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「――そしたら、この人生は4週目ってこと?」
「そう。4週目。3回タイムスリップしてるの」と奈津はそう言った。

「どう? びっくりした?」
「すごく」
「だよね」

 お互いに弱く笑った。

「――本当は何歳?」
「私、もう50年近く生きているから、本当の年齢、わからなくなっちゃった」

 奈津はそう言ったあと、僕に聴こえるくらい大きなため息をついた。

「最初の人生のとき、散々だったんだ。勉強もできなかったし、歌志内に転校してすぐにいじめられたしさ。とにかくひどかったんだ。小学校の時、たまたまモガミと同じタイミングで学校を早退して、一緒に帰ったことがあって、その時、モガミは優しくしてくれたの。でもそれっきりでモガミとの関わりは終わっちゃった。とにかく勉強するとか以前に、毎日生きる気力がなくて、そのまま勉強しないで願書だけ出して、高校に入ったの。そしたら、高校でもいじめられて、自分の考えとかがすべて崩れていっちゃった。そのうち、妄想とか幻覚とか交じるようになって、何が自分の考えで何が妄想かわからなくなって、頭が終わったの。それで、精神科に入院になって、高校中退したんだ」と奈津は続けて、こう話した。

「二十歳になる前まで入院と退院繰り返してたんだ。そのうち親からも見放されるようになって、毎日辛かった。心の底から人生やり直したいって思ってた。人生やり直す方法ってネットで検索したら、タイムスリップして人生やり直してる人の書き込み見つけたの。タイムスリップしても同じ人生を歩まないとか、何回もタイムスリップ成功させたとか、数日前にタイムスリップしたら、自分の知らない服とか、物があったとか、そういう体験談がいっぱいあって、タイムスリップのやり方も書いてあったの。戻りたいときの過去をずっとイメージしたら戻れるっていう方法が書いてあって、それを試したら成功したってこと」と奈津はさらにこう話を続けた。

「すごいね」
「それが50年前の話」

 奈津はそう言って、微笑んだ。15歳の少女がそんなこと言うと、リアリティがないように感じた。他の惑星へ移民するために15歳の少女が50年、コールドスリープして、起きたみたいなそんな感じに思えた。

「それでね。私がイメージしたのは、5年生のとき、モガミと話した時のことをイメージしたの。そこに戻ってみようと思ったの。そしたら、だんだんイメージなのか、現実なのかわからなくなってきて、気づいたら、イメージしたほうが現実になってたの。頭がぶっとびそうなイかれてる感じも無くなってびっくりした。それで、前と同じようにモガミと学校を早退して、楽しくしゃべったの。久々に人と話して、緊張したけど、楽しかった。だけど、モガミとはそれ以降、あまり接点なかった」

 奈津はそう言って、微笑んだ。僕は奈津の柔らかい微笑みを見て、あの約束のことを思い出した。

「なあ」
「なに?」
「『私のこと忘れないで』って言ってたの覚えてるよ」

 奈津は驚いた表情をしていた。

「奈津のこと忘れなかったよ。ずっと」
「――ありがとう。私もだよ」
「ようやっと一緒になれたね」
「うん。本当に嬉しいよ。モガミ」

 小学校5年生のときの奈津はすでに大人になっていたんだ。そして、僕にヒントを言ってくれてたんだってことに今更、気づいた。

「そしてね、私はいじめられないようにできるだけクラスの子と仲良くしたの。中学入ってからは、優等生のキャラ作りのためにめちゃくちゃ勉強も頑張った。元々、私をいじめてたコイツらと一緒の高校に行きたくないから、必死になって勉強したの。そしたら、簡単に優等生になれたんだ。それで、滝川中央に合格して、高校行ったあとも頑張って、普通に東京のそこそこ良い大学に受かったんだ。だけど、また一緒。大学3年のときに、病気になって、それでこっちに引き上げて来たの。しかも前よりもっと症状が酷くなって。それでね、そのまま、滝川の精神病棟で20代が終わって、また死にたくなったの。東京で病気になって、無理やり引き上げられたのが、2013年くらい。それで10年くらい入院と退院繰り返して、20代は終わった」

「そうなんだ」とようやく僕はひとつ相槌を打つことができた。
 
「うん、それでね、私の人生、こんなんじゃないってずっと泣いた日があったの。悔しくて。そのとき自分がタイムスリップしていたこと、すっかり忘れてたんだ。だから、もう一回タイムスリップするってこと、最初は思いつかなかったんだよね。だけど、ずっと泣いてて、思い出したの。この感覚、前もあったなって。それでタイムスリップのこと思い出したの。すぐにタイムスリップのやり方、また検索して、やってみたんだ。そしたら、2回目のタイムスリップもあっさり成功しちゃったんだ。また5年生のモガミと学校早退して、モガミと楽しくおしゃべりするところから始めて、また勉強頑張って、高校も滝川中央に行って。そして今度も大学受験でダメ元で東大受けてみたら、受かったの」

「すごいな」
「でしょ。しかも現役でね。それで大学はそれなりに楽しんで、札幌の広告代理店に就職したの。だけど、人生やり直してるけど、社会人の経験なんて全くなかったから、めっちゃキツかった。仕事も楽しいし、給料もよかったけど、心と身体が追いつかなくなって、結婚して、仕事辞めることにしたの」
「高校生の時から付き合ってた彼と結婚して、子供生んだんだ。だけど、その子死んじゃったんだよね。3歳になる前に死んじゃった――」と奈津はそう言ったあと、黙り込んだ。奈津は食いしばっているような表情をして、すぐに無数の涙が流れた。

 僕はベンチから立ち上がり、鞄からポケットティッシュを取り出した。奈津の後ろに回り、立ったまま奈津を抱きしめた。そのあとすぐに奈津は声を上げて泣いた。
 
「3歳――で――死ん――じゃった」と奈津は何度もしゃくりあげて、そう言った。
 
「――つらいね」と僕は奈津にそう言った。奈津は肩は息を吸うたびにヒクっと上がった。

 僕は奈津を抱きしめながら、両手を使ってティッシュを取り出して、奈津に渡した。奈津はティッシュを受け取り、両手で顔を覆った。奈津は何度も声を上げて泣いた。