「ありがとう。ばいばい。」

 僕らの別れはそんな簡単な言葉で告げられた。
 うん、そうだよ。
 ありがとう。ばいばい。
 また、会おう。
 言葉にしなくても、伝わるよね? また受験が終わったら、一緒に出かけられるさ。お付き合いを再開して、その先が見えるようになるさ。

 ユリに別れを告げられたのは、高校3年生の秋だった。付き合い始めたのが夏だったから、数ヶ月のリア充期間。夢みたいだった。

 彼女、ユリは大学進学を目指している。僕はもう就職先を決めて、あとは高校生活を謳歌するだけ。でも彼女は違う。彼女の勝負はこれからで、そこに俺と遊んでいるような余計な時間は存在しちゃいけないんだ。
 ユリに言われなくたって、これからはデートの回数を減らすつもりだった。彼女が受験に集中できるように、勉強を頑張れるように、応援するつもりだった。

 別れても応援してちゃ、ダメかな?

 僕は返事も待たずに、ラインを送った。何度も何度も。彼女が勉強を頑張れるように励ますラインを送った。
 ユリが合格したら、また付き合えるよね? 遠距離だって平気だよ。すでに心の遠距離なんだから。もう一度、ユリと一緒に未来を見たいよ。

 別れて1週間。カバンの中からイヤホンが出てきた。ユリにプレゼントしたiPodを一緒に聞いたイヤホンだ。

 あれは僕からの最初で最後の誕生日プレゼントだったんだ。ユリに聞いてほしい夏歌を詰め込んで、一緒に一つのイヤホンを分け合って花火を見たんだ。帰りに「これはタイキが持ってて」って。また一緒に聞くときに使おうって、俺にくれたイヤホンだった。
 僕が左で、ユリが右のイヤホンを使っていた。
 このイヤホンの先には、僕たちの未来が広がっているって思っていた。でも、思えばこのイヤホンを使ったのはあの時が最後。
 いや、それはこれまでの話。
 ユリが合格したら、このイヤホンを持って会いに行くんだ。そして、未来の曲を入れて、僕らの恋をまた始めるんだ。
 僕は、夢に向かって頑張る君に、2回目の恋をしたんだ。

 僕はそっとポケットにしまった。

 制服のポケットにイヤホンをしまった。これを持っていたらまたユリと付き合える気がした。ユリを応援する気持ちを持ち続けられる気がした。

 制服のポケットにそっと手を触れた。
 僕の未来が、ユリの未来とつながる感じがした。