深山君が、演劇を見に来てくれたことすごくうれしかった。演技に集中しててどこにいたのかわからなかったけど。中野が、好評だったって言ってたし、来たことも連絡くれてたからニヤけが止まらなかった。大会が終わって、すぐに病院まで親に送ってもらった。大会は、現地集合だったから車で送ってもらったからだ。
まずはお礼を言わないと。それで、感想を知りたい。もし生きたいって思ってくれたら良いな、なんて思ってた。
深山君が寝ていた一か月間、中野にも協力してもらって深山君のバイト先に行ってどんな人だったか聞いた。バイト先の人はその時、入院していることを知ったらしい。
弟君もあの後も何度か会ってたからそこで話を聞いた。
優しいお兄さんで、優しいアルバイトスタッフ。
だけど、それなりに問題も抱えてて。学校も家族も。どっちが一番つらいのかなんて本人から聞いたわけじゃないからわからない。
そもそも、深山君に聞けるわけないじゃない。なんで死にたいと思ったのかなんて聞いても場の空気が悪くなりそうで話を変えた。
ムカムカする。偽善者だのきれいごとだのそれも演技なんだろとか。すっごく腹立つ。
しかもこんな日に限って雨だし。親には、病院には長くいるかもしれないからって帰らせた。
何よりムカついたのは意地悪じゃなくて本心って言われたことだ。できれば、何も言わないでほしかった。本心じゃないって否定できたかもしれないのに。
中野にLINEする。乱暴な言葉づかいで。
『違った!深山君、全然好評じゃなかった!嘘つくな!なんで、こんな悲しくなるのよ!うざい!うるさい!』
すぐに既読がつく。
『今どこ?』
『病院から歩いて帰ってる』
なぜこんな返信をしたのか。
『今から、向かう』
来なくていい。こんな雨の中、泣いてる女のところに来なくていいから。元から嫌われ者だ。取り繕ってるだけ。
だけど、なんで、あんな言われ方しなきゃならないの!脚本だってうまく出来上がって、顧問もみんなも良いって言ってくれたのに。先輩に関しては申し分なしだったのに。賞だって取れた!少しだましてやろうと思っただけなのに、あんな言い方して!あんなに言われるなら最初っから受賞したよって言えばよかった。
もう、最悪。雨なら傘持ってこればよかった。ずぶ濡れだし。嫌になる。頑張って化粧したのにこれじゃあ、取れるじゃない。髪の毛だってこの日のためにいつも以上に手入れしたのに。
あんな男……。
「早川」
前にいたのは、中野だ。傘までさして。息を切らしてるから走って来たんだろうけど……。
「来ないでよ!!」
涙なんか見せたくない。
「嘘だったじゃん!みんなして深山君は私のこと好きだって言ってたくせに!だから、私だってアタックできたのに!嘘つき!!」
思わず、顔を下に向ける。もう、嫌だ。
「とにかく、濡れるから入れよ」
小走りに駆け寄った中野の体を突き放す。
「来ないでってば!!」
勢いに負けたのか当たった場所が傘で飛んでいった。中野まで濡れていく。
「私だけ想いあがってバカみたいじゃん!一緒にいれば、何かわかるかもとか。一緒にいれば、少しは味方になれるかもとか。全部、自分勝手!エゴだったんだよ!そんな風に思われてるんなら最初っからこんなことしなかった!こんなブスと一緒にいたいわけないもん!ちゃんと考えればよかったんだ!こんな女じゃなかったら」
「早川……」
「深山君に嫌われたくなかった……っ!」
手で顔を隠した。見られたくない。こんな姿。こんな顔。こんな気持ち。
「……」
「なんで来たの……。来なくていいよ……。帰ってよ……」
「……濡れるぞ。近くまで送る」
それだけ言って、中野は別れるまで話すことはなかった。ただ黙って隣を歩くだけだった。
涙を流しながらでも、気に掛けることもなく。それが心地よかった。
「傘、使うか?」
分かれ道で、そう聞かれた。
「いらない。どうせ、風呂入るし」
「……そう。じゃあな」
私に振り替えることもなく、中野は帰っていった。
雨は、ますます強くなっていった。走る気力もなくて濡れながら家に到着した。
雨に濡れすぎたせいか、次の日、私は、熱を出して三日寝込んだ。
熱が引いて、学校に行った。気持ちは晴れないけど体は晴れたように元気なので行くしかない。
相変わらず、藤川は学校に来ていない。
そう、あれは確か、クラスメイト全員が事情聴取を受けてからだ。何があったのかはまるで分ってないし、仲のいいはずの太田もほかの友達と話すくらいで藤川については何も話さない。先生も同様に話していない。
こうも二か月以上来ないと藤川と仲のいい人たちは心配している。というよりは、気になっているだけで心配しているようには見えないけど。太田だってその一人だからきっとほかもそうなんだと思う。
それに、一学期よりも雰囲気が良くなっているようにも見える。ピリッとした空気感がそこにはない。
これも全部、深山君のおかげなんだろうか。自殺を図ることで誰かが告げ口。警察が動くほどのことがあって事情聴取。
……聞いてた話と違う。
深山君が自殺を図ったから警察が来て事情聴取を受けたはず。なのに、私の推論だと警察は事件だとして考えていることになる。子供が自殺しても執拗に生徒に話を聞くのか。藤川が警察に今も話を聞かれてるならそれは事件だとみても不思議じゃない。先生も何も言わないし、間違いではないのかな。
『周りが言っただけの僕なんてただの偽物だ』
これもまた偽物。私は、今見てるものさえも偽物なのかもしれない。みんな何かの仮面をつけて。みんな何かを歪曲してみていて。みんな何かに偏見を持ちながら。
これだってただの憶測だ。警察から聞いた話でも先生から聞いた話でもないんだ。
部活も大会が終わって、今週は休みなので暇だ。病院に行っても謝ったところで話を聞いてもらえるわけがない。
今日は、中野は話しかけに来なかった。気を使ってくれたんだ。
部活の人たちも気にかけてくれた。クラスの友達も。だけどまさか、深山君に会っていて、嫌われたかもしれないなんて言えるわけがない。
こういうとき、大人はお酒でも飲んで忘れようとするんだろう。だけど、未成年だ。高校生だ。そんなことできるわけがない。
ならば、スイーツでも食べようか。いや、オーナーにこんなこと言ってしまいたくはない。
「……なんで、来ちゃったんだ」
ついたのは病院だった。習慣づいてしまった可能性がある。
「バカだ、私」
ため息が出た。帰ろう。どうせ、会っても気まずいだけだし。
なぜだか、受付の方まで来てしまったが引き返した。
「あの、すみません」
そんな声に顔を上げる。
「海利って高校生この病院にいます?」
何だこの人。怪しい。
「……」
「すみません、いきなり。実は、心理カウンセラーとして呼ばれてまして。場所がわからないので知っていれば教えていただきたいなと。同じ高校の制服を着てらしたんで、声をかけたんですが……。知り合いとかではないですか?」
「つい最近、嫌われましたけど」
何を言ってるんだ私は。この男性に変なこと言わなくても。
「そうだったんですね。それは、大変苦しいものがあったと思います。失礼ですが、病院で会ったことは?」
「ありますけど」
「よろしければ、病室とかお尋ねしてもいいですか?連絡がつかないのでどうしようもなくて」
一見、心理カウンセラーのような人には見えないけど。どことなくスマートでビジネス的な印象がある人だけれど。
「……ほんとに、心理カウンセラー?」
「ええ。名刺、渡しておきましょうかね」
名刺入れから名刺を取り出し、私に渡してきた。名は、四宮勇作らしい。
「信じていただけましたかね?」
「……703です」
「ありがとうございます。あなたは、これから703に行きますか?」
「行かないです」
「そうですか。時間を取ってしまってすみません。ありがとうございます」
四宮さんはエレベーターで行ってしまった。
どこか誰かの面影を感じる。気のせいだと思うけれど。
私は、帰ろう。どうせ、嫌われてるわけだし。
まずはお礼を言わないと。それで、感想を知りたい。もし生きたいって思ってくれたら良いな、なんて思ってた。
深山君が寝ていた一か月間、中野にも協力してもらって深山君のバイト先に行ってどんな人だったか聞いた。バイト先の人はその時、入院していることを知ったらしい。
弟君もあの後も何度か会ってたからそこで話を聞いた。
優しいお兄さんで、優しいアルバイトスタッフ。
だけど、それなりに問題も抱えてて。学校も家族も。どっちが一番つらいのかなんて本人から聞いたわけじゃないからわからない。
そもそも、深山君に聞けるわけないじゃない。なんで死にたいと思ったのかなんて聞いても場の空気が悪くなりそうで話を変えた。
ムカムカする。偽善者だのきれいごとだのそれも演技なんだろとか。すっごく腹立つ。
しかもこんな日に限って雨だし。親には、病院には長くいるかもしれないからって帰らせた。
何よりムカついたのは意地悪じゃなくて本心って言われたことだ。できれば、何も言わないでほしかった。本心じゃないって否定できたかもしれないのに。
中野にLINEする。乱暴な言葉づかいで。
『違った!深山君、全然好評じゃなかった!嘘つくな!なんで、こんな悲しくなるのよ!うざい!うるさい!』
すぐに既読がつく。
『今どこ?』
『病院から歩いて帰ってる』
なぜこんな返信をしたのか。
『今から、向かう』
来なくていい。こんな雨の中、泣いてる女のところに来なくていいから。元から嫌われ者だ。取り繕ってるだけ。
だけど、なんで、あんな言われ方しなきゃならないの!脚本だってうまく出来上がって、顧問もみんなも良いって言ってくれたのに。先輩に関しては申し分なしだったのに。賞だって取れた!少しだましてやろうと思っただけなのに、あんな言い方して!あんなに言われるなら最初っから受賞したよって言えばよかった。
もう、最悪。雨なら傘持ってこればよかった。ずぶ濡れだし。嫌になる。頑張って化粧したのにこれじゃあ、取れるじゃない。髪の毛だってこの日のためにいつも以上に手入れしたのに。
あんな男……。
「早川」
前にいたのは、中野だ。傘までさして。息を切らしてるから走って来たんだろうけど……。
「来ないでよ!!」
涙なんか見せたくない。
「嘘だったじゃん!みんなして深山君は私のこと好きだって言ってたくせに!だから、私だってアタックできたのに!嘘つき!!」
思わず、顔を下に向ける。もう、嫌だ。
「とにかく、濡れるから入れよ」
小走りに駆け寄った中野の体を突き放す。
「来ないでってば!!」
勢いに負けたのか当たった場所が傘で飛んでいった。中野まで濡れていく。
「私だけ想いあがってバカみたいじゃん!一緒にいれば、何かわかるかもとか。一緒にいれば、少しは味方になれるかもとか。全部、自分勝手!エゴだったんだよ!そんな風に思われてるんなら最初っからこんなことしなかった!こんなブスと一緒にいたいわけないもん!ちゃんと考えればよかったんだ!こんな女じゃなかったら」
「早川……」
「深山君に嫌われたくなかった……っ!」
手で顔を隠した。見られたくない。こんな姿。こんな顔。こんな気持ち。
「……」
「なんで来たの……。来なくていいよ……。帰ってよ……」
「……濡れるぞ。近くまで送る」
それだけ言って、中野は別れるまで話すことはなかった。ただ黙って隣を歩くだけだった。
涙を流しながらでも、気に掛けることもなく。それが心地よかった。
「傘、使うか?」
分かれ道で、そう聞かれた。
「いらない。どうせ、風呂入るし」
「……そう。じゃあな」
私に振り替えることもなく、中野は帰っていった。
雨は、ますます強くなっていった。走る気力もなくて濡れながら家に到着した。
雨に濡れすぎたせいか、次の日、私は、熱を出して三日寝込んだ。
熱が引いて、学校に行った。気持ちは晴れないけど体は晴れたように元気なので行くしかない。
相変わらず、藤川は学校に来ていない。
そう、あれは確か、クラスメイト全員が事情聴取を受けてからだ。何があったのかはまるで分ってないし、仲のいいはずの太田もほかの友達と話すくらいで藤川については何も話さない。先生も同様に話していない。
こうも二か月以上来ないと藤川と仲のいい人たちは心配している。というよりは、気になっているだけで心配しているようには見えないけど。太田だってその一人だからきっとほかもそうなんだと思う。
それに、一学期よりも雰囲気が良くなっているようにも見える。ピリッとした空気感がそこにはない。
これも全部、深山君のおかげなんだろうか。自殺を図ることで誰かが告げ口。警察が動くほどのことがあって事情聴取。
……聞いてた話と違う。
深山君が自殺を図ったから警察が来て事情聴取を受けたはず。なのに、私の推論だと警察は事件だとして考えていることになる。子供が自殺しても執拗に生徒に話を聞くのか。藤川が警察に今も話を聞かれてるならそれは事件だとみても不思議じゃない。先生も何も言わないし、間違いではないのかな。
『周りが言っただけの僕なんてただの偽物だ』
これもまた偽物。私は、今見てるものさえも偽物なのかもしれない。みんな何かの仮面をつけて。みんな何かを歪曲してみていて。みんな何かに偏見を持ちながら。
これだってただの憶測だ。警察から聞いた話でも先生から聞いた話でもないんだ。
部活も大会が終わって、今週は休みなので暇だ。病院に行っても謝ったところで話を聞いてもらえるわけがない。
今日は、中野は話しかけに来なかった。気を使ってくれたんだ。
部活の人たちも気にかけてくれた。クラスの友達も。だけどまさか、深山君に会っていて、嫌われたかもしれないなんて言えるわけがない。
こういうとき、大人はお酒でも飲んで忘れようとするんだろう。だけど、未成年だ。高校生だ。そんなことできるわけがない。
ならば、スイーツでも食べようか。いや、オーナーにこんなこと言ってしまいたくはない。
「……なんで、来ちゃったんだ」
ついたのは病院だった。習慣づいてしまった可能性がある。
「バカだ、私」
ため息が出た。帰ろう。どうせ、会っても気まずいだけだし。
なぜだか、受付の方まで来てしまったが引き返した。
「あの、すみません」
そんな声に顔を上げる。
「海利って高校生この病院にいます?」
何だこの人。怪しい。
「……」
「すみません、いきなり。実は、心理カウンセラーとして呼ばれてまして。場所がわからないので知っていれば教えていただきたいなと。同じ高校の制服を着てらしたんで、声をかけたんですが……。知り合いとかではないですか?」
「つい最近、嫌われましたけど」
何を言ってるんだ私は。この男性に変なこと言わなくても。
「そうだったんですね。それは、大変苦しいものがあったと思います。失礼ですが、病院で会ったことは?」
「ありますけど」
「よろしければ、病室とかお尋ねしてもいいですか?連絡がつかないのでどうしようもなくて」
一見、心理カウンセラーのような人には見えないけど。どことなくスマートでビジネス的な印象がある人だけれど。
「……ほんとに、心理カウンセラー?」
「ええ。名刺、渡しておきましょうかね」
名刺入れから名刺を取り出し、私に渡してきた。名は、四宮勇作らしい。
「信じていただけましたかね?」
「……703です」
「ありがとうございます。あなたは、これから703に行きますか?」
「行かないです」
「そうですか。時間を取ってしまってすみません。ありがとうございます」
四宮さんはエレベーターで行ってしまった。
どこか誰かの面影を感じる。気のせいだと思うけれど。
私は、帰ろう。どうせ、嫌われてるわけだし。