検査が終わった。左足のギプスは外れることになった。久々の左足の感覚は気持ち悪い。軽いし、床に足がつくし固定されてないし。これが、開放感なのかと思うとむしろ吐き気がした。ついで、左腕のギプスも外れた。これにも吐き気がした。もっと締め上げられるくらいの閉鎖的なものが僕にはあっているのかもしれないとなんとなく思ってしまった。なぜ、そんなことを医師の話を聞いているときに思ったのかは僕でもわからない。
 三島ナースは、車椅子に座る僕を病室まで送ってくれるらしい。プライドもくそもないせいでどうだってよくなっていた。
 僕はまだ体自体は安静にしていないといけないらしい。飛び降りたことで臓器にダメージがあってそれで手術をしたからだ。立ってもいいが走るなと。脳への刺激はその日のうちに対処していたらしい。知らんかった。
「よかったね。これで、少しは動きやすくなったんじゃない?」
「そうですね。あとは、右足ですね」
 右足のギプスもなくなったら、その時は今日と同じような感想を抱くのだろうか。
 病室がにぎわっている。おかしい。ここは個室だ。人がいることなどありえない。まさか、また早川さんが?いや、一人でここまでうるさくはできないはずだ。流石の早川さんでも無理な話だ。
 じゃあ、まさか、家族が?
「家族とは会いたくないって言いましたよね?」
「ええ、知ってるわ。誰かしらね」
 三島ナースも驚いている様子だった。どちらかというと、困惑に近いのかもしれないけど。
 ドアを開けた。
「よう、海利!」
 そこにいたのは、中野と早川さんだ。
「三島さん……」
「あら、来ちゃったのね。しょうがない、今日だけは目をつむるわ」
「いつもありがとうございます」
 いつも?それは、つまり三島ナースが昨日も同様に呼んだというのか?
「三島さん」
「じゃ、深山さん。私はまた後で」
「お、い……」
 言うことも聞かず出て行ってしまった。
 ここにいるのは、僕と早川さんと中野だ。どう考えたっておかしい。そもそもなんで早川さんは僕の病室を知っているんだ。場所は変わったはずなのに。すぐに見つけられるはずないのに。
「よ!元気か?」
「まあね」
「何があったんだよー」
「ちょっと、ベランダでバランス崩したんだ」
「まじ?それ怖すぎん?先生から飛び降りたって聞いたからびっくりしたわ。海利ってまさか、体幹ないんだな?俺と筋トレするか?」
「断っとくわ」
「おーい。嘘だろ。また、ベランダでバランス崩さないようにさ」
 きっと、中野は僕が飛び降りたと思ってる。だけど、今は僕に合わせてるんだ。そんなことしなくていいのに。
「なんで、来た?」
「……あー」
 チラッと早川さんを見た気がした。
「二人で話したい?」
「ま、そうだな」
「はいはい。モンスターは邪魔ですよねーだ」
 早川さんは、病室を出て行った。
 何か怒っているように感じたが気のせいだろうか。
「モンスター?」
「ああ、まあ、ね?」
 どうやら、怒らせたらしい。よく、怒らせた人と怒った人二人でここに来たよな。仲良いかよ。
「その、謝らないとって思ってさ」
 謝る?次の句を待つ。
「ほら、俺が海利の好きな人聞いて、それが藤川に知られたから。それと、海利が男と付き合ってたってこと」
「事実でしょ。僕は、男と付き合ってたし。別に、考えてなかったけど、そういうやつもいるよなって」
「俺は、べつにそんなつもりじゃなくて。まさか、あんな風になるとは思ってもなかったから。俺にも責任の一端があるかなと」
「謝れば、責任は果たせると?」
「そうじゃないけど」
「じゃあ、なに」
「俺、学校で待ってるから。海利が学校に行きやすいように待ってるから」
「行かない」
 被せるように告げた。
「僕はもう行かない。学校に行く必要ないと思ってる」
「……え、そ、それって」
「言葉の通り。もう、会いに来なくていい。嬉しいけど、気持ちだけで十分」
「……それって、もう会わないってこと?」
 いや、だからそう言っただろ。
「連絡くれれば会うよ。高卒認定の試験でも受けるから」
「クラスにはもう行かない?」
「行かない」
「藤川がいるから?」
「……それだけじゃないけど」
「じゃあ」
「あのクラスはさ。正直、気持ち悪いよ。人の機嫌ばかり気にして逆らわないようにしてる。ろくに話もしたことないやつに偏見だけで悪意ある視線を向けられて中身を知らないんだ。性能じゃなくて外見だけで見ているようなもんさ。中野みたいに正面から向かい合って話してくれる人が中野くらいなんだ」
「……それ以外は?早川は?」
「早川は……置いとく。まぁ、どうだろうね。話したこともないのに嫌われてるみたいだから。だけど、中野には感謝してるよ。僕が、男と付き合ってたことを知っても普通だったから」
「……」
「ありがとね。もう、来なくていいよ」
「……学校、やめんの」
「そういってんじゃん」
「そか。そうか。わかった。じゃあ、また勝手に連絡入れて海利のとこ行くわ。それくらいは、良いだろ?」
 僕は、頷くだけにした。
「ならいいよ。俺は、それに不満はないし。じゃあな」
 中野は、僕にあるものを渡して出て行った。
 正直、拒絶して二度と会いたくないと言われた方が僕は嬉しかったのだけれど。
「なんだよ、これ」
 それは、演劇のパンフだった。とりあえず、自分のカバンに入れておいた。
「中野、出てったけど……」
「ああ、まあ」
「話し終わった?」
「終わったよ」
「ギプス、取れたんだ」
「まあ、良い感じに治ってるらしくて。あと、半月もしたら右足も取れるって」
「よかったね」
「そうだね」
「退院は?いつになりそうなの」
「……一か月後くらいかな」
「そっか。じゃあ、文化祭には間に合うかどうかだね」
「……確かに」
「どうかした?」
 感づかれてしまったのか。
「なんでもないよ。気にしないで」
「そう?」
 とりあえず、頷いた。
「そうだ、文化祭、一緒に回ろうよ。一年生は、地域の商品を販売するんだって」
「へー、楽しそうだね」
「そうなんだよ!おいしい店ばっかりだから絶対に楽しいよ!」
 文化祭、僕はその時までいるとは思えない。先生にも伝えてあるし、手続きはこれからだ。
 それからは、文化祭の話に花を咲かせた。ずっと食べ物の話ばかりでそんなに期待しているのかと思わなくもなかった。
 思えば、八月に一回、映画を見に行った日があった。その日、おいしそうな店を見てはつられていた。
 食べるのが好きなのだろうか。でも、一緒に昼を食べたけどそんな風には見えなかった。じゃあ、特別食べるのが好きだということではないのか?
 わからん。女子の考えていることなどわからん。今もこうして話しているけれど、その笑顔の奥には何を考えているのか、全くわからない。もしかしたら、食べ物のことを考えているかもしれないのだ。
 女子の笑顔は仮面ってか。誰だよ、こんなこと僕に言ったやつは。許せん。
「じゃ、また明日来るね」
「あのさ、もう、来なくていいよ」
「え?」
「ほら、部活とかあるんじゃ」
「ないよ」
「演劇部でしょ?」
 さっきのパンフで思い出した。確か、早川さんは演劇部だ。
「……あるけどさ。でも、一緒にいる方が楽しいし」
「部活は行った方が……」
「今日は、部活ないの。明日も、終わってから行くつもりだよ」
「あ、そうだったんだ。ごめん」
 何か怒らせてしまいそうで謝った。
「じゃ、明日も行くから!またね!」
 考えてみれば、早川さんは、話し上手だと思う。話題を出すのが早いし、会話を弾ませるためのノウハウを知ってるのだ。だから、話していると時間は過ぎるし、気がつけば夕暮れ時だ。初めて会話した時も話しやすいなと思った。不快感がない。
 ここは七階らしい。高いのか低いのか。この病院がどれくらいの大きさなのかもよくわかってない。だけど、窓の外を近くから見てみればそれなりに地面から距離がある。
 マンションの五階から飛び降りるよりも確実に。窓も開く。ただ、風が強い。とりあえず、閉めることにした。
 いつでも、飛び降りることができそうな場所だし、飛び降りれば即死だろう。次は、完璧に……。
 中野からもらったあのパンフをしっかり見ておこうか。あれは何が言いたいのか。
 そのパンフには演劇の地方の大会があるらしい。その大会に演劇部が出るというものだった。来週あたりが本番なのによくもまあ僕のところに来ようと思うよな。やめてくれよ、ホントに。
 それから、一週間、早川さんは夕方に、遅くて七時くらいに来ては話していた。今日、あったことが主だった。
 そして、今日も。
「セーフ!!」
 病室に急いできたのか息を切らしている。
「まだ、あと三十分くらい大丈夫だよね!」
 目はキラキラと輝かせている。
「……そうだね」
 なぜこんなにも来るのか。毎日のように来ては気が済むまで話す。凄い精神力だと思ってしまう。
「ね、明日、何の日か知ってる?」
 知らん。
「明日、土曜日だよ」
「あー、えっと、ゆっくり風呂に入って睡眠をとれる的な?」
「違う!!」
「じゃあ、今日、ゆっくり風呂に使ってにおいも疲れもとれるとか?」
「え!?わ、私、もしかして臭い?」
 肩とかを嗅ぎながら焦っている。
「別に、そうじゃないけど」
「な、なんだ、よかった……」
 心底ほっとした顔で。
「何もわからない?」
「……何も」
「その体ってさ、外出れる?」
「無理だけど。外出許可を取らなきゃいけないし」
 今からじゃ到底かなわない。
「…………そ、っか。そうだよね」
 その顔はさみしそうで。
「じゃ、私やっぱ帰るね。明日、部活が朝からあるからさ」
「そうなんだ」
「じゃあね!」
 この日は、大した話もせず早川さんは帰ってしまった。以前、中野がくれたあのパンフが関係するのだろうか。考えてみても想像はつかなかった。あのパンフどっか行ったし。
 翌朝、まだ八時にもならない頃。ドタバタとうるさい声で目が覚めた。乱暴に開くドア。絶対に、三島ナースじゃない。
「おい、いつまで寝てんじゃボケ!着替えろ!」
 そこに出てきたのは、なんともうるさそうな表情をする中野だった。
「……」
 何を言ってんだこいつ。
「はよ、着替えろ!」
 鬼のようなスピード感で急かしてくる。
「……わかったから」
 とりあえず、着替えた。一応、母親が服を持ってきてくれていた。まだ退院するわけじゃないからいらないと思っていたけど、なぜだか今日必要になった。
「おし、行くぞ!」
 車いすに乗せられた僕は、中野が押して車に乗せられた。
「車に乗ったって誰が運転するんだよ」
「私よ」
「……三島さんが?」
「そうよ」
「でも、外出許可とか」
「俺がもらった」
「なに、勝手なことを」
 そんなことできるのかよ。
「三島さんも乗り気でよかったっす」
「どういたしまして」
 どうやら、できるらしい。謎の団結力で僕を外に連れ出すのかよ。
「激しい運動さえしなければ問題ないから」
「病室でおとなしくしていたいんですけど」
「おいおい、バカかお前」
「何が?」
「今日は、演劇の大会だぞ?いかないわけないだろ」
「……」
 こいつ、それで朝からうるさいのか。昨日、早川さんが何の日か聞いてきたのは演劇の大会があったからなのか。
「でも、早川さんって演技するの?裏方でしょ?」
「あのな、今回は演技するって自分から志願したらしいぞ。誰かさんのせいでな」
「誰だよ」
「さあな」
 おい、待てよその顔。
「どうせ、顧問に言われたんじゃ」
「全く違う。まあいい。行くぞ」
 おい、やっぱりその顔。
 しかし、僕の言うことなんぞ聞くこともせず会場に向かった。
 車いすのせいかすごく人に見られる。うわ、あそこに車いすのやついるぞ、みたいなことを言われている気が。
「もうはじまるみたいだな」
 車で遠くまで来たような気がしなくもない。会場は意外にも人であふれていた。自分の高校の演劇部は見ることができるらしい。
 車いすの場所はないため、舞台には歩いていく。
「……っ」
「歩くのまだ駄目な感じなのか?」
「足とかが骨折でわかりずらいだろうけど、腹筋とかもう終わってる。腹に刺激を与えられたら激痛」
「生まれたての鹿みたいな動きしてるもんな」
 おかげさまでめちゃめちゃ人に見られてる。
「俺の肩貸すのはいいんだけど、それにしても体力なさすぎないか?」
「仕方ないだろ」
「鹿だけに?」
 なんだこいつ、だるすぎだろ。
 何とか椅子に座れただけなのに疲れが来ている。こんなに体力がなくなるものなのか。一か月も寝てたらしいし、それもそうなのかもしれないけど。
「今日、これが終わったらリハビリね」
「……いやだ」
「文句はダメだぞ。絶対に行けよ~。演劇見させてんだから」
 中野が行きたいって言い出したんだろうが。僕が行きたいなんて一言も言ってない。
 演劇の主な話の流れは、主人公のAがひもで首をつって自殺を図る。だけど、そのひもはとれてしまい自殺は失敗。Aについた首の跡に気づいたBとCがAにその首の跡はどうしたのか聞く。そう簡単に聞けるはずもなく、今度はA周辺の人たちに話を聞く。その話を聞いていく中でAに何があったのかを知る。BとCは、Aが二度目の自殺を図るんじゃないかと思い、焦る。それは杞憂に終わることはない。寸前のところで自殺を止める。BとCの説得によってAはこれからも辛いことや苦しいことがあっても人を頼りながらでも生きていくことを誓う。エピローグに、頼るのは恥ずかしい気持ちもあるけど頼れる人がいるのはいいものだと残して幕を閉じる。
 早川さんは、Bの役だった。演劇のことは何もわからないけどとても熱のある演技ではないかと思う。というか、Bが、早川さんそのものだ。涙の演技はアドリブなのか否かわからないけど、女優に向いているんじゃないかと思った。
 まあでも、女子は泣くのが得意とか聞くし、その辺はわからないけど。中学時代の友達がそんなこと言ってた。
 僕は、この演劇をどんな顔してみていただろうか。まるで、分からない。怒りを感じたようにも思うし、途中、聞いてられないくらいに苛立ちを覚えた気がする。その時、表情管理はできただろうか。隣に中野がいる中で僕は、普通な顔していられただろうか。もしかしたら、憎しみにも似た表情を浮かべたかもしれない。
『人生にはきっと幸せなことがある。だから、一緒に生きようよ。もっと、人を頼ってもいいんだよっ……』
 ああ、これだ。早川さんの言ったこのセリフが僕は大嫌いだ。

 演劇も見終わり、早川さんを待とうとしていた中野だったが演劇部は、この後もやることがあるようで会うことは難しいようだった。
「海利、どうだった?わが校の演劇部は」
 なぜ、中野がどや顔で聞くんだ?と思いつつ胃の中でとどめておいた。
「よかったよ」
「そうか!これは、早川も喜ぶぞ!」
 そんなことないと思うけどな。
「実はな、あの脚本書いたの早川なんだよ」
「早川さんが?」
「そうなんだよ。この大会に出るってなって脚本を書かせてほしいってお願いしたらしいぜ。主役じゃなくていいから出たいって志願までして」
 だから、あんな脚本になったのか。あんなものを許せた顧問はどういう心情だったんだろうか。
「……海利?どうした?」
「え、ああ。すごいよなって」
「だよな!俺、脚本とか書けないから素直にすごいわぁってさ。しかも、演技だぜ?どうやって表情を作り出すんだろうな」
 中野は、病院に戻るまで興奮気味に話していた。
 それからも、昼前まで話していた。
「うわ、雲行き怪しくね?」
「夕方は……雨らしいね」
 スマホで調べると、夕方は高い確率で振るらしい。
「まじかー。ま、いっか。じゃ、俺は、部活だから。じゃあな」
「おう、頑張れ」
 中野が出て行った病室で僕はため息をついた。
「……あんな脚本、書けなくて正解だろ」
 気が付けば、そんな悪態をついていた。

 外が曇り始めた。スマホで調べた通り、雨が降るんだろうか。窓を全開にする。外の空気はまずいな。湿気がうざい。秋も近いせいか少し涼しい。どんよりしている。窓の下はマンションよりも高い。このままいけば、即死だ。
 マンションの僕の部屋、汚された跡がある。汚すというよりは散らかされたが相応しいか。まさか、あの日父親がマンションに来るとは思わなかった。来れるはずもなのに、インターホンが鳴って。早川さんと出かける前だというのにあいつがやってきた。結局、その日に僕は自殺を図ったわけで。今こうしているのは誤算でしかない。本当は今、この世にいないはずなんだ。
「深山君!何してるの!!」
 ノックの跡に聞こえた声だ。今日、演劇部で脚本も演技もしていた人の声だ。
 焦ったのか近くまで来て、少し怒りを含ませたような顔になっていた。
「何もしてないよ。外の空気を吸いたかっただけ」
 窓を閉めた。
「な、なんだ……。びっくりしたぁ」
「今日も来たんだね」
「うん!だって、今日の演劇の発表来てくれたんでしょ?」
「中野に連れてかれただけだけど」
「素直じゃないなあ~。ありがとね!来てくれて!」
「……大会は?終わったの?」
「終わったよ。だから、来たんだよ」
「受賞でもした?」
「残念ながらしませんでした……」
 ひどく悲しそうな顔だ。
「そりゃそうだろうね」
「……え?」
 こんな風に言われるとは思ってなかったのだろう。
「で、でもでも、見に来てくれたんならわかると思うけど、あの脚本、私が初めて書いたにしては上出来じゃない?」
「……」
「もしかして、深山君的に悪評だった?」
「……僕はさ、きれいごとが大っ嫌いなんだ」
 早川さんの目を見て言う。少し、怖気づいているようにも見える。
「き、きれいごと?」
「どんなつもりで書いたのかなんてわからないし、誰に当てたものなのかも知らないけど。あれだけ劇中にきれいごとが並べられたら、正直うざい」
「……そ、そんな、言い方」
 中野の言い方からして早川さんが誰に向けて言いたかったのかはわかる。だからこそうざかった。
「人のことを誰かの意見だけで決めつけるやつが、僕は大嫌いなんだ。どうせ、その脚本も僕の周りのことを調べて書き上げたんだろ」
 早川さんの顔が歪むのが分かった。唇を噛んで、目は揺れて、肩は震えるようにして。
「演劇部って演技上手だよな。それも、僕に謝らせるためにやってんの?もういいか?面会謝絶なのにここに来るなんて、人の気持ち考えていない証拠だよ。さっさと帰ってくれ」
「……み、深山君は、そ、そんなこと言う人じゃない!」
「悪いけど、買いかぶりすぎだ。君みたいな脚本家は売れないだろうね」
「だとしても、そんな意地悪言わなくてもいいじゃん!」
「意地悪でも何でもない。本心だよ」
「なんで、そんな……ひどいよっ」
「元々こんな人間だから」
「違う」
「僕のこと見てない」
「違う!」
 被せて言った。
「違う!深山君はそんな人じゃない!だって、バイト先の店長も同じ時間のシフト被る人も優しくていい人だって!深山君の弟君だって、帰ったら食事作ってくれるって!私と話すときも、初めて話した時も優しかった!いつ話しかけても嫌がらなかった!初めて、デートした時だって、私がコーデしたことに文句言わなかった!楽しそうにしてくれてた!昼休みだって、一緒にいたいってわがまま聞いてくれたじゃん!深山君が、そんなこと言うわけない!」
 やっぱり、僕のことを聞いて作ったんだ。何も知らないくせに。
「人のこと詮索するような人に言われても。演劇部なだけあって、流石の演技力だ。そうやって、泣いていればいいんだから。バイト先にもうまいこと演じて聞きだしたんだろ?周りが言っただけの僕なんてただの偽物だ。君はいつまでも偽物に対してきれいごとを言っておけばいいじゃないか。その涙も偽物なんだろ。偽善者が」
 涙を拭いて、それでもあふれる涙を必死に拭って、歯跡が残るくらいに唇を噛んで。僕の目を見て、必死に首を横に振って。
「私、そんな人じゃない……っ」
「自分では気づかなかったのか?それだけキャラづくりできるなら今後は演劇部期待のエースだな」
 と、あざ笑う。
「……深山君は、そういうこという人なの?」
「君みたいな偽善者にはよく言うよ」
 涙をポタポタと床に落としている。
「私、深山君が演劇見てくれたの嬉しかったのに……。ひどいよ……っ」
 僕を睨んで、走って病室を出て行った。
 これでいい。これ以上、あいつのことは考えたくない。この先、死ぬためにはあいつは邪魔だ。こんな地獄、いつまでも生きていたくない。
「ドアも開けっ放しでどうしたの?」
 三島ナースだ。
「いえ、何でもないです」
「そうは見えないけど?さっき、いつも来てる女の子が、走ってったけど」
 三島ナース、もしかして、聞いてたんじゃ……。
「……僕が、悪いんですよ。性格が悪いので」
 ここまで傷つけないと、きっとあいつはいつまでも来る。少し愚痴ったくらいじゃ、何ともならなかったんだ。セリフにイラっとしたし、会いたくないのは事実。あんなもの生産され続けてたまるか。誰の心にも寄り添わない作品なんか消えちまえ。
 もう、会わないことに期待したい。
 窓の外では土砂降りの雨が降っていた。