。お前みたいなやつはね、この先なにをしても迷惑なの。邪魔なの。ここから消えてくれることが一番の正解なの」
一番の正解。
今まで考えないようにしていたものが溢れてきた。死にたかった。消えたかった。この苦しい環境から消えたかった。
自分さえいなければ。自分がもっといい人であれば。自分が何かできる人間であったら。
もしも、死ねたら。もしも、生きなくていいなら。もしも、ここから消えることができたら。
思いたくないから、今まで言わずに隠しながら生きてきた。忘れるようにバイトもした。
父親は出て行った。
恋なんてするもんじゃない。しない方がいい。してはいけない側の人間だった。今、それに気づけた。
ベランダの柵に座って自分の部屋を見る。
汚い。僕の心を見せているみたいだ。こんなにも僕は汚かったんだ。
確かに、もうこんなことしなくていいのかもしれない。学校でいじめられることも、家庭を考えることも。サンドバックにされることも。
いつの間にか花火の音が鳴った。早川さんから連絡があったから遅くなるのは知っていたけど。
「ああ、こんなんじゃ会うのもきつい……。もう誰にも会いたくない……」
それから、確実に死ねるように頭から落ちたつもりだった。
人に会うことがこんなにもリスクなら会わない方がいい。
だから、こうやって人と距離をとって生きて来たのに。
まるで何もかもが終わってる。
早川を傷つけて、父親に罵倒されて。
死ねる場所はあるのに、看護師の監視によってできない状況が続いている。
どうして、こんなところに居続けるのか。
もうわからない。どうせ、いつかは死ぬんだ。早くこんな地獄から消えてしまいたい。
あれから父親が来ることはなかった。
リスクを負ってここに来たから、それ以上のリスクを背負おうとはしないのだろう。
こんなにも嫌われ調子ならやはりここに存在する意味はないんだ。
生きていてよかったことなんてない。もう終わりにしよう。
やる気もないリハビリをして、少しずつ体が動くようになった頃、退院が決まった。
無に等しいほどの感情の薄さ。
それでもやってくる中野。
「へいへい、退院おめおめ」
感情の差に風邪をひきそう。
「早川は来ないよ。お前、傷つけたし」
「……わかってる」
「来て欲しかったか?」
「別に」
「……お前さ、今、何考えてる?」
僕の表情を見て静かに問う。
「何もないよ」
死にたい以外の感情は何一つなかった。
「そうか。学校どうする?」
今日この後から学校に行くのかどうか聞いている。行くわけがない。
「帰るよ」
家に帰って、マンションの最上階から屋上を不法侵入でもして飛び降りる。
少しでも高いところから飛び降りればなんとか死ねるだろう。
「そう。じゃあ、また後で遊ぶか」
「帰るって言ったんだよ」
「……うわ」
「なんだよ」
「じゃ、まぁ、明日だな」
今日だけは家に迎えにくる母親の車に乗って帰路に着く。
それまでの時間、話すことは何一つなかった。
部屋は片付いていて綺麗だった。
まるで澄んだ海が広がっている様子。空虚がそこにはあった。
捨てるものもないのだ。
必要最低限のものしかこの部屋にはない。
もしも必要だと思うものがあってもどれも今更だと言って捨ててしまうだろう。
これくらいだったら捨ててしまおうか。
あたりを見渡し、服の処分から始めることにした。
視界の端に映った棚。
おかしい、これは父親に壊されて使い物にならなくなっていたはずなのに綺麗だ。
少し違う棚の色。ただ本は納まっている。
考えてみれば、父親に荒らされたはずの部屋が綺麗なのは変だ。
誰かが綺麗にしていた?
いや、そんなバカなことあるわけない。
きっと少しの記憶障害か幻覚だ。
何もかも捨てよう。
未練もないのだ。
この命をさっさと終わらせる。
「少し出かけるけど、どこか行く?」
母親の提案に首を横にふる。
「ちょっと片付けるから、行かない。それよりさ」
仕事は?と聞こうとしてやめた。
どうせもう人生を辞めるのだから。
その後のことなんてどうでもいい。
なんのために早川さんを傷つけて、中野と距離を置いたのか。
「そう?なんか買ってくるけど、何か欲しい?」
「いらないよ。必要ない」
「わかった……」
母親は、そっと玄関を開けて買い物に出かけた。
何もいらない。なんでそんなことを聞くのだろう。
気を取り直すと、服を可燃ゴミの袋にぶっ込んでいく。
夏服も冬服もいらない。コートもマフラーも全部。
それらを全部ゴミ捨て場に持っていく。
空っぽになったクローゼットは粗大ゴミ。捨て方がわからない。
まぁ、この辺は処理は死んだ後に任せよう。
小説も全部可燃ゴミに入れて、捨ててきた。
スマホの着信に気づく。あんなこと言ったというのに早川さんから電話だ。
こんな時に連絡が来るなんて偽善者はうざったい。
もう一度着信が来る。それでも無視をする。いつものことだ。
マンションのエレベーターに乗って最上階の六階に上がる。
ふと視線を感じてあたりを見渡す。
誰もいないので、気のせいだと屋上を目指す。階段で柵をこえて屋上を歩く。
思ったよりも地上への距離がある。
捨てるものも捨てた。あとは捨て方がわからないから任せる。
リハビリのおかげで体は動くけれど、それも今日でおしまい。
めでたしめでたしのエンドロールが今もう流れているだろう。
一歩踏みだす。さぁ、ようやく死ぬ時が来た!
「待って!」
その声にゾッとする。またこうも邪魔をするのか。
「やっぱりそうだ。いつも無視するくせに最後は振り向いてくれる。深山君らしいよ」
「……早川さん」
こんな屋上によく気付けたものだ。
いや、もしかするとあの視線は早川さんのもので電話をかけたのも時間稼ぎだったのかもしれない。
「家、知ってるからってよく来たね」
「そりゃあ、まぁ」
「あの時は会えたけど、会えてないから」
それは、飛び降りしたところに偶然居合わせて僕は会っていないから彼女はそう言っているのだろう。
「今はもう会いたいと思ってない」
「ひどいね。最近はそれがサマになっちゃってるよ」
「嫌いになってもおかしくないんだけど」
「それは嫌いになってほしくない裏返し?」
「違うね」
「そっか。飛び降り自殺の邪魔になっちゃうもんね」
彼女は、当たり前に隣に来て僕を見やる。
「ね、こんなことしてあなたは助かるの?あなたの思いは報われるの?」
簡単な質問だった。
「自殺ってね、報いがあるんだよ。やっと死ねるっていう報いが。それ以上を望んでない」
「もっとこんなことがしたい、あんなことがしたいってないの?」
「ない。疲れた……。この世の中みんながみんなそんな生き方してないよ」
「私はあなたと話しているのに、世の中の話をしないでくれる?」
「……邪魔だ」
何も早川さんの前で死ぬつもりはない。どうして邪魔をするのだろう。
「僕は、この世界に必要なかった。この世界はさ、世間体ばかりで許す時代が来たはずなのに実際は何も許されてない」
男と付き合ったくらいで、ちょっと仲良くなったくらいで。いじめや話題の的になり得る。
「理解あるって言葉が使われるようになってから、理解してない人ばかりで、それに縋るつもりなんかないけど、でもみんな否定する。誰が、僕を許すんだ。そんな環境で誰が許す?誰も許してないから、人をハブいて嫌って逃げ出す」
嫌いとも好きとも言わない人たちが、僕が刺された途端逃げ出した。
助けるでもやりすぎとも思わずに。
「人が生きていることなんて求めてないだろ……。求められることなんてない。自分の存在なんて必要ない」
「…………あなたを初めて見た時、あなたの表情に惹かれた」
なんの話だと彼女の目を見る。
いつもの明るさはそこになくて、代わりにあったのはいつからか僕が当たり前にしていた目がそこにはあった。
「気づいたの。私と同じだなって」
「……」
『無』だ。何もない。全ての感情が消えたよう。
僕は人前でそんな顔をしていたのか。
鏡でよく見ていた虚無な眼を彼女は僕に見せていた。
「なんで……、どういう……」
他にも同じ思いをしている人がいるだなんて初めて知った。
ならば、彼女も僕と同じで家庭に問題があって邪魔者扱いされて、学校でも嫌われるようなそんな扱いを受けていたのではないだろうか。
「私ね、中学の時にいじめられてた。死にたいって思うこともあったよ。優しくしてくれた人がいたんだけどね、嫌われちゃって。それから学校に行けなくなって……、親に伝えたら転校させてくれることになった。中学三年生の時に」
「……そうだったのか」
「そのいじめがひどくて、トラウマで。食べることが好きだったんだけど、それ以降、げっそりしちゃってさ。そのせいでいま、こんなに痩せてる」
「相当、ショックだったのか」
「そうかもねぇ。だから、気になったの。あなたのことが」
「僕のこと?」
「そう、あなたことが気になって。同じ雰囲気を感じたから。だから、知りたくなった。知っていくうちに一緒だって思って、前向いてほしくて、演劇で表に立とうって決めて、脚本書いて、舞台に出たんだけど」
ダメだったと悲しそうに笑う。
「なんでいじめなんて起きちゃうんだろうね。私たちが悪いからなのかな」
「……邪魔者なんだよ。いなくても困らない存在ってあるんだよ。どうせ誰かが代わりにいて、そいつの方が僕より良くて、存在価値がある。不必要なんだよ、僕みたいなやつは」
でも、と続ける。
「早川さんは必要な存在だと思う。大切でどこかで頼られる。あなたは優しい人だから」
目を正面に向けて、一歩外に近づく。
「興味を持つのは、とてもいいことだと思う。僕と似ているなんて可哀想だけど。でも、僕もきっと早川さんと同じ立場なら調べたくなるような変なやつだよ」
最後に。
「受賞おめでとう。君の作品が誰かに届くことを願ってる」
彼女は自殺を感じ取ったのか腕を掴もうと飛び出す。しかし、突き飛ばして尻餅をつかせた刹那に飛び降りた。
僕を見ないうちに死ねたほうがいいと思った。
地面には誰もいない。
死ねば報われる。
きっとこの先、生きていても居場所はない。
彼女のように報われると思いながら生き続けることは僕にとって辛いことだった。
いつまで生きていなければいけないのか。
いつまで死を考えながら生きていくのか。
耐えられない。
終わりのない生に、問いに悩まされる日々など地獄だ。
死んだ方がマシ、僕の生きるその先に光はない。未来はない。荒れた海が残した惨状を綺麗にするまでにどれくらいかかると思ってる。
一度でも荒れてしまうともう元には戻れない。生きている以上、戻せない。
死んだ後で変わっていくのだ。
死んでから光が見えるのだ。
もうこの先に未来なんてなくていい。ほしくないのだ。
親も兄弟も友人も。
最初からない方が楽に死ねた。
思い出を残す恐怖と共に生きなくていい。
こんな些細なことのために生き続けたくない。
小さな幸せに用はない。死にたいだけなんだ。
もう終わりにしてください。神様。
こんな時だけ頼るのはおかしいか。
それでももう、死ぬことはわかってた。
頭から何かが溢れていくのを感じる。血が流れているのだろうか。
誰かの声が聞こえる。邪魔だ。
うるさい。
静かにしてくれ。
安らかな場所に行かせてくれ。
視界が真っ暗になる。
声が届かなくなる。
誰かが叫んでいるはず。
聞こえない。
届いてない。
うるさくない。
騒がしくない。
静かだ。
眠れる。
笑みが溢れる。
久しぶりに笑った。
これが嬉しいということか。
懐かしさを覚える。
いつかこの感情が当たり前にあった日々。
いつの間にか消えた感情。
やっと取り戻せたかもしれない。
なんだか報われた気がした。
安らかに眠りについた。
結局、僕は家族を壊した張本人。親泣かせの子供。何のとりえもない人間。誰からも一番だと思われないし、愛されてもいない。
三島ナースは、あれ以降あまりしゃべらなくなった。僕も気まずくて話せていない。話す気力はない。
眠ることもできずに、ずっと目が冴えた状態で暗い病室で何も考えずにいた。
明るくなっても窓の外を見て、だけど、看護師にバレたら大変だから近寄ることはせず。
三島ナースにバレていなければ、今日の朝にでも死んでやろうと思ったのに。三島ナースの蛇のような監視に蛙は怯む。
ああ、なんだか、すっごい疲れたな。一か月も昏睡状態でなぜだか目が覚めて。なのに、状況は悪化していて。させていて。こんなやつになぜみんな絡んでくるのか。
バイト先の店長だってまた落ち着いたらバイトに来てくれたら嬉しいと優しい言葉をかけてくれた。スタッフもわざわざ連絡をくれた。なぜ、優しい言葉を聞くとここまで心が荒むのか。
あの演劇だって僕に向けて書いたわけでもなければ、ただの創作で。それを僕が否定するなんてありえないはずだ。
結局、あれは早川の嘘で受賞はしていたと中野から聞いた。
人の優しさを拒絶する僕は、最低で最悪な敵なんだ。
夏休みの終わり。家の中。そろそろ出かけようと準備していたころ。ワックスをつけてあとは浴衣を着るだけ。早川さんは楽しみにしていた。連絡のやり取りも楽しそうに見えたし、今か今かと待っているようにも見える。
僕も楽しみだ。早川さんと見る花火はどんなものだろう。早川さんはどんな横顔で花火を見ているのだろう。どんな仕草をするんだろう。どんな笑顔を見せてくれるんだろう。どんな顔で僕に会ってくれるんだろう。
考えれば考えるほど、僕はこの気持ちを隠そうともした。だけど、それ以上にこれから起こる楽しみに思いを募らせた。
母親は、今日も帰ってこない。いつも夜遅くまで何かしてケーキやら何やらを持ってきては食べようなんて言い出して腹が立つ。いつもいつも夜遅くまで何をしているのか。どっかほかの男と遊んでいるのだろうか。しかしそうは見えない。というか、実の母をそんな風に見たくない。まあいい。どうせ、僕がバイトしてお金をためれば最低でも食費も水道光熱費も払えるはずだ。家賃はいくらかわからない。一度も教えてくれたことはない。無理しなくていいというが、何をしているか知らない相手に何を聞けるのか。もしかしたら、裏ルートで入手した家だったのでは?なんて、考えたこともあったけど、あの顔で裏社会とつながってたら流石に引く。そんな顔じゃないし、今まで家にいた人がどうやってつながるというのか。平日に何をしているかまでは知らないけど。
バイトも今日という今日の日は休ませてもらった。どうしても花火を見に行きたいと、まるで花火マニアのようなレッテルを貼られそうだけれど、早川さんと見に行きたいのだ。
今まで、苦労してきた。斗真のストレスのサンドバックになったり、家事をしたり、学校でダーツの矢を腕と腹に刺されたり。腹はだいぶ深くまで入っていると保健室の先生に言われて大変だったけど。そのせいで、中学時代の友人である海と悠馬に迷惑をかけてしまったわけで。きっと気づいているだろうけど気づかないふりをしてくれたに違いない。
それらの今日はご褒美だ。早川さんと花火を見に行くという日だ。今まで、学校のことや家庭のことを深く考えないようにして来て正解だった。やっぱり神様は見てくれる。神様は僕の味方だ。もしかしたら、早川さんと……。
妄想は膨らんでいった。
浴衣を探して見つけ出したころでインターホンが鳴った。今日は、誰もこの時間に帰ってこない。斗真は図書館で時間をつぶすって言ってたし、姉は彼氏の家に泊りに行くんだとか。母親は知らん。どうせ、夜まで帰ってこない。まさか、早い帰宅なのか?
「はい」
「宅配便です」
インターホンにモニターがないため、玄関に向かう。
「……はい」
宅配便など頼んだだろうか。そんな覚えない。斗真だってそんなことしてる暇ないんだよと怒りそうだし。母親が何か買ったとか?金ないのに?
不審に思いながらも鍵を開けた。
「久しぶり」
ドアを開けっぱなしにしてそこに壁のように立ちはだかったのは父親だった。
「……っ!」
わけもわからずドアを閉めようとしても、大人の力には勝てないのかドアを乱暴に開けられ、家の中に入られた。
「ここにいたんだね。探したよ」
玄関に入られたことで狭くなり、床にしりもちをついていた僕は、父親がいつもより大きく見えて声がでない。体も動かなかった。
なんでこの場所に父親がいるんだ。父親の家より離れたこの場所がバレないはず。僕のせいで離婚したからせめてもの細心の注意を払ったというのに。
違う。今はそれを考えている場合じゃない。母親がもしもこのタイミングで帰ってきたら最悪だ。僕のせいでバレた。また喧嘩を始めたらどうするつもりなんだ。
「ここが今住んでる家かぁ」
土足でマンション内を物色し始めた。
「ちょっと!」
「へー、冷蔵庫はこれ使ってるんだ。食材もまあまああるね。期限もしっかり守ってるみたいだし」
「な、何してんだ。帰ってくれ」
「これは、父さんの家から盗っていった炊飯器とポットだね」
「帰ってくれ」
僕の言うことなんか一切聞かずに斗真の使ってる部屋に入っていった。
「やめてくれ!」
「ここは、誰が使ってるの?もしかして、海利?だとしたら、ここはいらないだろ。勉強してもいい成績はとれないんだ」
「……ここは斗真の部屋」
「…………おお、そうか!そうだよな!危ない危ない。いらない部屋だと誤認してしまっていたよ。斗真なら勉強もできるし必要だね!」
それから止まることなく僕の部屋に入った。
「なんだこの質素な部屋は。この浴衣は?男性用だよな。誰が使うの?」
「……帰ってくれ」
「誰が使うか聞いてんだ!」
怒鳴り声をあげられ、僕はひるんでしまった。
「聞こえてないのか?だから、勉強もろくにできないんだろうが!」
顔面を殴られ、よろけてしまった。
「これ、お前の部屋だろ。何もないのはお前の特徴だ。だけど、服とかこれいつ買ったんだ?父さんが選んであげた服は着てないのか?今も着てないな。ここに畳んである服は新調したのか。これ、お前の趣味か?お前、服に興味持ち始めたのか?」
どこかあざ笑うようだった。
「いらないいらない。海利は、勉強できないんです。なのに、大学に行こうなんて考えてないよね?就職だよ?就職して、その給料を俺に渡す。離婚させたのはお前だ。その慰謝料をこれからの給料で許してやるんだ。十分だろう」
「……」
「それに、その髪型はなんだ。目にかかるような髪の長さはダメだとあれほど言ったじゃないか。なぜ、目にかかってるんだ。ワックスまでつけて……」
ひらめいたような顔して、そのあとで蔑むような目で。
「わかった。好きな人でもいるのか?お前みたいな存在が、また誰かを好きになったのか。それで、服も買って、ワックスまでつけたのか。何もできない人がそうやって努力している姿を世間でなんて言うか知ってる?……滑稽、ていうんだよ」
僕の頭はもう真っ白だった。
早川さんと花火が見れる楽しみから、父親に会った絶望や恐怖へと変化していった。
「こんな服も着る必要ない。身の丈に合ってない。この小説たちもお前に読まれて可哀そうだ。このラケットもいつまで持ってる?もう運動部にすら入ってないんだろう。だったら、こんなものいらないじゃないか」
中学時代、ずっと部活で使ってたラケットで小説を置いていた棚も服も机も叩いて壊していく。ラケットも消耗品だからどんどん壊れていった。見るも無残な姿にこの部屋は変わり果てた。荒れた海のようだ。
「……ああ」
「お前のせいでこの家族は壊れた。そのことを忘れるなよ」
髪の毛を引っ掴んで目を射抜くような視線で告げられた。
「……じゃあ、どうしろって言うんだよ。……家事もしてる。バイトだってして生活できるようにしてる。母親が何をしているかなんて知らない。だから、必死にバイトしているんだ。少しくらい僕に娯楽があったっていいじゃないかっ。……何がだめなんだ。僕なりに罪を償っているつもりなのに」
「罪?バカなの?あのね、罪を感じるなら裁かれて刑を全うする。そうだなぁ、ここから飛び降りればいいじゃん。そしたら、償いにも似た気持ちになる。一生罪を感じない。罪人として生きることもない。お前みたいなやつはね、この先なにをしても迷惑なの。邪魔なの。ここから消えてくれることが一番の正解なの」
一番の正解。
今まで考えないようにしていたものが溢れてきた。死にたかった。消えたかった。この苦しい環境から消えたかった。
自分さえいなければ。自分がもっといい人であれば。自分が何かできる人間であったら。
もしも、死ねたら。もしも、生きなくていいなら。もしも、ここから消えることができたら。
思いたくないから、今まで言わずに隠しながら生きてきた。忘れるようにバイトもした。
父親は出て行った。
恋なんてするもんじゃない。しない方がいい。してはいけない側の人間だった。今、それに気づけた。
ベランダの柵に座って自分の部屋を見る。
汚い。僕の心を見せているみたいだ。こんなにも僕は汚かったんだ。
確かに、もうこんなことしなくていいのかもしれない。学校でいじめられることも、家庭を考えることも。サンドバックにされることも。
いつの間にか花火の音が鳴った。早川さんから連絡があったから遅くなるのは知っていたけど。
「ああ、こんなんじゃ会うのもきつい……。もう誰にも会いたくない……」
それから、確実に死ねるように頭から落ちたつもりだった。
人に会うことがこんなにもリスクなら会わない方がいい。
だから、こうやって人と距離をとって生きて来たのに。
まるで何もかもが終わってる。
早川を傷つけて、父親に罵倒されて。
死ねる場所はあるのに、看護師の監視によってできない状況が続いている。
どうして、こんなところに居続けるのか。
もうわからない。どうせ、いつかは死ぬんだ。早くこんな地獄から消えてしまいたい。
あれから父親が来ることはなかった。
リスクを負ってここに来たから、それ以上のリスクを背負おうとはしないのだろう。
こんなにも嫌われ調子ならやはりここに存在する意味はないんだ。
生きていてよかったことなんてない。もう終わりにしよう。
やる気もないリハビリをして、少しずつ体が動くようになった頃、退院が決まった。
無に等しいほどの感情の薄さ。
それでもやってくる中野。
「へいへい、退院おめおめ」
感情の差に風邪をひきそう。
「早川は来ないよ。お前、傷つけたし」
「……わかってる」
「来て欲しかったか?」
「別に」
「……お前さ、今、何考えてる?」
僕の表情を見て静かに問う。
「何もないよ」
死にたい以外の感情は何一つなかった。
「そうか。学校どうする?」
今日この後から学校に行くのかどうか聞いている。行くわけがない。
「帰るよ」
家に帰って、マンションの最上階から屋上を不法侵入でもして飛び降りる。
少しでも高いところから飛び降りればなんとか死ねるだろう。
「そう。じゃあ、また後で遊ぶか」
「帰るって言ったんだよ」
「……うわ」
「なんだよ」
「じゃ、まぁ、明日だな」
今日だけは家に迎えにくる母親の車に乗って帰路に着く。
それまでの時間、話すことは何一つなかった。
部屋は片付いていて綺麗だった。
まるで澄んだ海が広がっている様子。空虚がそこにはあった。
捨てるものもないのだ。
必要最低限のものしかこの部屋にはない。
もしも必要だと思うものがあってもどれも今更だと言って捨ててしまうだろう。
これくらいだったら捨ててしまおうか。
あたりを見渡し、服の処分から始めることにした。
視界の端に映った棚。
おかしい、これは父親に壊されて使い物にならなくなっていたはずなのに綺麗だ。
少し違う棚の色。ただ本は納まっている。
考えてみれば、父親に荒らされたはずの部屋が綺麗なのは変だ。
誰かが綺麗にしていた?
いや、そんなバカなことあるわけない。
きっと少しの記憶障害か幻覚だ。
何もかも捨てよう。
未練もないのだ。
この命をさっさと終わらせる。
「少し出かけるけど、どこか行く?」
母親の提案に首を横にふる。
「ちょっと片付けるから、行かない。それよりさ」
仕事は?と聞こうとしてやめた。
どうせもう人生を辞めるのだから。
その後のことなんてどうでもいい。
なんのために早川さんを傷つけて、中野と距離を置いたのか。
「そう?なんか買ってくるけど、何か欲しい?」
「いらないよ。必要ない」
「わかった……」
母親は、そっと玄関を開けて買い物に出かけた。
何もいらない。なんでそんなことを聞くのだろう。
気を取り直すと、服を可燃ゴミの袋にぶっ込んでいく。
夏服も冬服もいらない。コートもマフラーも全部。
それらを全部ゴミ捨て場に持っていく。
空っぽになったクローゼットは粗大ゴミ。捨て方がわからない。
まぁ、この辺は処理は死んだ後に任せよう。
小説も全部可燃ゴミに入れて、捨ててきた。
スマホの着信に気づく。あんなこと言ったというのに早川さんから電話だ。
こんな時に連絡が来るなんて偽善者はうざったい。
もう一度着信が来る。それでも無視をする。いつものことだ。
マンションのエレベーターに乗って最上階の六階に上がる。
ふと視線を感じてあたりを見渡す。
誰もいないので、気のせいだと屋上を目指す。階段で柵をこえて屋上を歩く。
思ったよりも地上への距離がある。
捨てるものも捨てた。あとは捨て方がわからないから任せる。
リハビリのおかげで体は動くけれど、それも今日でおしまい。
めでたしめでたしのエンドロールが今もう流れているだろう。
一歩踏みだす。さぁ、ようやく死ぬ時が来た!
「待って!」
その声にゾッとする。またこうも邪魔をするのか。
「やっぱりそうだ。いつも無視するくせに最後は振り向いてくれる。深山君らしいよ」
「……早川さん」
こんな屋上によく気付けたものだ。
いや、もしかするとあの視線は早川さんのもので電話をかけたのも時間稼ぎだったのかもしれない。
「家、知ってるからってよく来たね」
「そりゃあ、まぁ」
「あの時は会えたけど、会えてないから」
それは、飛び降りしたところに偶然居合わせて僕は会っていないから彼女はそう言っているのだろう。
「今はもう会いたいと思ってない」
「ひどいね。最近はそれがサマになっちゃってるよ」
「嫌いになってもおかしくないんだけど」
「それは嫌いになってほしくない裏返し?」
「違うね」
「そっか。飛び降り自殺の邪魔になっちゃうもんね」
彼女は、当たり前に隣に来て僕を見やる。
「ね、こんなことしてあなたは助かるの?あなたの思いは報われるの?」
簡単な質問だった。
「自殺ってね、報いがあるんだよ。やっと死ねるっていう報いが。それ以上を望んでない」
「もっとこんなことがしたい、あんなことがしたいってないの?」
「ない。疲れた……。この世の中みんながみんなそんな生き方してないよ」
「私はあなたと話しているのに、世の中の話をしないでくれる?」
「……邪魔だ」
何も早川さんの前で死ぬつもりはない。どうして邪魔をするのだろう。
「僕は、この世界に必要なかった。この世界はさ、世間体ばかりで許す時代が来たはずなのに実際は何も許されてない」
男と付き合ったくらいで、ちょっと仲良くなったくらいで。いじめや話題の的になり得る。
「理解あるって言葉が使われるようになってから、理解してない人ばかりで、それに縋るつもりなんかないけど、でもみんな否定する。誰が、僕を許すんだ。そんな環境で誰が許す?誰も許してないから、人をハブいて嫌って逃げ出す」
嫌いとも好きとも言わない人たちが、僕が刺された途端逃げ出した。
助けるでもやりすぎとも思わずに。
「人が生きていることなんて求めてないだろ……。求められることなんてない。自分の存在なんて必要ない」
「…………あなたを初めて見た時、あなたの表情に惹かれた」
なんの話だと彼女の目を見る。
いつもの明るさはそこになくて、代わりにあったのはいつからか僕が当たり前にしていた目がそこにはあった。
「気づいたの。私と同じだなって」
「……」
『無』だ。何もない。全ての感情が消えたよう。
僕は人前でそんな顔をしていたのか。
鏡でよく見ていた虚無な眼を彼女は僕に見せていた。
「なんで……、どういう……」
他にも同じ思いをしている人がいるだなんて初めて知った。
ならば、彼女も僕と同じで家庭に問題があって邪魔者扱いされて、学校でも嫌われるようなそんな扱いを受けていたのではないだろうか。
「私ね、中学の時にいじめられてた。死にたいって思うこともあったよ。優しくしてくれた人がいたんだけどね、嫌われちゃって。それから学校に行けなくなって……、親に伝えたら転校させてくれることになった。中学三年生の時に」
「……そうだったのか」
「そのいじめがひどくて、トラウマで。食べることが好きだったんだけど、それ以降、げっそりしちゃってさ。そのせいでいま、こんなに痩せてる」
「相当、ショックだったのか」
「そうかもねぇ。だから、気になったの。あなたのことが」
「僕のこと?」
「そう、あなたことが気になって。同じ雰囲気を感じたから。だから、知りたくなった。知っていくうちに一緒だって思って、前向いてほしくて、演劇で表に立とうって決めて、脚本書いて、舞台に出たんだけど」
ダメだったと悲しそうに笑う。
「なんでいじめなんて起きちゃうんだろうね。私たちが悪いからなのかな」
「……邪魔者なんだよ。いなくても困らない存在ってあるんだよ。どうせ誰かが代わりにいて、そいつの方が僕より良くて、存在価値がある。不必要なんだよ、僕みたいなやつは」
でも、と続ける。
「早川さんは必要な存在だと思う。大切でどこかで頼られる。あなたは優しい人だから」
目を正面に向けて、一歩外に近づく。
「興味を持つのは、とてもいいことだと思う。僕と似ているなんて可哀想だけど。でも、僕もきっと早川さんと同じ立場なら調べたくなるような変なやつだよ」
最後に。
「受賞おめでとう。君の作品が誰かに届くことを願ってる」
彼女は自殺を感じ取ったのか腕を掴もうと飛び出す。しかし、突き飛ばして尻餅をつかせた刹那に飛び降りた。
僕を見ないうちに死ねたほうがいいと思った。
地面には誰もいない。
死ねば報われる。
きっとこの先、生きていても居場所はない。
彼女のように報われると思いながら生き続けることは僕にとって辛いことだった。
いつまで生きていなければいけないのか。
いつまで死を考えながら生きていくのか。
耐えられない。
終わりのない生に、問いに悩まされる日々など地獄だ。
死んだ方がマシ、僕の生きるその先に光はない。未来はない。荒れた海が残した惨状を綺麗にするまでにどれくらいかかると思ってる。
一度でも荒れてしまうともう元には戻れない。生きている以上、戻せない。
死んだ後で変わっていくのだ。
死んでから光が見えるのだ。
もうこの先に未来なんてなくていい。ほしくないのだ。
親も兄弟も友人も。
最初からない方が楽に死ねた。
思い出を残す恐怖と共に生きなくていい。
こんな些細なことのために生き続けたくない。
小さな幸せに用はない。死にたいだけなんだ。
もう終わりにしてください。神様。
こんな時だけ頼るのはおかしいか。
それでももう、死ぬことはわかってた。
頭から何かが溢れていくのを感じる。血が流れているのだろうか。
誰かの声が聞こえる。邪魔だ。
うるさい。
静かにしてくれ。
安らかな場所に行かせてくれ。
視界が真っ暗になる。
声が届かなくなる。
誰かが叫んでいるはず。
聞こえない。
届いてない。
うるさくない。
騒がしくない。
静かだ。
眠れる。
笑みが溢れる。
久しぶりに笑った。
これが嬉しいということか。
懐かしさを覚える。
いつかこの感情が当たり前にあった日々。
いつの間にか消えた感情。
やっと取り戻せたかもしれない。
なんだか報われた気がした。
安らかに眠りについた。