『良かったら、今度一緒に行かない?』
おはようとか、いい天気だねとか、道端に猫が居たよとか、そんな感じの何気ない会話の応酬の中で、不意に投下されたその爆弾に、わたしの心はあっさりと爆破されたのを今でも覚えている。
「一緒に水族館……これってつまり、デートのお誘い、だよね!?」
連絡先を交換して、メッセージアプリで毎日会話するようになって早一ヶ月。通知が来る度に頬が緩んで、少しでもたくさん話していたくて、眠い目を擦って夜更かしした日々。
ようやく進展した関係に、わたしはベッド上で思わず小さなガッツポーズを決める。
深呼吸をして震える指先でオーケーのスタンプを押せば、すぐについた既読にまた鼓動が跳ねた。
あっという間に日程が決まり、スケジュール帳にハートのシールを貼り付ければ、待ち遠しくて何度も何度もシールを指先でなぞった。
幸せな時間までのカウントダウンは、期待と不安が交互に訪れる。何度も繰り返す脳内シミュレーション。デートコーデに当日の香水、彼のSNSをチェックして、会話の取っ掛かりにしようと最近の出来事を確認して。そんな楽しくてドキドキの時間は、きっと一番幸せだった。
「ごめん、瀬川さん。お待たせ」
「水江くん! ううん、今来たとこ」
「あっ、その服めっちゃ似合うね。もしかして、俺のために可愛くしてきてくれたの? なんて……」
「う、うん……水江くんも、その髪型いいね」
「本当? やった!」
憧れの定番台詞を交わしながら、わたし達の初デートは始まった。
思わず照れるわたしと、嬉しそうに微笑む彼、水江アキラくん。アルバイト先で初めて会った時から、格好いいなと思っていつも見ていた。
そんな彼のためのお洒落に気付いてくれただけで、新しい服にネイルに美容室にと、デートが決まってからのたくさんの努力の積み重ねが報われた気がした。
「それじゃあ、行こうか」
「うん! 今日はよろしくお願いします」
「あはは、うん。こちらこそよろしくね、瀬川さん」
初デートの場所は、何度も家族と訪れたことのある地元の水族館。
色んな魚の泳ぐ大水槽も、水飛沫で服が濡れるイルカショーも、お土産コーナーの大きなぬいぐるみも、彼と居るだけで世界がいつもより輝いて見えた。
楽しい時間はあっという間で、もっと一緒に居たいと思うのに、無情にも空は夜を連れてくる。
二人並んでいつもよりゆっくり歩く帰り道。自然に繋いだ手の温もりは、煩いくらいの鼓動と共に、じんわりとわたしの中に焼き付いた。
彼と別れた駅のホーム。このときめきを忘れないようにと、新品のスカートのポケットの中、離れても尚温もりの残る手を、そっと忍ばせた。
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