〝カッターシャツと紺色のズボンの制服〟


たったそれだけで、探さなければならない。
名前と服装だけしか手がかりがなく。
白いファイルを抱きしめながら、とりあえず駅員に聞いてみた。
その駅員の男性は、少し苦笑いをしていた。


「うーん、似たような制服は沢山あるからね」


その人が言うことは最もだと思った。
せめて無地なのか、チェック柄の紺色なのか分かったら良かったのに。


「中学か高校か分かる?」


それさえも分からない。


「けど、この駅をよく通る紺色のズボンっていえば、上木高校かなぁ」


けど、思い浮かぶ学校があったみたいで。


「上木高校ですか?」

「ここから2つ、駅向こうだね」


2つ駅向こう。
けど、私は電車に乗るお金もない。
というよりも、ここが駅だという認識はあるけど、電車の乗り方がイマイチ分からない。


「あの…、歩いて行くので、もしよければ地図を書いてくださいませんか?」


駅員の男性は快く教えてくれた。
「ここが目印ね」と、とても分かりやすく。
何度も私はお礼を言って、駅員の男性が教えてくれた場所へと向かう。


もしかしたら違う学校かもしれない。
このファイルの日記にある〝藤沢那月〟がいる学校じゃないかもしれない。
それでも私はこの情報にかけるしかない。


駅から出る時、時刻は9時頃だった。
歩き出してどれくらいの時間がたったか分からないけど、少し歩き始めただけで汗が滲み出ていた。


熱い……。
朝から一滴も何も飲んでいない。
駅員の男性に書いてもらった地図を見ながら歩いている途中、熱さのせいか、少しふらついたりもして。

途中、木の影に入ったりと休んだりした。


〝2つ駅向こう〟


文字にすれば近そうだけど、歩いてみると結構遠く。
目的地の学校へ着いた頃には、たぶん、10時をすぎていたと思う。
もしかしたらそれ以上かもしれない。

〝上木高等学校〟という学校についたとき、やっとついた…という達成感のあと、すぐに絶望感を感じた。


多分、今は授業中。
普通の学校なら、夕方までは授業のはずで。
生徒じゃない私が学校に入るわけにもいかなくて。


あと5時間ほど、ここで待ってなければならない。


もう太陽を見上げるのも嫌だった。



校門が見え、木のおかげで日陰になっていると花壇に座り、喉乾いたなあと思いながら、この上木高校の誰かを通り過ぎるのを待つことにした。


誰か来れば、〝藤沢那月という人を知りませんか?〟と聞こう。

いなければどうしよう。

また探さなくちゃならない。

次は5つ駅向こうだったらどうしよう。

もうフラフラで歩けないかもしれない。

待っている間、そんな事を思ったして…。



早く誰か校門を通らないかな…。そう願うのも虚しく、1分1分時間が過ぎていく。日陰で座っているのに、自分の肌が焼けるのが分かった。



今、何時だろう…。
そう思った刹那、不幸か幸福なのか、誰かの話し声が聞こえ。少しふらついた頭で校門を見ると、数人の生徒が校舎から校門へと歩いてくるのが見えた。


それも、1人2人じゃない。
鞄を持ち、帰る様子の上木高校の生徒たち。
校舎からぞろぞろと出てくる。

もう帰宅の時間らしい。
学校というのは夕方までじゃないのだろうか?と、疑問を残し、その生徒たちに喋りかけようとしたけど。


その足は、止まった。
学校から出てきたその人たちは普通ではなかった。金色に染められた生徒や、凄く派手な生徒達ばかりで。

怖そうな人たちだった。
声をかけようにも、かけられない。
だけど声をかけなきゃ何も始まらない。来た今がない。


深呼吸をして、私はゆっくりと近づき、紺色の短いスカートをはいた女の子に声をかけた。
どうしても見た目が怖い男の子に話しかけることができなくて。


「あの…」


軽い、熱中症になったのか、少し頭がフラフラして。

いきなり私に話しかけられたことに、「な、なに?」と顔をする校門から出てきた女の子…。


「ひ、人探しをしてまして…」

「え?」

「藤沢那月という方、いませんか?」


いてほしい。
お願い…。


「藤沢?知ってるけど。あいつまたなにかしたの?」


キョトン、とした表情で呟くその人に、目が見開くのが分かった。


「い、いるんですか?この学校に!」

「え?」

「本当に?!」

「藤沢でしょ?金髪の」


いるんだ…
この学校に。
心の中で、駅員の男性に感謝した。


「金髪か分かりませんが、藤沢那月という方です…」

「たぶん合ってると思うけど。あいつに会いきたの?」

「はい」

「まだ課題あるって言ってたから遅れてくんじゃないかな?」

「…課題ですか?」

「うん、今日からテストだから。ってか藤沢に電話しようか?」

「え?」

「ちょっと待ってー、ライン登録してたはずだから」


見た目は怖そうな女の子なのに、探し人に電話を掛けてくれているらしいその人。

怖そうだって思った私が、凄く恥ずかしくて。



「あ、藤沢?」と、電話を繋げてくれた女の子は「校門にかわいい女の子来てるよ〜!」とからかい気味に笑った。


かわいい女の子…。


「多分、中学生?」


中学生に見えるらしい…。
〝この体〟は中学生なのだろうか。


「まだ課題やってんの?──あ、そう?じゃあ来てよ。ダッシュね」


「名前?──ねぇ、藤沢が名前聞いてるんだけどあなた名前なんて言うの?」


電話から、私に聞いてきたけど、その質問になんて答えればいいか分からなかった。
だって私はそういうことが知りたくて、藤沢那月に会いに来たのだから…。


「あの…わたし、」


戸惑っていると、首を傾げたその人は「まあ会えば分かるっしょ、待ってるから」と電話を切った。


「もう来るって!」

「あ、ありがとうございます…」

「全然いいよ!じゃあ私バイトだから頑張ってね〜!」


何を頑張るのか分からないけど、笑顔で手を振り、この場を離れるらしいその人にたくさん頭を下げた。







それからそれほど時間もなく、その人はやって来た。


「あ、昨日の子!」と、校門で待っていた私に話しかけてきたのは、さっきの女の子が言っていた〝金髪〟ではなかった。


派手で、怖そうな茶髪の男の子。

誰……?


〝昨日の子〟
そう言われても、私には分からなかった。
だって私は彼に会ったことが無いのだから。


どんどん私に近づいてくるその茶髪の彼は、「な、俺の事覚えてる?」と笑って面白そうに首を傾げた。


びく、っと、その顔の距離の近さに肩が動いた。

知らない
誰…。


「…え?」

「昨日、駅で会ったろ?」



駅で…?
知らない
この人は何を言ってるの。
そもそも私は駅なんて行ってない。
駅に行ったのは今日だけで。
昨日は──…
昨日、昨日は、私は──…

…──分からない、私は昨日何をしてた?


「あ、の、わたし…昨日駅には…」

「え?」

「あの…」


覚えてない。


「あなたは、私のお知り合いですか、」


そう言い、戸惑っていると、「マジかぁ」と、笑っている顔は驚きの顔に変わった。


「本当に忘れるんだなぁ」と。


〝忘れるんだな?

この人は、一体何を──…



「おい、那月!来てるぞ昨日の子!」


意味の分からない事を言う男性が後者の方に振り返る。少し戸惑い顔を下に向けていた私は、その声に顔を上にあげた。

そこにいたのは、金色の髪。
紺色の無地のズボンをはいて、カッターシャツではなかった。真っ黒のTシャツを着ているその人は、私と目が会った瞬間、──…目を見開かせた。

そして一瞬のうちに、眉を寄せた。

鋭い目。
切れ長の、目。


〝那月〟


彼はその目を細めると、ゆっくりと私を見渡した。ううん、私じゃない。
まるで私の周りを見渡すように一瞥すると、もう一度私のに視線を戻した。


「1人か?」


私の目を見て、呟いてくる。
その声は少し驚いているようだった。

〝金髪〟で、私を知っているらしい人。

名前は〝那月〟

この人が〝藤沢那月〟という私の探し人だと分かり。


「潮は?」


潮?
その質問の意味が、分からなくて。
〝潮〟は知ってる。日記で見た。
〝潮〟は〝澤田凪〟の恋人のはずで。


彼はゆっくり、2歩ほど私に近づいてくると、どうしてか私の顔に指を伸ばしてきて…。


「お前、なんでそんな顔あけーの?」


やっぱりこの人は、私をよく知っているみたいで。涙が出そうになった。

頬に指先がふれる寸前で、その指先は遠のいていく。

顔が赤い。
それは、ずっと太陽の下にいたから。


「わ、わたし、ずっと、あなたを探してて…」

「…俺を?」

「な、なにも、分からなくて…」

「……」

「あなた、なら…しってると、思って…」


「那月…」という、さっきの茶髪の人が、心配そうに藤沢那月に声をかけた。


藤沢那月に会えたからか分からない。
私を知っている人に会えた安心感からか、凄く涙腺が熱くなった。

そのままポロポロと涙が出てきて、私は片手だけファイルを離し、自分の手のこうで涙をふいた。


「…その格好は?」

「…っ…」

「まさか、何も分からなくて家から飛び出してきたとか?」

「…っ、あの、…」

「ずっとここで待ってたのか?」


泣きながら小さく頷けば、彼は「潮のことも分かんねぇの?」と、私を見つめてくる…。

不安気味にそれに対しても頷けば、「…マジかよ」と茶髪の人が言う。


藤沢那月がこの状況が分かったのか定かではないけど、藤沢那月は「……悪ぃけど、今日パスな。こいつ送っていくわ」と、茶髪の人に呟いていた。