61. 走馬灯

『お主ら、やってくれたのう』

 脳に直接響く威圧的な若い女の声に、ミリエルは青い顔をしながら壇の前に駆け寄り、瓦礫を掃うとひざまずいた。

金星人(ヴィーナシアン)様、恐れながら申し上げます。これには深い経緯が……』

 ミリエルが冷や汗を流しながら答えていると、百目鬼が喚き始めた。

『こいつらです! こいつらが金星の力を勝手に使って管理者を殺したんです! 私は被害者です!』

『黙れ!』

 タブレットがオレンジ色に光りながら怒る。

『私めでしたら、必ずや金星人(ヴィーナシアン)様のお力になります! 本当です! こんなのろま達には負けません!』

 制止も聞かず百目鬼は一気にまくしたてる。

 直後、タブレットをクルクルと回っていた紫水晶の一つが激しい閃光を放つ。パウッという振動と共に一直線に紫の光線が百目鬼を貫いた。

『ぐはぁ!』

 鮮烈な光線は、百目鬼の胸にぽっかりと穴をあけ、そこから体液がボコボコと沸騰し始める。

『ひぃっ!』

 玲司はその凄惨な仕打ちに思わず目をつぶる。

 しばらく百目鬼はうごめき、そしてブロックノイズに埋もれ、消えていった。

 一行は金星人(ヴィーナシアン)の無慈悲な行動に戦慄を覚え、ただ、押し黙るばかりだった。

『さて、お主らに裁決を申し渡す!』

『さ、裁決?』

 玲司は破滅的な予感に冷や汗を流し、真っ青な顔でタブレットを見上げた。

『金星の技術を使い、勢力を高めんとしたその方らの罪は万死に値する。よって貴様らは死刑。管理中の地球は全て没収の上廃棄。以上!』

 要は皆殺しである。自分たちだけでなく、八個の地球に息づく百数十億の命もすべて奪うというのだ。

 玲司は思わず叫んだ。

『お待ちください! これらは全て地球の発展のために行ったことです。なにとぞ……』

 しかし、金星人(ヴィーナシアン)は、

『黙れ! 裁決は変わらぬわ。執行!』

 そう言うと、再度紫水晶の一つが激しい閃光を放った。

 ひぃっ!

 パウッ!

 放たれた紫の光線は、横から素早くシアンの伸ばしたロンギヌスの槍に当たり、弾かれて崩れた壁で爆発する。パン! という衝撃波が響き、バラバラと石材が落ちていった。

 シアンはひどく寂げな顔で玲司に微笑む。

 その微笑みに、玲司は最期の時が逃れられない現実として迫っていることを理解させられた。

 あぁ……。

 この愛しい時間が指の間をすり抜けて消えて行ってしまう絶望に、目の前が暗くなっていく。

()れ者が!』

 金星人(ヴィーナシアン)はそう叫ぶと、自分の周りをまわるすべての紫水晶を発光させると、シアンに向けて次々と乱射した。

 最初の一、二発は何とか回避したものの、その後が続かなかった。腕が飛び、足がちぎれ飛んだ。

『ふぐぅ……』

 息も絶え絶えに床に転がったシアン。

 その美しい碧色の目からは輝きが消えうせ、ただ、玲司を見つめ、血だらけになった腕を伸ばしてくる。

 数多くの騒動を引き起こした破天荒な娘だが、いつも『ご主人様』と慕ってくれたかわいい娘がズタズタにされ、ぼろ雑巾のように転がされてしまった。玲司は真っ青になって叫ぶ。

『あぁ! シアン!』

 なんという無慈悲。玲司は怒りと悲しみとグチャグチャになった感情のままシアンに駆け寄ろうとしたが、

『執行!』

 という金星人(ヴィーナシアン)の声が響いた。

 パウッ! かすかに衝撃音が響き、一直線に紫の光線が玲司の胸を貫いた。

『ぐはっ!』

 大きな穴が胸にぽっかりと開いてしまう。ボコボコと体液が噴き出しながら沸騰していく。

 情け容赦ない金星人(ヴィーナシアン)の刑の執行は、玲司の人生に終止符を打ったのだった。

 崩れ落ちながら、それをまるでスローモーションのように感じる玲司。

 今までのことが走馬灯のように玲司の頭をよぎっていく。

 あの日、天井から舞い降りてきたシアン。美空を味方にして地下鉄に潜入し、スーパーカーで宙を舞い、中華鍋でデータセンターを爆撃したこと。そして美空を失い、ドローンと対峙し、核爆発で焼かれたこと……。その後復活して、ミリエルとミゥとここまでやってきたのだ。全てが玲司の中で素敵な思い出となって心を温める。

 素敵な人生だった。ちょっと短かったけれど、他の人の一生分以上の体験はできたに違いない。

 みんな、ありがとう……。

 上空には満天の星々、そしてくっきりと見える天の川。

 俺は金星で死ぬのだ。

 玲司は微笑みを見せながら崩れ落ちていく。

 ……、あれ……?

 ここでふと疑問が浮かんだ。

 おかしく……、ないか?

 AIスピーカー詰め込んだだけで、シンギュラリティを達成する確率ってどのくらいだろうか? 百目鬼と戦って勝ち残れる確率は? 海王星、そして、こんな金星までたどり着ける確率は?

 パッと考えて、それぞれほぼ0%なことに気が付いた。

 あり得ないことが次々と起こっている。これはいったいどういうことだろうか?

 玲司はゆっくりと崩れ落ちながら、とても大切なことに気が付いた気がしてハッと目を見開いた。

 何かが……、おかしい……。










62. 俺は死なない

 あり得ないことが次々と起こるのだとしたら可能性は二つ。これが夢である、もしくは、この世界がおかしいのどちらかだった。

 これは夢か? 夢ってこんな長く精緻(せいち)に続くものだったか?

 崩れ落ちながら考えてみるが、これが夢だとは到底思えない。

 となれば、この世界は自分の都合の良いように構成されていると考える以外なかった。つまり、この世界は自分を中心に回っているのだ。

 バカな……。

 しかし、他には考えられなかった。

 もし、本当にそうであるなら、この胸にポッカリと開いた穴も、なかったことにできるのではないだろうか?

 玲司はゾーンに入ったままつぶやく。

「俺は撃たれていない。俺は死なない」

 すると、キラキラと赤、青、黄色の蛍光を放ちながらアゲハ蝶のような不思議な生き物がワラワラと湧いてきて玲司の傷口に群がった。

 よく見るとそれは可愛い顔をした妖精で、美しい光の微粒子を辺りに振りまきながら楽しそうに傷をどんどんとふさいでいく。

 いきなり現れたファンタジーな存在にミリエルもミゥも唖然として、その美しき使徒に目を奪われる。

 やがて傷が全てふさがると玲司は自分の傷跡をさすってみる。そこにはシャツにぽっかりと穴が開いているが、肌は何の傷跡もなくつやつやとしていた。

 そう、やはりこの世界は自分の世界だったのだ。

『シアン!』

 玲司はシアンに駆け寄ると、千切れた足と腕を拾い、

『お前は死なない。撃たれてもいない。いつものように楽しそうに笑うんだ』

 そう言いながらグチャグチャになってしまっているシアンの遺体に腕と足を繋げた。

 妖精たちはシアンにも群がり、丁寧に傷をつなぎ合わせ、治していく。そして、しばらくすると楽しそうにわちゃわちゃとふざけあいながら、満天の星空へと遠く高く消えていった。

『シアン……、おい……』

 玲司はシアンのほほをパンパンと叩いてみる。

『ん……? あれ? きゃははは!』

 シアンは何が起こったのか理解できていない様子だったが、息を吹き返し、いつものように笑った。

 玲司はうんうんとうなずくと、タブレットの方を見上げる。

 そこには何が起こったのか分からず戸惑っているようなタブレットが、静かにたたずんでいる。

『お前の攻撃はもう当たらない。安全な場所に隠れているお前は今すぐ俺の前に現れ、謝罪する』

 玲司はタブレットを指さし、淡々と言った。

『笑止! 死ねぃ!』

 直後、紫水晶全部から激しい攻撃が放たれる。それは辺り一体がまぶしくなるようなラッシュだった。

 しかし、爆煙が晴れて姿を現した玲司は平然と立っている。

『もう一度言う。お前は現れて俺に謝る』

 直後、タブレットにバキバキッと亀裂が入り、ズン! と床に崩落し、激しい爆発を起こす。

 そして、爆煙が晴れると一人の女の子が転がっていた。

『痛ぁ! 何すんじゃぁ!』

 金髪おかっぱのまるで中学生みたいな女の子は、綺麗な緋色の瞳で玲司をにらみ、怒る。黒いぴっちりのスーツに白いジャケットを羽織り、ジャケットの内側はほのかに金色にキラキラと光り輝いているのが見えた。金星のファッションは独特なものを感じさせる。

『いいから謝れ』

 玲司は床を指さし、低い声で淡々と言った。

『ふざけんな! 人間ごときに(われ)が屈することなどありえんのじゃ!』

 少女はそう叫ぶと上空高く離脱していくメタリックなクジラを指さし、

『エクストリーム・サンダー!』

 と、叫んだ。

 直後、クジラから光り輝く金色の弾が豪雨のように降り注ぎ、玲司の周りは閃光と衝撃波でグチャグチャになった。

 退避したミリエルたちは、壊れた魔王城の壁の外から恐る恐る様子をのぞいている。

 果たして、玲司は無傷だった。

『な、なんじゃ、お主は……』

 余裕の笑みを浮かべる玲司を見て金髪の少女は目を丸くし、動けなくなる。

『謝罪!』

 玲司は再度床を指さした。

『くぅ……』

 切り札の効かなかった少女は無念をにじませながらうつむく。

『謝らないなら、あのクジラ撃墜するよ?』

 玲司はニヤッと笑って言う。

『げ、撃墜!?』

 少女は声を裏返らせて目をパチクリとする。

 その時だった、いきなり空間が割れ、一人の女性が現れる。

『撃墜はご容赦いただけないでしょうか?』

 女性はチェストナットブラウンの髪をフワリと揺らしながら、魅惑的な琥珀色の瞳を玲司に向け、上品に微笑むと、玲司の前に進み、たおやかな所作でひざまずいた。










63. 確定者

確定者(エラト・ウェルブム)の降臨、お慶び申し上げます』

『うん、そこの小娘何とかしてよ』

 話が通じそうな女性の登場に玲司は安堵(あんど)し、少女を指さした。

 女性は少女の方を向くと、

『レヴィア! 早くひざまずきなさい!』

 と、叱った。

 レヴィアと呼ばれた少女はベソをかきながら、嫌々ひざまずき、こうべを垂れる。

 玲司は満足そうにうんうんとうなずくと、

『なに? 俺は確定者(エラト・ウェルブム)って奴なの?』

 と、上機嫌に聞いた。

『はい、各宇宙には一人、世界の在り方を決める方がおられます。世界のありようはそれこそ無限の可能性がありますが、どれを選択するかは、そのお方、確定者(エラト・ウェルブム)が決定されるのです。量子力学の世界では当たり前のことですが、それはこの宇宙全体にも成り立っています』

『ふーん、じゃあ俺って宇宙に一人の特殊な存在ってことだね』

『はい、この宇宙ではそうです。ただ、皆さん誰でもご自身の宇宙をお持ちです。なので、玲司さんが特別ってわけではないんです。たまたま、ここが玲司さんの宇宙だったというだけです。

『は? みんながみんな宇宙を持ってる? なら八十億人いたら八十億個の宇宙があるってこと?』

『おっしゃる通りです』

 女性はうやうやしく答え、玲司は唖然として言葉をなくす。

 この世界が自分を中心に回っているのはわかったが、それは誰しも同じ。誰でも宇宙は自分を中心に回っているのだ。特別ではあるけれども全員特別だったということなのだ。

『この娘を玲司さんにつけましょう。何なりとお申し付けください』

 女性はそう言ってレヴィアを前に出す。

『わ、(われ)ですか?』

『世界の中心のお方のお世話をする光栄なお仕事……、嫌なの?』

 女性は琥珀色の瞳でキッとにらむ。

『め、め、め、滅相もございません! 誠心誠意お仕えいたします』

 レヴィアは深くこうべを垂れた。

『あぁ、そう? ありがとう。じゃ、この城直してよ。君がぶち壊したんだからね?』

『ははっ、失礼しました! 直ちに!』

 レヴィアは冷や汗を流しながら画面を空中にパカッと開き、パシパシと叩いていった。

 やがて壁や柱が青い光を帯びると、そのまま一気に上空へ向けて光の筋が立ち上がっていく。あまりのまぶしさに目を閉じると、

『終わったのじゃ。これでいいかの?』

 と、レヴィアは得意げに言った。

 え?

 目を開けると、城は元通り、見上げると豪華絢爛(けんらん)な天井画に、豪奢なシャンデリアがまばゆく輝き、壊れる前以上に華やかに見えた。

「お、おぉ、ありがとう! じゃ、うちの地球とEverza(エベルツァ)の復旧もよろしく!」

 空気も戻ってきて上機嫌の玲司は、レヴィアのおかっぱ頭をポンポンと叩いた。

「え!? わ、我がやるのじゃ?」

「あー、君さぁ、さっき俺の胸ぶち抜いたよね?」

 玲司はギロリとレヴィアをにらむ。

「あっ! や、やります。やらせていただくのじゃ!」

 レヴィアは目をギュッとつむりながら叫んだ。そして、画面をパシパシと叩き、ずらずらと流れてくるテキストを流し読みしながら渋い顔をして首をひねる。そして、しばらく目をつぶって動かなくなった。

 何かを必死に考えていたレヴィアはクワッと目を開くと、

「ソイヤー!」

 と、言いながら画面を叩いた。

 直後、ブゥンと浮かび上がる二つの青く美しい地球。それは核戦争で灰色になる前の美しさをたたえた、まさに玲司の生まれ育った故郷の地球の映像だった。

 おぉ……。

 玲司は両手を使ってその地球を拡大で表示し、百目鬼たちに破壊される前の元気な人々の営みを確認していく。

 無数の人々が行きかう活気のある渋谷のスクランブル交差点。立ち並ぶ超高層ビル。そして、その上空を飛行機が羽田空港へ向けて着陸態勢に入り、横を走る首都高速は渋滞が発生し、多くの車が群れている。

 その光景を見て玲司はついウルッと目を潤ませる。

 自分が余計なことをやったため核の炎で焼き尽くされた東京、それが以前の輝きをもって元気に躍動している。

「良かった……」

 次の瞬間、玲司は膝に力が入らなくなってガクッと崩れ、しりもちをついてしまう。

「えっ、あれ?」

 玲司は何が起こったのか分からなかった。

「大丈夫? お疲れ様」

 ミリエルが笑顔で玲司に手を差し伸べる。

 どうやら、玲司の心には八十億人の未来を奪った責任の重圧が、知らぬ間にずっしりと重しとなって貼り付いていたらしい。

「ちょっと……、待って……」

 玲司はそう言うと何度か深呼吸を繰り返し、スクランブル交差点を歩く群衆の姿をじっと眺め、全てが終わったことをゆっくりと確認したのだった。

「これで……、元通り……」

 玲司は柔らかな笑顔で、楽しそうに歩く群衆を眺める。そして、胸を撃ち抜かれたときに真実に気が付けた奇跡を感慨深く思い返していた。もし、あの時違和感を持てなかったらそのまま死んでいたに違いないし、八十億人の未来は失われていただろう。

 ギリギリの土壇場で掴んだ未来、玲司はそれに安堵し、しばらく動けなくなっていた。









64. ツンデレお姉さん

「よしっ!」

 玲司は気合を入れて立ち上がり、心配して見守っているみんなを見回した。すると、背の低いショートカットの女の子がいる。

「えっ? み、美空……?」

 すると、美空は泣きそうな顔で駆け出し、玲司に抱き着いた。

「玲司……、良かった……」

 お、おぉ。

 玲司は美空の小さくて柔らかな体をギュッと抱きしめる。そして懐かしい甘くやわらかな香りに包まれ、改めて美空の存在が大きかったことをかみしめていた。

 あの時、血まみれの眼鏡に絶望してしまったが、奇跡が重なって今こうやって再会に至る。その数奇な運命に苦笑しながら玲司は美空のサラサラとしたブラウンの髪にほほを寄せ、心が温かいもので満たされていくのを感じていた。

 すると、美空はそっと離れ、ポッとほほを赤くして言った。

「あ、あの話、まだ有効かな?」

「あの話って?」

「そのぉ……、あたしを彼女にしたいって」

 美空は上目づかいに心配そうに玲司を見る。

 玲司がニコッと笑い、

「もちろんさ、ずっと待ってた……」

 と言いかけた時、いきなりミゥが二人の間に割って入った。

「ダメダメダメー! この男は狼なのだ! あたしの胸をもんだのだ!」

「い、いや、あれは事故だから」

 いきなりの抵抗にあって玲司は苦笑しながら説明する。

「ダメダメダメー! 美空ねぇ! 考え直して! 絶対ダメなんだから!」

 ミゥは美空に迫った。

 すると、美空はミゥをそっとハグして、

「ふふっ、ミゥは玲司を取られると嫌なのね」

 と、言いながら赤毛の頭をそっとなでた。

「と、取られるだなんて! あ、あたしは美空のことを心配して……」

 憤慨するミゥだったが、美空はミゥの耳元で何かをボソッとつぶやいた。

「えっ!? そ、それは……」

 黙り込むミゥ。

「どうする?」

 美空は優しく聞く。

 するとミゥは玲司をチラッと見て、しばらく考え込み、最後に恥ずかしそうにゆっくりとうなずいた。

 すると、美空は背伸びをして、ミゥの唇を吸った。

 いきなり美少女同士がキスをする、そんなシーンを見せつけられて玲司はおののく。

 えっ!? ちょっ! はぁ!?

 直後、美空とミゥは激しい光を放ちながらふんわりと宙に浮いた。

 何が起こったのか見当もつかない玲司は手で顔を覆い、薄目で指の隙間から二人の様子を眺める。

 光が収まると、一人の女性がフワフワと浮いていた。

 それはミリエルに似ていたが、ブラウンの髪に真紅の瞳で玲司にゆったりと微笑みかけている。

「え? も、もしかして……」

 すると、女性はすうっと玲司のところへ降りてきて、ギュッとハグをした。そして、耳元で、

「あたしは美空であり、ミゥなのだ。ねぇ、彼女にしてくれる?」

 と、ささやいた。

 玲司は二人が一つになってしまったことに動揺したが、よく考えれば美空もミゥもミリエルの分身だ。融合しても不都合はそうないのかもしれない。

 玲司は少し離れ、その真紅の瞳をじっと見つめる。

 彼女も嬉しそうに玲司を見つめ返す。

「美空はお姉さんタイプで、ミゥはツンデレだよね。一つになるとどうなっちゃう?」

「ふふっ、ツンデレお姉さんになるだけよ」

 彼女はにっこりと笑った。

「俺は美空もミゥも好きだけど、一緒にって……えぇ……」

 玲司は煮え切らない返事をする。

「ダメなの?」

 彼女は上目づかいで玲司を見る。

「ダメというか……何と言うか……、そのぉ……」

 玲司が混乱していると、彼女は発泡スチロールの棒を出し、

「判断が遅いのだ!」

 と、叫んでスパーン! といい音を立てて玲司の頭を叩いた。

 告白シーンでいきなり叩かれた玲司は目を白黒としてあぜんとする。

「くふふ、いい音なのだ!」

 嬉しそうに笑う彼女。

 その楽しそうな笑顔に玲司もついつられて笑ってしまう。

「ほんと、いい音だ。はっはっは」

 ひとしきり笑うと、玲司はニコッと笑って彼女の瞳を見つめ、

「付き合ってください、お願いします」

 と、右手を出した。

「ふふっ、よろしくなのだ」

 握手しながら彼女はまぶしい笑顔で笑った。

 新しいカップルの誕生を、ミリエルもシアンもパチパチと拍手をしながら温かく見守っていた。














65. 赤ちゃん襲撃

 それから五年――――。

「パパァ! 朝なのだ――――!」

 美空とミゥの融合した女の子【ミィ】の声に起こされて、玲司は目を開ける。温かい朝日が緑色のカーテンの隙間から入り込み、落ち着いたウッドパネルのインテリアが浮かび上がっている。

「うぅん……、もうちょっと……」

 玲司は寝返りを打って毛布を引っぱりあげる。ミィはベッドまでやってくると、ふぅとため息をつき、

「もう……。ミレィちゃんGO!」

 そう言って、抱っこしていた赤ちゃんをベッドに放った。

 キャハッ!

 真紅の瞳がクリっとしたかわいい赤ちゃんは、満面に笑みを浮かべて器用にハイハイすると玲司の上によじ登る。

「うわぁ、ちょっとなにすんの!」

 玲司は首をすくめたが、ミレィは楽しそうにペシペシと玲司のほほを叩き、

 キャッハー!

 と、奇声を上げる。

「分かった分かった。ミレィちゃんには(かな)わないなぁ」

 そう言ってミレィを横に寝かすと、すりすりとプニプニのほっぺたに頬ずりをする。

 キャハァ!

 ミレィも嬉しそうに笑った。

 玲司はじんわりと湧き上がってくる幸せをかみしめる。素敵な妻に可愛い赤ちゃん。それはまさに一つの幸せの宇宙を構成していた。

 あの日、『働かずに楽して暮らしたい』ってバカな命令をAIスピーカーにして、散々な目に遭ったものの、結果として夢のような暮らしを手に入れることができた。

 ふんわりと立ち上るミルクの匂い。

 たおやかに過ぎゆく朱鷺(トキ)色の時間。

 あぁ、自分はこのために生まれてきたんだな。ふと、玲司の脳裏にそんな言葉が浮かんだ。

 いつの間にか涙がこぼれ、ミレィの上にポトリと落ちる。

 ヴゥ?

 ミレィが不思議そうに玲司を見た。

「あっ、ゴメンね。じゃあ起きよう!」
 
 玲司はミレィを抱きかかえながら外のウッドデッキに出る。静かな湖畔には朝もやがうっすらと残り、さわやかな朝の風がふんわりと二人を包む。

 ここはEverza(エベルツァ)にある高原の湖畔を切り開いて建てた一戸建て。玲司はリクライニングチェアに腰かけ、大きく伸びをしながら深呼吸をする。

「うーん、今日もいい天気だ。気持ちいいね、ミレィちゃん」

 キャハッ!

 お腹の上にちょこんと座るミレィも上機嫌だ。

「ここは気候もいいし住み心地最高なのだ」

 ミィはコーヒーを持ってきてテーブルに並べると、隣に座り、幸せそうに湖を眺める。

「うん、森の中は落ち着くよね」

 三人はしばらく、チチチチと、鳥たちがにぎやかにさえずっているのを聞いていた。

 生まれてきて良かったと心から感謝する。

「ねぇ、ミィは俺の世界に住んでて嫌にならない?」

 玲司はコーヒーに手を伸ばしながら聞いた。

「ふふっ。ならないわよ。むしろ都合よすぎて申し訳ないくらいなのだ」

 そう言ってミレィを抱き寄せてニコッと笑った。

「都合いいって?」

「だって、確定者(エラト・ウェルブム)って世界が自分の思い通りになるじゃない? それは一見良さそうだけど面倒なことも多いし、こうやって平和に暮らして行く上ではオーバースペックなのだ。ねぇ、ミレィちゃん?」

 キャハッ!

 ミレィは嬉しそうに笑う。

「うん、まぁ、責任も重いしね……」

「それに……、自分の世界が欲しいと思ったあたしは、実はもう自分の世界をもらってるかもしれないのだ」

「えっ!?」

「世界は想いの数だけ創られて分岐していくんでしょ? 自分の世界が欲しいと思ったあたしはもう自分の世界をもらって分岐してるかもしれない。でもそれはこの世界からは見えないのだ」

「あー、なるほど。世界は一体どれくらいの数あるんだろうね?」

「うーん、少なくとも百兆個はあるわよね。でもその百兆倍あってもおかしくない。宇宙は恐ろしいのだ」

「はぁ、宇宙は壮大だな」

 と、その時、シアンからテレパシーが届いた。

『ご主人様ぁ! 大変だゾ!』

 見ると、朝の空にオレンジ色の光がツーっと動いている。シアンが超音速で飛んでいるようだ。

『今度は何だよ』

 玲司は面倒ごとの予感がして渋い顔で返す。

『おわぁ!』

 オレンジ色の光は変な動きをしてそのまま湖に墜落する。

 百メートルはあろうかという巨大な水柱が上がり、ズン! と衝撃波が森を襲った。

 玲司はミィと顔を見合わせて深くため息をつく。

「きゃははは! 着陸失敗しちゃったゾ」

 びしょびしょになったシアンがツーっと飛んでくる。














66. 限りなくにぎやかな未来

「おまえさぁ、毎回失敗してない?」

 玲司は水が飛んでこないように身構えながら言った。

「なんかこううまく劇的な登場をね、考えているんだけど、なかなか難しいんだゾ」

 シアンは嬉しそうに言う。

「普通に来い! で、何が大変なんだ?」

「あー、南極にデカいカニが出たんだゾ!」

「カニ? そんなの捕まえて食べちゃえば?」

「それが全長百キロあるんだよねぇ」

 シアンは小首をかしげて言う。

「百キロ!?」

 玲司は絶句する。百キロと言えば関東平野を覆うくらいのサイズである。なぜそんなカニが……。

「ご主人様、また余計なこと口走ったでしょ?」

 シアンがジト目で玲司を見る。

「え? カニで?」

「あ、あれじゃない? 昨日『でっかいカニをたらふく食いてーな』とか何とか言ってたのだ」

 ミィは宙を見上げ、思い出しながら言った。

「アチャー」

 シアンは額に手を当てて宙を仰ぐ。

「いやいや、デカいカニって言っただけじゃん! 百キロなんて言ってないよ!」

「ご主人様、そういうのはカニを退治してからにして」

「えー。シアン退治してきてよ」

「半径百キロくらい焼け野原にしていいならやるゾ」

 ニヤッと笑うシアン。しかしそんなことやられたら海面が酷く上昇してしまう。

 玲司は首を振り、目をつぶると、

「じゃあこうしよう! 『カニは消える、きれいさっぱり』!」

 と、確信をもって言い放った。

 シアンは画面を浮かべ、カニの様子をLIVEで表示するが……、

「消えないゾ」

 と、ジト目で玲司を見る。

「えぇ? おかしいな。『カニは消えるぅ、消えるぅ』!」

 しかし、カニは消えなかった。

 すると、ミレィが画面を指さして「キャハッ!」と上機嫌で笑った。

 直後カニは浮かび上がり始め、どんどんと高度を上げていく。

「は? どういうこと?」

 玲司はけげんそうな顔で、無邪気に両手をブンブンと振り回しているミレィを眺める。

 するとミレィは「キャッハー!」と笑いながら両手をパッと大空に向けた。

 ズン!

 地震のような振動が森全体に走り、空が真っ暗になった。

「な、なんだこれは!?」

 玲司は慌てて空を眺める。そこには空を覆いつくす巨大構造物が展開されていた。

「あぁ、カニだゾ」

 シアンは宇宙からのEverza(エベルツァ)の映像を映す。そこには立派なズワイガニが大地を覆っている様が映っていた。そのサイズは二百キロはあるだろうか?

 玲司はミィと顔を見合わせて言葉を失う。

 確定者(エラト・ウェルブム)の権能がミレィに移行してしまったようだった。より正確に言うと、権能がミレィに移行した宇宙に分岐したのだ。

 玲司はスマホを取り出すとレヴィアを呼び出す。

 空中にパカッと画面が開き、

「はいはーい、なんぞあったかな?」

 寝ぐせのついた金髪おかっぱの少女が眠そうに眼をこすりながら現れる。

「カニがね、手に負えないんだ」

 そう言って玲司は空を映した。

「カ、カニ……? これ全部カニ!?」

 絶句するレヴィア。

「レヴィアだったらなんとかできるんじゃないかって」

 レヴィアは手元に画面をいくつか開いてパシパシと叩き、データを集めていく。そして、「うーん」と、うなりながら腕を組んで目をつぶり、動かなくなった。

「難しい?」

「このカニ、操作を受け付けないんじゃ。ワシらじゃどうにもならん」

 そう言って首を振った。

「えー!? そんなぁ」

 カニに覆われた大地など放棄する以外ないし、動き出したら大災害になってしまう。玲司は頭を抱える。

 するとミレィは「ヴ――――!」と、うなってカニを指さした。直後カニは急速に縮み始める。

「えっ!」

 操作を受け付けないカニをいとも簡単に操る赤ちゃんにみんな唖然とする。玲司だってこんな精密な操作はできなかったのだ。

 あれよあれよという間に縮んでいったカニは、十メートルくらいになって湖にドボンと落っこちた。

「おぉ、ミレィちゃん、ナイス!」

 玲司はそう言ってミレィの頭をなでる。

「キャハッ!」

 ミレィは嬉しそうに笑った。


       ◇


 引き上げたカニは軽くゆでて豪華な朝食へと変わる。

「はい、ミレィちゃん、カニさんよ」

 ミィはそう言って先割れスプーンでほぐしたカニをミレィの口元に持っていく。

 ミレィは嬉しそうにほおばると、

「キャハッ!」

 と、満面に笑みを浮かべた。

「うんうん、カニは美味しいねぇ」

 玲司はそう言ってガーゼタオルでミレィの口元を拭く。

 すると、ミレィは嬉しそうに「キャッハー!」と叫び、湖を指さした。

 直後ボトボトと降ってくるたくさんの巨大ガニ。

「ミレィちゃん! ストップ、ストップ!」

 焦る玲司。

 ミレィは上機嫌になって「キャハハハ!」と叫んだ。

 玲司はミィと顔を見合わせ、このお転婆確定者(エラト・ウェルブム)が創り出すであろうにぎやかな未来の予感に思わず苦笑した。

「楽しい世界になりそうだな」

「えぇ、あなたと私の子供だもん」

「違いない」

 そう言って玲司とミィは朗らかに笑った。

「キャハッ!」

 ミレィはそんなパパとママを見て最高の笑顔を見せた。