『良かったら、今度一緒に行かない?』

 おはようとか、いい天気だねとか、道端に猫が居たよとか、そんな感じの何気ない会話の応酬の中で、そろそろ次に進むかと軽い気持ちで誘ったのを、今でも覚えている。

「ま、水族館なら女子は好きだろ」

 耳まで真っ赤にしながら声をかけてきた彼女と連絡先を交換して、メッセージアプリで毎日会話するようになって早一ヶ月。
 取り立てて美人という訳でもなく、どちらかと言えば男慣れしていない地味な部類。最初は然して興味がなかったものの、話している内に、相手から透けて見える好意に悪い気がしなくなっていた。

 俺はベッド上で、断られる可能性なんて微塵も感じないままゲーム片手に返事を待つ。そして案の定すぐに届いたオーケーのスタンプに、思わず口許が緩む。
 これまで付き合った女の子達よりも、彼女は控え目というか純真で。そんな様子が子犬みたいで可愛らしいと、毎日のメッセージのやりとりが苦ではないくらいには気に入っていた。

 忘れない内に日程を決め、スマホのスケジュールアプリに登録する。
 約束の日までの期間は、ほんの少しだけ意識はしたものの、学校とアルバイトとサークルで目まぐるしい日々の中で、あっという間に過ぎていった。


「ごめん、瀬川さん。お待たせ」
「水江くん! ううん、今来たとこ」
「あっ、その服めっちゃ似合うね。もしかして、俺のために可愛くしてきてくれたの? なんて……」
「う、うん……水江くんも、その髪型いいね」
「本当? やった!」

 待ち合わせ場所に着くと、慣れないながら目一杯お洒落したのであろう彼女が既に待っていて、俺の顔を見るなり花が咲いたようにパッと表情を明るくする。

 駆け引きだとかそんな面倒な過程を飛ばして、真っ直ぐに向けられる好意が心地好い。少し褒めただけで照れる彼女、瀬川ヒナ。
 行き付けの喫茶店でアルバイトをしていた彼女から声を掛けられたのが始まりだったが、控え目な性格の彼女にとっては物凄い勇気だっただろう。

 デート前に然り気無さを装って聞かれた、俺好みの服装や髪型。俺のためのお洒落をしてくれる様子に、素直に可愛いと感じた。

「それじゃあ、行こうか」
「うん! 今日はよろしくお願いします」
「あはは、うん。こちらこそよろしくね、瀬川さん」

 初デートの場所は、デートの定番スポットである地元の水族館。彼女のようなタイプは、こういうお決まりのデートが好みだろう。
 色んな魚の泳ぐ大水槽も、水飛沫で服が濡れるイルカショーも、お土産コーナーの大きなぬいぐるみも、正直あまり興味はなかったけれど。魚よりも何よりも、俺に恋する瞳で幸せそうな笑みを浮かべる彼女を見ているのが楽しかった。

 楽しい時間はあっという間で、もっと一緒に居たいと思うのに、無情にも空は夜を連れてくる。
 二人並んで彼女に合わせてゆっくり歩く帰り道。あと三回くらいデートしたら、告白してみようか。それまでは、俺に片想いをする彼女をもっと見ていたい。
 そんな風に考えながら、緊張で僅かに冷えた彼女の手を、そっと握った。


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