学校帰り、久々にオーナーの店に寄った。部活もあって最近は甘いものを摂取していなかった。嫌われたけど、そんな時こそスイーツだと思う。いや、思おう!だって、思い出したくないもん。
だけど、近くに寄ったらやっぱりやめようかと思った。どんな顔して入ればいいか忘れてしまった。好きな人がいることをオーナーに知られたら……。
やっぱりやめよう。
「あら、七海ちゃん!」
オーナーの声だ。
「ど、どうも」
「最近、来ないから心配したのよー。どう?寄ってく?」
髪の毛をくしゃくしゃにしながら聞いてくる。
「いや……」
「甘いのでも飲んでく?おまけしちゃうよ?」
……おまけ。
「うん」
「どうぞどうぞ。入って」
口車にはめられて、店に入る。やっぱり、今日も人がいない。ここの経営は大丈夫なのだろうか。
「あの、ここって人来るんですか?」
「え?」
「失礼だとは思うんですけど。そのいつも人が来ないなあって」
「時間の問題だよ。人が来ないのはこの時間は本来やってないから。いつも昼間なんだよね」
「……え?」
「たまに、夕方もやってるからね。空いてるときは空けてるし」
「それって」
「個人事業主だから自由なの。たまにやることで特別感出るでしょ?それを狙ってるの」
「で、でも、私が来るときは」
「看板見てないでしょー?いつもはクローズってドアに書いてあるんだよね」
「さ、最初きたときは」
「あの日は、空いてたよ。だけど、次の日くらいから普通に入ってきてびっくりした。まあ、沢山買うしおいしそうに食べるし、問題ないかなあって」
「……な、なんか恥ずかしい」
顔が赤くなるのを感じる。
「さ、何か食べたいものある?」
「ほんとにいいんですか?」
「もちろん」
「……じゃあ、これ」
「その辺の席座ってて。もってくから」
まさか、気にせずに入ってしまっていたとは。もしかして、いつも気づかずに入っていた可能性も。恥ずかしさこの上ない。
経営が悪くならないのは昼間にたくさんの人が来ているから。なら、今度は昼間に行こうかな。
その時は、深山君も……。
だめか。嫌われちゃったし。あんなに拒絶されたのは初めてだし、ショックだし、悲しいし。
「はい、どうぞ!」
「ありがとうございます」
飲み物は甘かった。たぶん、カフェオレの砂糖を多めにしてくれてるんだ。
「甘々ぁ!」
「でしょ」
こんな時でも、ケーキはおいしく感じた。前は、味がしなかったのにどうしてだろうか。
いつもと同じスピードでケーキを平らげた。おいしい。
「ごちそうさまです!」
「いえいえ」
「おいしかったです!」
感謝を伝えた。
「……ねえ、何かあった?」
「え?」
「いつもと違う気がして」
「あ、いや、それはその……」
言うべきだろうか。オーナーに、言ってしまっていいだろうか。……言いたい。
「わかっちゃいます?」
「ほぼ毎日来てたからね。わかるよ」
「……実は、同じクラスの人に嫌われちゃっったかもしれなくて」
「好きな人?」
「……」
「それで」
「……その、演劇部なんですけど、初めて演技に挑戦して。脚本も書かせてもらって。なのに、きれいごとは嫌いだって、意地悪なこと言われて、本人は本心だって言うんです。それで、嫌われたかもって。思いたくないけど、思っちゃって」
「最近、来なかったのは部活だったからかあ。頑張ったね」
なんでだろう、すごく泣きそう。
「その人、夏休みの最後に飛び降りて。それからずっと入院してて。生きてほしいからああいう脚本を書いたのに」
「……」
「一か月間、ずっと昏睡状態で。それからは、リハビリもしているらしいんですけど」
「その子ってさ、深山、って苗字?」
「え、はい。そうですけど、なんでオーナーが?」
「深山海利だよね?」
「はい」
「海利と会ってるの?」
「……はい」
「どうして?いや、どうやって?面会謝絶で、斗真もダメだったのに」
「あの、なんでそのことを?」
弟さんの名前まで。
「親、だから。海利の母親だから」
「……え!?」
オーナーが、母親?嘘?タイミングのおかしな冗談とか?頭が真っ白だ。
「ほんとは、あなたが海利と同じ高校の制服を着てたから許したところもあって。もしかしたら、海利のことも聞けるかもって」
それで仲良くしてくれたとか?それ以上の感情は一切ないとか?
「あなた、海利のこと好きだったのね」
「……バレるなんて」
微笑ましそうに見てくる。
「恥ずかしい話だけど、離婚してからずっとバイトするって海利が言ってたから恋愛とは無縁の高校生活を送るのかもって考えてたから正直、嬉しいわ」
「……深山君は、旧姓ですか?」
ふと気になった。似た面影を感じる人は四宮だった。少し気になっているところだった。
「いや、今の姓よ。昔は、四宮。中学時代の友達は高校進学とともに伝えたらしいから、深山で通ってるかも」
「え、今、四宮って」
「うん、そうよ」
「その人に、会ったかもしれないです」
慌ててもらった名刺を机に置く。
「この人、四宮って言ってて。病室を聞かれて。心理カウンセラーだって言うし、苗字も違うから教えちゃったんです。もしかしたら……」
その人が、深山君の父親で接触した可能性がある。
「大丈夫よ。四宮なんて苗字、沢山いるから」
でも、もしも。
「あのね、お願いしたいことがあるの」
「……お願い?」
「私ね海利のこと、見たつもりになってたって思うの。いつも、彼は何も言わない。だから、毎回味方になったような発言ばっかりしてた。海利はね、きっとこう思ってるの。自分のせいで離婚したんだって。でも違う。本当は、私がスイーツの店を作ることでよくケンカしてたの。リスクもあるし、子供のことはどうするんだって怒ってて。いつも喧嘩しててそれを海利が見てた。だから、怒らせたのかもって思った日が多かったかもしれない。あの人は、海利のことを嫌ってたから。海利がいい成績を収めないからって怒ってて。姉と弟がいるんだけどその二人は運動ができたりでよかったんだけど。海利は、喧嘩の起爆剤みたいになっちゃったの。
だから、お願いしたいの。私が海利に謝る時間が欲しいの。兄弟間のことは斗真に託して、ちゃんと向き合わなかったから海利を追い詰めた。この仕事で売り上げを出していることを伝えてなかったから。海利がバイトに時間を当てたり、家事も全部こなそうとしたり、母代わりに全部任せてしまっていたから」
深山君の環境はすごくつらい場所だと心底思う。弟君は、自分勝手に受験のストレスをぶつけて。お姉さんは、家事を協力することは一切ないらしくて。オーナーは、深山君の前で怒ったり、言うべきことを子供に伝えなかった。父親は、深山君を嫌って存在そのものを否定した。
学校もそうだ。藤川がいじめて、クラスは見て見ぬふりをして。
もし、こんな環境なら私はどうやって生活しただろう。彼のように死を選んだだろうか。彼のように人とのかかわりを拒んだだろうか。
きっと私も死を選ぶ。
深山君の言うきれいごとの意味が分かった気がする。何も知らないで人を慰めようとするなって言いたいんだ。今の私もきっと氷山の一角しかしらない。それでも、今なら言えることがある。言いたいことがある。
彼の気持ちを少しは軽くできるとかそんな保証なんかない。だけど、彼の傍に寄り添えるとは思うんだ。
彼はもう、脇役じゃなくていい。主人公であっていい。彼らしく生きてくれればいい。
深山君がこれ以上、自分を苦しめないように。
だけど、近くに寄ったらやっぱりやめようかと思った。どんな顔して入ればいいか忘れてしまった。好きな人がいることをオーナーに知られたら……。
やっぱりやめよう。
「あら、七海ちゃん!」
オーナーの声だ。
「ど、どうも」
「最近、来ないから心配したのよー。どう?寄ってく?」
髪の毛をくしゃくしゃにしながら聞いてくる。
「いや……」
「甘いのでも飲んでく?おまけしちゃうよ?」
……おまけ。
「うん」
「どうぞどうぞ。入って」
口車にはめられて、店に入る。やっぱり、今日も人がいない。ここの経営は大丈夫なのだろうか。
「あの、ここって人来るんですか?」
「え?」
「失礼だとは思うんですけど。そのいつも人が来ないなあって」
「時間の問題だよ。人が来ないのはこの時間は本来やってないから。いつも昼間なんだよね」
「……え?」
「たまに、夕方もやってるからね。空いてるときは空けてるし」
「それって」
「個人事業主だから自由なの。たまにやることで特別感出るでしょ?それを狙ってるの」
「で、でも、私が来るときは」
「看板見てないでしょー?いつもはクローズってドアに書いてあるんだよね」
「さ、最初きたときは」
「あの日は、空いてたよ。だけど、次の日くらいから普通に入ってきてびっくりした。まあ、沢山買うしおいしそうに食べるし、問題ないかなあって」
「……な、なんか恥ずかしい」
顔が赤くなるのを感じる。
「さ、何か食べたいものある?」
「ほんとにいいんですか?」
「もちろん」
「……じゃあ、これ」
「その辺の席座ってて。もってくから」
まさか、気にせずに入ってしまっていたとは。もしかして、いつも気づかずに入っていた可能性も。恥ずかしさこの上ない。
経営が悪くならないのは昼間にたくさんの人が来ているから。なら、今度は昼間に行こうかな。
その時は、深山君も……。
だめか。嫌われちゃったし。あんなに拒絶されたのは初めてだし、ショックだし、悲しいし。
「はい、どうぞ!」
「ありがとうございます」
飲み物は甘かった。たぶん、カフェオレの砂糖を多めにしてくれてるんだ。
「甘々ぁ!」
「でしょ」
こんな時でも、ケーキはおいしく感じた。前は、味がしなかったのにどうしてだろうか。
いつもと同じスピードでケーキを平らげた。おいしい。
「ごちそうさまです!」
「いえいえ」
「おいしかったです!」
感謝を伝えた。
「……ねえ、何かあった?」
「え?」
「いつもと違う気がして」
「あ、いや、それはその……」
言うべきだろうか。オーナーに、言ってしまっていいだろうか。……言いたい。
「わかっちゃいます?」
「ほぼ毎日来てたからね。わかるよ」
「……実は、同じクラスの人に嫌われちゃっったかもしれなくて」
「好きな人?」
「……」
「それで」
「……その、演劇部なんですけど、初めて演技に挑戦して。脚本も書かせてもらって。なのに、きれいごとは嫌いだって、意地悪なこと言われて、本人は本心だって言うんです。それで、嫌われたかもって。思いたくないけど、思っちゃって」
「最近、来なかったのは部活だったからかあ。頑張ったね」
なんでだろう、すごく泣きそう。
「その人、夏休みの最後に飛び降りて。それからずっと入院してて。生きてほしいからああいう脚本を書いたのに」
「……」
「一か月間、ずっと昏睡状態で。それからは、リハビリもしているらしいんですけど」
「その子ってさ、深山、って苗字?」
「え、はい。そうですけど、なんでオーナーが?」
「深山海利だよね?」
「はい」
「海利と会ってるの?」
「……はい」
「どうして?いや、どうやって?面会謝絶で、斗真もダメだったのに」
「あの、なんでそのことを?」
弟さんの名前まで。
「親、だから。海利の母親だから」
「……え!?」
オーナーが、母親?嘘?タイミングのおかしな冗談とか?頭が真っ白だ。
「ほんとは、あなたが海利と同じ高校の制服を着てたから許したところもあって。もしかしたら、海利のことも聞けるかもって」
それで仲良くしてくれたとか?それ以上の感情は一切ないとか?
「あなた、海利のこと好きだったのね」
「……バレるなんて」
微笑ましそうに見てくる。
「恥ずかしい話だけど、離婚してからずっとバイトするって海利が言ってたから恋愛とは無縁の高校生活を送るのかもって考えてたから正直、嬉しいわ」
「……深山君は、旧姓ですか?」
ふと気になった。似た面影を感じる人は四宮だった。少し気になっているところだった。
「いや、今の姓よ。昔は、四宮。中学時代の友達は高校進学とともに伝えたらしいから、深山で通ってるかも」
「え、今、四宮って」
「うん、そうよ」
「その人に、会ったかもしれないです」
慌ててもらった名刺を机に置く。
「この人、四宮って言ってて。病室を聞かれて。心理カウンセラーだって言うし、苗字も違うから教えちゃったんです。もしかしたら……」
その人が、深山君の父親で接触した可能性がある。
「大丈夫よ。四宮なんて苗字、沢山いるから」
でも、もしも。
「あのね、お願いしたいことがあるの」
「……お願い?」
「私ね海利のこと、見たつもりになってたって思うの。いつも、彼は何も言わない。だから、毎回味方になったような発言ばっかりしてた。海利はね、きっとこう思ってるの。自分のせいで離婚したんだって。でも違う。本当は、私がスイーツの店を作ることでよくケンカしてたの。リスクもあるし、子供のことはどうするんだって怒ってて。いつも喧嘩しててそれを海利が見てた。だから、怒らせたのかもって思った日が多かったかもしれない。あの人は、海利のことを嫌ってたから。海利がいい成績を収めないからって怒ってて。姉と弟がいるんだけどその二人は運動ができたりでよかったんだけど。海利は、喧嘩の起爆剤みたいになっちゃったの。
だから、お願いしたいの。私が海利に謝る時間が欲しいの。兄弟間のことは斗真に託して、ちゃんと向き合わなかったから海利を追い詰めた。この仕事で売り上げを出していることを伝えてなかったから。海利がバイトに時間を当てたり、家事も全部こなそうとしたり、母代わりに全部任せてしまっていたから」
深山君の環境はすごくつらい場所だと心底思う。弟君は、自分勝手に受験のストレスをぶつけて。お姉さんは、家事を協力することは一切ないらしくて。オーナーは、深山君の前で怒ったり、言うべきことを子供に伝えなかった。父親は、深山君を嫌って存在そのものを否定した。
学校もそうだ。藤川がいじめて、クラスは見て見ぬふりをして。
もし、こんな環境なら私はどうやって生活しただろう。彼のように死を選んだだろうか。彼のように人とのかかわりを拒んだだろうか。
きっと私も死を選ぶ。
深山君の言うきれいごとの意味が分かった気がする。何も知らないで人を慰めようとするなって言いたいんだ。今の私もきっと氷山の一角しかしらない。それでも、今なら言えることがある。言いたいことがある。
彼の気持ちを少しは軽くできるとかそんな保証なんかない。だけど、彼の傍に寄り添えるとは思うんだ。
彼はもう、脇役じゃなくていい。主人公であっていい。彼らしく生きてくれればいい。
深山君がこれ以上、自分を苦しめないように。