昨日、あんなことを言ってしまって早川さんを泣かせたことを謝りたい。そんなこと一度も思わなかった。清々した。やっとうるさいのが消えた。面倒が減った。しゃべらなくて済む。ゆっくり消化してここから飛び降りて僕の人生は幕を閉じる。最低で最悪な人生を終わらせられる。この地獄から解放される。
そう思えば思うほど、死ぬのが怖くなかった。むしろ、早く死にたい。このまま消えてしまえば楽になれる。極楽浄土はなくていい。地獄もない。永久に記憶のない感情のないまさに『無』の中に入れる。死んでも地獄があるとか死ぬ意味がない。極楽浄土に行きたいわけでも天国に行きたいわけでもない。なぜ死んだのにその次の世界でその時間を過ごさなきゃならない。もう十分生きた。どうでもいいくだらない時間を自らの手で消すんだ。それに異論も反論も認めない。
僕はもう生きた。十分だ。人間に感情さえなければこんな風に苦しむことはなかったのに。人間さえいなければよかった。地獄はあの世にあるんじゃない。この世にあるんだ。死んだ方が楽になれるのに、なぜみんなしないのだろうか。
バカバカしい。人のことなんて二度と考えたくない。
「ちっす!久しぶり!」
「昨日、あっただろうが」
なぜ、早川さんが来なくなったと思ったら中野が来るんだ。まじで意味が分からん。
「今日の授業のノート見たいか?」
「ノート、取ってんだ」
「流石に、二学期なんだし寝てねえぞ」
一学期でも寝るべきじゃないんですけど。むしろ、入学して初めての授業で寝てるやつの評価はこれ以上上がらないと思うんだが。
「いやあ、昨日の演劇はよかったよな」
「またその話?」
昨日に引き続きこの話をするのは嫌だぞ。
「いや、答え合わせってとこかな。昨日は、俺に合わせてた?」
「……」
「俺に合わせて演劇がよかったって言った?本心は?」
「何を急に」
「違うんでしょ」
「……」
「早川に言ったんだろ。嫌いだって」
「……」
昨日の今日で、今日知ったのかそれとも昨日のうちに知ったのか。
「なあ、教えてくれよ。ほんとは好きじゃなかったのか?」
「……さあ」
「とぼけんな。早川に何を言ったんだ。あいつがどれだけ部活を真剣にやって来たかわかるか?」
「真剣にやってれば、多少のセリフは許されると?」
「は?何が言いたいんだよ」
「真剣にやれば、デリケートな話に触れた脚本を作っていいと?」
「……創作だろ。それに文句を言い始めたら何も見れないだろ」
「あんだけきれいごとばかりの脚本で、賞を取ろうなんて馬鹿げてる。だから、賞が取れないんだ」
「賞が取れない?……何の話だよ」
「……本人が言ってたろ。お前もそれは知ってんだろ」
賞を逃したって本人が言った。それは、今日にでも聞かされるはずだ。
「いや、賞はとったぞ?早川がそんなこと言ったのか?」
「……は?いや、本人が言ったんだって。まさか、本当はとってたって言いたいのか?冗談じゃない」
「冗談のつもりで言ったとか?お前、早川と何があったんだよ」
何って、なんでお前に言わなきゃならないんだ。言いたくなんかない。
「ここにいたんだ」
扉が開いた先にいたのは、一番会いたくない存在だった。喧嘩の最中に邪魔しやがって。
「……え、誰」
目の前にいる父親と会わせちゃいけない。
「な、中野。悪いけど、帰ってくれないか」
「……誰?」
「良いから、早く」
想像以上に声のトーンが下がっていた。声のトーンで状況が把握できたのか渋々といった感じで出て行った。
「今のも高校の同級生?」
「……」
「返事くらいしたらどうなんですか」
「……はい」
「あれから連絡しても既読すらつかないから心配して来たと思えば面会謝絶。連絡は無視。これでもあなたの父さんなんです。心配くらいします。なぜ、でないんですか」
なんで、父親がここにいるんだ。誰が教えた?いや、教えれる人なんてどこにもいないはず。中野だってさっき来た。早川さんとだって接触したわけじゃないはず。家族だって会えないようにしてる。じゃあ、どうやってここを突き止めたんだ。
三島ナースか?
「怪我は?もう大丈夫なんですか?」
「はい」
「病院に迷惑かけて。家族にも迷惑かけて。学校にも迷惑かけて。謝ることになるのは親なんです。それをわかっててやったんですか?」
「……」
「答えなさい」
「い、いいえ」
「迷惑になることを高校生になっても理解できないのか。はぁ。どうしてこうもバカなんだ。姉さんも斗真もみんな勉強できて運動もできる。学校で結果を出しているのにお前だけは、何もできないのか。できることといえば、マンションから飛び降りること。死ぬことまではできない。いつまでも中途半端だな」
「死んだらいいって言ったのは父さん……じゃ、ないですか……」
「あ?」
「い、いや」
「父さんが悪いのか?父さんがお前を殺したとでもいうのか?なんだ、そうなのか?言ってみろ。自分の言葉でしっかりしゃべれや」
しまった。終わった。殴られる。怒られる。怖い。やめろ。もう、話したくない。顔も見たくない。やめろ、やめろやめろやめろ。
「お前、こっち来いよ。ベットに座ってねえで」
首を掴まれてベットから引きづり降ろされる。壁に突き飛ばされる。上には窓がある。
全身に痛みが走って、バランスを崩した。床に倒れた刹那、腹を蹴り上げられた。
「うっ……!」
全身に激痛が走った。
「父さんが悪いのか?離婚したのも、お前がしっかり成長しないのも。全部、俺が悪いんか?違うだろ。お前が、全部悪いんだ。離婚したのもお前が、男となんかと付き合わなきゃいい話だろ。お前が普通に育てばいい。お前が変なことしてなければよかった。お前が俺を恨む?見当違いだ。お前は恨まれる側だ。お前さえ生まなければみんながいい思いをした。あんたの母親が怒ることもない。穏やかだったはず。姉さんも今まで通りだったはずだ。斗真だって受験生だというのに勉強に集中できていないらしい。誰のせいだ。お前のせいでしかないんだよ。お前がいなければよかっただろ。お前が自分のことをいらないなんて言わなければよかった話だろ。それで、一言俺に言われたくらいで文句言うのか?どの面でそんなこと言ってんだ。俺たち親に衣食住を与えられた恩恵も忘れて死にたいなんぞ言わなければよかった話だろ。違うか?そんなんで面会謝絶?一人用の病室?どれだけ人様に迷惑かけんだ、クソガキか?お前みたいなやつは社会のお荷物だ。社会不適合者なんか死んで当然だ。お前なんか生まれてくるべきじゃない。おまえなんか死ねばいい。家族はみんなそう思ってる。母親だって生まなきゃよかったって後悔してる。お前は、周りを不幸にしているだけだ。さっさと死ねばいい。悪霊でしかないんだよ!」
父親の足が僕の腹を何度も蹴る。蹴って蹴って蹴られまくって。思わず、せき込んで。容赦なく蹴られて。抵抗する力もなくて床にくたばって。その言葉を聞くたびに顔を見るたびに忘れたい過去を思い出して。迷惑人だということをひたすら再認識して邪魔なんだと頭の中で繰り返して。
「お前みたいなやつのために確実に死ねる場所がある。ここが七階なのはそういう意味だろ。病院もお前を味方してない」
ああ、そうだよな。みんな手を伸ばすふりをしてるだけ。僕は、それを全部引き離して。だけど、一番迷惑している人たちに目を向けてなくて。
父親は、窓を全開にした。風がビュービュー入ってくる。
「アシストはしてやったから。あとは、飛び込め。やっと今までの悪行を償えるな」
確かに。死ねる。やっと、死ぬ。ここから、飛び降りれば死ぬ。なんだ、もっと早くからやっておけばよかったじゃないか。
父親は、病室を出て行った。
準備してくれたんだ。有難くこのまま飛び降りてしまおう。一番かわいそうなのは僕なんかじゃない。こんなやつの周りにいる人たちだ。早川さんだ。中野だ。家族だ。病院だ。学校だ。
「僕は、邪魔だ……」
はっきりした。やっと僕にぴったりの言葉が見つかった。『邪魔』だ。だから、こうやってみんなから言われ続ける。元から望まれていない人なんだ。
壁を伝ってフラフラな足で窓に向かう。
死ねばいい。死んでしまえばいい。これが、みんなの望むことで僕の望むこと。死にきれなかったからみんなに迷惑かけた。ならば、ここで死ねばもう迷惑はかけない。どうせ、いつかは死ぬんだ。今、死ねばいい。死んだら答えが見つかる。答えの証明がこの後されるはずだ。昔話と同様に悪は倒されることで喜ばれる。
窓に這いつくばる。ためらうことなく、死ぬ。死んでやる。この邪魔者を自らの手で排除する。
もともと僕はヴィランで父親たちはヒーローだ。僕は、圧倒的な悪。異端者。愚か者。人と違ったからこうなった。ただ男と付き合っただけ。ただ人より学習能力が低かっただけ。ただ人より才能がなかっただけ。
もう十分、ヴィランだ。みんなが邪魔だと思ったものは敵だ。僕もその対象になっただけ。もとからこんな運命だ。遅くても学校でいじめられたタイミングで気づくべきだった。
ただ真面目に迷惑かけずに生きたつもりだったけど、ちょっとしたことで迷惑に思われて、人から好印象だったわけでもなくて。
僕の気持ちに同情してほしいなんて思ったから。だけど、それはそれで苛立ちを覚えて。
真面目な奴が報われないなんて思ったけど、僕はもとから真面目じゃない。
みんながみんな思ってる。人は、周りと違うやつを悪とする。僕は、悪。敵。
外に体重を傾ける。体力がないからこんな方法しかない。だが、足は浮いた。よし、このままいくんだ。あとは落ちるだけ。上半身が下を向く。あとは下半身。もう少し。あと、もう少し。死ねる。やっと死ねる。このまま死ぬんだ。
下半身が外に出かけた刹那、体が乱暴に病室へと投げ入れられた。
何が起きたのかわからない。体がへなへなで床に倒れてしまった。窓は勢いよく閉められた。
なんで?あともう少しで死ねたじゃないか。何で止める必要がある。なんで、死なせてくれない。なんで、僕みたいなやつが生きるんだ。もう生きていたくないんだ。死なせてくれ。こんな世界で生きたくない。死にたい。消えたい。何もない場所に連れてってくれよ。
「なんで……」
なんで、あともう少しだったのに。誰がこんなこと……。
「三島、さん……?」
僕の顔の前に来たのは、三島ナースだった。
「なんで……?なんで、死なせてくれないの?僕の最後の意思くらい尊重させてくれよ。ならせめて、良心で絞め殺してくれよ」
「……疲れてるのよ。ベットでおやすみなさい」
「おかしい。安楽死でいい。安楽死でいいから殺してくれ。いいじゃん。僕の意思だ。死ぬくらい良いじゃないか。ダメなのかよ。あともう少しだったのに」
縋るように腕にしがみつく。あなたがいるなら今このまま窓の外に投げ出して。
のぞみは叶うことなく、体を起こされて、されるがままにベットに横になった。
「水でも飲みなさい。頭が回ってないのよ」
「どうでもいい。もう、こんなことしなくていいから」
「……誰か来たの?」
「僕は、邪魔ものだ。死ねばいい。みんな、迷惑してんだから」
「来たのね。これ、食べてなさい。また来るから」
なんで、誰も僕を死なせてくれないんだ。
あの時だって、五階から飛び降りたというのに誰かが助けて病院に連れてって。どういうわけか生きてて。こんなやつが生きてていいわけないのに。生きてていいのは、優しい奴だけだ。そう、例えば、早川さんみたいな人だ。本当はわかっているはずなのに。
……僕は、いつになったら死ねるんだろうか。
そう思えば思うほど、死ぬのが怖くなかった。むしろ、早く死にたい。このまま消えてしまえば楽になれる。極楽浄土はなくていい。地獄もない。永久に記憶のない感情のないまさに『無』の中に入れる。死んでも地獄があるとか死ぬ意味がない。極楽浄土に行きたいわけでも天国に行きたいわけでもない。なぜ死んだのにその次の世界でその時間を過ごさなきゃならない。もう十分生きた。どうでもいいくだらない時間を自らの手で消すんだ。それに異論も反論も認めない。
僕はもう生きた。十分だ。人間に感情さえなければこんな風に苦しむことはなかったのに。人間さえいなければよかった。地獄はあの世にあるんじゃない。この世にあるんだ。死んだ方が楽になれるのに、なぜみんなしないのだろうか。
バカバカしい。人のことなんて二度と考えたくない。
「ちっす!久しぶり!」
「昨日、あっただろうが」
なぜ、早川さんが来なくなったと思ったら中野が来るんだ。まじで意味が分からん。
「今日の授業のノート見たいか?」
「ノート、取ってんだ」
「流石に、二学期なんだし寝てねえぞ」
一学期でも寝るべきじゃないんですけど。むしろ、入学して初めての授業で寝てるやつの評価はこれ以上上がらないと思うんだが。
「いやあ、昨日の演劇はよかったよな」
「またその話?」
昨日に引き続きこの話をするのは嫌だぞ。
「いや、答え合わせってとこかな。昨日は、俺に合わせてた?」
「……」
「俺に合わせて演劇がよかったって言った?本心は?」
「何を急に」
「違うんでしょ」
「……」
「早川に言ったんだろ。嫌いだって」
「……」
昨日の今日で、今日知ったのかそれとも昨日のうちに知ったのか。
「なあ、教えてくれよ。ほんとは好きじゃなかったのか?」
「……さあ」
「とぼけんな。早川に何を言ったんだ。あいつがどれだけ部活を真剣にやって来たかわかるか?」
「真剣にやってれば、多少のセリフは許されると?」
「は?何が言いたいんだよ」
「真剣にやれば、デリケートな話に触れた脚本を作っていいと?」
「……創作だろ。それに文句を言い始めたら何も見れないだろ」
「あんだけきれいごとばかりの脚本で、賞を取ろうなんて馬鹿げてる。だから、賞が取れないんだ」
「賞が取れない?……何の話だよ」
「……本人が言ってたろ。お前もそれは知ってんだろ」
賞を逃したって本人が言った。それは、今日にでも聞かされるはずだ。
「いや、賞はとったぞ?早川がそんなこと言ったのか?」
「……は?いや、本人が言ったんだって。まさか、本当はとってたって言いたいのか?冗談じゃない」
「冗談のつもりで言ったとか?お前、早川と何があったんだよ」
何って、なんでお前に言わなきゃならないんだ。言いたくなんかない。
「ここにいたんだ」
扉が開いた先にいたのは、一番会いたくない存在だった。喧嘩の最中に邪魔しやがって。
「……え、誰」
目の前にいる父親と会わせちゃいけない。
「な、中野。悪いけど、帰ってくれないか」
「……誰?」
「良いから、早く」
想像以上に声のトーンが下がっていた。声のトーンで状況が把握できたのか渋々といった感じで出て行った。
「今のも高校の同級生?」
「……」
「返事くらいしたらどうなんですか」
「……はい」
「あれから連絡しても既読すらつかないから心配して来たと思えば面会謝絶。連絡は無視。これでもあなたの父さんなんです。心配くらいします。なぜ、でないんですか」
なんで、父親がここにいるんだ。誰が教えた?いや、教えれる人なんてどこにもいないはず。中野だってさっき来た。早川さんとだって接触したわけじゃないはず。家族だって会えないようにしてる。じゃあ、どうやってここを突き止めたんだ。
三島ナースか?
「怪我は?もう大丈夫なんですか?」
「はい」
「病院に迷惑かけて。家族にも迷惑かけて。学校にも迷惑かけて。謝ることになるのは親なんです。それをわかっててやったんですか?」
「……」
「答えなさい」
「い、いいえ」
「迷惑になることを高校生になっても理解できないのか。はぁ。どうしてこうもバカなんだ。姉さんも斗真もみんな勉強できて運動もできる。学校で結果を出しているのにお前だけは、何もできないのか。できることといえば、マンションから飛び降りること。死ぬことまではできない。いつまでも中途半端だな」
「死んだらいいって言ったのは父さん……じゃ、ないですか……」
「あ?」
「い、いや」
「父さんが悪いのか?父さんがお前を殺したとでもいうのか?なんだ、そうなのか?言ってみろ。自分の言葉でしっかりしゃべれや」
しまった。終わった。殴られる。怒られる。怖い。やめろ。もう、話したくない。顔も見たくない。やめろ、やめろやめろやめろ。
「お前、こっち来いよ。ベットに座ってねえで」
首を掴まれてベットから引きづり降ろされる。壁に突き飛ばされる。上には窓がある。
全身に痛みが走って、バランスを崩した。床に倒れた刹那、腹を蹴り上げられた。
「うっ……!」
全身に激痛が走った。
「父さんが悪いのか?離婚したのも、お前がしっかり成長しないのも。全部、俺が悪いんか?違うだろ。お前が、全部悪いんだ。離婚したのもお前が、男となんかと付き合わなきゃいい話だろ。お前が普通に育てばいい。お前が変なことしてなければよかった。お前が俺を恨む?見当違いだ。お前は恨まれる側だ。お前さえ生まなければみんながいい思いをした。あんたの母親が怒ることもない。穏やかだったはず。姉さんも今まで通りだったはずだ。斗真だって受験生だというのに勉強に集中できていないらしい。誰のせいだ。お前のせいでしかないんだよ。お前がいなければよかっただろ。お前が自分のことをいらないなんて言わなければよかった話だろ。それで、一言俺に言われたくらいで文句言うのか?どの面でそんなこと言ってんだ。俺たち親に衣食住を与えられた恩恵も忘れて死にたいなんぞ言わなければよかった話だろ。違うか?そんなんで面会謝絶?一人用の病室?どれだけ人様に迷惑かけんだ、クソガキか?お前みたいなやつは社会のお荷物だ。社会不適合者なんか死んで当然だ。お前なんか生まれてくるべきじゃない。おまえなんか死ねばいい。家族はみんなそう思ってる。母親だって生まなきゃよかったって後悔してる。お前は、周りを不幸にしているだけだ。さっさと死ねばいい。悪霊でしかないんだよ!」
父親の足が僕の腹を何度も蹴る。蹴って蹴って蹴られまくって。思わず、せき込んで。容赦なく蹴られて。抵抗する力もなくて床にくたばって。その言葉を聞くたびに顔を見るたびに忘れたい過去を思い出して。迷惑人だということをひたすら再認識して邪魔なんだと頭の中で繰り返して。
「お前みたいなやつのために確実に死ねる場所がある。ここが七階なのはそういう意味だろ。病院もお前を味方してない」
ああ、そうだよな。みんな手を伸ばすふりをしてるだけ。僕は、それを全部引き離して。だけど、一番迷惑している人たちに目を向けてなくて。
父親は、窓を全開にした。風がビュービュー入ってくる。
「アシストはしてやったから。あとは、飛び込め。やっと今までの悪行を償えるな」
確かに。死ねる。やっと、死ぬ。ここから、飛び降りれば死ぬ。なんだ、もっと早くからやっておけばよかったじゃないか。
父親は、病室を出て行った。
準備してくれたんだ。有難くこのまま飛び降りてしまおう。一番かわいそうなのは僕なんかじゃない。こんなやつの周りにいる人たちだ。早川さんだ。中野だ。家族だ。病院だ。学校だ。
「僕は、邪魔だ……」
はっきりした。やっと僕にぴったりの言葉が見つかった。『邪魔』だ。だから、こうやってみんなから言われ続ける。元から望まれていない人なんだ。
壁を伝ってフラフラな足で窓に向かう。
死ねばいい。死んでしまえばいい。これが、みんなの望むことで僕の望むこと。死にきれなかったからみんなに迷惑かけた。ならば、ここで死ねばもう迷惑はかけない。どうせ、いつかは死ぬんだ。今、死ねばいい。死んだら答えが見つかる。答えの証明がこの後されるはずだ。昔話と同様に悪は倒されることで喜ばれる。
窓に這いつくばる。ためらうことなく、死ぬ。死んでやる。この邪魔者を自らの手で排除する。
もともと僕はヴィランで父親たちはヒーローだ。僕は、圧倒的な悪。異端者。愚か者。人と違ったからこうなった。ただ男と付き合っただけ。ただ人より学習能力が低かっただけ。ただ人より才能がなかっただけ。
もう十分、ヴィランだ。みんなが邪魔だと思ったものは敵だ。僕もその対象になっただけ。もとからこんな運命だ。遅くても学校でいじめられたタイミングで気づくべきだった。
ただ真面目に迷惑かけずに生きたつもりだったけど、ちょっとしたことで迷惑に思われて、人から好印象だったわけでもなくて。
僕の気持ちに同情してほしいなんて思ったから。だけど、それはそれで苛立ちを覚えて。
真面目な奴が報われないなんて思ったけど、僕はもとから真面目じゃない。
みんながみんな思ってる。人は、周りと違うやつを悪とする。僕は、悪。敵。
外に体重を傾ける。体力がないからこんな方法しかない。だが、足は浮いた。よし、このままいくんだ。あとは落ちるだけ。上半身が下を向く。あとは下半身。もう少し。あと、もう少し。死ねる。やっと死ねる。このまま死ぬんだ。
下半身が外に出かけた刹那、体が乱暴に病室へと投げ入れられた。
何が起きたのかわからない。体がへなへなで床に倒れてしまった。窓は勢いよく閉められた。
なんで?あともう少しで死ねたじゃないか。何で止める必要がある。なんで、死なせてくれない。なんで、僕みたいなやつが生きるんだ。もう生きていたくないんだ。死なせてくれ。こんな世界で生きたくない。死にたい。消えたい。何もない場所に連れてってくれよ。
「なんで……」
なんで、あともう少しだったのに。誰がこんなこと……。
「三島、さん……?」
僕の顔の前に来たのは、三島ナースだった。
「なんで……?なんで、死なせてくれないの?僕の最後の意思くらい尊重させてくれよ。ならせめて、良心で絞め殺してくれよ」
「……疲れてるのよ。ベットでおやすみなさい」
「おかしい。安楽死でいい。安楽死でいいから殺してくれ。いいじゃん。僕の意思だ。死ぬくらい良いじゃないか。ダメなのかよ。あともう少しだったのに」
縋るように腕にしがみつく。あなたがいるなら今このまま窓の外に投げ出して。
のぞみは叶うことなく、体を起こされて、されるがままにベットに横になった。
「水でも飲みなさい。頭が回ってないのよ」
「どうでもいい。もう、こんなことしなくていいから」
「……誰か来たの?」
「僕は、邪魔ものだ。死ねばいい。みんな、迷惑してんだから」
「来たのね。これ、食べてなさい。また来るから」
なんで、誰も僕を死なせてくれないんだ。
あの時だって、五階から飛び降りたというのに誰かが助けて病院に連れてって。どういうわけか生きてて。こんなやつが生きてていいわけないのに。生きてていいのは、優しい奴だけだ。そう、例えば、早川さんみたいな人だ。本当はわかっているはずなのに。
……僕は、いつになったら死ねるんだろうか。