ようじょのおんがえし! ~追放されたオッサン冒険者、人外幼女たちと生きていく~



「…………はぁ~~~~~~ッ!」

 もう何度目になるか分からない、深い深いため息を吐く。
 あれからたったの十分余り。
 なんというか……、オッサンって嫌なもので。
 あれだけショックなことがあったのにも関わらず、どこかで冷静に事態を受け止めにかかっている自分がいる。
 立ち向かおうとするのは悪いことでは無い。が、事実があまりにも強大すぎるとあっては、目を背けたくもなるってもんだ。

「ただ……、先送りするわけにもいかないんだよなぁ……」

 手ごろな岩に腰掛けたまま、地面を見たり虚空を仰いだりを繰り返す。
 先送りしたって目を閉じたって、この問題が解決するわけではない。どうにかこのダンジョンから脱出しなければ、どこまでいっても危険なのだ。

「……ヤベ、魔物除けの魔法筒、設置してねぇじゃん」

 ごそごそと取り出そうとして……やめた。
 もしもここから一人で脱出するとなった場合、十中八九、来た道を戻らなければならないのだ。
 ここは六階層。
 アイツらと共にここに登ってくるまで、四日もかかっている。
 一人で降りるとなると……、倍以上かかってもおかしくは無いだろう。
 ま、まぁ希望的観測で、四日だとしても、だ。

「魔物除けは、自前の物で二本……。つまり、四日間中二回しか休めないってことかよ……」

 ……いやいや。
 超無理なんだが。
 ただまぁ……、ここでその一本を使ってしまうことが一番愚策だろう。
 そうすれば、二日間不眠不休 → 魔物除けで六時間休憩(見張り無し) → 二日間不眠不休で地上へって方法を取れる……。

「うん、無理だなコレ!?」

 一日半くらいならもつけどさ! それを極限状態でずっと維持して、たった六時間の休みで回復して、もう一回続ける?
 超人じゃん! 偉業だよそんなの! 偉業っつーか、もはや異常行動だよ!
 四十になるCランクのオッサン魔法剣士に求めることじゃないでしょ!

「……しかも、ここに来るまでで結構魔力も消費しちまってるからなぁ。もう三分の一くらいしか残ってないぞ、魔力」

 そもそも俺の魔法なんて、初級魔法の詰め合わせ程度のものだ。
 そんなものココのレベルのモンスターに通じるわけがない。剣技だってそこまで強くないし。それにモンスター二、三体に囲まれれば、即袋叩きに遭ってしまうだろう。それくらい、一人で進むにはレベルの差がありすぎる。

「……積んでやがる」

 状況整理を終えて、改めて絶望する。
 どーすんだよ、これ。俺、ここで死ぬのか……?

 冒険者という職業は、基本的には自己責任だ。
 ダンジョン攻略に出かけ、途中で行方不明者が出ることもあり、組合はそこに責任をもたない。

「まぁ、だからこそ、自力で奇跡の生還を果たすヤツとかも居るんだけど……」

 俺はそれをできるタイプではない。
 だいたいそういうのは、体力自慢の超人戦士(ウォリアー)か、気配隠しの魔法・技術を持っている上級斥候(スカウト)職などだ。
 魔法剣士(マジックナイト)って、魔法使いと剣士のいいとこどりを出来てれば強いケド……、俺みたいに、どっちつかずの半端者になるパターンもある。

「……って、いかんいかん! 弱気になるな、俺!」

 まずは立ち上がろう。
 幸いにも、足は動く。痛めつけられたわけでもないので、体力も今のところは残っている。

「……ん」

 びゅうびゅうと風が吹く方向を見る。
 なんとなしに、俺はそちらへと足を進めた。
 アイツらが飛び立っていった場所。あの、『飛び地』のほうへと。






 空は晴れたままだが、風はだいぶ強くなっていた。
 広い洞窟内にも、この通路から風が吹き込んできているのが分かる。

「ううむ……」

 崖から落ちないよう、下を覗き見る。
 ……うん。ここから下へ降り(ショートカットす)るのは、やはり無理そうだ。
 俺が今から超覚醒して、飛翔の魔法を使えるようにも…………ならないみたいですね。

「はぁ……。何かいい方法は無いもんか……」

 崖からちょっと離れたところへ座り込む。
 するとそこには、レオスたちがここで回復薬を使っていったのだろう空き瓶などが転がっていた。
 ……俺は消費アイテム程度にしか思われて無かったんだなぁ。

「はぁ~……。だめだ……」

 なんか、どうあってもマイナスな方向にしか思考回路が向かない。
 頭では前に進まなければならないことは分かっている。諦めてはいけないとも思っている。
 けれど、この状況じゃあ……。

「……え、」

 びゅうびゅうと流れ込む風が、絶望的に変化する。
 俺が洞窟内部の方を見ると――――そこには、三体の大型の魔物が、来た道を塞ぐようにして立っていた。
 いや、立っていただけなら良かったのに。
 往々にしてモンスターってのは、俺たち冒険者を、捕食しにやってくるものだ。

 肥大した三体のオークたちは、獰猛な牙と脈動する筋肉を従えて、通路をのしのしと進み、こちらへにじり寄ってきていた。

「――――あ、ぁ、」

 だめだ。終わった。
 目の前には三体のオーク亜種。
 後ろは断崖絶壁。空を飛ぶことは出来ない。

 魔力は残っていない。そもそも奴らに有効な攻撃手段など、自分の剣技を合わせてもゼロだ。この状況で一人きりでは、成すすべなく肉塊に変えられてしまうだろう。

「く……っ、」

 今更ながらに、『死』という概念が心を埋め尽くす。
 目の前が真っ暗になりそうで、あまりの危険ごとに、先に心臓の方が音を上げ(おわり)そうだった。

 かちかちと震える歯は、もう食いしばる気力もない。
 ガランと、力の入らなくなった手から、たった一本の剣は落下する。
 それが合図だと言わんばかりに、猛々しい肉体たちはこちらへと迫ってきた。

 オークの持つ棍棒が、三方向から俺の頭部へとぶち当たる――――その時。

「え、」

 俺の背中側。つまり、ダンジョン外の中空から。
 三つの閃光(・・)が通り抜けた。

 俺へと襲い掛かる三体のオーク。それらは。
 一体はばらばらに切り裂かれ、一体は粉々に砕かれ、一体は燃え散らされていた。

 そしてその光たちは、そのまま通過し、曲がり角の奥へと消えていった――――え、消えていった?

「…………えーっと?」

 閃光の正体が不明瞭なまま、というか、何が起こったのかもいまいち飲み込めてない俺は、しばらくその場で立ちすくんでいた。
 死を一度は覚悟したからか、時の進む感覚がおかしくなっているみたいで、一瞬時間の後、何やら曲がっていった先から、いやに幼い(・・)声が、三つ聞こえてくる。

「邪魔だぞオマエら! グルルッ! せっかくベルアインの見せ場だったのにッ! 噛み殺すぞ!」
「それはこちらのセリフですわっ!? せっかくわたくしの優雅魔法で優雅殺戮できると思いましたのに!」
「も~……、危なかったよ二体とも~……。危うくおにいちゃんを斬り刻んじゃうところだったんだからぁ……」

 黒い魔力と共に消滅していくオーク。その肉体の後ろから、三つの小さな影がこちらへやってくる。

 ちいさい。
 小さい――――人の影だ。
 小柄な女性というよりも、もっと未熟な少女寄りで。
 少女というよりも、あどけない童女寄りで。
 童女というよりも……、

 幼い。
 幼女で。
 全員、百三十~百三十センチ半ばくらいの身長だった。

「えっ……とぉぉ……???」

 一人は。
 黒いショートの髪で、眼鏡をかけている穏やかな幼女。
 可愛らしくも落ち着いた顔立ちをしている。今は困ったような、怒っているような、とにかく二人に注意を施しているのか、困り眉を顔に張り付けていた。

 一人は。
 力強く跳ねた赤い髪に、二本の角が生えている褐色の幼女。
 主張の激しいぎょろりとした瞳はとても勝ち気で。可愛らしい顔に不満の形相を張り付け、隣の幼女と言い合いをしていた。

 一人は。
 とても優雅な風貌で、ウェーブのかかった金髪ツインテールの幼女。
 どことなく高貴そうな顔つきをしているものの、赤い角の生えた幼女と言い合っている姿は、なんだか野蛮にも見えてくる。

「……お、ぅ、」

 そんな。
 かしましい三人の幼女は。
 あれだ。
 全裸だ!
 とっっっっっっても奇跡的に、(みえちゃいけ)(ないところ)はオークの消滅魔力によって隠されている。

「オ……、オークさん、グッジョブッッッ!!!!」


『ええんやで……』と謎のサムズアップをするオークさんたちの思念体(?)が一瞬見えた……ような気がしたのもつかの間、幼女たちは裸足でぺたぺたとこちらへ近づいてくる。
 そして俺を見上げ、元気のいい声で一斉に言い放ったのだった。


「「「あのとき助けてもらった 『●◇※×▲』 です!!! 恩を返しに来ました!!!」」」


 俺の胸元以下の幼女が。
 何やらかしましく喋っている。
 え、なに、ナニ? 何だって?

 同時に大きな声を出したので、重なって肝心な部分が聞こえなかった。
 ……突然のこと過ぎて理解が出来なかったのもあるだろうけど。

「これからよろしくね、おにいちゃん」
「よろしくたのむぞ、ゴシュジン!」
「よろしくお願いしますわ我が夫」

 何にせよ……、

「あたまが……、おいつか、な、い……」

 こうして俺は。
 昔助けたらしいナニカ(・・・)たちと、出会うことになった。
 結局情報が多すぎて整理できず、気絶してしまったのだが。


 俺が起き上がったのは一時間ほど後のこと。
 三人(?)の幼女に抱きつかれている状況から、スタート――――再スタートをするのだった。






 とりあえず。起き上がり。
 警備隊に通報されるんじゃないかと身を隠そうとしたが、ここは市街ではなくダンジョン内であったことを思い出し、ほっと一息つく。

「いや、けれど……」

 幼女は全裸だ。
 そして俺は四十歳になるオッサンだ。
 この二つが合わさって良い場所など、たとえダンジョン内でもあってはならないと思いますっ!

「おはよう! 服を着よう!!」

 起きて状況を確認するよりも先に、俺は冒険者袋をあさり手ごろなものを探していた。

「うぉぉ……、何もッ……、何もねぇッ……!
 考えてみれば四十歳のオッサン冒険者の持ち物に、幼女の服が入っているわけがねぇな……」

 行動する前に気づきたかった事実である。
 相当動転してるな、俺も。
 がさごそと荷物を漁っている俺の背中越しに、落ち着いた幼女の声が飛んでくる。

「ねぇおにいちゃん……。やっぱり服って、着たほうがいいの……?」
「当たり前だろ!?」

 俺が振り返らずに言うと、落ち着いた声の主は「ほらー!」と残りの二人に注意しているようだった。

「やっぱり服着てるのが普通だったじゃん~!」
「ハァ? でも着てない方が動きやすいって言ったら、テメェも納得してただろ!」
「そうですわ! それにわたくしの身体はげーじゅつひんのように美しいのですから、一糸まとわなくても問題ないという意見にも賛同していましたでしょう!?」
「そっ、それは……! 二体の圧力に負けちゃっただけだもんっ! 私はちゃんと、服を着るのが常識だって知ってたもん!」

 ぎゃんぎゃんぎゃんぎゃんと、洞窟内に声が響き渡る。
 ここが風の通り道で良かった……。閉じられた洞窟内だったら、周囲の魔物を呼び寄せるなんてもんじゃない姦しさである。

「つっても……、さっきみたいな状況に、またなりかねないけどな……」

 何にせよここから移動しなければならない。そしてそのためには!

「……服をどうにかしないといけねぇんだよぉぉぉッ!」

 俺が必死に打開策を考えていると、後ろから再び落ち着いた声が聞こえてくる。

「おっ、おにいちゃんごめんね! 私たち、服を着ることができるの!」
「え……、は?」

 服を着ることが出来るのというパワーワードに首をかしげながらも、俺は単純に「そうなの?」と字面だけ理解する。
 ぐるりと振り向くとそこには、ぷにぷにとした肌が露わなままの眼鏡の子が、やや驚いた表情のまま立っていた。

「着てねぇじゃん!」
「ち、ちが……! 着れるよって言ったの! まだ着てなかったのに……」
「なっ……、じゃ、じゃあ何でも良いから! 服を着てくれぇッ!!」

 混乱しっぱなしの脳で何とか言葉を紡ぎ出し、再びその場にうずくまる。
 じゃぁみんな、向こうで……という声と足音が三人分耳に入ってくる。どうやら曲がり角の方に行った……のか?

「はっ! モンスターに襲われたら……、いやでも、さっき瞬殺してたしな……。でもあの光があいつ等だって確証も――――」
「おにいちゃん」
「は、はぃぃいッ!!」

 何一つまとまりきらない脳みそのまま、三度目の声掛けが行われる。
 ……この子も決して悪気はないんだろうが、この状況で純朴そうな声に声をかけられると、それはそれで心臓に悪いな。

「先に私だけ着て来たよ……。あとの二体は、ちょっと手間取ってるみたい」
「そ……、そうか」

 わかったと振り向くと、そこには――――天使のような幼女がいた。

「ど……、どうかな、おにいちゃん……?」

 やや照れくさそうに動いて見せる眼鏡の娘は、青を基調としたパンツルックタイプの冒険者装備っぽいものを纏っていた。
 手先足先にはそれぞれ、グローブとブーツをつけており、上品さの中にも動きやすさのある感じにまとまっている。首元だけが大きく空いているのも、涼やかでいいんじゃないだろうか。
 ほど良く入っているラインや刺し色も、彼女のイメージにとても合っている。

「お、おぉ……。
 か……、かわいい……、な。かわいい……ぞ」
「ほんとっ! えへっ、やったぁ!」

 両手をぎゅっと握り、やや顔を赤らめ笑う彼女。
 よ……、幼女ってかわええ……。頭を撫でたくなる衝動に駆られる。……ってハッ、いかんいかん!
 かわいさの誘惑に自ら待ったをかけ、仕切り直しとばかりに俺は口を開く。

「つ……次だな! 着たかー?」
「準備、できましてよ」

 声の方を見るとそこには、上品な黄色で覆われたお嬢様ドレスを着たツインテ幼女が立っていた。
 上から下まで余すところなく気品に溢れ、それでいて無駄に豪勢な飾りはほとんどついていないという、嫌味の無いデザインでもある。
 軽そうだから動きやすくもあるだろう。やや広がったフレアスカートも、よく見ると足の曲がりを邪魔しないような丈になっている。下にタイツも履いているから、露出対策も万全だ。
 金の髪はツインテールにまとめられており、上品な前髪の分け目から、綺麗なおでこを覗かせていた。

「おぉ……。すげぇ貴族の娘っぽい……」
「当然ですわ! お~っほっほっほっほ!」
「うぉ、ベタな高笑いも相まって、マジで領地貴族の娘っぽいな……」

 そして誘拐とかされそうだな……。とまでは、流石に言わないでおいた。
 しかしながら、肌の露出も前腕部分だけだ。こちらもとても健全な仕上がりです!

「いや……うん! カワイイ! カワイイし……なんというか、きれいだなぁ」
「ホホーッ! もっと褒めてよろしくてよ我が夫!」
「う……、うん。その笑い方は、山賊とか変な部族っぽいから、やめとこうか……」

 まぁなんにせよ。
 やればできる! やればできるじゃないか、お前たち!
 少なくともこれで、他の冒険者パーティと遭遇したときも、即制裁を受けなくて済むだろう。

 ドリーは
 『三人の全裸の幼女を連れている不審者』
 から
 『三人の幼女を連れている不審者』
 にジョブチェンジすることにせいこうした!

「……うん、前向きにね! こんな俺達でも、前には進めるんだという事実に、今は喜びを感じていこう!」
「おにいちゃん、誰に言ってるの~?」
「おそらく精霊か妖精と交易中なのですわ。流石我が夫!」

 うるさいよ。
 よ……、よし、それじゃあ最後の一人だ!

「…………着てやったぞ、ゴシュジン。
 んぐぐ~~! コレ、わずらわしい……」

 最後。角の生えた褐色幼女は。
 下半身は丈の短いホットパンツでしっかり(?)隠しているが、上半身はチューブトップで胸を覆っただけという、(世間様に対しての)ストロングスタイルだった。上下とも白のせいか、健康的な浅黒い肌が目立つ目立つ。
 三人の中でダントツの露出度を誇るくせに、それでも身体に布をつけるのが煩わしいのか、胸元やパンツの中を落ち着かなさそうにのぞき込んでいた。

 か、隠れていれば、大丈夫……だとは思うのだが。
 でも他二人の露出部分が首回り・前腕だけなのに対し、コイツだけ首回り・胸まわり・肩・脇・胸からへそ下まで全部・二の腕前腕・太腿ふくらはぎと、肌色を放り出しすぎなんだが……。褐色だからこそすげぇ目立つというか何と言うか。

「…………、」
「……これでいいのか? 行くぞゴシュジン!」
「…………おう」

 ワ、ワイルドだぁ……。
 まぁ……、コイツくらいに元気なら、別にいいか、な……?
 俺は思考を早々に放棄し、これからのことを話し合うことにした。

 驚くことに我々四人。
 俺がこれだけ疲れたにもかかわらず、まだ名前も知らない段階である。







 ひとまずとして。
 俺は魔物除けの魔法筒を所定の場所へと設置して、一息つくことにした。
 貴重な二本のうちの一本だったが……、仕方がないというかなんというか。
 今の状況を把握するには、落ち着いてこのロリ達から話を聞く必要がある。
 それに。仮に先ほどの閃光(に見えたなにか)の正体がこいつらだったとすると、ここからダンジョンを下っていくのに不足しないだけの能力があると思ったのもある。
 もしもこいつらが俺に協力してくれるというのであれば、一本をここで使うのも問題ではないだろう。

「……えーっと、それで」

 場所はそのまま、断崖絶壁エリア。
 太陽はまだ高く、明るい日差しが入ってくる。よってここならば、明かりのために火を起こさなくても問題ない。

「まぁもともとこのダンジョンは、岩や壁が淡めに光ってるからあんまり必要ないんだけどな」
「そうなんだぁ」
「まぁ薄暗い場所とかもあったりするから、用心するにこしたことはないけど」

 俺がそう言うと、金髪ツインテールの幼女は「あら」と口を開いた。

「そんなもの。明かりの問題なら、わたくしが居るから大丈夫ですのに」
「え、そうなのか?」
「えぇ。勿論ですわよ?」

 ドレスの幼女は、きょとんとした顔をして。さも当たり前であるかのように言い切った。
 俺からすれば、年端も行かない子供が魔法を使える(?)ということがビックリなんだけどな……。まぁ世界には、十歳から冒険者やるようなヤツも居るとは聞くから、そういう類なのかな?

「……ってそうだよ。そもそも俺は、お前らのことが何にも分かってないんだよ」

 だから教えてくれないかと続けた。
 第一声のときは、ごちゃごちゃ言っていたから全然分からなかったし。
 すると眼鏡の子が「はい」と可愛らしく手を挙げ提案する。

「それじゃあ、順番に自己紹介するね、おにいちゃん」
「そうだな、そうしてくれ」
「うん。私は――――」
「いいなソレ! じゃあベルアインからな!」
「えぇ~、私が提案したのに」
「そうですわよ! まずはこのわたくしから、」
「何でも良いから進めてくれ。あと喧嘩するな……」

 げんなりと俺が返すと、三人はその場でじゃんけんをし……、最初に自己紹介するのは頭に角の生えた元気な子となった。

「よし! それじゃあよく聞けよゴシュジン!」

 はつらつとした瞳と声をした彼女は、すっくと勢いよく立ち上がり、腰に手を当て言葉を発した。

「十年前に助けてもらった、魔竜(・・)のベルアインだぞ! ゴシュジンの牙となるべく、ヒトの姿になって駆け付けた!
 何でもするから、エンリョ? なくどんどんメイレイしてくれ!」

 俺は「は……?」と口を開けたままになる。
 今この子供……、何て言った?

「ま……、まりゅう? りゅうって……、ばさばさ飛んでる、ドラゴン……?」
「そうだ! ベルアインは、ドラゴンの血筋的に見て、一番最強らしいぞ! だから強いんだ! とっても強いぞ!」

 気持ちのいい笑顔を見せて言い放つ幼女に、俺は混乱の色を隠せない。
 やべぇ……、言っている内容がぜんぜんわからん。
 あ、分かったのは、『ベルアイン』が種族ではなく名前ってことのようで。つまり『ベルアイン』は、自身の一人称っぽい。
 名前を一人称にする子って、確かにいるけど……。厳つすぎねぇか。

「と、というか……、昔、助けた? 俺が? ま、魔竜……を?」

 ぜんっぜん覚えが無い。
 そも、人助け(人じゃないけど)とかする性格でも無いぞ俺。

「なに言ってんだゴシュジン。卵状態だったベルアインを、助けてくれたじゃないか!」
「た、卵状態……?」
「ベルアインがこの世界に『発生』したそのときにな? 目の前に何匹かのモンスターたちと……、そしてゴシュジンが居たんだ!」
「俺、が……?」

 十年前って言ってたか。
 あの頃は確か、まだレオスがパーティを結成してなかった時だから……、フリーで色々なパーティにお邪魔してた時期だったか。
 お邪魔するパーティごとに全然違う場所に行くものだから、あんまりはっきりとは覚えてないんだよな……。

「あぁでも……、卵……、卵、か……」

 なんかあった気がするな。
 モンスターから攻撃を受けるさい、大きめの石ころみたいなものを蹴ったことがあった。石ころかと思ってたんだけど、卵だったのかアレ。
 ……見方によれば、確かに俺が卵を守っているような構図に、見えなくもない、の……か?

「い、いやいや……」

 それで恩返しに来るとか、ある?

「めっちゃ偶然の産物なんだが……」
「それでも良いぞ! そのときのおかげで、ベルアインは無事孵化できたんだからな!」

 立派に育ったぞと言って、こちらへとダイブしてきた。
 う……動きが素早くて避けれねぇ!
 思いのほか強い衝撃を受けて転んでしまったが、感触としてはとてもぷにぷにした幼女のものだから不思議だ。あと温かいし、良い匂いがする。ちょっと野生味あるけど。

「ぷあ……っ! や、やめなさい!
 と……、とりあえず、お前は魔竜……、なんだ、な?」
「そうだぞ。変身するか!?」
「やめてくれ。たぶんだけど、巨大だろ?」
「ん~……分かんないけど、この通路の高さよりは大きいかな」
「じゃあダメだ。変身禁止」

 フロアに比べてやや天井は低くなっているとはいえ、五メートルは高さがある。それよりでかいって、それは竜云々を別にしても巨大生物なのには間違いない。

「あぁでもサイズは調整できるぞ! ほら!」

 言うと角の少女――――ベルアインは、ポン! と、その場で姿を小さな竜に変えた。
 そこには、俺の足元くらいまでのサイズの赤い竜がちょこんと座っていた。羽を小さく動かしながら、「くるる……」と喉を可愛らしく鳴らしている。

「……つーかマジで竜なのか。すげぇ」

 これはもう信じるしかない。
 変化の魔法とかの可能性もあるにはあるが、先ほどの話とか戦闘能力もあるし……、そして何より、他の二人が驚いていないのが証拠になるとも思った。

 おそらくこの二人も、超常的な何かなのだろう。
 そして二人がそれに対して何も言及しないということは……、きっと変化する(こういうこと)は、普通(・・)なのだ。

 だからきっとこの子は、俺が昔助けた魔竜(の卵)であると、そう確信した。

「そ……、それじゃあよろしくな、ベルアイン。……しかし長いな、ベルアインは」
「そうか? それじゃあ何か、名前つけてくれゴシュジン!」
「え? 名前……?
 う~ん、でもその名前も、きっと両親(?)がつけてくれたんだろう?」
「両親っていうか世界かなぁ……?」
「うん? よ、よくわからんが、その名前は大事にしよう。
 だから……、じゃあ略称で、『ベル』ってのはどうだ?」

 頭文字だけなら女の子っぽいだろう。
 手のひらサイズの赤い竜にそう告げると、途端に瞳をキラキラさせる。

「いいなそれ! 今日からベルアインの名前はベルだ! ベルの名前はベルだな! あははッ!」

 わーいと元気に喜ぶベル。
 そのタイミングで再びぽんっと元の身体に戻った。

「ぶっ! ベ、ベル、服! 服!」
「あ。服まで戻すの忘れてたぞ。まぁいいか!」
「良くない! というか隠せ! 隠してくれ!」
「え~……、この方がすーすーしてキモチイイのに……」
「その気持ちよくなり方はちょっと良くないぞ!?」

 いいからさっさと服! と俺が叫ぶと、は~いと先ほどと同じ服を生成した。露出度が百パーセントから八十パーセントくらいになってくれて、ほっとする。もうちょっと上げて欲しかったけれど。

 しかし……、なるほど。人ならざる者だから、服の生成も自由自在ということか。
 ……いや、冷静に考えると全然理屈が分からないが、もう今更な気もするから先に進ませよう。

「そ……、それじゃあ次は……」
「はい。私だよ、おにいちゃん」

 静かに微笑んで立つ眼鏡の子。
 穏やかな外見や物腰からも、おそらくそこまで大変な自己紹介にはならないだろう。

「そ、そうか。
 えーっと……、それで君は?」

 一人目がまさかのドラゴンだったが、この子はまともな子であるといいなぁ……。
 あぁいや、けれど。この子もおそらく超戦闘力を持つ者なのだ。ということはヒナと同じくドラゴンとか……? もしくはケルベロスとか、はたまたフェニックス……? 何にせよ、教本の中でしか見たことないような生物な気がするぞ。
 俺の考えもそのままに、青いカラーリングの眼鏡っ子幼女はすくっと上品に立ち上がり、ぺこりと一礼して口を開いた。

「私は魔剣(・・)のヴァルヒナクトって言います。おにいちゃんと接しやすいように、ニンゲンの姿になれるようになったんだよ!
 おにいちゃんのお役に立てるよう、精一杯頑張るからよろしくね!」
「生物ですらなかった!?」

 ドラゴンはまだ生命体だから分かるけど……、物体じゃん! 血が通ってないじゃん!

「確かに血は通ってないけど……、魔剣だから生き血をすすったりはできるよ!」
「怖いわ!」

 天真爛漫、満面の笑みでいうコトではないよね!?
 えぇ……、魔剣ってみんな(?)こうなの……?

「あ、でもねおにいちゃん。今はこうしてニンゲン状態になれるから、身体は温かいんだよ」

 ほらと言って、俺の手を自身の首筋へと誘う。
 白い素肌に振れた手のひらから、暖かな温もりが伝わってきた。

「ほ、ほんとだ……。って、いやいや! 何を触らせてるんだよ!」
「あっ、ごめんなさい! そうだった。ニンゲンって、あまり簡単にスキンシップを取らないんだったね……。ビッチでごめんなさい」
「いやそこまでは言ってねぇよ!?」

 大人しそうな見た目だが、使ってくる単語がやたらと強力だった。
 何だか妙な背徳感があるな……。

「そ……、それできみは、どうして俺のところに?」
「うん。私もおにいちゃんに助けてもらったことがあるの!」

 魔剣を助けた記憶(そもそもおかしな言葉だが)……。ヒナのときと同じく、全然覚えが無い。

「私あの時、溶岩に落ちちゃうかと思ってたの……。けど、おにいちゃんの逞しい腕で、まるでお姫様みたいに支えてもらったんだよ!」

 剣……。剣を……、なんか、した記憶……。

「あぁ、そういえば薄らぼんやり……」

 溶岩地帯のクエストに赴いた際、なんだか細長い岩が溶岩の中へと転がっているのを発見した。
 たまたま魔力察知を発動していた俺は、その岩の中に何やら奇妙な魔力体があることを検知。転がっていった先の溶岩と『何か』が起こっても仕方がないので、一応安全のために、その転がる細長い岩を止めたのだ。
 ……勿論、何の労力もかかっていない。けれど。
 その岩の中に彼女(まけん)が入っていて、俺に恩義を感じている……と。

「ま、まぁ……。助かったっていうのなら、良かった……の、かな?」

 身に覚えのないことが人助けになっているという事例は、人間生きていればあるんだろうけれども。
 感謝された側がここまで腑に落ちないのも珍しいのではなかろうか。

「とにかく、今度は私が助ける番だよ! よろしくねおにいちゃん!」

 そう言って彼女――――魔剣ヴァルヒナクトは、ぺこりと丁寧に頭を下げた。
 ちょっと育ちの良さそうな村娘みたいで可愛らしい。……その、魔剣ってことを除けば、だが。

「私のことも略しちゃっていいよ。長いもんね」
「そうか? ならヴァルヒナクトだから……、ヒナ、とか?」
「うん。ありがとうおにいちゃん。
 改めて、ヒナだよ。よろしくね!」

 メガネの奥の大きな瞳がにこりと笑う。
 魔剣って基本的には『闇』とか『黒』っていうイメージだけれど、この子は真逆の『太陽』って感じだ。笑顔がとてもまぶしい。

「と、とりあえずベルもヒナも、自己紹介ありがとうな。
 それじゃあ最後だ。……きみ、は?」

 俺は最後の一人。
 やたら上品な立ち振る舞いを見せる、金髪お嬢様幼女に声をかけた。
 もしかして彼女、普通にどこかのお嬢様なのだろうか。だとしたら、むしろ真っ当な人間種である可能性が高い。

「きみは、俺に助けられた……、『(なに)』なんだ……!?」

 俺の希望を込めた質問に対し、金ロリは自信満々に頷き――――
 そしてやっぱりまともではない答えを返した。


「わたくしは貴方に助けられた……魔法(・・)ですわ!」


「ついに物理でもなくなりやがった!?」
「オーッホッホッホッホッ!」
「そしてベタな高笑いきた!」

 い、いやいやちょっと待てぇ!?
 魔法って……、魔法ってお前!
 なんか……概念じゃん! 『魔法』を『助ける』っていう言葉の組み合わせ、こんだけ生きて来たけど初めてだぞ。

「光魔法のルーチェリエル。ここに推参致しましたわよっ!」
「マ……、マジで魔法の名前だな……」

 ルーチェリエルという魔法は、光魔法の中でも最上級の代物だ。使用できる者は相当な熟練者で、かつ、神聖なる存在への信仰心が必要だと聞いたことがある。俺なんかではとても扱えるレベルではない。
 これ……、種族的には、光魔法属とか、ルーチェリエル種とかになるのだろうか……。

「い、一応聞くんだけど……、さぁ。
 どういったアレで、君は俺に助けれたって思ってるの?」

 三回目ともなるとややげんなりしてきた。
 おかしい……。どうして感謝の意を伝えられるだけでこんなにも体力を消耗しているのだろう……。

「あれはダンジョン内でのことでした。わたくしはあの時、わたくしのご主人様に(はな)たれ、無事その役目を終えようとしていたのです……」
「えっと……、魔法が発動したってことだよね……?」
「モンスターらしきものにぶち当たり、わたくしのカラダはどんどん熱を帯びてイキました! ぐつぐつと火照るカラダは、まるで天にも昇るよう! 目(?)の前がぱちぱちと光り、痛みのような快感のような、宙に浮く感覚に包まれていったのですわ!」
「なんかエッチな言い回しはやめろ!?」
「ほぇ……? そうですの?」
「そうですのッ!
 ……こほん。そ、それで? それのどこで俺に出会うんだよ」

 魔法側の感覚のハナシは置いておき、工程だけ見たら普通の魔法発動だ。
 術者が光魔法を放ち、それが対象に当たり消滅(しゅうりょう)した。何も問題はない動作、及び現象だろう。

「そしてその後わたくしは、消滅したくないあまり、根性で生き残ったのですわ! おーっほっほっほっほ!」
「いや根性って!?」

 出来るもんなの!?
 ……な、なんかこの子もぶっ飛んでる。想像以上にぶっ飛んでたわ。
 さっきの衣服・露出度問題のときには、けっこうまともに可愛かったというクッションを置いたせいか、このぶっ飛び方が露見したせいで、得体のしれないギャップが生じてしまっている。

「そしてその後、流れに流れて……、わたくしはとある街にたどり着きましたの。
 もう魔法を維持する根性は残っていない……。そんな折、わたくしは一筋の光に出会いました! そう、我が夫である、貴方様ですわ!」
「や、やっぱり身に覚えがない……!」
「弱っていく我が体の光に対し、貴方様はその野太い腕で、そよそよと風を送ってくださいましたの。その風に一縷の魔力が灯っていて――――わたくしは失いかけていた根性を取り戻したのですわ!」
「結果根性だったぁぁぁぁ!?」

 しかもそれ、たぶん虫とか得体の知れないものを追い払おうとしただけだよ!
 なんかぼんやり光ってるのが近づいて来たから、「しっしっ」ってしただけだよ!

「あのときの魔風(まふう)、身体に響きましたわよ、我が夫……♪」
「いやたぶん魔力の残り香だったんだろうけど……!」

 腑に落ちない……! コレは腑に落ちないよ……!
 で、でもまぁ……、結果的に『何か』に対して助けになっていたようなので。とりあえずは良しとしておく……かぁ?

「あそこで自我を手放していたらヤバかったですわ……。もしかしたら謎の悪魔種にでもなっていたかも」
「それは大変だったね。悪魔はルールが厳しいらしいから」
「だなァ。ゲロカスみたいなヤツらしかいないから、そういう風にならなくて良かったなァ」
「まぁ……世界発生系生物あるあるですわよね」
「「あるある~」」
「あるあるなんだ……」

 なんつーか、世界観が違いすぎた。
 何一つ共感が出来ないまま話が進んでいく。

「えっと……、それじゃあキミのことも、略称で良いのかな?」
「えぇどうぞご自由に。貴方様から呼ばれる名でしたら、どんな野蛮で下品なものでも受け入れましょう」
「普通に『ルーチェ』とかだよ!
 なんだ!? 俺のことをどんな人間だと思ってんだよ!?」
「あら、生物のオスなんて、皆さま下品で粗野なことをお考えになっているのではありませんの?」
「おにいちゃんは違うみたいだね。すごいね!」
「変な好感度の上がり方だなオイ……」

 どんだけ危険生物なんだよ、人間のオス。

「ただまぁ……なんだ」

 コホンと一息入れて。
 どこか嬉しそうに笑っている三人を見る。
 偶然とはいえ――――、どうやら俺は、何かの役に立ってたっぽいな?
 やや(というかだいぶ)腑に落ちない面もあるにはあるが……、そこは個人差というコトにしておこう。

「あらためて。最初に魔竜だ魔剣だって聞いたときには驚いたけど、何のことは無い。良い子たちじゃないか」

 ちょっと変わってるけど。
 まっすぐで輝いていて、何だかはつらつだ。俺も元気をもらえる気がする。

「俺をここから助けてくれるっていうのであれば、お願いしたい。正直参ってたところなんだ」

 頭を掻きながら、俺は軽く頭を下げる。
 そんな俺を幼女三人は笑って迎え入れて、口を開いた。

「うん。任せておにいちゃん!」
「ヒナがいれば負けないぞ!」
「わたくしが幸せにして差し上げますわ!」

 こうしてここに。奇妙な四人組パーティが結成された。

 しかしながら……。
 俺はあの時の光を思い出す。
 襲い来るオークらに向かう、三者三様の攻撃光。
 本来ならば何人かがかりで立ち向かい、ようやく一体倒せるレベルのモンスターを、瞬く間に撃退してしまった。

 よく分からないけれど。こいつらって。
 ものすごい力を持っているんじゃないか……?









「質問。もしかしてお前らって、かなり強い?」

 唐突な俺の疑問に、三人は「はて?」と小首を傾げていた。
 ううむ幼女。ちょっとした仕草がとても可愛らしい。……というのは一旦置いておき。

「ほ、ほら。さっきもここでさ、オーク集団を瞬殺してみせただろ?」

 俺の言葉に、更に三人は「う~ん?」と考え込む。
 覚えが無いというよりかは、「アレらを瞬殺出来た = 強い」というのに結びついていないといった感じだった。
 俺の中では(というか一般的な冒険者の大多数は)その等式は成立するため、生きるステージが違うという言葉がのしかかってくる。

「え、えーとさ……。なら、お前らが分かる範囲で良いから、強さの基準的なものを教えてくれ」
「強さのキジュン?」

 ベルの言葉に俺は「そうだ」と続ける。

「例えば、スライムよりは強くてスケルトンよりは弱い~……みたいな感じでさ。お前らの、分かる範囲での強さが知りたいんだよ」

 まぁ現時点で俺やレオスパーティよりも強いことは確定しているのだが。
 天井を知っておきたいというか……な。
 何せ魔竜や魔剣や魔法とコミュニケーションをとる事なんざ、この四十年あまりの人生で初めてのことなのでね……。
 俺の言葉に「じゃあ私はねぇ……」とヒナが口を開く。

「王剣・トゥトゥリアスくらいの強さかな」
「お、おう……けん?」

 なんか聞いたことも無い単語が飛び出してきた。
 何それ? と俺が首をひねっていると、他の二人は「あー」と何やら得心している風で。

「だったらベルも、邪竜・グラズくらいかもな!」
「それはすごいねベルちゃん。創世神話級だね」
「でも王剣もそうだろ?」
「う~ん、そうかも。
 前に一度剣戟したことがあるんだけど、互いに折れそうになったから途中で勝負辞めちゃったんだ~」
「撃ち合ったことがあるのですわね。素晴らしいですわ!」
「そんなことないよ~。ルーチェちゃんは?」
「わたくしはそうですわねぇ……。魔法・クォルタくらいかしら。
 二体に比べ、そこまで格は高くないのですけれど」
「いやいやそんなことないぞ! 神々の魔法じゃないか! アレ苦手だ」
「私も苦手かも……。神々の神聖さってどうしてあんなに抉ってくる感じなんだろうね……」
「わたくしも光魔法で彼らの派生とはいえ、だいぶキツいですわ……」
「やっぱ同族でもそうなんだ~」
「大変なんだな魔法も!」

 …………。
 ……うん。なんか盛り上がってて良かったと思う。ぜんぜん話、分かんないけど。
 聞いたこと無い単語と概念がぽんぽん飛び交っていて、「なんだかすごい」ということしか情報を得ることが出来なかった。
 ううむ、この話題は失敗だったか。

「……ふぅ」

 しかしアレだ。
 幼女がわちゃわちゃ話しているのはカワイイな……。その気がなくとも頬がにやけてくる。
 瑞々しい肌。もちもちの肌。
 まだあどけない表情で笑う三人は、とてつもなく輝いて見える……。

「――――ということだよおにいちゃん」
「はっ!? は、はい! うん、わかりましたァッ……!」

 いかんいかん。幼女海へとダイブしっぱなしだった。
 かの海へと引きずり込まれたら最後。引き返すことは不可能に近いらしいからな……。気を付けないと。
 えー、何にせよ。
 まったく理解できないまま、パラメーター(つよさ)の話は終わってしまった。

「しかし……、みんな元気だなぁ」

 わちゃわちゃ姦しく会話出来るというのは、それだけで力がいることだ。
 俺はもうオッサンになってきて、以前ほどの朗らかさ……というかエネルギーは出なくなってきた。
 なんつーかこう、『元気!』とか『活力!』とかの考え方とは、だいぶ縁遠くなってきている気がする。

「考え方は、あんまり大人になってないと思うんだがなぁ……」

 ふと、アイツらを思い出す。
 つい先ほどまで、俺と仲間だった奴らを。
 レオスのところにいるやつらも、大人ながらに馬鹿言い合ったり真面目にしたり、そんな感じだった。冒険者はどこかヤンチャな一面を持っているのが普通と聞いたんだが、俺はどうなのだろうか。

「どうかした? おにいちゃん」
「ん? いやいや……、なんでもないぞ」

 小首を傾げて見上げてくるヒナに、どこかぎこちなく笑いながらも俺は答えた。
 いかんいかん。
 アイツらのことはもう思い出さないようにしないとな。その……、俺とはもう、関係無いんだし。

「えっと――――」

 俺が口を開こうとした瞬間。
 どさりと、背後で二つの音が聞こえた。

「ん?」
「え……?」

 二つの音。それは、ベルとルーチェが倒れた音だった。
 先ほどまでの騒がしさが嘘のように、二人とも呼吸を乱し横たわっている。

「……はッ、……はッ、」
「……ぅ、……は、ぁ、」
「お、おい! 大丈夫か!?」
「二人とも!?」

 乱れていく呼吸は抑えることが出来ず、辛そうな息遣いへと変わっていく。
 白い肌は青ざめていっており、とてつもなく血色が良くない。

「か、回復魔法を……!」

 俺は回復系と解呪系の魔法をかけてみる。が、効果はない。
 魔法のランクが低い……というわけではないな、これは。もっと何か……別の事が起きている。
 洞窟の地面はぼこぼこしているので、とりあえず俺はベルを、ルーチェをヒナに任せ、横に寝かせられるところを探す。
 改めて二人を横にしたところで――――ヒナがぽつりとつぶやいた。

「もしかしたら……、魔力が足りてないのかも」
「魔力?」
「うん……。といっても、普通の、魔法を使うための魔力じゃなくてね。
 主人となる人からの、与えられる生命力……ってところかな」
「主人……? それって、俺のこと?」
「うん。私たちは奇跡的に、ニンゲン種としての人格を持ってここにいるんだけど……。たぶんその『カタチ』として生きていくには、相当な魔力・生命力を必要としちゃう……んだと思う」

 ヒナは喋りながらも思考をまとめているといった風だった。
 自分たちの現状が良く分かっておらず、それでいてこんな大事が目の前で起こっているのに……。強い子だ。

「……、」

 こんな子が食いしばっているのに、オッサンの俺が動揺するわけにはいかないよな。

「活力が、あろうがなかろうが」

 俺は少なからず、風体だけは大人になっちまったんだ。
 ……気合い入れろ。

「よ……よし、それじゃあヒナ。何か解決方法みたいなものはあるか? 俺にできることがあれば教えてくれ」

 俺は引きつりながらも、無理やり笑ってヒナと目線を合わせた。
 すると、眼鏡の奥の困った瞳を少しだけ和らげて、こちらを見返してくれた。

「うん。わかったよおにいちゃん。
 えっとね、たぶんだけど――――」

 そうして彼女はたどたどしくも、自分の知識を持ってして話を始めた。

「ふ……む、」

 彼女が話してくれた内容を要約すれば。
 何をもってしても、必要なのは魔力らしい。
 そして魔力とは、モンスターにも宿っているのだという。

「つまり……、このダンジョン内にいるモンスターを倒して、その魔力を捧げることが出来れば、急場はしのげるかもしれないってことか」
「うん。そうだと思う」

 なるほど。
 しかしこのフロアのモンスターか……。つまりは、Bランク以上のモンスターたちだ。俺だけの力では正直きつい。

「えーっと……。あ、そうだ。ヒナはどうして無事なんだ?」
「ううん……わかんない。けどさっきの話を照らし合わせてみると……、もしかしたらおにいちゃんが、私を『意識』しているから、なのかも」
「『意識』? どういうことだ?」
「えっと、想像でしかないんだけど。
 さっきおにいちゃんと、私たちを助けたときの話をしたじゃない?」
「あぁしたな。それが?」

 ヒナは「うん」と頷いて、眉をやや潜めながらも言葉を紡いだ。

「ベルちゃんとルーチェちゃんの二体は、おにいちゃんから『意識』されていなかった。この場合は、『認識』って言ったほうが良いのかな」
「認識……か」

 俺はぼんやりと、先ほどの二人の会話を思い出す。

「あぁ確かに……。俺が過去に『異常』――――って言ったら悪いか、明確に『魔力だな』って認識していたのは、ヒナだけだな」

 ベルはそもそも、竜の卵だと認識していなかった。
 ルーチェも、物理的には見ていたものの、魔法だとは認識していない。
 岩の中に入っていたとはいえ、『お、魔力だな』とはっきり認識していたのは、ヒナ――――魔剣ヴァルヒナクトの入った岩だけだ。

「たぶんそれかな……。私がこの存在になったときに、おにいちゃんと繋がりができたのかも。だから私だけが大丈夫……なのかも?」
「う~ん、なるほどな? 今はとりあえず、その仮説でいってみるか」

 俺は頷いて、「それで」と言葉を続ける。

「この二人……、どれだけもつんだ?」
「そうだね……。うん。もって二、三時間ってところかも」
「うぉマジか。なら、急がねぇとなぁ……」
「あ……、あの、えっと、おにいちゃん」

 一旦二人を看終わったヒナが、俺を見上げておずおずと言葉をこぼす。

「あの……、この二体を。
 た、助けてくれる……?」
「うん……? いやいや何言ってんだ。当たり前だろ」

 困惑顔のヒナを見下ろし、首を傾げながら返事をする。

「助けられるのは俺だけなんだろ? だったら助けるさ」
「……!」

 言うとヒナはとても驚いた顔をした後、「ありがとうおにいちゃん……!」と言って俺の身体に抱きついて来た。

「あっ、あぶないあぶない……」
「ち、力強い、よね……。セーフセーフ」

 一瞬だけ「ぎゅッ」と押しつぶされるような衝撃が身体を襲ったが、どうやら俺の身体はちぎれてはいないらしい。……怖いわ!

「あの……、でも、いいの? おにいちゃん」
「いいもなにも、拒む理由はどこにもないだろ。困ってりゃ助けるさ。
 それにお前らの力が無いと、俺だって無事にこのダンジョンを出られないだろうし」

 お互い様だお互い様。
 ……いや別に利用しようとか考えてるわけでもないんだけどさ。
 そう考えながら、不安そうな眼をしたヒナの頭を軽く撫でる。
 俺の掌がさらさらの髪の毛に当たると同時、ヒナは少しだけ安心した表情を見せた。

「魔物除けを設置しといて良かったぜ……」

 さっきのわちゃわちゃで一時間くらい使ったか。
 設置してからの効力は六時間だから、あと五時間はもつはずだ。

「けど、リミットは……」
「うん。長くて三時間以内だね」

 衰弱していく二人の顔を見て、俺は拳を握りしめる。

「待ってろよ。どうにか助けてやるからな……!」

 さて……、緊急命題(ミッション)スタートだ。
 こうして俺はヒナと共に、ダンジョンへと立ち向かうこととなった。

 制限時間は三時間。
 それまでに、治癒に必要な魔力(えいよう)を回収する!





 そんなワケで。俺とヒナは、この六階層をうろうろ徘徊し、栄養源(モンスター)を刈ることにした。
 少しでも倒しやすくするのなら階層を一つ下げるべきなのだろうが……、それだと二、三時間で戻ってこれないかもしれないし、もしもダンジョンの『呼吸』により、地形が変わってしまったら厄介だ。

「おにいちゃん。ダンジョンの『呼吸』ってなぁに?」
「ああうん。発生したダンジョンの多くは、一定の周期で地形をぐにゃぐにゃ変えるんだよ。俺たち冒険者はその現象を、『呼吸』とか『息吹』って呼んでるんだ」

 どうしてそういうことが起こるのかは不明だが……、まあ大元を辿ればダンジョンとは、魔王とかいう超存在の、魔力の残滓が関わっているものである。人間に解明できないようなことが起こったとしても不思議ではない。

「そのときに……その動きに飲み込まれちゃったりはしないの?」
「そういうのは大丈夫だなぁ。あくまでも下り坂が上り坂になったりとか、壁に穴が開いて、違うところに壁が出来たりするくらいだし。あぁでも、その隙間に挟まれたりしたら、ちょっと危険かもしれないな」

 あと稀にだが地面に穴が開いて下に落ちたりもする。
 上に向って進むタイプの時には厄介だが、下に向って進んでいくダンジョンであればラッキーだ。

「まぁそのときに、モンスターの巣窟に落とされたら大変みたいだけどな……」

 稀にそういう、不幸が続くこともあるとか。
 うーん、考えるだけで恐ろしい。

「そうなんだぁ……。ねぇところでおにいちゃん」
「ん? なんだ?」
「モンスターの巣窟って……、今みたいな状況(・・・・・・・)だったりする?」
「――――え、」

 ヒナの言葉で、意識を岩々の影へと向ける。するとそこには……、

「オッ……オーガの群れじゃねぇかあああああッ!」

 崖へと続くあの通路で、俺を襲ってきたオーガと同種のサイズ……いや、それ以上の大きさの奴らが、次々とフロアに出現してきていた。

「五……、八……、いや、もう二体追加……? ま、まじか、よ……」

 大きなフロアだと思ってはいたが、まさかこんなサイズのオーガが巣食っている場所だとは思わなかった。
 レオスたちと進んでいたときには、運が良かったってことか……。

「ラッキーだねおにいちゃん!」
「はぁ……!? 何がだよ!?」

 こいつらがどれだけ強いのかは分からないが、流石にこの状況は、歴戦のパーティでも舌を巻く事態だ。
 この状況を抜けられるパーティなんて……、Aランクでもごく限られた集団くらいなんじゃないのか?

「ひぇぇ……」

 一匹一匹が、通常のオークよりも大きなサイズ。
 中流冒険者パーティであれば、一匹でも倒せれば御の字くらいの強さだろう。それが、十体。もしかしたらまだ出てくるかもしれない。

 息は猛る。
 獲物を見つけたオークたちは、こちらへと飛び掛かるタイミングを伺っていて。
 その爆発は、もう、すぐそこまできている――――

「だいじょうぶだよ、おにいちゃん」

 身体が竦んでいる俺に対し、ヒナはにこりと笑って言う。

「私、回復魔法とかは使えないけど――――」

 かわいらしい口調と共に、手を中空に掲げ。
 彼女は。
 ナニカを現出させた。

「――――戦うことは、得意だから」

 ソレは。
 一本の、黒い剣だった。
 禍々しいのに、とてもきれいなデザインの剣。
 刃こぼれは無く、細いのにどこか強靭さを感じさせる。

 小さな体に不釣り合いな/とても似合っている、一本の剣を携えて。
 彼女は小さく言葉をこぼした。

「いってくるね」

 眼鏡と切っ先がきらりと光ったかと思うと――――彼女の姿は、そこから消えていた(・・・・・)

「……は!?」

 目の前に居たオークの首が、綺麗に切断されていた。
 一撃で絶命に至ったのか、黒い霧となって消滅していく巨躯の影。ソレを俺は、夢でも見ているかのような心地で見届けていた。

 二体。三体、四体と、大きな身体は消滅していく。
 彼女がひとたび地面を蹴ると、恐るべき速さで剣が振るわれる。

「やぁぁっ!」
「グォォ……ッ!」

 可愛らしい掛け声に不釣り合いな斬撃結果。
 それがたちどころに続き――――残るは三体だけとなっていた。
 俺が呆気に取られているのもつかの間。空間を自由自在に飛び回る遠くのヒナから、こちらへと声が投げられる。

「おにいちゃん! 剣を掲げて(・・・・・)!」
「……あっ、そ、そうだった! ほいっ!」

 言われるがまま。俺は腰元の剣を素早く抜き、中空へと掲げる。
 消滅していくオーガたちの黒い霧。その中から僅かに光る、魔法体のようなものが剣へと吸い込まれていくのが分かる。
 吸いだしているとか、抽出しているって言ったほうが正しいかもしれない。そんな現象。

「おお……、こうなるのか……」

 戦闘になる前に行っていた、ヒナとの会話を思い出す。
 丁寧な歩幅で俺の横を歩きながら、彼女は魔力回収の方法を教えてくれたのだ。

「今おにいちゃんと私は、一種の契約状態みたいになってるの。だからたぶん、私の『魔剣』としての特性を、おにいちゃんの剣にも与えられると思う」
「魔剣としての特性……?」

 そういえば言ってたな。
 なんか、生き血をすするとかなんとか。

「うん。生き血をすするのは得意だよ!」
「あらやだこの子、満面の笑みだわ……」

 今のを誉め言葉と受け取ったか。恐ろしい認識のがズレである。
 まぁともかく。

「私の特性で、おにいちゃんの剣を魔剣状態にできると思うの。
 生き血をすするレベルまでは残念ながら出来ないんだけど、消滅していくモンスターたちの生命力や魔力を吸うことはできると思う」

 生き血をすすれないことは残念でも何でもないが――――なるほど。
 俺の剣に魔力や生命力という栄養を、回収・貯蓄ができるようになるっていうことだな。

「うん。あとはそうして回収した生命力を、あの二体に与えれば大丈夫だと思う!」
「……なるほどな。
 えっと……、倒すのは誰でも良いってことか」
「うん。無理におにいちゃんが倒さなくても、その場に漂ってる消滅煙を吸うことはできると思うよ」
「そうなのか。とりあえずモンスターに遭ったら、やってみるか」

 まぁ本当はその後、どこかでお試しをやってみたかったんだけれども。結局ぶっつけ本番になってしまった。
 けれど――――なるほど。これが魔力の回収か。
 別に俺側に何かがあるわけではないけれど。これまではモンスターの消滅は見送るだけだったから、倒した後に何かをするというのは不思議だ。
 時折消滅しなかった牙のカケラとかが残るから、それの回収くらいしかしないからなぁ普通は。

「おにいちゃん。残りの三体も倒しちゃうから、回収お願いね!」
「お、おう! 任せろ!」

 フロア内に斬撃が飛び交う。
 まだまだ、状況的には余裕そうだ。俺のことを(仮にではあるけれど)主と定めていたけれど、これじゃあどちらが主か分からないな。
 そういえば呼称の件も、ルーチェのインパクトもあってスルーしていたけれど……、ベルも俺のことを最初から『ゴシュジン』と言っていたな。
 この子らの中ではすでに、俺が上に居るというのが当然という認識になっているのだろうか。そのあたりは、後から確認しておかないといけないなぁ。

「……なんて考えている間に、オーク討伐が終わってた」

 合計十一体の巨大オークがいたのだが、討伐数はヒナ十一体、俺ゼロ体という結果である。

「えー……」

 いやほら……、適材適所だから! どのみち加勢とか、俺の実力では無理だったから!
 俺がうーむと腕組みをしていると、ヒナは静かにこちらへ近づいてきて言った。

「わあおにいちゃん。いっぱい貯めてくれたんだね。すごいね!」
「ん……? い、いやいや……。ただ剣を掲げて突っ立ってただけだぞ、俺」
「そうなの? でも、こんなにいっぱい溜まってるよ。
 あの瘴気の中からこれだけ魔力を吸えるのは、けっこうすごいことだと思うよ」
「へぇ……? そう、なの?」
「うん。たぶんおにいちゃん魔法剣士だから、魔法を感じ取るのが上手なんだと思う」
「そんなもんかぁ……?」

 よく分からないところで褒められてしまった。

「おにいちゃん! かがんで! かがんで!」

 そのまま「うーむ」状態だった俺に、ヒナはそう催促してきた。
 またぞろ奇襲か何かかと警戒したが、どうやらそうではないらしい。

「ん……? こうか?」
「うん! ありがとう!」

 膝を折り曲げ、ヒナの胸元あたりまで顔を降ろす。
 すると俺の頭に、小さな掌がふわりと触れた。

「えへへ。えらいえらい。よくできました♪」
「お……、お、おう……」

 その行為に、頭からつま先まで衝撃が迸る!

 これは……。
 これはなんか……、すげえ恥ずかしい……!
 幼女に頭撫でられて褒められるって、かなりむずがゆいというか。
 いやでも、母性……? なんか、温かみを感じるというか、これまでの疲れが一気に吹き飛ぶというか……!?

「ニンゲンって、頑張ってる人はこうして褒めてあげるんだよね? おにいちゃん、がんばったね♪」

 なでなでなでなで。
 にこにこにこにこ。

 ……うん。俺、一生このフロアに住むね♪

「って、ハッ!? 俺は何を!」
「わぁびっくりしたぁ」
「あぶねぇ……。ここを一生の住居とするところだったぜ……。
 幼女に頭を撫でられ続ける生活の恐ろしさが、身に染みて分かりました……」

 今日一日が怒涛すぎたからな……。
 あまりにも幻惑的すぎた。気を引き締めなおさなければいけない。

「と、とりあえず……。これでどれくらいの回復量なんだろうなぁ?」

 仕切り直しつつ、俺は剣を見せて質問する。
 何の変哲もない剣だが、ヒナと『繋がっている』ことで、コレにも魔剣特性が宿っているとのことである。
 ……そこらで投げ売りされてるような剣なんだけどな。
 剣をじいっと覗き込み、ヒナは「そうだね……」と言葉を落とした。
 やや険しい表情になっているのは、判別が難しいからかな?

「たぶんこれで、ほぼ二体分の魔力量はあると思う。
 想定してたよりもいっぱい回収してくれたおかげだね」
「そ、そうか! なら、さっさと二人の元に戻るとするか」

 立ち上がり、俺とヒナはこのフロアを後にした。
 その後の道中、少数だけモンスターと遭遇。ヒナはやや険しい顔をみせつつも、基本的には瞬殺だった。

「これで魔力は、完全に二人分を上回ったと思うよ!」
「そ、そうか! 良かった良かった」

 剣で魔力を回収するという行為に、だんだん俺も慣れてきたところだ。
 そして――――

「元気満タンだぞ、ゴシュジン!」
「おーっほっほっほ! 根性がみなぎってきましたわよ!」

 うるさいの二人、無事復活だ。
 まぁ……、元気になって何よりだ。復活するまでにも色々(・・)――――ほんとうに色々あったんだけど!

「なんだゴシュジン? 顔をしかめて?」
「どうしたのおにいちゃん。なでなでが足りなかったかな?」
「顔が青い……いえ、赤いような? 気がしますわよ?」
「い、良いからちょっと向こうで休んでてくれ! 気持ちを落ち着けるから!」

 色々。
 の、内訳。
 それはなんとも、俺には刺激が強すぎる内容だったのであります。





 前回までのあらすじ!
 二人分の魔力(えいよう)を確保して、無事魔物除けを設置したフロアへと戻ってきた俺を待ち受けていたのは、なんともとんでもない魔力投与方法であった!

「まさか魔力を与えるのがあんな方法だとは……」
「……? 何かまずかったの、おにいちゃん?」
「子供は知らなくて良いんです!」

 とにかく。
 俺が回収してきた魔力。
 その……与え方が、ヤバかったのである。
 こちらの想像では、剣に溜まっている魔力を抽出して球体みたいにして、それを身体の中に入れていくのかな~とか思っていたのだが、まさかの直接的接種方法だった。

「……ん、ぴちゃ、……ぴちゃ、ぇふ……、」
「れる……、ん……ふ、ちゅぷ……、んん……」

 剣に溜まっている魔力を体内に吸収するには。
 剣から出る魔力をそのまま舐めとるという方法だった。

「れろ、れろ……、かぷ……」
「ちゅる……、ふ、ぁ……、ちゅる……」

 なんかこう……、物理!
 そして絵面がヤバイ……!

「おにいちゃん、そのままソレ、持っててね」
「お、おう……」

 立ち上がる力のない二人は、中腰から四つん這いくらいの姿勢が限界である。最初は剣を普通に構えた状態でいたのだが、姿勢的に届きそうにないみたいで。
 なので地面に剣を置き、俺が柄だけを握っていれば舐めやすいかな~と思ったのだ。
 そして。
 結果的に、それが一番の悪手で。

 呼吸の荒い二人の幼女が、地面の剣をぺちゃぺちゃ舐めるという、とても特殊なプレイみたいな絵面が出来上がってしまったのだった。

 ちなみに。剣を舐めると聞いた瞬間に綺麗な水で洗い流しているのでご心配なく。
 まぁそれでも汚れはあるかもしれないけど、一応な……。

「……背徳的な絵面だった」

 何がヤバイって。
 二人とも魔力不足だったからか、己の能力で作り上げているらしい『衣服』が、あまり維持できていなかったのだ。
 ベルは元々布面積が少なかったのであまり変わらなかったが(それはそれで問題だけども)、ルーチェのほうはほぼ布地部分が無くなっていた。
 元がしっかりと着ていただけに、そのギャップにくらりときてしまったのは事実だ。
 けれど魔力不足の今、服を着ろ(つくれ)とは言えるわけもなく……。

「全裸に近い、ほぼ半裸状態の幼女二人が、地面に置いてある剣を、息を荒げて舐めるという異常事態に……!」
「何を気にすることがあるんですの我が夫。
 この身は全て貴方に捧げると決めているのですわよ? 今更全裸の一つや二つ」
「それもそれで大変なんだけど、もっとこう……世間体の問題なんだよッ!」

 通りすがりの冒険者がいなくて本当に良かった……!
 見られていたら、どんな理由があるにせよとっちめられていただろう。言い訳が出来る状況ではな無かった。
 こいつらを連れて歩くのであれば、そこらへんの言い訳はいつでもできるようにしておかないといけないなぁ……。

「元気が出てよかったね、二体とも!」
「オウ、ありがとうなゴシュジン、ヴァルヒナクト!」
「あなた方のおかげで、助かりましたわ!」
「えへへ……」

 わちゃわちゃと元気に笑い合う三人を見て、俺も良かったと腰を下ろす。
 なんか一日色々あったが、どうにか一件落着のようだった。
 その……、たった一つを除いては、な。

「ふぅ~……。
 まぁなんにせよ。落ち着いたみたいだし、ちょっとだけ休むとするか」

 こちらの言葉に三人は頷いて、それぞれ腰を下ろしてリラックスし始めた。
 俺も緊張を切らさない(・・・・・・・・)程度にゆっくりし、一旦気持ちを落ち着けることにする。

「おにいちゃん、ちょっとだけなんて言わずに、もっと休んで良いんじゃない?
 この魔物除けの魔法筒って、もっと効果時間長いと思うんだけど」
「おぉ、そんなことまで分かるのか」
「うん。魔剣だから、『魔』の何かならなんとなくわかるよ」

 正確には無理だけどねと、俺の横へ座って笑うヒナ。

「そうかぁ。凄いんだな魔剣ってのは」
「えへへ、ありがとー」

 わしゃわしゃと頭を撫でると、ヒナは嬉しそうに顔をほころばせる。
 かわいいのう~……。

「ねぇねぇ、それでさおにいちゃん。何で『ちょっと』なの?」
「ん? ……そりゃあだって、新しく魔力(えいよう)を捕りに行かなきゃいけないからな」
「え……」

 目を大きく見開いて、ヒナは驚いた表情を見せていた。
 まったくコイツめ……。気づかれないとでも思ってたのかよ。

「足りなかったのは、ベルやルーチェだけじゃない。ヒナも(・・・)だろ?
 確かに俺と『繋がって』いたことで多少はマシだったんだろうけど……、時折見せてた険しい顔つきで、そうなんじゃないかと思ってな」
「……おにいちゃん」

 沈むヒナの頭を、俺は再び軽く撫でた。
 百人力なこの身体だが、今はとても儚く――――か弱く見える。
 いや、弱ってるこの状態でも、たぶん俺より全然強いんだろうけど……。

「俺に心配かけまいと、言い出せなかったんだろ。
 魔力の溜まった剣をじっと見つめてたときも、言い出すかどうか迷ってた。違うか?」
「……うん、ごめんなさい」
「別に謝らなくてもいいけどな」

 俺が軽く笑うと、ヒナは小さな肩を震わせていた。
 まったく……。魔剣だか何だか知らないが、意地張りやがって。

「俺も、ベルもルーチェも、誰も攻めないさ」

 小さな頭をに手を軽く置いて。
 俺は意を決して――――三名の幼女に宣言した。

「だって俺らはこれから……仲間になるんだからさ」
「え――――」
「ゴシュジン!」
「我が夫!」
「あぁうん……ルーチェ。やっぱ、『我が夫』呼びは慣れないから、ちょっと変えてもらってもいいデスか……?」

 ともかく。
 こほんと咳払いをして俺は続ける。

「俺の役に立つために俺の元に来てくれたこと。とても嬉しく思う。……その、たぶん俺がお前らを助けたのは偶然なんだけどさ。
 だけど……その気持ちを無碍(むげ)には出来ないし、その気持ちに、応えたいとも思う」

 こいつらが便利だから利用しようとかの、打算じゃなくて。
 逆に、命を救ってもらったからという、引け目でもなくて。

 人の役に立ちたいという気持ちを振り払えるほど、残念ながら俺は強くないんだよな、これが。

「めっちゃ弱いし、幼女であるお前らに守ってもらう立場になるかもしれない」

 万年C級だし。アラフォーのオッサンだし。
 幼女と居るのはおかしいかもしれない。
 だけど……。

「お前ら三人と一緒に居たいと思うんだ。
 だからどうか……よろしくたのむ。ヒナ、ベル、ルーチェ」

 頭を下げると、三人は笑って頷いてくれた。
 まだ知り合って間もないけれど、俺をしっかりと見てくれている。そんな気がした。
 俺はそんな三人に、続けて、強く決意表明をした。

「だから――――いっぱい迷惑かけていいんだぞ。
 不調がなんだ。俺なんて絶好調でもお前らみたいに強くないんだからな」

 パーティは、一蓮托生だ。
 俺の背中はお前らに預けるし、お前らの背中は、出来る限り俺が見ていてやる。

「あはは! ゴシュジンはベルが守るから安心しろ!」
「そうですわ我が夫! わたくしの根性魔法が火を噴きますわよ!」
「火を噴くのはベルのほうだし根性魔法って何だっていう……あぁもう、ツッコミが追い付かねぇよ!」

 がやがやと笑いあっていると、うつむくヒナから「ぐすっ」という音が僅かに漏れてきて。
 そして顔を上げ、笑顔で言った。

「うん! ありがとう――――みんな!」

 俺は頷いて、改めて頭を撫でる。
 魔剣だなんて禍々しいものではなく、どこか太陽の臭いがした。

「あらためて。ドリー・イコンだ」

 すっと右拳を差し出す。
 それに応えるかのように、小さな掌が三方向から伸びてきて、俺の手を柔らかく包んだ。

「うん、おにいちゃん。よろしくね!」
「楽しもうな、ゴシュジン!」
「わたくしが居れば、どんなことでも可能でしてよ!」

 こうして。
 俺はパーティを追放され、新たなるパーティを結成することになった。
 この先何がどうなるのかは全く分からないけれど、幼女たちと楽しく生きていくのもいいかもしれない。




「それより俺……、捕まったりしないだろうな?」
「う~ん……、たぶん大丈夫じゃないかな、おにいちゃん。口裏合わせるし」
「とりあえず一人はまともな感性持ってる奴がいて良かったよ……」

 ロリコン罪でしょっ引かれでもしたらたまらないからなぁ……。
 爽やかなパーティ結成だったが。
 これまでとは違った意味で、多難になりそうではあった。





「うらうらうらァ! あははははッ!」

 洞窟内に、幼女の力強い声が響き渡る。
 魔竜・ベルアインという幼女は、ダンジョン内をところ狭しと飛び回っていた。

「一匹! 二匹! そこに三匹っ!」
「楽しそうだなぁ……」

 本来ならパーティごとに一体ずつしか倒せないであろう大型モンスターが、大木が伐採されるように次々となぎ倒されていく。
 一直線に飛んでいく度に一体。壁へ一旦着地し、更なる跳躍で一体。
 あんなに小さな体なのに、スピードとパワーが人間とはけた違いだった。

「これでトドメだぞ!」

 天井付近まで飛び上がったベルは、すぅっと息を吸い込んだかと思うと、その口からぶわっと大炎を吐き出した。
 フロアいっぱいを包む炎は、もはや大魔法クラスである。
 焼け焦げて消滅していくモンスターたちを背に、ベルは安全圏に居た俺のほうへてってっと駆け寄り、「どうだ!?」と目を輝かせた。

「うん……、つ、強いなベルは! あ、あははははっ!」
「そうだろ!? まだまだ本気じゃないぞ!」
「そうなのかぁ……。すげぇな」

 現在俺たちは、崖の地点の通路から一歩外に出た場所で戦闘を行っている。
 魔物除けはまだ張ったままなのだが、外にモンスターが見え、ベルが「ちょっと行ってくるぞ!」と勢いよく飛び出してしまったので同行したかたちだ。

「ううむ血気盛ん」

 元気が戻った瞬間にこれである。
 ただまぁ……、早いうちに実力が知れたから良かったと言えば良かったのかな?

「ベルちゃんすごい強いんだね! 私びっくりしちゃった!」
「お、おう……。良かった。やっぱアレ、普通の強さじゃないんだよな……?」
「そうですわねぇ。魔竜の中でも相当上位に位置する破壊力だと思いますわよ我が夫」
「やっぱそうなのか……」

 俺が感心していると、二人はそういう風にベルを評した。
 これまでの人間準拠の強さはあてにならないからなぁ。この子らの言葉くらいしか、測るモノサシがないのである。
 ちなみにルーチェの「我が夫」呼びは、時間の都合上理由を問い詰めるのは後回しにした。
 ツッコミどころが多すぎてちょっと胃もたれ気味なので。すまんな……。

「まぁあれくらいならわたくしも出来ましてよ。根性があればどうとでもなりますわ」
「やっぱ根性論なのか……」
「……? 気持ちの入れようで魔法の威力が大きく変わるのは、常識ではなくって?」
「いや、そうなんだけど! それを根性で片付けられると、意味合いというか、ニュアンスが変わってくるだろ!?」
「ふぅむ……、ニンゲンは難しいのですわねぇ」
「いや、その感性はルーチェちゃんだけだよさすがに」

 やっぱそうなのか。
 ただまぁ、ベルも根性論者な気がせんでもない。性格的に。
 そんな彼女はとても気持ちよさそうにこちらへ帰還する。

「ふ~、さっぱりしたぞ! 楽しかった楽しかった!」

 一風呂浴びたばっかりのようなスッキリした表情を見せ、朗らかに笑う褐色幼女。
 あのモンスターたちって、一応Bランク以上の力があるんだけどな……(前のパーティはCランク)。
 このダンジョンだって、やや背伸びをして挑戦したのだ。まぁ、新規団員でBランクのユミナが入ったからというのもあったのだけれど。

「あいつ等……、元気かな」

 恨む気持ちもないではないが。
 今はともかく、旧友らの行く末が心配ではある。
 ベルは気軽に倒してはいるものの、アイツらはそうではないだろうからな。
 消滅していくモンスターの残滓を眺めつつ、俺はそんなことを考えていた。







 ドリー・イコンという男が去ってから。
 私、ユミナ・クライズムは。このパーティのバランスが、やや歪んで(・・・)きているような気がしてならなかった。

「ユミナ、どうかしたのかァ?」
「あぁいや。特に何もないよ」

 このパーティのリーダー・レオスにそう応えて、私は警戒しつつ殿を務める。

「ドリー、か……」

 聞こえないよう、小さく声に出して呟いた。
 あまり魔法剣士に見えない、太り気味な男。
 小心者のようでいて、意外と大胆な決断をする。それが経験則によるものか、熟考の果てに導き出したものなのかは分からないが、大抵あの男が動くと、事態が『少しだけ』好転する。

「ふむ……」

 この――――『少しだけ』というところがみそだ。
 その効能というか効果のようなものに、おそらくこのパーティメンバーは気づけていない。
 おそらく私でさえも全ては気づけていないのだろうし、そもそもコトを起こしている本人自体、無自覚だろう。

 やれることをただやっているだけ。
 このダンジョンクエスト中……、それもたったの六階層しか一緒には居なかったものの、そういう性質なのだろうなということは、薄くだが理解した。

「人が良さそう……とは、また違うか」

 まぁなんにせよ。あの短期間で人となりを把握することは難しいか。
 ただやはり……、どことなく気にはなる。
 足りないところに手を伸ばしていたというか、パーティ全体のバランスをとっていたというか。

 同じ魔法剣士という職業で。
 全ての能力に置いて彼に勝っている自信はある。が……、同じことをやれと言われると、難しいかもしれない。

「なぁレオス。ドリーはどうして、このパーティを(・・・・・・・)出て行って(・・・・・)しまった(・・・・)のだ?」

 私が訪ねるとレオスも他のみんなも、いやに微妙な表情を見せていた。
 何か触れない方が良い話題なのだろうか。しかし、私もパーティメンバーの一員なのだ。確認する権利くらいあるだろう。
 そう考えていると先を行くレオスが、薄ら笑いを浮かべながら口を開く。

「ま、まぁ……、アイツもアイツで? 色々考えていたっぽいからなァ。
 突然の申し出には驚いたが、やる気のないヤツを置いておいても仕方ないし」

 レオスの言葉に続き、周りの者も「そ、そうだなぁ……」「うんうん」と口をそろえて頷いていた。
 明らかに変な空気ではあるが……、まぁ、これを作り出してしまったのも私、か。
 切り上げてしまったほうが得策かな。

「すまない。少し気になっただけだ」

 そう言うと周りの者にも安堵の息が漏れる。
 変わらずやや上ずった口調で、レオスは言った。

「はは……。ユミナの役割が変わるワケではないからサ。そこは安心しろよ。
 普通に魔法剣士をしてくれれば良いだけだから」
「そ、そうそう」
「いやいやリーダー。彼女はドリーなんかよりも能力が高いんだ。
 アイツ以上の仕事をこなしてくれるでしょうよ!」
「ハハハッ! それもそうだな!」

 盛り上がるメンツをよそに一息ついて、私は大人しく殿の務めに戻った。
 まぁ正直な話……、戦力としては問題ないか。
 前衛の力は、私や剣士のレオス、戦士のガディが居れば大丈夫だろうし、回復も神官職のマルティがいる。遠距離から弓のジューオがフォローも出来るし、バランスは十分とれている。

 ただ私が気にしすぎているだけなのだろう。
 ダメージこそ少ないものの、どこかしら先ほどよりも疲労感が増している。
 彼が居た時と居なくなった後で、僅かではあるものの、確実にそうと言える事柄だ。

「……、」

 それはもしかしたら、彼に関係のない事柄なのかもしれない。
 単純に階層も上がり、敵が強くなっているだけな可能性もある。
 けれど――――

 得体の知れない不安を感じながらも、私は歩みを進めていった。
 この先。
 何もトラブルが起きなければ良いのだが……。






 さてさて。
 パーティを結成して一時間ほど休憩して(主に俺の体力回復のため)、立ち上がり「よし」と装備を確認する。

「この魔物除けは、切れるまであと一時間くらいあるから大丈夫だと思うけど……、一応ヒナ一人にするのは危険だからな」

 ヒナは先ほどのような、ベルやルーチェが弱っていたような事態にはなっていない。とはいえ、いつどこで魔力(えいよう)が切れるか分からない。
 万が一を考えると、一旦はここで養生しておいてもらったほうがいいだろう。

「そんなわけで、二人は留守番だ。頼んだぞ、ベル」
「任されたぞゴシュジン!」
「気を付けてね、おにいちゃん」

 二人に見送られ、俺たちは再びダンジョン内へと歩みを進めた。
 やることは先ほどと同じだが、今度ついてくるのはルーチェだ。
 行ってくると言って二人で探索を開始する。

「さてそれで……、」

 自身を『魔法』であると称す彼女だが……、正直他の二人と違って、ちょっと不明瞭なところが多すぎる。
 丁度先ほどダンジョンの『呼吸』があったタイミングだったみたいで、若干だが道が変動していた。俺たちの休憩スペースには影響が無くて良かったぜ。

「ルーチェはその……、『魔法』、なんだよな?」

 改めての確認のため、俺は自分でも口にしてて不可思議な文章を口にする。
 あなたは魔法ですか? って、控えめに言って意味わかんないよな……。
 困惑・混乱を抑えられない俺の言葉とは対照的に、ルーチェは「えぇ」と気品よく頷く。

「そうでしてよ旦那様」

 ちなみに呼称は『我が夫』から『旦那様』へと変更になった。
 ……まぁ、旦那様なら館の主人とかにも使うから、まだマシになったかなと思う。どうしてみんな頑なに名前で呼ぼうとしないんだ。
 それはさておき、俺は質問があると彼女に言うと、「えぇ。よろしくてよ?」と凛とした音色の声が返ってきた。
 高貴な感じの良く響く声だ。聞いていて心地よい。

「えっと……。『魔法』って……どういうこと?」
「……? 魔法という意味ですわ?」
「あーその……、お前は自分が魔法であるって言ってたじゃん? それはその、光魔法ルーチェリエルそのものなのかってこと」
「もちろんですわ。わたくし、光魔法ルーチェリエルでしてよ?」
「だからその……、大元の光魔法自体がお前ってことで良いのかな?」
「わたくしは光魔法でしてよ? 神聖なんですの。おーっほっほっほ!」

 ?????????
 うん??????? わかんなぁい??????
 声は心地いいのだけれど、会話の内容はぜんぜん心地よくないので、脳がおかしくなってきそうだ。

「えっとその……さぁ。あの二人――――魔竜と魔剣みたいに、意思を持った魔法ってことで良いのか?」
「うぅ~ん……? 正直そのあたりは、根性をもってしても分からないんですのよねぇ……。
 というよりもおそらく、わたくしもあの二体も、何故自分がここまではっきりと意識を持ったかは、分かっていないのではないかと思われますわ」
「分からない……か」

 ベルはまだ生物だから分かるけど。
 ヒナとルーチェは、そもそも生物としての概念にはカウントされていないものたちだ。

「でもそういえば……。物にも概念にも、何かしらの人格は宿るって言うのは、どっかで聞いたことがあるなぁ」

 どこで聞いた話だったかは忘れたけど。
 冒険者の中には、とてつもなく不思議な体験をした奴らもいるだろうし。そのあたりからの伝聞だったかもしれない。

「そのあたりは正直なんとも、ですわね。
 言葉を喋れてコミュニケーションをとれるようにはなっていますけれど、自身がどこまで何を知っているのかすら、あまり把握しておりませんもの」

 ルーチェは小さな歩幅のまま、優雅に歩きながら言葉を続けた。

「分かっているのは、自分自身の分類(・・)が魔法であるということだけ。
 まぁおそらく、主人が放った特大光魔法・ルーチェリエルが意思を持ったというものなのでしょうけれど――――確証はありませんわ」
「そうかぁ……。うーん、難しいなぁ。
 仮に正確な正体が分かっても、俺じゃあ理解できないかもしれないな」

 あははと笑うとルーチェもおほほと笑った。
 しかしその後、ぴたりと足を止めてルーチェは「旦那様」と静かにつぶやく。どうした?と顔を覗き込むと、大きくぱっちりとした瞳が、こちらを見返してくる。

「今の一連の話を、旦那様は理解なさったのですよね?」
「え? ま、まぁ……。『理解できない』ってことは理解したけど」

 俺の言葉に少しだけ俯いて。ルーチェは言葉を続けた。

「貴方様は、そんな『理解できない』……、得体の知れないわたくしたちと一緒に居て、本当に良いんですの?」
「うん? どういうことだ?」
「だって……、そもそもわたくしたちは、ヒトではないんですのよ? それなのに一緒に居るだなんて……」
「うーん……、そうだなあ」

 俺は腕を組んで考えた後、ルーチェに向かって言った。

「さっきも言ったけど、俺は人の気持ちを無碍にするのが嫌なんだ。その――――怖くて、な。あぁいや、……この話は別に良いんだけど。
 ともかく……、お前らは嘘をついてないと思ったし、純粋に気持ちが嬉しかったからさ」

 まぁそれにだ。
 わちゃわちゃしてるの、なんかかわいいし。とは、面倒になるので言わないでおくけれど。

「こうやって会ったのも何かの縁だしな。
 みんなで楽しく生きていければいいかな~……って感じなんだけど」

 やばい。ユルすぎたか?
 でも俺、正直複雑なコト考えられるほど、頭の出来はよくないんだよなぁ。
 世界や社会は複雑に出来てるからさぁ。日常生活くらいは簡単に生きていきたいのである。

「あっ……、ありがとう、ですわ……」
「お? お、おう……。どうした?」
「ううん……。なんでもない、ですの……」

 何故か俯いて、俺の服の端をぎゅっと掴むルーチェだった。
 困ったような顔が見えた気がしたけど……、口元、笑ってる?
 まぁ、喜んでくれてるなら、いいかな?

「よぉ~~~し! 気合いと根性、いただきましたわよ!
 ここからは光魔法・ルーチェリエル、旦那様のために精一杯頑張らせていただきますわッ!」

 凛とした力強い声がフロアに響き渡る。綺麗なおでこもきらりと光り、元気満々と言ったところだ。
 少しだけしおらしい空気を見せていたけれど、どうやら大丈夫っぽいな。
 ほっと胸を撫でおろすと同時、ガサガサドスンドスンと、多方向から色々な音が聞こえてくる。

「うん。分かってた分かってた。――――大声出せば、そりゃあモンスターは集まってくるって分かってたさっ!」
「おーっほっほっほ! さぁ! 全力全快で参りますわよッ!」

 俺たちを覆う、数々のモンスター。
 大小様々な魔物が、所狭しと集合していた。
 うん……。ヒナと行動していたときの、デジャブかな?






 というわけで、戦闘開始だ。
 トラブルはトラブルなんだが……それも三回続くと多少は慣れてくる。
 ヒナとベルのときはただただ驚くばかりで正確に『強さ』を感じることが出来なかったが、ルーチェの実力はしっかりと見届けてやれそうだ。

 剣、竜ときて――――魔法。
 ヒナは超速斬撃による各個撃破スタイル。ベルはダイナミックに飛び回りながらの広範囲殲滅。
 ルーチェは……どうだろう、魔法だからやっぱり、特大の魔法を撃ちまくったりするのだろうか。
 ピンチだとは感じつつも、俺だって魔法剣士だ。『本物の魔法』という存在から放たれる魔法に、胸が躍らずにはいられない。

「ルーチェ、正面から来てる!」
「ふふん……、いきますわよッ!」

 ミノタウロスと呼ばれる、オーガよりも更に筋骨隆々の巨体が迫る。大きな斧を両手で振り上げ――――そして一気にルーチェへと振り下ろした。
 それを彼女は……、

「は……、はぁぁぁぁ!?」
「フンッッ!!」


 真正面から、両の掌でどっしりと受け止めていた。


「イイですわねぇ……ッ! 滾ってきましたわよォッ!」

 豪奢なドレスと上品なツインテール――――に、とても不釣り合いな光景が、そこにはあった。

「えぇー……、ま、魔法……とは……、」
「根ッ性ッ! ですわぁぁぁッ!」

 小さな体のどこにそんな力があるのか。彼女は怒号と共にミノタウロスの斧をバキバキに粉砕する。

 幼女のぷにぷにしたカワイイおてて。
 外見はそのままだから脳が混乱する。

 流石にモンスターとしても、この状況は異常事態だったのだろう。巨体のミノタウロスは怯んだ表情を見せていた。そしてその隙をついて……一撃。ルーチェの放った飛び上がりアッパーが、大きな顔の顎へと炸裂する。

「根性アッパーッ!」
「グォォッ……!」
「イイ手ごたえですわッ!」

 揺らいだ巨体へと更に連撃。

「根性パンチ! 根性キック! そしてとどめの――――根性バックドロップですわぁぁぁッッ!!」

 アクロバティックな投げ技が炸裂する。
 巨体の両足を力づくでがしりと掴み、背中を逸らしながら宙を舞う。

「お~っほっほっほっほっほっほッ!!」

 巨体は頭から地面へ。
 ルーチェの身体は、美しきブリッジを描いていた。
 強烈な連撃。
 華麗なるバックドロップ。
 そうしてミノタウロスは、黒い霧となって消滅する。
 呆気に取られるのもつかの間。優雅なキメポーズを取っていたルーチェの元へ、更なる巨体が襲い掛かる。

「ガルルァァッ!」
「追加ですのね? 良くてよ、かかってきなさいッ!」

 それからもルーチェは、己の五体で戦っていた。
 殴る蹴る、投げる突き飛ばす、終いには頭突きまで。魔法の「ま」の字も無いような、完全格闘家(モンク)スタイルの戦闘方法により、この場を制圧せしめたのであった。

「―――いや魔法は!?」
「……? 相手の攻撃を受け止めるときには、多少は使いましたわよ?」

 何せ『ルーチェリエル』は防御魔法ですものと、彼女は一息ついて言う。
 いやそういうことではなくてさ。

「もっと魔法で遠くからとか、ド派手な光魔法でやっつけるとか、そういうのは!?」
「わたくしの武器は魔法ではなく『根性』でしてよ! お~っほっほっほっほッ!」

 高らかに笑うルーチェを、俺はどんな表情で見ていたんだろうなぁ……。
 お嬢様な外見、魔法という概念の人間化、優雅な立ち振る舞い、上品な高笑い。
 こんなワードの人物が……まさかのパワータイプだなんて思わないじゃん!?
 魔法使いとしての側面を持つ俺の、あのわくわくとトキメキを返せ……!

「はぁ……」
「――――で、見ていただけましたでしょう? わたくしの素晴らしい、『根性』!」

 驚きなのか気落ちなのか。
 そんな風に顔を伏せる俺に対して……目をきらきらさせながら、ルーチェは詰め寄ってきた。
 高笑いしている上品な笑顔とはまた別の、誉め言葉を期待しているペットみたいな、満面の笑みだった。
 うぐ……、か、かわいい……。

「ま、まぁ……、強かったし凄かったのは事実だな。
 うん、そうだな。よくやったぞ、ルーチェ」

 えらいえらいとヒナにやってもらったように、俺も真似して彼女を撫でてみる。
 またぞろ高笑いが始まるかと思ったが、ルーチェは頬を赤らめて「えへへ」と年相応の表情を見せていた。
 なんだかこっちまで嬉しくなってくる顔だ。そういう顔も出来るんだなぁ。

「……よ、よし、それじゃあ帰るか」

 ロリの沼へと陥りそうになる心を何とか沈め、俺は彼女とその場を後にした。
 ……ち、違うぞ! このドキドキは、父性が芽生えた的な感情だからな!? 






 異変に気付いたのは、ヒナだった。

「ねぇおにいちゃん。ちょっと疑問に思ったんだけど」

 ダンジョンの下層へと戻る道中にて。
 彼女は変わらず可愛らしい声で質問をしてきた。
 こちらといえば、粗削りな岩で出来た壁へと背を預けて休憩している最中である。疲労というものが無いのだろうか、羨ましい。
 額をつたう汗を拭いつつ、俺は「なんだ?」とヒナに応じると、彼女は「えっとねぇ」と顎元に指をあてがった。

 声だけじゃなくて仕草も可愛いのか。最高かよ。
 巨乳じゃなくてもバブみを感じれる。俺は学んだね。
 そんな不埒なことを俺が考えているとは露程も知らず、ヒナは小さな口を開いた。

「おにいちゃん、もしかして強くなってない?」
「……………………はい?」

 うん? 可愛らしい声で、何を言っているのかなこの子は。
 ふぅ……、やれやれ。まったく困ったもんだぜ。
 魔剣という規格外な存在とはいえ、やはり子供は子供か。
 俺の弱さは……俺がよぉぉぉぉく分かっとるわッッッ!!

「悲しいかな俺は強くないぞ!
 十年経験積んで、出直してきなオジョウチャン?」
「え……? う、うん……」

 声を大にして言うことでも、ハードボイルドな空気で言うことでも無かった。
 うん。ヒナも若干困惑気味だ。そうだよね。ごめんね。
 まぁ置いておきまして。

「俺が強くなってるって、どういうことだ? 見ての通り、今現在もヘバって休憩中だけども」

 実は現在、魔物除けを張っていない状態ではあるものの、ちょっとだけ休憩をとっていたりする。理由は簡単。歩くペースが早すぎるのである。
 いやぁ、このロリ達……。湧き出るモンスターを紙屑のようにばっさばっさと倒していくものだから、予想以上のハイペースでダンジョンを進めてしまう(・・・)のだ。

 それはつまり、歩行速度が上がるということで。
 それはつまり、足を止める暇が無いってことで。
 そうするとほらこの通り。くたびれたオッサンの出来上がりなのです。

「そんな状態の俺を見て、よく強くなったって言えるなヒナ」
「そ、それはそうかもしれないんだけど!」
「いやまぁ、嘘でもそういうことを言ってくれて嬉しいよ。ありがとな」

 ははと軽く笑って水を飲む。
 もしかしたら気を使ってくれたのかもしれないな、なんて思っていると――――視界に、とんでもないものが見えた気がした。

「……ぶっ!?」

 たぶん。
 パンツだ。
 それも――――ルーチェの。

「何、やってんだヒナ!?」
「え……、えいっ!」

 噴出した水を拭うことも後回しにして、俺は二人の方を見やる。
 彼女が何をやってるのかと言うと……、それはとても、不思議な行動だった。
 ヒナはルーチェのスカートをつまみ、とても素早いスピードでそれを上下に動かしている。
 バサバサと動かしていて、まるでスカートの中へと風を送っているようにも見える。

「……何をやっているんですの? ヒナ」
「ルーチェちゃんはそのままでお願い!」
「まぁ……、良いですけれども」
「いや良くないだろ!」

 俺が慌てて目を逸らすと、ヒナは「おにいちゃん!」と必死の形相をしながら言った。

「おにいちゃんはしっかり、ルーチェちゃんのパンツ見てて!」
「どういう状況!?」

 意味が分からないんですけど!
 ルーチェは腕を組んで仁王立ちをしているし、ヒナは彼女のスカートをバサバサと上げ下げしているし、ベルは暇になってテキトーなモンスターを倒しに行っていた。
 ううん……、カオス。というか、こいつらと出会ってこっち、カオスじゃなかった状況の方が少ないです。

「えっと……、で、何?」
「おにい、ちゃん! ルーチェちゃんの、パンツ、見てる!?」
「いや見てるけどさ……」

 とはいえ人外のスピードで上げ下げしているもんだから、ほとんど奥の布地は見えない。
 よくて膝のあたりくらいだが……、そもそも俺は何をさせられてるんだ。

「もっとよく見ようとして!」
「えぇ……。う、う~ん……」

 とりあえず付き合うことにするか。大人しいヒナがここまで必死なんだ。……やってることはアレだけども――――

「ん……? え、アレ?」

 見え……る? アレ? パンツ、ぼんやり見えるぞ……?
 ドレスの下に履くのはドロワーズとかじゃないのかというツッコミは置いておき……、ルーチェの足の付け根と、上品な色の黄色いパンツが、見える……。

「って、おっと」

 考えに気を取られた瞬間。またぞろパンツは見えなくなってしまった。
 上下に高速移動するスカートのカーテンに阻まれる。
 集中が途切れてしまったからなのかな?

「えーと。もう一度集中を……」

 再び目を見開いて、ルーチェのスカートに集中する。
 ヒナが動かすスカートが、段々とスローモーになっていき――――その奥には黄色いパンツと、そしてルーチェの、白い足の付け根が見えた。

「そんなところに……、ほくろがあるんだな……」
「むむむ~……、な、なんだか恥ずかしいですわね!」
「それでも仁王立ちはやめないんだな……」

 顔を赤らめるルーチェの顔も、同時に見えた。
 そしてその後も、スカートの中身は見え続ける。上下に動くスカートの合間を縫って、黄色い布地は完全に俺の視界に残り続けていた。
 な、何だろう……?
 何かがおかしいことは分かるんだが、理由が説明できない。

「ヒナ、こ、これは……? 俺は今、何を実感させられてるんだ……?」
「おにいちゃん! やっぱりだよ!」

 スカートから手を離し、ヒナは俺の手を握って嬉しそうにしていた。
 ……別のロリのスカートの中身を見れたということを祝福するロリって構図が、もうだいぶヤバいんだけど大丈夫なんだろうか。

「おにいちゃん! 動体視力、上がってるね!」
「あぁなるほど、ですわ。そのためでしたのね」
「どうたい……、しりょく?」

 俺はまるで、初めて聞いた単語のように聞き返してしまった。
 動体視力。
 物を捉える、目の力のことだ。
 それが、上がってる? 俺の知らないところで?

「おーゴシュジン。何か嬉しいことでもあったのか?」

 身体を動かしてスッキリしたのか、ベルも近くに寄ってきた。
 スナック感覚でモンスターを倒してくるんじゃない。助かってるけども。
 一部始終をベルに話すと、彼女も「あー」と虚空を見上げ、得心いったというリアクションを見せる。

「そうだよな! だってゴシュジン、ベルたちの戦闘(・・・・・・・)見えてた(・・・・)みたいだったしな!」
「え、戦闘を?」

 そういえば。
 この、ヒナ、ベル、ルーチェの三人は。超凄い戦闘を展開していた。
 それはそれは物凄く。凄まじく。人知を超えて――――超凄い。
 まさしく人外の強さを見せつける、特A級の戦闘だったのだ。

 それを。
 俺は、この目で見ていた。
 理解していた。
 目で追えていたのだ。

「ルーチェちゃんのほくろが分かったように、おにいちゃんは集中すれば、とっても凄い動体視力を発揮することが出来るんだよ!」
「マジか……」

 俺が困惑していると、ルーチェが横から言葉を挟んできた。

「それだけではありませんことよ我が夫。
 おそらく魔力も、上昇しているはずですわ?」
「え、マジ……?」
「魔力の、量なのか質なのか、はたまた攻撃の時の威力だけなのかは分かりませんけれど……、明確に普通とは違う魔力波を感じますわね」

 ルーチェは言いながら近づいて、俺の下腹部を「どれ」と触った。
 小さくて白い手が、俺の股間――――のギリギリ上の部分に振れる。

「ちょっ……!」
「ココ。分かりますか?」
「さすさすするな!」
「ぷにぷにで気持ちいいですわ~」

 悪かったな太ってて。
 ルーチェの言葉に続き、あとの二人も小さな手を這わせてきた。
 絵面が何とも背徳的だ。とてつもなく恐ろしい。

「このあたりにも強い魔力塊が感じますわ。太くて硬くて、アツい感じがしますわね。イメージですけれど」
「イ、イメージっすか……」

 良いから離していただけませんでしょうか。かわいいロリたちに股間付近を弄られていると、精神衛生上とてもよろしくないのです。
 狼狽する俺を他所に、気持ち良かったね~と言いながら手を離す三名。
 と、とにかく……。
 え? 強い魔力が、流れてる……?

「なんでだ? どうして俺の身体、そんなことになってんの?」

 魔力が流れてるってことは、身体機能なんかもアップされているということだ。
 でも、変わらず身体は疲れてるけども。
 そんな風に俺が疑問に思っていると、ベルが何かを思いついたように手を叩いた。

「アレかもなーゴシュジン!
 さっき上の階で、ゴシュジンの熱いのを、いっぱいナカにもらっただろー? たぶんそれだ!」
「誤解を招く言い方をするな!?」
「また舐めさせてくれ」
「それ……はっ、その方法しかないならそうするけども」

 ともかく。

「さっきお前らに与えた魔力(えいよう)? それが、何だよ?」
「たぶんソレで、ベルたちゴシュジンと繋がったんだぞ」
「つなが……った?」

 古来より。
 魔なる者や人外と契約し(つながっ)た者は存在するという。
 ただその言い伝えは様々で、専用の儀式をしなければ謁見することすらも出来ない者がほとんどであるとか。
 でもそんなステップを……、俺、飛び越えちゃったのか?

 ヒナの言葉が思い出される。
 認識。
 存在を、認識する。
 それってつまり、こういうことなのか……?

「あ、そうだ! 冒険者プレート!」

 俺は首元のプレートを取り出し、確認していた。
 そこには。これまで見慣れた微妙な強さを表す黄色(イエロー)――――ではなく。

 最高ランクの実力を示す、白金(プラチナ)カラーが、煌々と光り輝いていた。