体が動かない。動かしたくない。蹴られたせいで、体が痛いのもある。昼間には引いてきたけど、それでも痛いし、あの出来事は忘れられない。
 結局、僕は家族を壊した張本人。親泣かせの子供。何のとりえもない人間。誰からも一番だと思われないし、愛されてもいない。
 三島ナースは、あれ以降あまりしゃべらなくなった。僕も気まずくて話せていない。話す気力はない。
 眠ることもできずに、ずっと目が冴えた状態で暗い病室で何も考えずにいた。
 明るくなっても窓の外を見て、だけど、看護師にバレたら大変だから近寄ることはせず。
 三島ナースにバレていなければ、今日の朝にでも死んでやろうと思ったのに。
 ああ、なんだか、すっごい疲れたな。一か月も昏睡状態でなぜだか目が覚めて。なのに、状況は悪化していて。させていて。こんなやつになぜみんな絡んでくるのか。
 バイト先の店長だってまた落ち着いたらバイトに来てくれたらいいと優しい言葉をかけてくれた。スタッフもわざわざ連絡をくれた。なぜ、優しい言葉を聞くとここまで心が荒むのか。
 あの演劇だって僕に向けて書いたわけでもなければ、ただの創作で。それを僕が否定する権利など持ち合わせていないはずだ。
 人の優しさを拒絶する僕は、最低で最悪な敵なんだ。


 夏休みの終わり。家の中。そろそろ出かけようと準備していたころ。ワックスをつけてあとは浴衣を着るだけ。早川さんは楽しみにしていた。連絡のやり取りも楽しそうに見えたし、今か今かと待っているようにも見える。
 僕も楽しみだ。早川さんと見る花火はどんなものだろう。早川さんはどんな横顔で花火を見ているのだろう。どんな仕草をするんだろう。どんな笑顔を見せてくれるんだろう。どんな顔で僕に会ってくれるんだろう。
 考えれば考えるほど、僕はこの気持ちを隠そうともした。だけど、それ以上にこれから起こる楽しみに思いを募らせた。
 母親は、今日も帰ってこない。いつも夜遅くで、なのにケーキやら何やらを持ってきては食べようなんて言い出して腹が立つ。いつもいつも夜遅くまで何をしているのか。どっかほかの男と遊んでいるのだろうか。そうは見えない。というか、実の母をそんな風に見たくない。まあいい。どうせ、僕がバイトしてお金をためれば最低でも食費も水道光熱費も払えるはずだ。家賃はいくらかわからない。一度も教えてくれたことはない。もしかしたら、裏ルートで入手した家だったのでは?なんて、考えたこともあったけど、あの顔で裏世界とつながってたら流石に引く。そんな顔じゃないし、今まで家にいた人がどうやってつながるというのか。
 バイトも今日という今日の日は休ませてもらった。どうしても花火を見に行きたいと、まるで花火マニアのようなレッテルを貼られそうだけれど、早川さんと見に行きたいのだ。
 今まで、苦労してきた。斗真のストレスのサンドバックになったり、家事をしたり、学校でダーツの矢を腕と腹に刺されたり。腹はだいぶ深くまで入って大変だったけど。そのせいで、海と悠馬に迷惑をかけてしまったわけで。きっと気づいているだろうけど気づかないふりをしてくれたに違いない。
 それらの今日はご褒美だ。早川さんと花火を見に行くという日だ。今まで、考えないようにして来て正解だった。やっぱり神様は見てくれる。神様は僕の味方だ。もしかしたら、早川さんと……。
 思いは考えれば考えるほど膨らんでいった。
 浴衣を探して、見つけ出したころ、インターホンが鳴った。今日は、誰もこの時間に帰ってこない。斗真は図書館で時間をつぶすって言ってたし、姉は彼氏の家に泊りに行くんだとか。母親は知らん。どうせ、夜まで帰ってこない。まさか、早い帰宅なのか?
「はい」
「宅配便です」
「……はい」
 宅配便など頼んだだろうか。そんな覚えない。斗真だってそんなことしてる暇ないんだよと怒りそうだし。母親が何か買ったとか?金ないのに?
 不審に思いながらも鍵を開けた。
「久しぶり」
 ドアを開けっぱなしにしてそこに壁を作ったのは父親だった。
「……っ!」
 わけもわからずドアを閉めようとしても、大人の力には勝てないのかドアを乱暴に開けられ、家の中に入られた。
「ここにいたんだね。探したよ」
 玄関に入られたことで狭くなり、床にしりもちをついていた僕は、父親がいつもより大きく見えて声がでない。体も動かなかった。
 なんでこの場所に父親がいるんだ。バレないはずだろ。僕のせいで離婚した。だけど、この場所がバレないようにだけは細心の注意を払った。
 違う。今はそれを考えている場合じゃない。母親がもしもこのタイミングで帰ってきたら最悪だ。僕のせいでバレた。また喧嘩を始めたらどうするつもりなんだ。
「ここが今住んでる部屋かあ」
 土足でマンション内を物色し始めた。
「ちょっと!」
「へー、冷蔵庫はこれ使ってるんだ。食材もまあまああるね。期限もしっかり守ってるみたいだし」
「な、何してんだ。帰ってくれ」
「これは、父さんの家から盗っていった炊飯器とポットだね」
「帰ってくれ」
 僕の言うことなんか一切聞かずに斗真の使ってる部屋に入っていった。
「やめてくれ!」
「ここは、誰が使ってるの?もしかして、海利?だとしたら、ここはいらないだろ。勉強してもいい成績はとれないんだ」
「……ここは斗真の部屋」
「…………おお、そうか!そうだよな!危ない危ない。いらない部屋だと誤認してしまっていたよ。斗真なら勉強もできるし必要だね!」
 それから止まることなく僕の部屋に入った。
「なんだこの質素な部屋は。この浴衣は?男性用だよな。誰が使うの?」
「……帰ってくれ」
「誰が使うか聞いてんだ!」
 怒鳴り声をあげられ、僕はひるんでしまった。
「聞こえてないのか?だから、勉強もろくにできないんだろうが!」
 顔面を殴られ、よろけてしまった。
「これ、お前の部屋だろ。何もないのはお前の特徴だ。だけど、服とかこれいつ買ったんだ?父さんが選んであげた服は着てないのか?今も着てないな。ここに畳んである服は新調したのか。これ、お前の趣味か?お前、服に興味持ち始めたのか?」
 どこかあざ笑うようだった。
「いらないいらない。海利は、勉強できないんです。なのに、大学に行こうなんて考えてないよね?就職だよ?就職して、その給料を俺に渡すの。離婚させたのはお前だ。その慰謝料をこれからの給料で許してやるんだ。十分だろう」
「……」
「それに、その髪型はなんだ。目にかかるような髪の長さはダメだとあれほど言ったじゃないか。なぜ、目にかかってるんだ。ワックスまでつけて……」
 ひらめいたような顔して、そのあとで蔑むような目で。
「わかった。好きな人でもいるのか?お前みたいな存在が、誰かを好きになったのか。それで、服も買って、ワックスまでつけたのか。何もできない人がそうやって努力している姿を世間でなんて言うか知ってる?……醜態を晒すっていうんだよ」
 僕の頭はもう真っ白だった。
 早川さんと花火が見れる楽しみから、父親に会った絶望へと変化していった。
「こんな服も着る必要ない。身の丈に合ってない。この小説たちもお前に読まれて可哀そうだ。このラケットもいつまで持ってる?もう運動部にすら入ってないんだろう。だったら、こんなものいらないじゃないか」
 中学時代、ずっと部活で使ってたラケットで小説を置いていた棚も服も机も叩いて壊していく。ラケットも消耗品だからどんどん壊れていった。見るも無残な姿にこの部屋は変わり果てた。
「……ああ」
「お前のせいでこの家族は壊れた。そのことを忘れるなよ」
 髪の毛を引っ掴んで目を射抜くような視線で告げられた。
「……じゃあ、どうしろって言うんだよ。……家事もしてる。バイトだってして生活できるようにしてる。母親が何をしているかなんて知らない。だから、必死にバイトしているんだ。少しくらい僕に娯楽があったっていいじゃないかっ。……何がだめなんだ。僕なりに罪を償っているつもりなのに」
「罪?バカなの?あのね、罪を感じるならここから飛び降りればいいじゃん。そしたら、一生罪を感じない。罪人として生きることもない。お前みたいなやつはね、この先なにをしても迷惑なの。邪魔なの。ここから消えてくれることが一番の正解なの」
 一番の正解。
 今まで考えないようにしていたものが溢れてきた。死ねばいい。死にたかった。消えたかった。この苦しい環境から消えたかった。
 自分さえいなければ。自分がもっといい人であれば。自分が何かできる人間であったら。
 もしも、死ねたら。もしも、生きなくていいなら。もしも、ここから消えることができたら。
 思いたくないから、今まで言わずに隠しながら生きてきた。
 父親は出て行った。
 恋なんてするもんじゃない。しない方がいい。してはいけない側の人間だった。今、それに気づけた。
 ベランダの柵にバランスよく座って自分の部屋を見る。
 汚い。僕の心を見せているみたいだ。こんなにも僕は汚かったんだ。
 確かに、もうこんなことしなくていいのかもしれない。学校でいじめられることも、家のことを考えることも。サンドバックにされることも。
 いつの間にか花火の音が鳴った。
「ああ、これじゃ、早川さんとの話はお陀仏だなぁ。僕もお陀仏でいいかぁ……」
 それから、確実に死ねるように頭から落ちたつもりだった。


 目が覚めた。ずっと夢を見ていたんだ。あの日のことを鮮明に思い出すような夢を。早川さんのことなんか考えなきゃよかった。僕の何がこうさせているのかいまだにわからない。この気持ちは何だろうか。
 結局、死ねずに病室にいるあたり運がいいともいえるのかもしれない。だけど、そんなものいらない。死にたいと言っているのに死ねてないのだから、運が悪い。
 スマホが鳴った。通知だ。
『深山君、ごめんね。私、深山君のことしっかり考えずに演劇の脚本書いちゃった。ごめんなさい。だからね、深山君の気持ち知ろうと思う。深山君がやったことを私がやるの。そしたら、そのあとでどんな気持ちになるのかわかるはずだから。
 脚本のこと、許さなくていいから。だから、私なりに罪滅ぼしするね。
 じゃあね、ばいばい』
 何か、変だ。
 そんな気がする。変じゃない、嫌な予感だ。
 僕のやったことを早川さんがする。そのあとの気持ちがわかるはず。それって……。
 僕は、急いで早川さんに電話した。だけど、一向につながらない。
 この状況で、頼めるのは……。仕方ない。中野にお願いしよう。
 中野に電話をかけたが、こいつも繋がらない。もう一度、さらにもう一度かけるとやっと出た。
「どうしたー?俺に鬼電するって俺のこと好きかー?」
「違う!それより、今どこにいる?」
「今?」
「今!」
「……なんかあった?」
「早川さんが、危ないことしでかしそうなんだよ!だから、早川さんのもとに行ってほしいんだ!」
「……無理」
「なんで!」
「危ないことしたのは、海利もそうだろ?それに、先生に学校辞めるって言ったんだろ?」
「……あ、まあ、そうだけど」
「まあいいや。だけど、俺は手伝わないよ。海利が起こした問題なんだから自分で解決しないと意味ないよ。じゃあな」
「あ、おい!!」
 切りやがった。ふざけんなよ。この体でどうやって……。
「くそ!」
 ああだこうだ言ってられなくなったじゃないか。全く誰のせいだ!
 急いで着替えた。初めて、早川さんに選んでもらった服だ。早川さんの笑顔を思い出してしまう。これを持ってくる母親、なかなかセンスある。……何言ってんだ?
 看護師にバレないように、エレベータまで向かう。エレベーターに乗り込み、一階にたどり着く。
 ここからは、ダッシュだ。蹴られた痛みは引いているし、それなりに動けると思われる。だから、大丈夫だ。
 いやでも、ここの病院からどこに行けばいいんだ。
 飛び降りれる場所?何階から?二階からならたくさんある。それなりに階のある場所から飛び降りとか?マンション、病院、学校、家……。
 どれだ。どこにいるんだ。
 とにかく、タクシーを……。
「……え?」
 僕の視界の先にいたのは母親だった。
「なんで」
「……海利」
 今は、どうでもいい。関係ない。早川さんだ。早川さんのことだ。
「まって」
「うるさい!そんなパン屋みたいな格好して!仕事もしてないくせに僕にとやかく言うなよ!」
「……パン屋。惜しい」
「何言ってんだよ!こっちはそれどころじゃないんだ!」
「ねえ、病院は?もしかして、抜け出した?」
「……え、ああ。まあ」
「なら、こっち来て。バレちゃまずいでしょ」
 確かに。
 言われるがままに、車の後部座席に乗り込んだ。
「それどころじゃないってどういうこと?」
 早川さんが……とは言えない。
「と、友達がそのえっと……」
「一大事ってこと?」
「そう」
 母親ってこんなに察しがよかったか?
 どこにいるのか。一番あり得そうなのは学校。だけど、屋上なんて使えるのか?
 もう一度、電話をかけた。
「何?」
「学校ってさ、屋上いける?」
「無理」
「そうじゃなくて」
「主語をくれ!わからん!」
「あのさ、その、屋上に演劇部っていける?」
「……あー、なんか言ってたような」
「言ってた?」
「なんかね、屋上を借りたいって言えば貸してくれるんだとか。まあ、先生がいる間だけだと思うけどね。それがどうした?」
「屋上を借りる条件は?」
「ないら。まあ、でも、屋上は演技の練習に良いって聞くぞ?前も演劇部のやつが言ってた」
「……ありがと」
 それだ。電話を切って、母親に伝えた。学校に連れてってくれと。
 仮説にすぎないが、何となくわかったかもしれない。先生に信用されている人なら先生がいなくても屋上は貸してくれることが前提だ。それでいて、演技の練習でと何度も言える人がいるとする。そして、前提の通り信用されていれば一人でも使える。それを今回も利用した。次の大会のために演技を練習すると言えばいいんだ。中野の言葉が本当なら演劇部は次の大会に行く。口実はいくらでも作れる。
「演劇部の子が、一大事?」
「……そうだね」
「そう」
 なぜ、こんなにも呑み込みが早いんだ。いつもそうだ。離婚だって切り出した時には決めていた。バイトをすると言えばすぐにさせてくれた。だけど、一つだけ一つだけ許せないことがある。
「あのさ、僕の気持ちを今、勝手な解釈しないでくれよ」
「……」
「適当な理由作ってそれを他の人にバラまくなよ」
「……」
「僕を見ているふりはやめてくれよ」
「……」
 なぜこんなことを今、言ったのかわからない。言う必要なんかないのに。
「海利、話したいことがあるの」
「……」
「バイト、無理しなくていいから」
「……は?」
「仕事してるんだ。だけどね、まだ安定した給料をもらってるわけじゃないから仕事って言いづらくて。スイーツとかよく持ち帰ってたでしょ?あれね、スイーツの店だからなの。夜遅いのは、ある女子生徒とよく話をしてるから。いつも学校のことを、ある男の子のことを話してくれて。そうすると、遅くなることもあって。だけど、これからはもうしない。海利が苦しかったのは、家族を守ろうとしてくれた。そうだよね?」
「……」
 頭が追いつかない。母親は、いつも仕事をしてた。だけど、接客業っていうのもあってその女子と会話をしてて遅くなる。そういうこと?
「いいわけだと思ってくれていい。今までは、海利が何も言わないからその言葉一つでできるだけ考えてあの人に伝えてたの。だけど、今はっきりわかったわ。違った。憶測は憶測でしかないわね」
「……」
「だけどね、海利。見て見ぬふりはしてない。海利が、今、着てる服なんで持ってこれたかわかる?」
「……さあ」
「海利が、よく着てるからよ。バイトに行く日とか。何もない日でも。その時は、いつもより笑顔に見えたわ。だから、好きなんだろうなって。いつだったっけ。その服を着始めたのって。確か、行きと帰りで服装が」
「言わなくていいから」
「それと、学校の話だけど」
「……やめたい。やめていい?正直、やめるなって言われてもやめるけど。その代わり、高卒認定試験は受けるから」
「だめ」
「試験は必ず受けるから」
「二回言ってもダメ。転校する、じゃダメなの?」
「転校って、そんなの……」
「お金は良いわ。心配することじゃない。ローンだって借りれるんだし、仕事もいい感じなんだから。今度来るといいわ。女の子と一緒に。それでね、先生に聞いたら転校の手続きも学校がやってくれるみたいだから」
「……聞いたの?」
「もちろん。勝手に動いてしまって申し訳ないけど、あとで話すときにちゃんと伝えようって。面会謝絶にされてもおかしくないって考えればよくわかったから。伝えることができないとこの先、誰かを傷つけるかもしれないってこの歳になって学んだわ」
 気づけば、いつの間にか学校についていた。
 急いで、車から降りる。
「……ありがと。母さん」
 久しぶりに母さんなんて呼んだ気がする。

 人のいない校舎を息切れしながら階段を登る。屋上はここからじゃないといけない。もし、これが違えば早川さんは最悪……。よそう。そんなこと考えるな。
 無我夢中で走って屋上の扉を開ける。
「早川さん!」
 屋上の柵越しに早川さんが立っていた。僕に背を向けていて、どんな表情をしているかわからない。
 だけど、本気なのは肌で感じた。
 一瞬ビクンと動いた気がする。
「やめろ!そんな馬鹿な真似は!」
 走っていたけど、あともう少しのところで動けなかった。このまま飛び降られたらひとたまりもない。
「早川さんが、そんなことする必要ないじゃないか!」
「……」
 返事は聞こえない。
「そんなことしないで、こっちに来て。そんなことしたって、僕の気持ちなんか理解できない」
 早川さんが拳を握っているのがわかる。ゆっくりと振り返った早川さんの目はいつか見た僕の目と同じだった。
「わからないよ。やってみなきゃ。わからないし、知りたいって思うから」
「……そのために、自分の命を犠牲にするの?」
「深山君だってそうでしょ。深山君は、なんで命を犠牲にしたの。しなくてよかったじゃん。頼ればよかったんだよ、大人を、私を、友達を。だけど、君はしなかったよ」
「……それとこれとは」
「深山君は、私に言ったよ。人の気持ちもわからないやつがって。傷ついたけどそうかもしれないと思う。わかってないから。実際に。わかってなかったから、届けたかった人に伝わらなかった。届かなかった。だから知りたいの。わかりたいの。それで、伝えたいの」
 何を無茶苦茶な。
「……だからって」
「いつまでもそうやって言い続けるの?大人なんてたくさんいるのに一人や二人を見たくらいで頼らないで。先生くらい頼ってみたらいいじゃん。君みたいな人の相談、いくらでも乗ってくれる人だよ」
「もういいから。頼る。頼るから、戻ってきてくれ」
「なんで」
「なんでって」
「私は、知りたいもん。君のこと」
「知らなくていいから。僕の過去なんてどうでもいいから」
「花火祭りに自殺とか私のことそれだけ嫌だったんでしょ?だから、私が病室に行ってもいい反応してくれないんだよね。怒るんだよね」
「べつにそういうつもりじゃ」
「だったら」
「早川さんは断じて関係ない!」
 ああ、もう。なんなんだ、このめんどくささは。僕もこれだけめんどくさかったのか?そうだとしたら、逆に羞恥で今すぐ死にたくなるわ。母さんも言ってたな。伝えないと傷つけるって。
「……花火祭りの日、父親が家に来たんだ。離婚して、会うことはなかった父親に会ったんだ。部屋は荒らされて、過去を思い出して。そしたら、今まで隠してきたものが全部出てきたんだ。そう思えば思うほど、死にたいってすごく思った。死んでしまえばいいんだって思った。そしたら、誰も僕を責めない。僕は、十分生きたと思ってる。何より、疲れたんだ。生きたくないって心の底から思ったんだ。死ねば楽になるんだって。だけど、死ねなかった。それから、早川さんも中野も来た。だから、イラっとしたんだ。君たちに会っていると死ねなくなるって。いつか死ぬために距離を置かないと、いつまでも来てしまうって一度失敗した時にすごく思ったんだ。だから、あれだけ言えばいいって」
「私のこと、頼るつもりは一切なかったんだ……」
「そうだよ。その通りだよ。プライドが邪魔したんだろうね。女子に頼りたくない。誰にも頼りたくない、そしてなにより……」
 なにより。
「とにかく、自分の弱いところを見せたくなかった!だから、頼りたくもなかった!話し合うことを放棄した自分に頼るなんて資格持ち合わせてないから!」
「何よりのあとが気になるんだけど」
「い、今は関係ない!だから、ほら、こっちに来てくれ!」
 もう、いいだろ。こんなことしなくても。
「女子だから頼りたくない?それとも、好きじゃないから頼りたくない?」
 い、いや、もういいじゃないか!この状況でまだ聞くか!
「ああ!分かるだろ!好きだからなおさら頼りたくないんだよ!同情してほしいって思う反面、してほしくないって思う!生きたいけど、生きたくないとも思ってしまう!死にたいけど、死にたくないって思ってしまうんだ!できるなら、死にたい。できるなら、パッと消えてなくなりたい。誰にも迷惑かけずに消えたい。死ぬのはたまに怖いって思うさ!だけど、死ねば楽になれるかもしれないって思うと、死にたいって思うんだ!消えることができないならせめて、死なせてほしいって!
 そんなこと、好きな人に言えるわけないだろ!!」
「……好きな人」
「……あ」
 言ってしまった。
「そ、その理由で?だから、私を引き離そうとした?なんで……」
「なんでって……。男としてのプライド、的な……」
 何言ってんだ、僕は。
 早川さんは、柵を飛び越えて僕に駆け寄った。
「ほんとに?」
「来年、花火祭り、見に行こう。もう、こんなことしないから」
「ほんとに?ほんとのほんとに?」
 嬉しそうな顔で。
「うん。ほんとに」
「私もその……。……あ、じゃあ、その、目、閉じて」
 上目遣いに言われて、僕はそっと目を閉じた。
 このまま消えていたら僕は、フラれたことになるんだろう。いや、あんなひどいこと言った僕を好きなるはずがない。
 両耳に手を添えられた。とてもやさしく包むように。
 それから、スッと唇が触れ合った。
 ……え?は?
「これが、私の気持ち」
 目を開けると顔を赤くして目をそらす早川さんの姿があった。
 消えていなかった。
「もっと、早くに気づいてほしかったなあ。傷つけられることなかったし」
「それは、ごめん……ごめんなさい……」
「うーん、じゃあね」
 また、唇が触れた。
 そして、何度も唇が触れ合って、抱きしめ合った。
「私、深山君の味方だから。理由、わかるよね」
「ありがと。僕も……」
 早川さんのすすり泣く声が聞こえて僕は、しゃべるのをやめてただ抱きしめた。
 その日の夜は、満月だった。