「質問。もしかしてお前らって、かなり強い?」

 唐突な俺の疑問に、三人は「はて?」と小首を傾げていた。
 ううむ幼女。ちょっとした仕草がとても可愛らしい。……というのは一旦置いておき。

「ほ、ほら。さっきもここでさ、オーク集団を瞬殺してみせただろ?」

 俺の言葉に、更に三人は「う~ん?」と考え込む。
 覚えが無いというよりかは、「アレらを瞬殺出来た = 強い」というのに結びついていないといった感じだった。
 俺の中では(というか一般的な冒険者の大多数は)その等式は成立するため、生きるステージが違うという言葉がのしかかってくる。

「え、えーとさ……。なら、お前らが分かる範囲で良いから、強さの基準的なものを教えてくれ」
「強さのキジュン?」

 ベルの言葉に俺は「そうだ」と続ける。

「例えば、スライムよりは強くてスケルトンよりは弱い~……みたいな感じでさ。お前らの、分かる範囲での強さが知りたいんだよ」

 まぁ現時点で俺やレオスパーティよりも強いことは確定しているのだが。
 天井を知っておきたいというか……な。
 何せ魔竜や魔剣や魔法とコミュニケーションをとる事なんざ、この四十年あまりの人生で初めてのことなのでね……。
 俺の言葉に「じゃあ私はねぇ……」とヒナが口を開く。

「王剣・トゥトゥリアスくらいの強さかな」
「お、おう……けん?」

 なんか聞いたことも無い単語が飛び出してきた。
 何それ? と俺が首をひねっていると、他の二人は「あー」と何やら得心している風で。

「だったらベルも、邪竜・グラズくらいかもな!」
「それはすごいねベルちゃん。創世神話級だね」
「でも王剣もそうだろ?」
「う~ん、そうかも。
 前に一度剣戟したことがあるんだけど、互いに折れそうになったから途中で勝負辞めちゃったんだ~」
「撃ち合ったことがあるのですわね。素晴らしいですわ!」
「そんなことないよ~。ルーチェちゃんは?」
「わたくしはそうですわねぇ……。魔法・クォルタくらいかしら。
 二体に比べ、そこまで格は高くないのですけれど」
「いやいやそんなことないぞ! 神々の魔法じゃないか! アレ苦手だ」
「私も苦手かも……。神々の神聖さってどうしてあんなに抉ってくる感じなんだろうね……」
「わたくしも光魔法で彼らの派生とはいえ、だいぶキツいですわ……」
「やっぱ同族でもそうなんだ~」
「大変なんだな魔法も!」

 …………。
 ……うん。なんか盛り上がってて良かったと思う。ぜんぜん話、分かんないけど。
 聞いたこと無い単語と概念がぽんぽん飛び交っていて、「なんだかすごい」ということしか情報を得ることが出来なかった。
 ううむ、この話題は失敗だったか。

「……ふぅ」

 しかしアレだ。
 幼女がわちゃわちゃ話しているのはカワイイな……。その気がなくとも頬がにやけてくる。
 瑞々しい肌。もちもちの肌。
 まだあどけない表情で笑う三人は、とてつもなく輝いて見える……。

「――――ということだよおにいちゃん」
「はっ!? は、はい! うん、わかりましたァッ……!」

 いかんいかん。幼女海へとダイブしっぱなしだった。
 かの海へと引きずり込まれたら最後。引き返すことは不可能に近いらしいからな……。気を付けないと。
 えー、何にせよ。
 まったく理解できないまま、パラメーター(つよさ)の話は終わってしまった。

「しかし……、みんな元気だなぁ」

 わちゃわちゃ姦しく会話出来るというのは、それだけで力がいることだ。
 俺はもうオッサンになってきて、以前ほどの朗らかさ……というかエネルギーは出なくなってきた。
 なんつーかこう、『元気!』とか『活力!』とかの考え方とは、だいぶ縁遠くなってきている気がする。

「考え方は、あんまり大人になってないと思うんだがなぁ……」

 ふと、アイツらを思い出す。
 つい先ほどまで、俺と仲間だった奴らを。
 レオスのところにいるやつらも、大人ながらに馬鹿言い合ったり真面目にしたり、そんな感じだった。冒険者はどこかヤンチャな一面を持っているのが普通と聞いたんだが、俺はどうなのだろうか。

「どうかした? おにいちゃん」
「ん? いやいや……、なんでもないぞ」

 小首を傾げて見上げてくるヒナに、どこかぎこちなく笑いながらも俺は答えた。
 いかんいかん。
 アイツらのことはもう思い出さないようにしないとな。その……、俺とはもう、関係無いんだし。

「えっと――――」

 俺が口を開こうとした瞬間。
 どさりと、背後で二つの音が聞こえた。

「ん?」
「え……?」

 二つの音。それは、ベルとルーチェが倒れた音だった。
 先ほどまでの騒がしさが嘘のように、二人とも呼吸を乱し横たわっている。

「……はッ、……はッ、」
「……ぅ、……は、ぁ、」
「お、おい! 大丈夫か!?」
「二人とも!?」

 乱れていく呼吸は抑えることが出来ず、辛そうな息遣いへと変わっていく。
 白い肌は青ざめていっており、とてつもなく血色が良くない。

「か、回復魔法を……!」

 俺は回復系と解呪系の魔法をかけてみる。が、効果はない。
 魔法のランクが低い……というわけではないな、これは。もっと何か……別の事が起きている。
 洞窟の地面はぼこぼこしているので、とりあえず俺はベルを、ルーチェをヒナに任せ、横に寝かせられるところを探す。
 改めて二人を横にしたところで――――ヒナがぽつりとつぶやいた。

「もしかしたら……、魔力が足りてないのかも」
「魔力?」
「うん……。といっても、普通の、魔法を使うための魔力じゃなくてね。
 主人となる人からの、与えられる生命力……ってところかな」
「主人……? それって、俺のこと?」
「うん。私たちは奇跡的に、ニンゲン種としての人格を持ってここにいるんだけど……。たぶんその『カタチ』として生きていくには、相当な魔力・生命力を必要としちゃう……んだと思う」

 ヒナは喋りながらも思考をまとめているといった風だった。
 自分たちの現状が良く分かっておらず、それでいてこんな大事が目の前で起こっているのに……。強い子だ。

「……、」

 こんな子が食いしばっているのに、オッサンの俺が動揺するわけにはいかないよな。

「活力が、あろうがなかろうが」

 俺は少なからず、風体だけは大人になっちまったんだ。
 ……気合い入れろ。

「よ……よし、それじゃあヒナ。何か解決方法みたいなものはあるか? 俺にできることがあれば教えてくれ」

 俺は引きつりながらも、無理やり笑ってヒナと目線を合わせた。
 すると、眼鏡の奥の困った瞳を少しだけ和らげて、こちらを見返してくれた。

「うん。わかったよおにいちゃん。
 えっとね、たぶんだけど――――」

 そうして彼女はたどたどしくも、自分の知識を持ってして話を始めた。

「ふ……む、」

 彼女が話してくれた内容を要約すれば。
 何をもってしても、必要なのは魔力らしい。
 そして魔力とは、モンスターにも宿っているのだという。

「つまり……、このダンジョン内にいるモンスターを倒して、その魔力を捧げることが出来れば、急場はしのげるかもしれないってことか」
「うん。そうだと思う」

 なるほど。
 しかしこのフロアのモンスターか……。つまりは、Bランク以上のモンスターたちだ。俺だけの力では正直きつい。

「えーっと……。あ、そうだ。ヒナはどうして無事なんだ?」
「ううん……わかんない。けどさっきの話を照らし合わせてみると……、もしかしたらおにいちゃんが、私を『意識』しているから、なのかも」
「『意識』? どういうことだ?」
「えっと、想像でしかないんだけど。
 さっきおにいちゃんと、私たちを助けたときの話をしたじゃない?」
「あぁしたな。それが?」

 ヒナは「うん」と頷いて、眉をやや潜めながらも言葉を紡いだ。

「ベルちゃんとルーチェちゃんの二体は、おにいちゃんから『意識』されていなかった。この場合は、『認識』って言ったほうが良いのかな」
「認識……か」

 俺はぼんやりと、先ほどの二人の会話を思い出す。

「あぁ確かに……。俺が過去に『異常』――――って言ったら悪いか、明確に『魔力だな』って認識していたのは、ヒナだけだな」

 ベルはそもそも、竜の卵だと認識していなかった。
 ルーチェも、物理的には見ていたものの、魔法だとは認識していない。
 岩の中に入っていたとはいえ、『お、魔力だな』とはっきり認識していたのは、ヒナ――――魔剣ヴァルヒナクトの入った岩だけだ。

「たぶんそれかな……。私がこの存在になったときに、おにいちゃんと繋がりができたのかも。だから私だけが大丈夫……なのかも?」
「う~ん、なるほどな? 今はとりあえず、その仮説でいってみるか」

 俺は頷いて、「それで」と言葉を続ける。

「この二人……、どれだけもつんだ?」
「そうだね……。うん。もって二、三時間ってところかも」
「うぉマジか。なら、急がねぇとなぁ……」
「あ……、あの、えっと、おにいちゃん」

 一旦二人を看終わったヒナが、俺を見上げておずおずと言葉をこぼす。

「あの……、この二体を。
 た、助けてくれる……?」
「うん……? いやいや何言ってんだ。当たり前だろ」

 困惑顔のヒナを見下ろし、首を傾げながら返事をする。

「助けられるのは俺だけなんだろ? だったら助けるさ」
「……!」

 言うとヒナはとても驚いた顔をした後、「ありがとうおにいちゃん……!」と言って俺の身体に抱きついて来た。

「あっ、あぶないあぶない……」
「ち、力強い、よね……。セーフセーフ」

 一瞬だけ「ぎゅッ」と押しつぶされるような衝撃が身体を襲ったが、どうやら俺の身体はちぎれてはいないらしい。……怖いわ!

「あの……、でも、いいの? おにいちゃん」
「いいもなにも、拒む理由はどこにもないだろ。困ってりゃ助けるさ。
 それにお前らの力が無いと、俺だって無事にこのダンジョンを出られないだろうし」

 お互い様だお互い様。
 ……いや別に利用しようとか考えてるわけでもないんだけどさ。
 そう考えながら、不安そうな眼をしたヒナの頭を軽く撫でる。
 俺の掌がさらさらの髪の毛に当たると同時、ヒナは少しだけ安心した表情を見せた。

「魔物除けを設置しといて良かったぜ……」

 さっきのわちゃわちゃで一時間くらい使ったか。
 設置してからの効力は六時間だから、あと五時間はもつはずだ。

「けど、リミットは……」
「うん。長くて三時間以内だね」

 衰弱していく二人の顔を見て、俺は拳を握りしめる。

「待ってろよ。どうにか助けてやるからな……!」

 さて……、緊急命題(ミッション)スタートだ。
 こうして俺はヒナと共に、ダンジョンへと立ち向かうこととなった。

 制限時間は三時間。
 それまでに、治癒に必要な魔力(えいよう)を回収する!